写真:フォート・キシモト
日本陸連は、日本や世界の頂点に挑み続ける競技者のパフォーマンス向上とキャリア自立を両立する「ライフスキルトレーニングプログラム」を2020年から展開しています。これは、総合人材サービス企業として高い実績を持つ株式会社東京海上日動キャリアサービスのサポートを得て、学生競技者を対象に行われているもの。アスリートがもともと備えている「ライフスキル」(自分の「最高」の引き出す技術)を知識として身につけ、さらに自身の目的に応じて使いこなせるようにトレーニングすることによって、競技力の向上と並行して、人生のさまざまな場面で自身の可能性を最大限に引き出して活躍していける人材を育てていくことを目指しています。
2020年は第1期生として14名の、2021年には10名の学生アスリートが選抜、受講者たちは、さまざまなプログラムを受けるなかで自らのライフスキルを高めてきました。その成果は、競技成績だけでなく、さまざまな場面でアスリートたちに大きな変容をもたらしています。
ここでは、第1期生、第2期生のなかから、3名の受講者にインタビュー。ライフスキルトレーニングによって、自身に起きた変化を振り返っていただきました。
第2期受講生:中島佑気ジョセフ(東洋大学)インタビュー
「何かを変えなきゃ」というタイミングでライフスキルトレーニングと出合う
―――中島選手は第2期生として、昨年から今年にかけてのオフシーズンにライフスキルトレーニングを受講してきました。以前、応募の理由を伺った際に、「試合でメンタル面をコントロールすることの必要性を感じていたから」という点を挙げてくださいましたが、参加を希望するに至った経緯を振り返っていただけますか?中島:去年のシーズンを振り返ったときに、自分をコントロールできないというかメンタル面の部分に課題を感じていたんです。1年のときの47秒54から、46秒09まで自己記録を更新できた去年は、記録だけでみると、順調でいいシーズンだったといえるのですが、「ここ一番」という気持ちで臨んだ日本選手権(8位)や日本インカレ(3位)の決勝で、うまく走ることができませんでした。最大とはいわずとも、普通に走ればできるはずのパフォーマンスすらできなかったんですね。そのために、昨年の目標に掲げていた東京オリンピックのマイルメンバー入りを達成することができなかったし、日本インカレも3番に甘んじてしまいました。とても悔しくて、自分のなかで「何かを変えなきゃいけないな」と感じて、その「何か」を模索していたんです。ライフスキルトレーニングの応募概要をTwitterで見たのは、ちょうどそんなタイミング。「これだ!」と思い、応募しました。
知識を学び、言語化できたことで活用できる「戦略的なツール」に
―――実際に参加してみて、強く心に残ったこととか、考え方が大きく変化したことなどはありますか?中島:もう「これ」と一つだけを選べないくらい、すごく充実していました。特別講師を務められた布施努先生の話は参考になることばかり。まさに、今の自分の血肉になって生きているような感じがしますね。特に印象に残っているのは、「仮説思考」でしょうか。
―――物事に取り組むときに、まず仮説を立てて、それに基づいて実行し、結果を振り返って検証や評価をしたうえで新たな仮説を立て、さらに取り組んでいくことを繰り返す方法ですね。
中島:はい。もともとやっていたことではあったんです。きっと僕だけではなくて、アスリートであれば、多かれ少なかれ似たようなことはやっていると思うのですが、布施先生の講義を受けたことで、それを知識としてきちんと学び、言語化することができたというか…。「あ、自分がやっていたのって、そういうことだったんだ」ということを改めて確認することができましたし、それによって、戦略的なツールとして、その仮説思考を使うことができるようになりました。例えば、今までは、不調なときやモチベーションが上がっていないときとかに、その仮説思考を使うことができなかったんですよ、ツールとして使えることに気づいていなかったので。でも、講義を受けてからは、どういう仮説を立てればいいのかといったプロセスも含めて、全体をちゃんと把握できるようになったので、効果的に使えるようになりました。「今、あまり調子がよくないな。じゃあ、仮説思考を使って、ちょっと視点を変えてみようか」といった具合です。それができるようになったことは、とても大きかったなと感じていますね。
―――今の「視点を変えて」という言葉で、3回目の講習の際に、ゲストスピーカーとして登壇された青木美知子さん(株式会社コーチ・エィ)が行ったワークショップで、「セルフトークマネジメント」について実践したときのことを思い出しました。中島選手は、出口晴翔選手(順天堂大学)と組んで選手役とコーチ役に分かれて、「ネガティブな感情を引き出すセルフトークとはどんなものか」を考えたのですが、なかなかうまく展開できなかったなかで、「じゃあ、逆に、うまくいくときは、どんなセルフトークをしているのか」と視点を変えて2人で考えていくことによって、一定の結論を導き出していました。
中島:ああ、ありましたね。あのときは2人が役割を演じてやりとりしていくなかで、結論を導きだす形だったわけですが、ああいうトレーニングを実際に経験したことで、悩みや課題を持ったときに、自分1人でも、それができるようになりましたね。どういえばいいのかな。別人格ではないけれど、自分自身に、それまでの自分と異なる視点で意見や物の捉え方を投げかけていけるようになったというか、俯瞰視できるようになったというか…、そんな感じです。
不安や緊張感を上回る楽しさ、充実のオレゴン世界選手権
写真:フォート・キシモト
―――今季の活躍を拝見していると、その成果が、はっきり形となったように感じます。日本選手権で46秒07の自己新記録をマークして4位となって、オレゴン世界選手権男子4×400mリレーのメンバーに選出。アンカーを務めた世界選手権本番では、予選を通過して、決勝では2分59秒51のアジア新記録・日本新記録を樹立しての4位入賞に貢献しました。初めて臨んだ世界選手権の予選・決勝を、どんな思いで臨んだのでしょう? 課題としていたメンタル面のコントロールは、うまくできたのですか?
中島:「こんなに自分って、メンタルが強かったんだな」と思うくらいに、うまくできたと思います。さすがに不安や緊張はあったけれど、それを上回る楽しみな感情とか、ずっと目指していた世界選手権に出られて興奮する感情とかがありましたね。「どうやったら自分らしいパフォーマンスができるかと」いうことが明確になっていたので、不安とかプレッシャーとかネガティブなほうにフォーカスすることもなかったし、会場の熱気もすごかったので、その空気をシンプルに楽しんで、エキサイティングに走ることができました。
―――大舞台で自分をコントロールできないことに課題を感じていた昨年と比較すると、ものすごく大きな変化ですね。この変化に、ライフスキルトレーニングは影響しているのでしょうか?
中島:間違いなく影響していると思います。去年は、「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」と試合前に考えすぎて、失敗してしまうことが多かったわけですが、今季は春から、さっき挙げた仮説思考のほかに、最高目標と最低目標を置く「ダブルゴール」の実践や、ライバルがどうとか周囲(横)と比較して気にするのではなく、自分が目指すこと(縦)と比較することに意識を置く「縦型思考」を心がけてきました。そのうえで、布施先生が話していた「試合前に緊張すると頭のなかの容量が狭まってくるから、やるべきこと、やりたいことは1つか、せいぜい2つくらいに絞るべき」という点に注意して、やるべきことを絞って、ほかは考えないといったことを、ずっとやってきたんです。それがあったからこそ、去年のように自分をコントロールできないせいで失敗してしまうようなレースがなく、安定した結果を残せたのだと思います。
世界選手権での結果を踏まえた、新たな仮説で躍進中
―――素晴らしいなと思うのが、世界選手権後も、オレゴンで感じたことを元に、さらに新たな仮説を立てて取り組んでいる点です。帰国後2レースに出場して、どちらも自己新記録。8月末の富士北麓ワールドトライアルでは、45秒51という好記録をマークしました。でも、レース後、中島選手ご自身は、記録自体よりも、「自分がやろうと思っていたレースができた」ことを、とても高く評価していて、その様子がとても印象に残りました。中島:そうですね。北麓は、タイムを狙うというよりも、自分のレース内容にフォーカスして臨んだレースでした。世界選手権が終わって、帰国後の最初の試合となったオールスター(実業団学生対抗)で最低限といえる45秒72で走れたのですが、そこで監督と、「今後は、すべての試合でタイムを狙っていくというよりは、ピークをどこに置いて、そのために、そこまでの試合で自分が課題に感じているところを修正していくような試合の使い方をしていくことが重要になってくる」という話をしていたんです。ライフスキルトレーニングの言葉を借りなら、世界選手権を経験したことによって、これまでの仮説をアップデートする段階になったわけですね。これから世界で戦っていくためには自分でレースを組み立てていけるようになる必要があること、また、オレゴンのレースを他国の選手と走ったなかで感じていたことなども踏まえて、そこで僕が立てた仮説が、「今までやってきた400mの走り方は、前半でピッチを使いすぎているのではないか。後半に強い自分の良さを引き出すためには、前半でもう少しストライドを使ってリズムをつくり、楽に走るようにするといいのではないか」というもので、その仮説をもとに練習で取り組み、トライ&エラーのつもりで試してみたのが北麓のレースでした。実際に走ってみたら、自分の思い描いていた80%くらいの走りができ、あの時点では、自分のベストの組み立てができました。結果的にタイムも出たので、よかったと思っています。
―――そこでまた、さらに良くするための次の新たな仮説を立てた…?
中島:そうですね。日本インカレに向けて、今は、またちょっと違う仮説を立てて取り組んでいるところです。
まずは安定して、一貫して結果を出せる「強い選手」になりたい
―――陸上に関しての今後の目標やイメージしている将来は、どんなものでしょうか?中島:最高目標ということでは、できれば今年中に44秒台をまず出すこと。学生記録(45秒03、山村貴彦、2000年)を破って44秒台をマークし、来年の世界選手権の参加標準記録(45秒00)を切ることが一番の目標です。ただ、記録にフォーカスするというよりは、まずは安定してしっかりタイムを出せるようになりたいですね。安定したレースができるようになることを目指しています。そのうえで記録が出ればいいわけですが、記録にばかりとらわれてしまうとあまりよくないということもライフスキルトレーニングで学んだこと。まずは安定して、一貫して結果を出せるような、そういう「強い選手」になりたいです。来年のことを考えても、記録はもちろんですが、代表入りに直結する日本選手権や、コンディションが厳しくなる海外の試合とかでも、確実に結果を出せるようであれば、その延長線上に世界選手権の決勝というのも見えてくるのかなと思います。
―――最後に、「ライフスキルトレーニングって、どんなものなのかな」と思っている学生の皆さんにメッセージをお願いします。
中島:去年の僕のように、陸上競技の面で悩んでいる方々はもちろん、受講しているほかのメンバーと陸上のことについて深く語りたいと思っている人、陸上競技以外のこと…「ライフスキル」という名前の通り、競技から引退したあとも社会で活用できるような目標の立て方やモチベーションの上げ方を学びたいと思っている人に、ぜひお勧めします!
―――中島選手がライフスキルトレーニングで学んださまざまな事柄を、しっかりと自分のものにして活用していることがよくわかりました。これからのさらなる進化、楽しみにしています。今日はありがとうございました。
(2022年9月1日収録)
取材・構成:児玉育美(日本陸連メディアチーム)
中島選手から新規受講生へのメッセージ
中島選手より、応募を考えている皆様へメッセージをいただきました。是非ご覧ください!第3期受講生は2022年9月末より募集開始予定です。
>>ライフスキルトレーニングプログラム特設サイト
2022年9月末 第3期受講生募集開始!
>>受講生インタビューVol.1 福島聖
社会人として生かせているスキル、就職活動や競技面に繋がった経験を語るhttps://www.jaaf.or.jp/news/article/17053/
>>第1期受講生 伊藤選手×松尾コーチ×田﨑社長 インタビュー
<Vol.1>大きな飛躍の裏側にあった変容や学びhttps://www.jaaf.or.jp/news/article/15564/
<Vol.2>物事を素直に受け止めること、自分を冷静にみることの大切さ
https://www.jaaf.or.jp/news/article/15565/
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