2024.06.20(木)大会

【第108回日本選手権展望】女子トラック編:5000mでパリ五輪内定の田中は3種目にエントリー、どのような戦略で挑んでくるか。100m、100mハードルは大混戦模様



第108回日本選手権は6月27~30日、8月にフランスで行われるパリオリンピックの日本代表選手選考競技会として、新潟市のデンカビッグスワンスタジアムで開催される。近年同様に、第40回U20日本選手権との併催で、こちらは8月末にペルーで行われるリマU20世界選手権の選考競技会としての開催だ。

日本選手権で実施されるのは、すでに別開催で行われた男女10000m、男女混成競技(十種競技、七種競技)を除くトラック&フィールド全34種目(男女各17種目)。2024年度の日本チャンピオンが競われるともに、パリ行きチケットを懸けた激しい戦いが繰り広げられる。

パリオリンピック日本代表は、最終的に日本オリンピック委員会(JOC)の承認を経て決定することになるため、それまでは「内定」という扱いになるが、陸上競技での出場資格はワールドアスレティックス(WA)が設定した参加標準記録の突破者と、1カ国3名上限で順位づけているWAワールドランキング「Road to Paris」において各種目のターゲットナンバー(出場枠)内に入った競技者に与えられる。

日本代表の選考は、日本陸連が定めた代表選考要項(https://www.jaaf.or.jp/files/upload/202309/21_112524.pdf)に則って行われ、日本選手権で即時内定を得るためには、この大会に優勝し、かつ決勝を終えた段階で参加標準記録をクリアしていることが条件(ただし、ブダペスト世界選手権入賞者については、参加標準記録を突破すれば順位を問わず内定)。さらに、終了後に行われる選考においても、日本選手権の順位が優先されるため、オリンピック出場に向けては、この大会の結果で大きく明暗が分かれることになる。

今大会実施種目のうち、現段階でのオリンピック内定者は5名。大会期間中に、新たな内定者のアナウンスはどのくらい出るのか? また、日本新記録の誕生はあるのか?
ここでは、各種目の注目選手や見どころをご紹介する。

※エントリー状況、記録・競技結果、ワールドランキング等の情報は6月19日時点の情報に基づき構成。同日以降に変動が生じている場合もある。

文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:フォート・キシモト、アフロスポーツ

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◎女子100m

[日本記録:11秒21(2010)/五輪参加標準記録:11秒07]



誰が勝つか予測がつかない状況だ。気象条件に恵まれれば、4~5人の選手が11秒4台前半、あるいは11秒3台でフィニッシュラインになだれ込むようなレースが見られるかもしれない。

今季日本リストでトップに立つのは御家瀬緑(住友電工)。2019年の優勝者で、このときは高校3年生での戴冠だった。住友電工所属となって5年目となる今年は、拠点としているアメリカでシーズンイン。着々と状態を上げてきた。5月に追い風参考(+3.5m)ながら11秒28で走って、好調を印象づけていたが、6月7日には今季日本最高となる11秒37(+0.6)の自己新記録をマーク。日本チャンピオンとなった2019年に、U20日本歴代2位(当時)、高校歴代2位となる11秒46を出していた御家瀬は、昨年の日本選手権(準決勝)でこの記録を再びマークしているが、これらを一気に更新する形となった。復調の兆しを見せていた前回は2位。今季は、5年ぶりのV奪還に、さらなる自己新記録で、自ら花を添える可能性がある。

日本歴代2位の11秒24(2022年)が自己記録で、この種目では2回の優勝実績を持つ兒玉芽生(ミズノ)は、屋外シーズン直前の故障が影響し、今季も立ち上がりに苦しむ滑りだしとなったため、どこまで復調しているかが気になる。一方、昨年、100m・200mで2冠を果たし、WAからのインビテーションでブダペスト世界選手権にも出場した君嶋愛梨沙(土木管理総合)も、今季は、世界リレー直前に脚を痛めて代表を辞退する場面もあったものの、セイコーゴールデングランプリは11秒49(3位)、布勢スプリントでは11秒45(優勝)と、こちらは心配なさそうだ。前回優勝した際にマークした自己記録(11秒36)に迫れるか。

注目株は出雲陸上で好走し、世界リレー代表に選出された三浦愛華(愛媛競技力本部)と山形愛羽(福岡大)の2人。予選で11秒45(+1.5)の自己新をマークし、並みいる代表経験者を抑えて優勝した三浦は、日本選手権室内では2021年に60mでタイトルを獲得しているが、日本選手権ではまだ決勝進出経験がないだけに、ここを躍進の機会としたい。上位で戦うためには、自己記録に迫る走りの再現が必要となろう。昨年のインターハイ100m・200mチャンピオンの山形は、春先のレースで「日本代表」の経験を積んだうえで、6月15・16日に行われた日本学生個人選手権は100m・200mに出場。2日目の100mを11秒41(+1.7)のU20日本新記録で制したのち、3日目の200mでもU20日本歴代4位の23秒53(+1.4)で勝って2冠達成と、快進撃を続けている。初めて臨む日本選手権でも、2種目で優勝争いに絡んできそうだ。

このほかでは、日本学生個人選手権で、山形に続いた奥野由萌・岡根和奏の甲南大3年コンビは、男子100m元日本記録保持者である伊東浩司氏の指導のもと、大学で着実に力をつけてきた選手たち。奥野がこの大会で11秒55をマークしたことで、奇しくも自己記録も同じとなった。2人の1学年先輩で、東京五輪には4×100mリレーで出場している青山華依(甲南大)の自己記録11秒47は、格好の目標タイムとなるだろう。その青山は、手術を伴う膝のケガを乗り越え、今季から本格的に競技シーンへ復帰した。シーズンベストは11秒78に留まっているが、水戸招待では優勝を果たしている。同じく東京五輪リレー代表で、やはりケガに苦しむことが多かった石川優(青山学院大、自己記録11秒48)とともに、ここで上昇機運に転じる走りが見られるようだと、自国開催を控える来年の世界選手権に向けて、大きな光となることだろう。


◎女子200m

[日本記録:22秒88(2016)/五輪参加標準記録:22秒57]

“エース格”の選手では、鶴田玲美(南九州ファミリーマート)が、初制覇となった2020年以来4年ぶりとなるタイトル獲得に向け、視界良好の状態にある。鶴田は、4月の出雲陸上100mで11秒44と4年ぶりに自己記録を更新、世界リレーでも好走と、100mでも調子を上げていたなか、今回は200mに絞ってきた。今季の200mは、風に恵まれないレースが多く、2月15日の初戦は23秒87(-2.9)、逆に2月24日の2戦目は23秒06(+3.3)。シーズンベストとなる23秒58は、5月末に重慶(中国)で出しているが、これも1.2mという向かい風のなかでのもの。日本歴代3位に位置する23秒17(2020年)の自己記録更新だけでなく、日本選手では福島千里(22秒88=日本記録、2016年)しか到達していない22秒台突入は、時間の問題といえそうだ。

万全であれば、前回覇者の君嶋愛梨沙(土木管理総合)の2年連続2冠なるかや、兒玉芽生(ミズノ)の4回目優勝なるかも見どころといえるのだが、どちらも100mの項で触れた通り、故障の影響が気になる状況で、上位候補には挙げづらい。代わって、6月の日本学生個人選手権の結果で、一気に優勝候補へと浮上してきたのが、大学1年生の山形愛羽(福岡大)。初の日本代表入りとなった世界リレーが終わるまでは100mに軸を置いてきたが、日本学生個人選手権では、2日目に11秒41のU20日本新記録を含めて100mでハイレベルのレースを消化したうえで、最終日の200mでもU20日本歴代4位の23秒53(+1.4)をマークして、2冠を果たしている。日本選手権でのダブルタイトルだけでなく、200mにおける23秒45のU20日本記録(齋藤愛美、2016年)更新の可能性も出てきた。

23秒42の自己記録を昨年マークしている青野朱李(NDソフト)も躍進が待たれる選手。今季は、100mでは3月の段階で自己記録に0.03秒と迫る11秒58のセカンドベストをマーク、世界リレー代表にも選出された。200mのシーズンベストは23秒90だが、出雲陸上を制した際には追い風参考(2.7m)で23秒43をマークしている。オフシーズンに23秒1~2台を目指せるトレーニングができ、課題であった前半が走れるようになっているというだけに、ぴたりとはまれば、持ち味の後半をより生かせる快走が見られるかもしれない。

もう1人、注目したいのが、今季著しい進境を見せている髙橋亜珠(筑波大)だ。関東インカレに100mハードルと200mという組み合わせで出場し、100mハードルをU20日本歴代2位の13秒28(+0.5)で優勝。200mでは準決勝でU20日本歴代7位タイ(当時)の23秒67(+1.1)をマークすると、決勝は23秒87(+0.4)で先着し、2冠を達成した。日本選手権では、200mはシニアの部、100mハードルはU20の部に出場する。どちらも大会3・4日目の実施だが、ともに100mハードルが先に行われる日程ということもあり、両種目に臨むことが可能な状況だ。

100mとの2種目にエントリーしている御家瀬緑(住友電工)は、今季はまだ200mを走っていないが、出場すれば、昨年マークした自己記録(23秒97)は確実に上回ってくるだろう。うまく競り合う走りで記録を大幅に更新し、上位争いに絡んでくるようだと面白い。前回400m覇者の久保山晴菜(今村病院)は、もともとショートスプリントから400mへと足場を移していった選手。前回は、400mで初優勝を果たしたあと200mにも臨み、決勝で23秒57の自己新をマークして3位を占めた。今季400mで54秒07、200mでも 23秒73と、急成長を見せているフロレス・アリエ(日本体育大)とともに、2種目での好走を期待しよう。


◎女子400m

[日本記録:51秒75(2008)/五輪参加標準記録:50秒95]



中央大2年の2017年に、日本選手権を制している岩田優奈(スズキ)が、7年ぶりのタイトルに挑む。2019年には4×400mリレーの日本代表として、アジア選手権や世界リレーにも出場した実績を持つ選手。社会人となっては度重なるケガによる不振が続いていたが、この冬、痛みを感じることなくトレーニングに取り組めたことで、復調を感じながらシーズンを迎えることができた。出雲陸上では、予選で53秒42、決勝では53秒38の好走を連発させて優勝し、2018年にマークした自己記録(53秒37)に肉薄している。その後は、バハマで開催された世界リレーの混合4×400mリレーに出場、帰国して木南記念(53秒73・3位、日本人2位)を挟んだのちに、バンコク(タイ)で開催されたアジアリレーに臨み、4×400mリレーで3走を務めている。来年の東京世界選手権への“女子マイル”出場を目指して、今季は52秒台突入を目標に掲げているが、日本選手権で実現できれば、2回目の優勝にも近づけるはずだ。

その出雲陸上のラストで岩田を追い上げ、53秒42で続いた松本奈菜子(東邦銀行)は、アジア室内400mで金メダルを獲得するなど順調な滑りだしを見せていたが、その後、肉離れに見舞われ、世界リレーの出場も断念することになってしまった。復帰レースが日本選手権となるが、どこまで回復させることができているか。

昨年、53秒07まで自己記録を更新し、日本選手権でも2位に0.80秒の差をつける走り(53秒19)で、初の日本タイトルを手にした久保山晴菜(今村病院)は、出雲陸上は4位(53秒90)で世界リレーの代表入りを逃したが、ウエイティングリストからの繰り上がりで急きょ参戦可能となったダイヤモンド蘇州大会に出場する(54秒47・8位)というタフな遠征も挟むなか、静岡国際、木南記念はともに日本人首位(静岡国際は日本人首位タイ)の2位でフィニッシュ。その後は、アジアリレーにも出場している。シーズンベストは木南記念でマークした53秒65。連覇に向けて、もう一段階ギアを上げた姿を見せてくれそうだ。

井戸アビゲイル風果(東邦銀行)は、出雲リレーの予選で初めて54秒を切ると、決勝で53秒87まで更新して3位となり、世界リレー、アジアリレーに出場した。世界リレーの代表は逃したもののアジアリレーに出場した森山静穂(いちご)とともに、今季が社会人1年目。どちらも伸びしろのある選手だけに、日本選手権でさらに躍進する可能性を秘める。また、伸びしろという点では、高校2年時の2021年にマークした自己記録55秒41を大きく塗り替える54秒07で関東インカレを制したフロレス・アリエ(日本体育大)の動向も見逃せない。53秒台前半の選手たちと競り合うなかで、どこまで記録を縮めていくかに注目したい。


◎女子800m

[日本記録:2分00秒45(2005)/五輪参加標準記録:1分59秒30]



久保凛(東大阪大敬愛高)の快進撃が続いている。日本グランプリシリーズ初参戦となった4月の金栗記念で、田中希実(New Balance)をはじめとする錚々たるシニア選手たちに先着して、2分05秒35で優勝すると、5月の静岡国際では、3月にマークしていた自己記録(2分05秒13)を大幅に更新する2分03秒57のU18日本新記録(高校歴代3位)を樹立。その9日後に行われた木南記念も制して(2分05秒11)、グランプリシリーズで全勝中。さらに、800mと1500mの2種目に出場した6月13~16日のインターハイ近畿地区大会では、1500m2本(優勝)を経て、800m3本目となった最終日の決勝で、スタート直後から1人で“ぶっ飛ばす”レースを展開。完全単独走で走りきり、2分05秒50とU18日本記録をさらに塗り替えている。今季は、400mでも55秒04、1500mも4分19秒11と自己記録を更新しており、これが強さを支えているといえる。日本選手権では、春先から目標に掲げていた優勝とともに、やはり今季の目標としている高校記録(2分02秒57、塩見綾乃、2017年)更新の2つをクリアしてしまうかもしれない。実現すれば、この種目では2016年以来となる高校生チャンピオンの誕生となる。

対するシニア勢も、そう簡単には勝たせるまいと士気を高めてくるはずだ。中心となってくるのは、久保が更新を目指す高校記録の持ち主で、2022年大会を制している塩見綾乃(岩谷産業)、前回初優勝を飾った池崎愛里(ダイソー)、さらには前回3位で、今季は静岡国際で2分04秒57(2位)をマークしている昨年インカレ覇者の渡辺愛(園田学園女子大)あたりか。2分02秒71の自己記録を持ち、2020年の日本選手権チャンピオンである川田朱夏(ニコニコのり)も、関西実業団を2分05秒77で制して、徐々に調子を上げてきている。

このほか、1500mと5000mに日本記録を持ち、5000mではすでにパリ五輪代表に内定済みの田中希実(New Balance)が、2年ぶりに800mを含めた中長距離3種目でエントリー。パリ五輪本番に向けた戦略のなかで、800mにどう臨んでくるかにも注目が集まる。1・2日目に1500mを終え、3日目に800m予選と5000m決勝が重なるものの、最終日は800m決勝のみとなるタイムテーブル。過去に挑戦したときよりも負担は少なく、むしろ五輪本番を考えて、課題を持って臨んでくると推測する。出場した場合は、間違いなく優勝争いの鍵を握る存在となるだろう。


◎女子1500m

[日本記録:3分59秒19(2021)/五輪参加標準記録:4分02秒50]



2020年大会から連勝している田中希実(New Balance)のV5は、ほぼ間違いない。田中は、ターゲットナンバー45のこの種目において、ワールドランキングで30番目。参加標準記録を突破しなくても確実にパリ五輪出場が見えている状況だ。しかし、初日に予選、2日目に決勝と、大会前半で1500mだけに集中できる日程であることを考えると、どちらかで4分02秒50の参加標準記録を狙ってのレースに挑むのではないか。今季は、5月中旬のセイコーゴールデングランプリまで4分7秒台でのレースが続いていたが、5月末のダイヤモンドリーグユージーン大会5000mで参加標準記録をクリアして、この種目での五輪内定を決めると、その翌週のダイヤモンドリーグストックホルム大会では1500mに出場して、標準記録に肉薄する4分02秒98をマーク。そのあたりで、「準備体操終わり、本番モードにチェンジ!」とばかりに、身体も(たぶん気持ちも)切り替わったような印象がある。その後は、ケニアへ飛んで合宿。もう一段階ギアを上げていけるトレーニングに取り組むとともに、ケニア選手権を観戦し、刺激を受けて帰国している。日本選手権では、パリ五輪のレースを想定してのレースプランで挑むことになるだろう。

五輪出場ということでは、ワールドランキングでターゲットナンバー外ながら日本選手では田中の次となる位置(51番目)についける後藤夢(ユニクロ)は、「記録も、順位も」狙ってのレースとなる。ケガの影響もあり、少し出遅れ気味の感はあるが、セイコーゴールデングランプリで4分10秒84、6月9日にはアメリカで4分09秒93のシーズンベストをマークしている。2022年にマークした4分09秒50を更新するような走りで、田中の背中を追いたい。2016年チャンピオンで、その後、5000mに距離を延ばして2019年世界選手権出場している木村友香(積水化学)は、主戦場を戻して1500mで五輪出場を目指している。今季ベストは織田記念を制した際にマークした4分10秒75。後藤同様に、2022年に出した自己記録(4分09秒79)を上回っていくようなレースが求められる。

現役では田中に次ぐ自己記録(4分07秒90=日本歴代3位)を、前回の東京五輪でマークしている卜部蘭(積水化学)は、ケガで苦しんだ昨シーズンを乗り越えての戦線復帰となった。シーズンベストは兵庫リレーカーニバルで出した4分12秒14。6月15日にはカナダの競技会に出て4分12秒19で走っている。4分10秒を切る水準に戻して上位争いに食い込みたい。

U20年代では、今週からペンシルバニア州立大への進学を控えるダイヤモンドアスリートの澤田結弥(静岡陸協)、高校1年の昨年に4分15秒50をマークしているドルーリー朱瑛里(津山高)がエントリーしている。今季のシーズンベストは、澤田は4分19秒19、ドルーリーは4分19秒00。どちらも8月末に行われるU20世界選手権を見据えながらのレースとなりそうだ。


◎女子5000m

[日本記録:14分29秒18(2023)/五輪参加標準記録:14分52秒00]



ブダペスト世界選手権で8位に入賞している田中希実(New Balance)は、5月の段階で参加標準記録を突破し、ひと足早くこの種目のパリ五輪代表内定を得たなか、日本選手権では800m、1500m、5000mの3種目にエントリーした。5000mを回避することも、五輪出場の可能性が低い800mは出場しない選択もあるなか、田中が敢えて3種目に挑戦することを選んだのであれば、どんな意図を持って臨もうとしているのかに興味が持たれるところだ。

5000mは大会3日目の実施で17時55分のスタート。田中は、1・2日目に1500mの予選・決勝を1本ずつ消化し、15時25分から行われる800m予選を走ったのちに臨むことになる。しかし、昨年、自己記録を14分29秒18(日本記録)という水準まで引き上げている田中であれば、十分に対応できるはず。3年連続4回目の優勝も、ほぼ確実とみてよいだろう。見どころの一つとなるのは、そのレースプラン。自己新を狙うレースをするのは難しいことを考えると、パリ五輪本番を見据えたレースを試すのではないか。それは一定のペースで押していくというよりは、大幅なペースの上げ下げ、あるいは小刻みなペースチェンジといったものになるかもしれない。駆け引き自体を試すことはできないが、おそらく昨年の世界選手権や、これまでのダイヤモンドリーグで戦った世界のライバルたちの息づかいを感じ、見えない背中を追ってのレースとなるだろう。

残り2枠となったパリ五輪代表争いという観点からみると、田中に続く選手たちは、日本選手権で参加標準記録突破を狙うのは現実的ではないことから、ワールドランキングでの出場を狙ってのレースとなる。現段階のワールドランキングでは、8番目の田中以外では、山本有真(積水化学)が33番目、廣中璃梨佳(JP日本郵政G)が37番目で続き、日本人4番手の樺沢和佳奈(三井住友海上)も40番目が伺える位置でターゲットナンバー(42)内に収まっている。

万全であれば、前日本記録保持者(14分52秒84)で東京五輪9位、10000mでは東京五輪・ブダペスト世界選手権で7位入賞を果たしている廣中が、その一番手に上がってくる。しかし、故障の影響で5月3日に行われた日本選手権10000mを欠場。暫定版として発表されたエントリーリストには名前はあるものの、その後の動向が懸念される状況だ。

その廣中よりも上位にいる山本は、昨年はブダペスト世界選手権出場を果たしたほか、アジア選手権、アジア大会でも日本代表に選出され1・4位。今年2月のアジア室内(3000m)でも優勝して、このアジア3大会でしっかりとポイントを積み重ねてきた。今季は、ゴールデンゲームズinのべおかでの16分04秒59がシーズンベスト。5月中旬のセイコーゴールデングランプリはコンディション不良で欠場しており、そこからどこまで調子を上げることができているかという状況だ。一方、樺沢は良い状態が維持できている。金栗記念(15分22秒04、4位)、織田記念(15分25秒30、2位)、セイコーゴールデングランプリ(15分20秒94、5位)と国内主要大会すべてで日本人トップ。日本選手権でポイント上積みできる可能性も高い。上位2番目までに入ることがマストとなってくる。

日本選手権ということでは、豪華な顔ぶれが揃った。オレゴン・ブダペストと2大会連続して10000mで世界選手権に出場し、5月3日の日本選手権10000mでは初優勝を果たした五島莉乃(資生堂)、ブダペスト世界選手権マラソン代表でマラソングランドチャンピオンシップは4位でパリ五輪出場に届かなかった加世田梨花(ダイハツ)もエントリー。また、旧姓の鍋島時代の2017年に5000mで、2018年・2019年には10000mで3回の日本選手権優勝実績を持ち、世界選手権にも出場している楠莉奈(積水化学)が自己ベストの15分10秒91をマークした2018年以後では最高記録で、自己4番目の記録となる15分20秒65を6月15日にマークして調子を上げてきた。上位争いに絡むレースを展開するかもしれない。

※6月21日追記:廣中璃梨佳選手は、出場者が最終確定する6月21日の段階で、エントリーを取り消している。


◎女子100mハードル

[日本記録:12秒73(2022)/五輪参加標準記録:12秒77]

2019年に寺田明日香(ジャパンクリエイト、当時パソナグループ)が初めて13秒の壁を突破する12秒97をマークして以降、日本の女子100mハードルの水準は、一気に、そして大きく引き上げられた。日本記録は6回更新されて2022年には12秒73へ。13秒を切る選手が次々と現れ、12秒台ハードラーは昨年で6人に。12秒台の出るレースは、今や当たり前と受け止められるようになりつつある。この結果、今大会には現日本記録保持者の福部真子(日本建設工業、12秒73)を筆頭に、12秒台の自己記録持つ日本歴代上位者6名すべてがエントリー。13秒00が2名、13秒01が1名と、13秒01の自己記録を持っていても、トップ8からこぼれるレベルとなっている。

全体のレベルが上がり、層の厚みも増しているが、トップシーンを見ると、ここまでの右肩上がりがやや鈍化。今季の日本最高は田中佑美(富士通)の12秒90、これに福部が12秒92で続き、12秒台は2選手にとどまっている。しかし、これは停滞というよりは、「次のさらなる飛躍に向けた準備期間」と受け止めたい。以前の「13秒を切る」「12秒8台を」「参加標準記録を」といった目標設定から、どの選手も「12秒6台で走る」「12秒5を切っていく」を目指しての取り組みを続けていくなかでの試行錯誤となっているからだ。トレーニングでいう「超回復」現象がいつ起きるかが待ち遠しい。

ただし、パリ五輪を目指すうえでは、苦しい戦いとなっている。12秒77の参加標準記録突破者は不在で、ワールドランキングにおいて、「40」のターゲットナンバー内に位置するのは、田中のみ(34番目)となっている。ずっと40番手で推移していた寺田は、ヨーロッパ選手権の結果が出たタイミングで41番手と「圏外」へ。福部が寺田を3ポイント差で追い、その福部に16ポイントの差で青木益未(七十七銀行)が続いているという状況だ。

パリに最も近い位置にいるのは、やはり田中といえるだろう。精神的な余裕を持って屋外シーズンを迎えられるよう、冬の段階から海外の室内競技会を積極的に転戦し、しっかりとポイントを積み重ねていく戦略をとった。ワールドランキングでの代表入りが見える状態でスタートさせた国内レースでは、初戦の織田記念を13秒00で制すると、予選のみの出走となった木南記念は、その段階での今季日本最高(12秒97、-0.7)をマーク。セイコーゴールデングランプリでは12秒90(-0.6)で2位となり、きっちりと日本人トップを確保した。これらを大きなアドバンテージとして、日本選手権は気象条件や記録を考えずに、順位を狙うことに集中できる状態へ持ち込んだ格好だ。3位以内で五輪出場は見えてくるが、ここまで来たら表彰台の一番高いところを狙いたい。実現すれば初優勝となる。

2022年オレゴン世界選手権準決勝で日本記録を樹立し、同年秋に12秒73へと記録を更新した福部は、昨年のブダペスト世界選手権は唯一の参加標準記録(12秒78)突破者だったにもかかわらず、日本選手権が4位(12秒99)に終わったことで、代表入りを逃す悔しさを味わった。昨シーズンを含めて、12秒5を切っていくことを視野に入れ、肉体面や技術面のスケールアップに取り組んでいて、そのアジャストに苦労している。今季も、参加標準記録のクリアを目指しつつも、ぴたりとハマる走りには至っていない。しかし、そのなかでも木南記念での12秒92(+0.2、2位)を筆頭に、12秒99(+1.9)、13秒00(-0.6)、13秒05(+1.2)と、田中と差のないタイムで推移している。ターゲットナンバー圏内に入るためには、9ポイント以上の獲得が必要。シーズンベストをマークして優勝を果たせば、可能性は拓けてくる。

昨年12秒86の自己記録を2度マークして日本リスト1位を占めたほか、日本選手権で「1回目の現役時代」も含めて通算5回目の優勝を果たした寺田は、今年は木南記念予選の13秒10(+0.6)がシーズンベスト。その後は、足部に痛みが出たことでレースには出場せず、トレーニングで本番に照準を合わせている。ワールドランキングは41番目と、圏内から押し出されてしまったが、日本選手権での再浮上は十分に可能。2大会連続の五輪出場に向け、寺田ならではの“ここ一番の強さ”を見せるレースを見せてくれるだろう。

東京五輪、2022・2023年世界選手権代表の青木益未(七十七銀行)は、技術的な面に噛み合わない状態が続き、タイムも13秒11(+1.3)にとどまっている。しかし、100m11秒48のスプリントと爆発的なパワーを誇るだけに、状態が整えば、一気に上位戦線に戻ってくるはずだ。今季、13秒00と11年ぶりに自己記録を0.02秒更新した紫村仁美(リタジャパン)は、2013年・2017年世界選手権をはじめとして数多くの日本代表実績を持つ選手で、日本選手権も2度(2013年・2015年)制している。7人目の12秒台を達成させたい。こうした面々に加えて、昨年12秒台ハードラーの仲間入りを果たした清山ちさと(いちご)と大松由季(CDL)、さらには、6月の布勢スプリントで13秒01をマークした田中陽夏莉(富士山の銘水)と、上位候補に挙げられる選手は多い。前回は上位4人が12秒台。準決勝での決勝進出ラインは13秒27だった。気象条件にもよるだろうが、層がさらに厚くなっている今年は、それ以上の水準となるかもしれない。


◎女子400mハードル

[日本記録:55秒34(2011)/五輪参加標準記録:54秒85]



今季の日本リストは、山本亜美(立命館大)が57秒16で1位、2位には宇都宮絵莉(長谷川体育施設)が57秒30と僅差で続いている。山本は、大学1年時の2021年から勝っており、今回勝てば日本選手権4連勝。一方、2018年にタイトルを獲得している宇都宮は、6年ぶりとなる女王の座を狙ってのレースとなる。

前回の日本選手権を、日本歴代5位の56秒06で制した山本にとって、昨シーズンは国際舞台へと足場を広げた1年でもあった。初めて日本代表のユニフォームを見つけることになったアジア選手権では銅メダルを獲得、8月にはワールドユニバーシティゲームズで5位に入賞し、ブダペスト世界選手権にも出場を果たした。10月にはアジア大会に出場し、7位の成績を残している。今年に入ってからは、シーズンベストをマークした静岡国際を優勝し、関西インカレでは4連覇を達成。日本選手権2週間前のタイミングで開催された日本学生個人選手権には400mで出場し、準決勝で55秒14のセカンドベストをマークしている(決勝は欠場)。ワールドランキングは63番目で、ターゲットナンバー内となる40番目には28ポイントの差があり、日本選手権1試合でジャンプアップするのはかなり難しい状況だが、目前となっている55秒台突入、さらには日本選手では日本記録保持者の久保倉里美しか到達していない55秒台前半に迫っていくことで、道が拓ける可能性はある。後半の強さには定評があるだけに、序盤をどのくらいハイペースで刻んでいけるか、そしてスムーズに後半に繋げられるかが見どころとなりそうだ。

ワールドランキングで60番目にいる宇都宮は、山本とは1ポイント差。ターゲットナンバー入りを目指すためには、ほぼ山本と同じレベルの結果が必要だ。今季は、ニュージーランドで初戦を迎えたあと、国内で日本グランプリシリーズを2戦して、その後は、中国(57秒52、3位)、フィジー(57秒57、優勝)と転戦して、ランキングポイントを着実に積み上げてきた。自己記録の56秒50は2021年にマークしたもの。3年ぶりの自己記録更新で55秒台に迫りたいところだ。

今季の記録で、この2人に続くのは、松岡萌絵(中央大、57秒80)と益子芽里(中央大、57秒91)。中央大の先輩・後輩にあたり、5月の関東インカレでワン・ツーフィニッシュを果たした際にマークした。2年前に57秒57の自己記録を出している松岡を含めて、日本選手権の結果速報に、「PB」の文字を残したい。大学時代の2016年に56秒79をマークしている梅原紗月(住友電工)は、国内大会では決勝の常連と呼べる存在だが、今季は57秒99がシーズンベスト。ここからどこまで上げていくことができるか。自己記録で宇都宮と並ぶ56秒50(2020年)を持つイブラヒム愛紗(成洋産業)は2020年大会の、57秒09の自己記録を持つ伊藤明子(セレスポ)は2019年大会のチャンピオン。伊藤については、1週間前に行われる日本選手権混成で七種競技に出場したうえでの、“2種目出場”となる。


◎女子3000m障害物

[日本記録:9分33秒93(2008)/五輪参加標準記録:9分23秒00]



ターゲットナンバー「36」のこの種目で、ワールドランキングの日本人最上位にいる西山未奈美(三井住友海上)でも71番目。3大会の平均スコアでよいこの種目でも、日本選手権の結果だけで圏内に浮上するのは、日本記録を更新したとしても難しい。前回の東京五輪では山中柚乃(愛媛銀行)が出場を果たしたが、この種目でのパリ五輪は厳しいといわざるを得ない状況だ。

9分47秒76で今季日本リスト1位を占めるのは、大学生の齋藤みう(日本体育大)。兵庫リレーカーニバルで、昨年までの自己記録(10分14秒19)を大幅に更新して制した際にマークした記録だ。日程が重なった関東インカレを欠場して臨んだ木南記念は、9分50秒97で2位だったが、1・3位を海外選手が占めたなか、きっちりと日本人トップを確保。優勝候補の一角と呼べる存在となった。日本選手権では、9分40秒を切る自己記録を持つ社会人選手の胸を借りて、自己記録の更新と初優勝を狙っていくことになりそうだ。

兵庫リレーカーニバルでマークした9分49秒77(2位)で今季リスト2番手に位置する西山未奈美(三井住友海上)は、2022年日本選手権で9分39秒28の自己新記録を出して3位に食い込んでいる選手。齋藤同様に、初優勝のチャンスといえる。

社会人1年目として臨んだ前回、初優勝を果たした大学1年の2019年大会以来4年ぶりに日本一の座に返り咲いた吉村玲美(CramerJapanTC)は、同じく兵庫リレーカーニバルで出した9分59秒14がシーズンベストだが、この種目は全体のレースの流れで記録水準にも大きな差が出ることを考えると、本来はもっと走れるはず。ペース配分ミスやレースの中だるみがなければ、優勝争いをする可能性は十分にある。昨年、日本代表として出場したバンコクアジア選手権では、インド選手との熾烈なラストの競り合いを0.02秒差で抑えて銅メダルを獲得した。日本選手権では、そうした勝負強さを見せてくるだろう。

9分台がこの3選手のみというのは少し寂しいが、前回2・3位を占めた森智香子(積水化学)と西出優月(ダイハツ)には、資格記録や自己記録を考えれば、9分50秒を切ってくるようなレースを展開できるはある。逆に、今季10分01秒53まで持ち記録を上げてきた小池彩加(エフアシスト)、同様に10分03秒57で走った山下彩菜(大阪学院大)には、良い流れのなかでペースを刻むことで、10分を切る大幅な自己記録更新を実現させてほしい。


◆第108回日本選手権展望バックナンバー
男子トラック種目編:群雄割拠の100mは追い風参考ながら9秒台を出した栁田が一歩リードか。400m・110mハードル・400mハードルではパリ五輪即時内定者誕生に期待
男子跳躍種目編:走幅跳・橋岡、6回目の優勝で即時内定を狙う。走高跳では、赤松・真野の世界選手権入賞ジャンパーが激突
男子投てき種目編:やり投・ディーン、﨑山、新井らによる80mオーバーのスローに期待/ハンマー投・福田はパリへの道を紡げるか




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既にパリ五輪への切符を掴んでいる
北口榛花 (JAL)・田中希実 (New Balance)
三浦龍司 (SUBARU)・サニブラウンアブデルハキーム (東レ)

日本選手権優勝でパリへの切符を掴む
佐藤拳太郎 (富士通)・村竹ラシッド (JAL)
秦澄美鈴 (住友電工)・橋岡優輝 (富士通)・豊田兼 (慶應義塾大)

それぞれの思いが新潟で交錯する
まさに「運命をかけた決戦」
舞台は、新潟・デンカビッグスワンスタジアム
6月27日、開幕


パリオリンピック 代表選考について

◆参加標準記録・選考要項
https://www.jaaf.or.jp/news/article/16334/
◆参加資格有資格者一覧
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◆パリ五輪選考条件まとめ資料
https://www.jaaf.or.jp/files/upload/202406/road_to_paris.pdf

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