2025.11.06(木)その他

【自分がなりたい理想の姿を描く】ライフスキルトレーニング第1回講義・佐々木哲選手インタビュー



日本陸連が、大学生アスリートを対象に実施する「ライフスキルトレーニングプログラム」。6期目を迎えた今回は、例年より少し早い日程でスタートしています。2020年度から行われているこのプログラムは、自身の思考や状態を把握し、常に最善の選択を行っていくための方法を学び、それらを使いこなせるようトレーニングしていくことで、「自分の“最高”を引き出す技術」を身につけていくもの。これらの能力を高めることで、アスリートとしての飛躍に役立てるだけでなく、将来的なセカンドキャリアも含めて陸上競技以外のさまざまな場面で幅広く活躍できる人材に育っていくことを目指しています。

昨年から受講生の年代を拡大して、大学1~4年生および大学院1~2年生が対象となっていますが、第6期は、最終的に1年生3名、2年生3名、3年生2名、4年生1名の計9選手(https://www.jaaf.or.jp/news/article/22881/)が受講生として選出されました。10月14日にオンラインで行われたオリエンテーションを経て、10月25日に、スポーツ心理学博士の布施努特別講師による第1回全体講義が開催。今期のプログラムが本格的にスタートしました。第6期生たちは、これから来年2月までの約4カ月間で、対面形式で行う全5回の全体講義に加えて、オンラインによる複数回のグループコーチングおよび個別コーチングを受けることになっています。



第1回全体講義は、10月25日の午後、日本陸連の会議室で行われ、第6期生全9名に加えて、歴代受講者の伊藤陸選手(1期生、現スズキ、当時、近畿大学工業高等専門学校)、三浦励央奈さん(1期生、当時、早稲田大学)、池田海さん(3期生、当時、早稲田大学)、岩佐茉結子さん(3期生、当時、東京学芸大学)、渕上翔太選手(5期生、早稲田大学2年)がオブザーバーの立ち位置で参加しました。

4時間にわたって行われた全体講義では、まず、布施特別講師が自己紹介をしたうえで、歴代受講生を含めて、これまでにライフスキルトレーニングを受けた人々の映像やコメントなどを例示しながら、ライフスキルとはどういうもので、この能力を高めることで、自身のどんな場面に役立てていくことができるかを説明しました。

続いて、受講生たちが、自身を紹介するとともに、受講しようと思った理由や、ライフスキルトレーニングプログラムで得たいことを、一人ずつ順に発表。その際に布施特別講師からの重ねての問いが挟まれたり、OBOGたちからの「ライフスキルトレーニングの成果」を感じさせるような明快なコメントが寄せられたりすることで、第6期生たちの思いや受講によって高められそうな事柄が、よりくっきりとしていく時間となりました。

15分ほどの休憩をとったあとは、3人ずつ3つのテーブルに分かれたかれた第6期生たちに、OBOGが同席してワークショップが行われました。ライフスキルを使いこなせているトップアスリートの事例をいくつか紹介したうえで布施特別講師がテーマとして提示したのは、「長期的になりたい理想の自分とは、どういうものかを考える」というもの。“自分が目指す究極”ともいえる大きな目標をまず考え、それをグループごとでディスカッションしていく取り組みです。

受講生たちは、ここで「自分が、どういう自分になりたいのか」を一度徹底的に考えることによって、
・到達したい大きな目標から逆算する形で小さな目標を考えていくことで、現在の自分と将来のなりたい自分はつながっていく、
・目標を達成するために、自分で道(方法)を切り拓いていくことができるようになる、
・大きな目標自体が今は漠然としていても、いろいろなシーンを重ねていくなかで、どんどん具体化されていく、
などの事柄を理解しました。また、漠然としていた考えを言葉にして(言語化)、異なる背景や考え方を持つ他者と共有・ディスカッションすると、自身の思考が整理されたり、今までになかった視点で物事を捉えられるようになったりすることを経験しました。

第6期では、グループコーチングの模様をレポートするほか、毎回の全体講義を終えた受講生にインタビュー。講義の感想や学んだこと、日々の実践で生じた自身の変化など、受講生たちの「生の声」をお届けします。第1弾の今回は、佐々木哲選手(早稲田大学1年、男子3000m障害物)に、講義を受けての感想や今後への期待を伺いました。


◎自分がやってきたことを、どう使えば生かせるかを知りたい



――まずは、佐々木選手が、ライフスキルトレーニングプログラムを応募した経緯をお聞かせいただけますか? 講義の際には、5期生の渕上翔太選手(現早稲田大学2年)から話を聞いたと仰っていました。

佐々木:はい、ライフスキルトレーニングプログラムの受講案内を見たときに、日本陸連が「ちょっと面白そうなプログラムをやっているな」と思って、昨年受講した渕上さんに話を聞いたのが最初です。「すごくいいプログラムだよ」と教えてくださったので、「やってみようかな」と興味を持ちました。

――同じく5期生の髙須楓翔選手(現早稲田大3年)にも相談したそうですね。

佐々木:そうなんです。昨年、早稲田(大学)から参加していたお二人に相談しました。正直なところ、受講するとなると、練習の時間を削って講義に参加することになります。大学は都内まで距離もあるため、対面式の講義に出席するとなると移動にも時間がかかりますし、監督にも了解をいただく必要があります。そうしたことをいろいろ考えると、最初は、少し迷いもあったんですね。でも、「本当に、自分のためになった」と二人とも話しておられたので、それなら自分もやっぱり受けておきたいと思いました。

――決め手となったのは?

佐々木:「スポーツのため」だけにやるのではなくて、「スポーツでやっていることを生かす」というところですね。「スポーツで得たことを生かして社会で活躍できる人材になる」「スポーツを、社会にもつながるものにする」という点に惹かれました。

――そこは、自己紹介のときにも話していましたね。ご自身のことを、「ずっと陸上で来ているので…」と。

佐々木:はい。自分は、高校も、大学も陸上の推薦で進むことができました。ほかの人のように勉強して受験で進学したわけでなく、すごく特殊な形でこれまで来ているわけです。実際に、結果が求められる集団にずっと身を置いて競技を続けてきたなかで、社会と隔絶された部分があることを感じていました。それもあって、自分がやっていること、やってきたことが、社会にどうつながるのかを知りたいという気持ちがありました。

――競技活動に取り組むなかでは、「課題を細かく分析し、それらを一つひとつ克服していく」「地道な積み重ねを大切にする」ことを大切にしてきたそうですね。陸上競技を通して得たこととして、「泥臭く競技に取り組む姿勢や忍耐力」と挙げていました。それは、社会に出てからも求められることだと思います。

佐々木:自分がやってきたことは、ある程度、生かせるとは思っています。例えば、「目標を達成するために粘り強く向き合う姿勢」と言葉にすることはできるし、使えるというもわかっているのですが、「じゃあ、どう使うのか」「それがどう評価されるのか」という点には疑問がある…。そこが漠然としているんです。


◎自分の視野が一気に広がった



――ライフスキルトレーニングについて知ったとき、どんなイメージをお持ちでしたか?

佐々木:募集していることを知ってから、けっこう調べたのですが(笑)、そのときに感じたのは、「視野を広くすることができるな」ということ。今は、陸上の結果だけを追い求めて、競技に向き合っている毎日だけど、それを次のステージに上がったときや社会に出たときにまで、自分の視野を一気に広げてくれるプログラムだと思いましたね。

――実際に今日、最初の全体講義を受けてみて、いかがでしたか?

佐々木:いやあ、もう、すごくためになったことがたくさんあって…。「自分、今、頭が良くなったな」という気分です(笑)。自分は普段、あまり他人に自分の考えを話すことはなくて、けっこう自分のなかで考えることが多いんです。なので、自分の考えを人と共有するとか、逆に人の競技観を前向きな姿勢で聞こうということもあまりしてこなかったので、そういう機会を設けていただけたことがよかったなと思っています。自分について話すことによって、自分が考えていることを再認識できたという感じで…。

――具体的にどんな点を?

佐々木:今日、最後のほうで「なんで陸上をしているのか」という話題が出たじゃないですか?その疑問って、うまくいっているときはあまり考えることもないけれど、自分の場合は調子が悪いときやケガしているときに考えているなと気づくことができました。そして、その疑問に対しての答えも、自分のなかで改めて考えることができたかなと思います。答えが出たとか、何か直接的な言葉にできるわけではないのですが…。

――佐々木選手は、田原佳悟選手(立命館大学)と村田蒼空選手(筑波大学)と同じグループでしたね。また、このテーブルに加わったOBは、大学の先輩である渕上選手と3期生の池田海さんでした。いろいろな背景を持つ人たちみんなで話すことによって、自分の考えとはちょっと違う視点からの声も聞けて、捉え方の幅も広がったのでは?

佐々木:ほんと、そうですね。いろいろな人の意見を聞くことによって、それこそ「陸上をなんでやっているのか」という原点に立ち返るような問いが出てきても、今日の講義で気づいたことや教えてもらった考え方を持っていれば、そこに対してネガティブな疑問を抱くことはなくなるのかなと思いました。結局、自分がなりたい理想像に向かって頑張っているだけであって、その手段として陸上を選んでいるので、それがわかっていれば「なんで陸上をやっているんだ」という疑問は出てこないなということに気づけたので…。

――ああ、そういう発想が出てきたわけですね。それは大きいですね。

佐々木:はい(笑)。そう考えれば、逆に、「なんで陸上をしているんだろう」という疑問にはたどり着かないんですよ。「自分がなりたい理想のために陸上をやっているというふうに考えればいいんだな」と改めて思えたので、その点でいえば迷いがなくなったというか、すごくいい時間になりました。


◎理由のわからなかったモヤモヤがクリアに


写真:アフロスポーツ

――そのあたりは、個々で考えたのちにグループでディスカッションした「長期的になりたい理想の自分が目指す大きな目標は何か」での発言につながりそうですね。佐々木選手は「何か特別なことを成し遂げたいという気持ちがある」と話すとともに、そういう考えを持っていることを誰かに話したことはないとも仰っていました。

佐々木:はい、なかったですね。例えば、取材などでも「大学で、何を成し遂げたいですか?」と聞かれたら、「ロサンゼルスオリンピックで結果を残したいです」とか陸上に特化した話しかしていないですから。でも、正直なところ、僕はそれに対するこだわりは、そこまで持っていないというか…。これも、今日の講義を受けて改めて思ったことではあるのですが、もちろん目指してはいるし、その実現に向けて全力で競技にも取り組んでいるけれど、それが最終目標というわけではなく、もっと先にある「何が特別なことを成し遂げたい」ということのうちの目標の1つなんですよね。

――特別なことの一つではあるけれど、オリンピックが最終的な目標ではない…?

佐々木:そうですね。過程の一つなんですよ。大きな目標のなかにある小さな目標と言っていいのかわからないけれど、あくまでそんな位置づけだな、と…。そう考えると、またちょっとワクワクしてきて、一つずつ成し遂げていきたいなとも思いました。

――このディスカッションでは、もう一つ「究極の走りをしたい」ということを話していましたよね。佐々木選手の思う「究極の走り」って、どういうイメージをお持ちなのですか?

佐々木:布施先生がスピードスケートの小平奈緒さんの話をしてくださったじゃないですか。あの話にものすごく共感する部分がありました。というのも、今シーズンは、大会で結果を出したときに、そのこと自体への嬉しさもあるけれど、同時に逆にちょっとモヤモヤするものを感じていたんですね。例えば、今年は日本選手権で3位になったのですが、そのときに「3番が悔しい」というのとはまた違うモヤモヤがあったんです。

――勝敗や記録ではなく、「もっとこう走りたかった」というような?

佐々木:具体的な何かというよりは、それこそ小平さんが仰っていた、「金メダルを獲っても、それは究極の滑りとは違う」というところですね。自分が本当に追い求めている走りは、確かに日本選手権3番という結果を得て、現時点ではある程度できたのかもしれないけれど、「でも、その先がまだあるよね」という感じ。だから単純に喜んでばかりではいられないなという思いを、あのとき抱いていたのだな、と…。逆に言えば、自分は、もっと終わりのない疑問というか、そういうものを追い求めているのかな、とも考えました。

――では、日本選手権のときにはよくわからなかった、そのモヤモヤの正体が今日の講義でわかった?

佐々木:「ああ、これだったのかな」と思いましたね。自分は、(佐久長聖)高校3年生のとき、全国都道府県男子駅伝の5区で区間新記録を出すことができたのですが、そのとき、今までの自分とは全く違う走りができて、すごく満足した経験があるんです。でも、つい先日の出雲駅伝では思うような走りができなくて、満足したときには思いもしなかった「自分が追い求めていたものってなんなんだろうな」と考えてしまって、今日は、その走れなかったという事実も、モヤモヤのなかに抱えながら来ていたわけです。それが、講義で話を聞いて、「あ、そうか。自分が追い求めているのは、そういった“究極の走り”をすることだったんだ」と気づくことができました。

――どうやら講義を受けたことで、思考がぐんと整理されたようですね。

佐々木:そうですね。今までのモヤモヤがクリアになったというか、そういう気持ちが今、すごくあります。


◎目指す未来とライフスキルトレーニング


――今日の講義を終えて、最も心に残ったことは?

佐々木:そうですね…。「あれも、これも」と思ってしまいそうですが、さっき、布施先生に質問したときにいただいた言葉かなと。

――どんな質問?そして、どんな言葉をもらったのでしょう?

佐々木:自分は、すごく感覚派というか、陸上に対してあまりロジカルに考えなくてもやれるタイプなんです。例えば、監督が言っていることを、なんとなく感覚で理解できたら、疑問を持つことなくそれをやれてしまうんですね。ただ、ライバルには陸上についてすごくロジカルに考えている人もいるわけで、感覚派の自分が何も考えずに走って、そういった人に勝ったときに、「なんで勝てたんだろう」という疑問を持ってしまいそうだったので、「こういうタイプだと、この先、どういう弊害があるでしょうか?」と聞いたんです。そのときに「最後は、その人の意思の強さだ」と言われて…。例えば、僕であれば「特別な存在でありたい」という、その意志の強さだったり、「なりたい自分」への思いの強さだったりということですね。そういうものが、最終的に勝負にかかわってくると聞いて、すごく腑に落ちたんです。「自分のなりたい理想像が明確で、“こうありたい”という意志の強さが、勝負を分けることになるのだな」と。

――感覚派だから…とか、ロジカルだから…というわけではないということですね。

佐々木:布施先生は、「感覚の部分はすごく説明のしづらいところが多いけれど、それを突き詰めて、自分のものにできた人が勝つ」と仰いました。感覚という言葉で説明しづらいものを自分のものにしていく力というのも重要なポイントなのだなということが、今日、一番心に強く残りました。

――その「突き詰めて、自分のものにしていく」ためのノウハウも、これからの講義で、たくさん学ぶことができると思いますよ。

佐々木:楽しみです。

――佐々木選手の場合、「理想とする将来の自分」という大きな目標がすでにあって、それと比較しての現在の自分を考えることができています。今季はルーキーイヤーながら大幅に自己記録を更新して、シニアで日本代表に選ばれ、アジア選手権で4位入賞も果たしていますが、ここまでの話を伺うと、陸上以外のキャリアも選択肢にあるのかなという印象を受けました。将来は、どう考えているのですか?

佐々木:競技を続けるか続けないかは、今後、考えていくことになると思っています。陸上をやりきって終わるのもありだと思いますが、どこかで区切りをつけて新しい世界に飛び込んでみるのもいいと思っているので、まだ決めていません。ただ、言えることは、大学4年間で成し遂げられるものは成し遂げたいということ。「特別な存在になる」というのであれば、陸上を使ってそれを目指せるこの4年は、陸上でその姿を追い求めていきたいです。自分が、陸上競技の現役であり続けられる日まで、そういった理想を追い求めて続けて、何か一つ形にできたらいいなと思っています。

――これから学んでいくライフスキルトレーニングが、さまざまな場面で役立ちそうですね。しっかりと身につけて使いこなせるように、これからの受講、頑張ってください。
(2025年10月25日収録)

文・写真:児玉育美(日本陸連メディアチーム)


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■受講生インタビュー

<Vol.1>福島聖:社会人として生かせているスキル、就職活動や競技面に繋がった経験を語る
https://www.jaaf.or.jp/news/article/17053/

<Vol.2>中島佑気ジョセフ:活躍の糸口となった経験、更なる飛躍に向けた想いを語る
https://www.jaaf.or.jp/news/article/17064/

<Vol.3>樫原沙紀:「なりたい自分」を見つめ直し、新たな一歩を踏み出す
https://www.jaaf.or.jp/news/article/17070/

<Vol.4>梅野倖子:アジア選手権・世界選手権・アジア大会で日の丸を背負った1年を振り返り、自身に生じた変化を語る
https://www.jaaf.or.jp/news/article/19163/


【日本陸連 100周年コンテンツ】スポーツと社会をつなぐ人材育成ビジョン

▼日本陸連 田﨑専務理事インタビュー
https://youtu.be/thE73keej4E?si=w-VRdpoVfZIkAmrD


 
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