第105回日本陸上競技選手権大会・室内競技が3月12~13日、2022日本室内陸上競技大阪大会(以下、日本室内大阪大会)との併催で、大阪市の大阪城ホールで行われる。この大会は、2020年からシニア種目が「日本選手権・室内競技(以下、日本選手権室内)」の扱いになったことで、世界陸連(以下、WA)が展開するワールドランキング制での大会カテゴリがランクアップし、より効果的にポイントを獲得できる競技会となった。また、U20、U18、U16の区分で行われる日本室内大阪大会とともに、スプリント、ハードル、跳躍における各年代のトップアスリートが、屋外シーズン直前の状態を確認できる貴重な機会でもある。
昨年こそ、会期を1カ月以上ずらして無観客で行う形となったが、大会自体は、新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)による中止もなく、継続して開催できていて、今回は、指定席制ながら有観客で実施する予定とのこと。室内日本新記録、U20室内日本新記録をはじめとして、毎年、好記録が誕生しているだけに、勝負・記録ともに大いに期待できそうだ。
また、この大会で選手たちの動向を把握しておくと、4月から本格的にスタートする日本グランプリシリーズをはじめとした屋外シーズンを、よりいっそう面白く見ることができるはず。「自国開催のオリンピック」という世紀のビッグイベントを終えた日本陸上界にとって、新たな1歩を踏み出す年でもある2022年シーズン、7月に開催されるオレゴン世界選手権(アメリカ)、9月に予定されている杭州アジア大会(中国)に向けての熱い戦いが、いよいよ始まる。
ここでは、トラック編とフィールド編の2回に分けて、日本選手権室内の見どころを紹介していくことにしよう。
※出場者の所属、記録・競技結果等は3月3日時点のもの。また、エントリー情報は、3月3日段階の出場者リストに基づくため、欠場する可能性もある。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:フォート・キシモト
日本選手権室内で実施されるフィールド種目は、男女ともに跳躍の4種目。室内の記録が、屋外と同等に扱われるため、ダイレクトにオレゴン世界選手権の参加標準記録突破を狙える貴重な機会といえる。大阪城ホールは競技会場設営の関係で、助走路の感触が屋外と異なる側面はあるが、屋外走路より弾性を得られるため、リズムを取りながらバネを生かした助走を行うタイプの選手では、「タイミングがとりやすくて好き」という声もある。さらに、グラウンドコンディションが安定し、特に風の変化に悩まされることなく試技に臨める点は、跳躍にとっては大きなアドバンテージ。今年の世界選手権は、通常よりやや早い7月開催ということで、2022年シーズン前半の日程も、これに合わせて全体に例年よりやや前倒し気味で設定されている。春先の屋外競技会は天候が安定しない傾向もあるだけに、室内競技会のメリットをフルに生かし、参加標準記録突破や新記録樹立を狙ってほしいところだ。
また、跳躍種目においては、冬期トレーニングで高めてきた要素を、実際の跳躍で試して調整したりチェックしたりする作業が必要で、屋外シーズンを待たずに、これらを実戦で確認できる室内大会の意義は大きい。そういう意味では、大会に臨む目的は、選手個々で大きく異なるといえるだろう。そんな背景を推測しながら、各選手のパフォーマンスを見ていくのも、この時期の室内競技会ならではの楽しみ方といえる。
・走高跳
日本記録保持者(2m35)の戸邉直人(JAL)が、3月18~20日に予定されている世界室内選手権(セルビア・ベオグラード)に照準を定めている関係で、この大会には出場しない。また、長くトップランカーとして活躍してきた衛藤昂(味の素AGF)は昨シーズンで現役を退いたため、東京五輪代表2選手が不在のなかでの勝負となる。しかし、この種目では、東京五輪に向けた取り組みのなかで、若手の層が着実に力をつけてきた。エントリー8選手のうち、2m27以上の自己記録を持つ者が4名。そろそろ大きな打ち上げ花火が上がってもおかしくない状況が整いつつある。
今回の出場者のなかで、頭一つ抜けている存在といえるのが真野友博(九電工)だ。2019年に2m28をクリア、翌2020年には、コロナ禍で競技会やトレーニングができない期間もあったなか、9月の全日本実業団で日本歴代4位に浮上する2m31に成功。10月に開催された日本選手権ではセカンドベストの2m30を跳び、戸邉・衛藤の2強を倒して初優勝を飾った。東京五輪出場を懸けて臨んだ2021年シーズンは、日本選手権では戸邉に続いて2位に。最終的に五輪参加標準記録2m33には届かず、コロナ禍による海外転戦等ができないなかでの大会カテゴリの差も影響して、WAワールドランキングによる出場も叶わなかったが、8月には再び2m30を跳び、安定した力を印象づけた。2019年ドーハ世界選手権、2021年東京五輪と、わずかなところで出場を逃している真野としては、「今度こそ日本代表へ」の思いは強いはず。オレゴン世界選手権の参加標準記録は、東京五輪と同じ2m33。当然、2022年は、まずはこの記録を狙っての戦いとなっていく。
ともに2020年に2m28の自己記録を跳んでいる赤松諒一(アワーズ)と藤田渓太郎(佐竹食品)は、昨年は赤松が2m27、藤田は2m24がシーズンベスト。昨年、一気に2m27まで記録を伸ばしてきた瀬古優斗(滋賀レイクスターズ)、2m26を跳んで自己記録を1cm更新した長谷川直人(CORONA新潟アルビレックスランニングクラブ)らとともに、まずはこの水準を安定させることが求められよう。真野に続く一番手が誰になるのか。複数で迫っていくようだと面白い。
女子は、前回、1m77の大会新記録で優勝を果たした徳本鈴奈(友睦物流)、同記録で2位となり、その後、屋外の日本選手権を制した武山玲奈(環太平洋大学)がエントリー。さらに日本インカレ覇者の高橋渚(日本大学)、全日本実業団を制した竹内萌(栃木県スポーツ協会)、インターハイチャンピオンの岡野弥幸(埼玉栄高校)、高校1年ながらU20日本選手権とU18競技会に勝った森﨑優希(明星学園高校)と、昨年の各大会の“女王”が揃った。記録面では徳本と高橋が1m80の自己記録を持つが、昨年の日本リストは、高橋の1m79がトップで、1m76・1m78あたりで多数がひしめく状況となっている。願わくば全体の水準が、もうワンランク引き上がった状況にしていきたい。ここから誰が抜け出していくか。大玉華鈴(日本体育大学)は、七種競技で実績を持つ選手で、得意とする走高跳では1m78の自己記録を持つ。ここで好ジャンプを見せるようだと、社会1年目となる七種競技での活躍が楽しみになってくる。
・棒高跳
昨年の東京オリンピックには山本聖途(トヨタ自動車)と江島雅紀(富士通、ダイヤモンドアスリート修了生)が出場した男子棒高跳だが、昨シーズンは、そこに続く一群が着実に力をつけている印象を受けた1年だった。その筆頭にあげられるのが竹川倖生(丸元産業)と石川拓磨(東京海上日動キャリアサービス)。竹川は、屋外の日本選手権で5m70の自己新記録をクリアして初優勝を飾ったほか、全日本実業団優勝、この種目の日本GPシリーズチャンピオンに輝くなど、1年を通じて安定した結果を残した。また、石川は、前回の日本選手権室内で、自己記録を一気に20cm更新する5m70に成功。高校(岡崎城西高)・大学(中京大)の先輩で同記録を跳んだ山本を無効試技数の差で抑え、初のタイトルを獲得した。順当に進めば、この4選手が上位争いを繰り広げることになりそうだ。すでに実戦を重ねて着々と調子を上げてきているのは山本だ。今年に入ってフランスでトレーニングを積みながら室内競技会に出場。4戦目として、オープンで参加した2月27日のフランス室内選手権では5m71の攻略に成功している。続いて挑んだ5m80でも惜しい跳躍を見せており、2016年に室内でマークした5m77の自己記録(室内日本記録でもある)更新に向けて、視界は明るい。
オレゴン世界選手権参加標準記録は5m80。棒高跳が、特に天候や気温、風の影響を受けやすいことを考えると、ここで標準記録をクリアしておけると、代表入りに向けてもぐんと楽になるはず。複数がこの高さをクリアし、2005年から更新されていない日本記録(5m83、澤野大地)を上回る高さにバーが上がるような活況を期待したい。
女子棒高跳も、日本記録更新の可能性が十分にある種目といえる。室内の日本記録は4m33、屋外も含めた日本記録が4m40。どちらも昨年、現役を退いた我孫子智美(滋賀レイクスターズ)がマークした記録だ。可能性があるのは、諸田実咲(栃木県スポーツ協会)と那須眞由(籠谷)の2人。前回を大会タイの4m20で制した諸田は、屋外の日本選手権でも初優勝。2020年にクリアした自己記録(4m30=学生記録)の更新はならなかったが、しっかり足場を築きつつある。一方の那須は、2019年に4m25の自己記録をマークして以降、屋外では日本選手権を2連覇(2019・2020年)。日本選手権室内も2020年に4m20(大会記録)で優勝を果たしている。昨年は関西実業団での1回にとどまったが、4m20はこれまでに何度も成功しており、4m30以上が跳べる力はすでに備えている。
4m30(2019年)の自己記録を持ち、屋外では2回の日本選手権獲得の実績をもつ竜田夏苗(ニッパツ)は安定感が課題だが、ぴたりとハマれば強さを発揮するタイプ。日本選手権優勝経験(2018年)を持つ南部珠璃(中京大学)のほか、田中伶奈(香川大学)、大坂谷明里・古林愛理(園田学園女子大学)ら学生ジャンパーたちは、まずは4m20台での安定を目指してのチャレンジとなりそうだ。
・走幅跳
2019年ドーハ世界選手権、2021年東京五輪と、連続で世界大会フルエントリーを果たし、決勝進出・入賞者を出している男子走幅跳は、「ポスト東京(五輪)」でも熱視線を送り続けたい種目の1つ。昨年のこの大会で8m19の室内日本記録を樹立し、東京五輪で6位入賞を果たした橋岡優輝(富士通、ダイヤモンドアスリート修了生)が、照準を合わせている世界室内に向けた渡航の直前となる日程となったため、出場を見送らざるを得なかった点は惜しまれるが、橋岡とともに、ドーハ・東京を日本代表として戦った津波響樹(大塚製薬、8m23)と城山正太郎(ゼンリン、8m40=日本記録)はエントリー。昨年はともにシーズンベストが7m90台にとどまったが、どちらも高い能力を秘めている選手。ともにスピードを生かした助走が持ち味であるだけに、弾性のある走路との相性がやや気になるが、シーズン初戦のこの大会で、どんな跳躍を見せるか。昨年のシーズンベストは7m87ながら、「ここ一発」で存在感を示すのが小田大樹(ヤマダホールディングス)。橋岡と同じ日本大学出身で、“森長門下生”でもある。自己記録は8m04で、これは大学4年の2017年にマークしたもの。公認記録では2019年にも8m03を跳んでいる。昨年の織田記念では、オリンピアンたちを押さえて優勝しているほか、全日本実業団も制している。そろそろ世界選手権参加標準記録(8m22)にぐんと迫るようなビッグジャンプを見たい選手だ。また、手平裕士(オークワ)は、2019年に出した自己記録に並ぶ7m97を、昨年再びマークした。8mの大台に乗ってくる可能性は十分にあるだろう。
女子は、秦澄美鈴(シバタ工業)が日本選手権室内2連覇中。日本室内大阪大会シニアの部として実施された2019年も含めると3連覇中となる。昨年は、この大会を6m33の大会新記録で優勝。屋外初戦となった兵庫リレーカーニバルでは、追い風3.0mの参考記録ながら6m69の跳躍で滑りだし、公認記録でも6m65(+1.1)をマーク。その後の競技会も、すべて6m40台に乗せる記録で全勝した。コロナ禍の影響によりWAワールドランキングで高いポイントを狙えるアジア選手権、アジア室内等が中止になる不運もあって、実施されていれば確実に出場していたはずの秦にとっては、ポイント獲得で不利な状況が続いているが、オレゴン世界選手権の参加標準記録は6m82。ややまだ開きはあるものの、着実にランキング順位を上げていくのと並行して、この記録を狙っていきたい。初戦となる今回は、室内日本記録の6m57(花岡麻帆、2003)あたりが絶好のターゲットになるかもしれない。
屋外で6m44の自己記録を持つ中野瞳(つくば分析センター)も力のある選手。自己記録は長田高校2年の2007年にマークしたもので、今もU20日本記録・U18日本記録、そして高校記録と残っている。2018年・2019年に連続して6m40台のシーズンベストを残しているが、この時期の状態にどこまで近づくことができるか。今年2月初めには、走高跳で東京五輪に出場し、昨シーズンで現役を退いた衛藤昂さん(味の素AGF)との入籍を発表したばかり。結婚して初めての競技会となる。
嶺村優(オリコ)、小玉葵水(東海大学北海道)、木村美海(四国大学)は、昨年自己記録を6m20台に乗せてきた。今季は、その勢いを加速させたい。また、竹内真弥(チームミズノアスレティック)は昨年の公認記録こそ6m15にとどまったが、自己記録は6m28(2019年)。昨年は100mHでの進境が著しく、13秒30まで記録を伸ばしてきている。表彰台を巡る争いは、激戦となりそうだ。
・三段跳
男子三段跳も室内日本記録(16m70、山下訓史、1992年)更新の可能性がある種目。その筆頭として期待を集めているのが伊藤陸(近畿大学工業高等専門学校)だ。昨年の日本インカレ男子三段跳で日本人3人目、学生では初めて17m台に乗る17m00をマーク。このときは走幅跳でも自身2度目の8mオーバーとなる8m05を跳び、同大会で41年ぶりの跳躍2冠を達成、一気にスポットライトを浴びる存在となった。恵まれた体格とともに、そのポテンシャルの高さは、早くから関係者の熱視線が注がれていた。2018年のU18日本選手権では走幅跳・三段跳で2冠を達成、翌2019年には三段跳で42年ぶりのU20日本新記録更新となる16m34を樹立した。2020年の日本選手権室内では、U20年代で室内初の16m台となる16m23を跳ぶ大逆転劇を演じ、すでに日本タイトルを獲得済みだ。2022年シーズンは、世界への足がかりを築く1年となるはずだけに、初戦となるこの大会で、どんな跳躍を見せるか。オレゴン世界選手権参加標準記録は17m14。そして、五輪種目のなかで最古の記録となっている男子三段跳の日本記録は17m15(山下訓史、1986年)だ。
前回チャンピオンの池畠旭佳瑠(駿河台大学AC)も、ベストの状態に仕上がってくれば、確実に上位争いを繰り広げるだろう。昨シーズンは故障の影響もあって、この大会でマークした16m45がシーズンベストにとどまっているが、2020年に急成長を見せ、16m75まで記録を伸ばすと、全日本実業団、日本選手権とビッグタイトルを制している。2020年シーズンによく見せた、最終跳躍で大きく記録を伸ばしてくる展開ができるようだと、優勝争いはより見応えのあるものになるに違いない。
女子は、前回覇者で、屋外の日本選手権では3連覇中の森本麻里子(内田建設アスリートクラブ)が、連覇と1999年にマークされた室内日本記録(13m27、花岡麻帆)の更新に挑む。森本は、2018年に13m台をマークして以降、毎年着実に記録を伸ばしてきた。昨年は、日本選手権で13m37まで記録を更新。9月の全日本実業団では追い風参考(+2.5)ながら13m43の好ジャンプも見せており、13m50台の記録が出せる力はすでに備わっている。エントリー資格記録で森本に続く髙島真織子(福岡大学、13m19)は、2020年のインカレチャンピオン。昨年4月に初めて13m台をマークすると、7月の実業団・学生対抗で13m19まで記録を伸ばし、森本をはじめとする上位記録を持つ選手たちを押さえて優勝した。今季は13m台を安定させながら、さらに自己記録を高めていくことが目標となりそうだ。
▼大会ページ
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