第105回日本選手権が6月24~27日、U20日本選手権との併催で、大阪市のヤンマースタジアム長居において行われる。ご存じの通り、この大会は、コロナ禍により1年延期されて今年の7月30日から東京・国立競技場で開催されることになった東京オリンピックの日本選手代表選考会。別の会期で行われた男女10000m(5月3日実施)と男女混成競技(十種競技、七種競技;6月12~13日実施)を除くトラック&フィールド34種目(男女各17種目)において、“2021年日本一”が競われるとともに、自国で開催されるオリンピックの出場権を懸けた最後の戦いが繰り広げられる。
この日本選手権で、自国開催のオリンピック出場を即時内定させるためには、「日本選手権で3位内に入ること」と「日本選手権も含めた有効期間内に、世界陸連(WA:World Athletics)の設定した参加標準記録を突破していること」が必須条件となる。つまり、すでに参加標準記録を突破している者にとっては、日本選手権上位3選手に授与される「金・銀・銅のライオン(の顔が彫り込まれた)メダル」が、そのまま「五輪行きプラチナチケット」となるということ。参加標準記録突破者が複数出ている種目では、このメダルを巡る戦いは、壮絶なものとなるはずだ。
一方で、WAは、今回の東京オリンピックから、ワールドランキングによるオリンピック出場の道も採用した。これは各種目の出場枠(ターゲットナンバー)を上限として、まず参加標準記録突破者(ターゲットナンバーの約半数を想定)に出場資格を与え、残りの枠を、1カ国3名を上限に参加標準記録者を含めて順位づけたワールドランキングの上位者が得るという仕組みだ。これにより参加標準記録を突破できていない競技者、あるいは参加標準記録突破者がゼロの種目でも、このランキングでターゲットナンバー内(詳細および最新のランキング順位へのリンク先は、https://www.jaaf.or.jp/news/article/14737/ で紹介)に入っていれば、出場権を獲得することができる。ただし、この場合も、同条件となった場合は、日本選手権の順位が最優先されるため、日本選手権でいかに上位を獲得しておけるかが明暗を分けることになる。
参加標準記録、ワールドランキング。どちらの場合においても、この日本選手権の結果が大きな鍵となるだけに、第105回の歴史のなかでも例のない激戦や名勝負を期待することができるだろう。 ここでは、特に「東京オリンピック代表選考争い」にスポットを当てて、大会4日間の見どころを、男女それぞれにトラック種目、フィールド種目に分けて、ご紹介していく。
なお、会場での観戦については、開催地である大阪府の新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言が延長されたことにより、ぎりぎりまで最終決定が待たれる形となったが、人数制限はあるものの、各日ともに観客を迎えて実施できることが発表され、観戦チケットが6月22日から販売されることとなった(チケット販売に関する詳細は、https://www.jaaf.or.jp/jch/105/ticket/ を参照されたい)。
一方で、まだまだ“コロナ禍前”のように、気軽に現地観戦へ出向くのは難しいという状況にある方々も、残念ながら多いはず。大会の模様は、NHKがテレビ放映を行うほか、インターネットによるライブ配信も実施を予定している。これらも利用して、ぜひ熱い声援を送っていただきたい。また、この放映・配信スケジュールのほか、タイムテーブルやエントリーリスト、記録・結果の速報、競技者たちの声は、日本選手権特設サイト(https://www.jaaf.or.jp/jch/105/ )や日本陸連公式SNSにおいて、随時、最新情報をお届けしていく計画だ。こちらもぜひ観戦に役立てていただきたい。
※記録・競技結果、ワールドランキング等の情報は6月20日判明分により構成。ワールドランキング情報は、同日以降に変動が生じている場合もある。なお、欠場に関しては、大会本部が受理し、6月15日に発表した公式情報に基づいているが、一部、6月22日に追加発表された情報を反映した。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:フォート・キシモト
【男子トラック】
◎短距離
・男子100m
自己記録で9秒台の記録を持つ選手が4名、オリンピック参加標準記録(10秒05)を上回る自己記録を持つ選手が2名、そのうち標準記録突破済みの選手が5名。今回の男子100mは、間違いなく105回を数える日本選手権で史上最高の、そして、今後、長く語り継がれる大激戦となるだろう。昨年までの段階で、標準記録を突破していたのは、サニブラウン・アブデル・ハキーム(TumbleweedTC)、桐生祥秀(日本生命)、小池祐貴(住友電工)の3名。すでによく知られている通り、桐生は2017年に日本人で初めて9秒台に突入した選手(9秒98)、サニブラウンは、2019年にそれを塗り替える9秒97をマークした現日本記録保持者、そして、小池は同じく2019年に9秒98を出して、同い年の桐生に並んだ選手だ。
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた昨年は、2016年リオ・オリンピックで銀メダルを獲得した男子4×100mRでアンカーを務め、同年の日本選手権のタイトルも獲得しているケンブリッジ飛鳥(Nike)が、2017年に出していた自己記録10秒08を4年ぶりに更新する10秒03をマーク。この記録を出したのが、世界陸連(WA)がコロナ禍による影響を考慮してオリンピック参加資格獲得にまつわるシステムを休止していた期間であったために、標準記録突破と見なされず、ワールドランキングにも反映されなかったが、2020年日本リスト1位、世界リストで8位の座を占めたことで、3枚しかない五輪切符獲得に向けて、9秒台スプリンター3選手の背中に近づく躍進を見せた。アメリカを拠点とする日本記録保持者のサニブラウンは、コロナ禍によるオリンピック延期を受けて、競技会には出ないシーズンを選択。100m・200mの2種目で連覇のかかっていた日本選手権にも出場しなかった。最も安定した結果を残したのは桐生で、ケンブリッジに続く2020年日本リスト2位の10秒04を筆頭に、10秒0台を4回マーク。日本選手権は2014年以来となる2回目の優勝を果たしている。
そうした1年を経て迎えた今季は、3月あたりから10秒0台が続出していた“コロナ前”の例年に比べると、公認記録が10秒2台前後で推移する、かなり寂しい滑りだしとなった。しかし、6月6日の布勢スプリントを機に、その空気が一変することになった。相次ぐ病気やケガで2019年以降、トップシーンから遠ざかっていた山縣亮太(セイコー)が、予選で10秒01(+1.5)をマークして標準記録を突破すると、決勝では自身初の9秒台突入となる9秒95(+2.0)の日本新記録を樹立。10秒14をマークして制した織田記念の“ワンステップ”を挟んでの鮮やかな復活劇で、五輪代表争いの最前線に戻ってきたのだ。この決勝レースでは、今季好調を維持していた多田修平(住友電工)も4年ぶりに自己記録(10秒07)を更新する10秒01をマークして、標準記録を突破。この結果、日本選手権で即時内定を獲得できる条件を整えた選手は5名に。「日本選手権決勝で、3位以内に入った3選手が代表に」――。スプリント強豪国アメリカのオリンピックトライアル同様の“一発勝負”が、日本で実現しようとしている。
優勢にあるのは上昇機運に乗った山縣か。ワールドランキングでの出場も見込めない状況下からの、いわば背水の陣で迎えたオリンピックに間に合わせただけでなく、9秒95を出したことによって本番での活躍も見える状況になった。初出場となった2012年ロンドン五輪で準決勝に進出し、ある意味、2013年に「衝撃の10秒01」をマークした桐生が台頭してくる以前から「9秒台」のプレッシャーとともに競技人生を送ってきた選手。10秒00では2回、10秒01も布勢スプリントの予選も加えると2回マークしている。いったんこのレベルまで戻してくると、安定してその水準で走れるのが特徴ともいえる。3年ぶり3回目の優勝で、オリンピック3大会連続出場を決める可能性が高まってきた。
しかし、前回覇者の桐生も、そう簡単には王座を明け渡さないだろう。今季は公認記録こそ10秒30にとどまり、5月9日のReady Steady Tokyo(RST)では、あまりの好調さに、はやる気持ちを抑えかねて、予選でフライング失格を喫するミスもしてしまったが、日本選手権に向けて走るのは1本のみと決めて出場していた布勢スプリントの予選では、追い風参考で10秒01(+2.6)をマーク。その好調ぶりが伝わってくる走りを披露している。2年連続3回目の勝利は射程圏内に捉えている。また、2017年日本インカレ、今年の布勢スプリントと、国内で9秒台が出たレースで常に自己記録を更新しながらも2番手でフィニッシュすることとなった多田も、初優勝をより身近に感じながらのレースとなる。スタート直後の立ち上がりの局面で一気にリードを奪えることを武器としていたが、今季は、そこで奪ったリードを、一段と終盤まで維持できるようになっている。日本人5人目の9秒台をマークして五輪切符を手にできる力はついている。
2年ぶり3回目となる100m・200m2冠を狙うサニブラウンは、6月7日に帰国したあと2週間の隔離期間を経ての出場となる。ドーハ世界選手権以来となった5月末のレースでは、終盤ややスピードを緩めながらの10秒25(+3.6)で予選落ちという結果だったが、練習は十分にできているということで、当人に不安は全くない様子。1カ月あれば、確実にピークを合わせてくるだろう。同様に、今季10秒13の小池、10秒28のケンブリッジが、どこまで調子を上げてくるかも注目される。ケンブリッジの場合は、日本選手権で10秒05を切ることが代表入りの条件となるが、この6人のガチンコ勝負で3位以内に入ってくれば、記録は自ずとついてくるはず。決勝では、それぞれが持ち味を生かす展開で大接戦を繰り広げ、複数が9秒台でフィニッシュラインに雪崩れ込むようなレースをぜひ見たい。
決勝進出を巡る戦いも、非常に激しくなることだろう。前回6位・7位入賞を果たした鈴木涼太(城西大)、栁田大輝(東京農大二高、ダイヤモンドアスリート=DA)に加えて、坂井隆一郎(大阪ガス)と宮本大輔(東洋大、DA修了生)の4人は世界リレーの4×100mR(3位)で来年のユージーン世界選手権の出場権を日本にもたらした面々。このメンバーを筆頭に、水久保漱至(第一酒造)、東田旺洋(栃木スポ協)、デーデー・ブルーノ(東海大)と枚挙に暇がない状態だ。気象条件にもよるだろうが、10秒1台で走らないと決勝に進めないという状況もあり得そうだ。
・男子200m
男子200mでオリンピック参加標準記録(20秒24)を突破しているのはサニブラウン・アブデル・ハキーム(TumbleweedTC)と小池祐貴(住友電工)の2人。これに、前回4回目の優勝を果たし、今季、20秒48で日本リスト1位に立つ飯塚翔太(ミズノ)の3人が、五輪切符と王座を巡る上位争いを繰り広げそうだ。今季、着実な推移を見せているのは飯塚だ。ご存じ2016年リオ五輪男子4×100mRの銀メダルメンバー。2年ぶり4回目の優勝を果たした昨年は、100mにも出場して4位の成績を収めたが、今年は200m1本をメインに据えての対応で、日本選手権も200mのみの出場となる。標準記録は未突破ながら、ワールドランキングは、ターゲットナンバーが56のこの種目で、サニブラウン(14位)、小池(30位)に次ぐ日本人3番手の40位と、安全圏に位置しており、2012年ロンドン、2016年リオに続く、3回目となるこの種目でのオリンピック出場に向けて、王手をかけている状態だ。
今年は、2~4月に大学の記録会などで100m・200mで“足馴らし”したのちに、5月3日の静岡国際で、小池(20秒73)を突き放して20秒52(-0.5)で快勝。中5日で臨んだRSTではシーズンベストの20秒48(+1.4)で制した。例年であれば、6月上旬の布勢スプリントの100mに出場し、まずまずのタイムを出して日本選手権へ、というパターンが常道だったが、今季は試合に出場せず、しっかりとトレーニングを積むことを選択。オリンピックに向けての関門となる日本選手権に備えている。
サニブラウンは、100mの項で述べた通り、ドーハ世界選手権以降のレースは5月末の100m1本のみ(10秒25、+3.6)で、200mには出場していない。このため、どういう状態にあるかは、日本選手権での走りを見てみないとわからない。3位以内に入れば、代表切符は手に入る状況だが、自身は日本選手権でスプリント2冠にこだわることを明言している。2017年世界選手権200mで史上最年少入賞を果たした実績を持つだけに、日本選手権での走りは、オリンピックでの活躍の期す世界中のライバルたちも注目するだろう。
小池も、サニブラウン同様に100mと200mの2種目でタイトルを狙っている。200mは静岡では飯塚に突き放されたが、6月1日の木南記念では予選20秒53(+2.8)、決勝20秒59(-0.8)と20秒5台を揃えた。このときの決勝は、コーナーを抜けるところで強い向かい風に煽られるような状態となってしまい記録に繋がらなかったものの、序盤では20秒2~3台がみえるような走りを見せている。日本選手権では1・2日目に100mを戦ってのレースとなるが、確実に上位争いに加わってくるだろう。この種目では2018年アジア大会で金メダルを獲得しているが、意外にも日本選手権はまだ無冠。初優勝を果たして、オリンピック出場権を手に入れたい。
このトップ3に続く選手は混沌としている。持ち記録や実績では、ドーハ世界選手権代表の白石黄良々(セレスポ)と山下潤(ANA)が挙がるところだが、白石は故障から復帰したと思わせた東日本実業団で再び脚を痛めてしまった。日本選手権は200mに絞って出場する見込みだが、どこまで回復しているかといった状態。山下は静岡、RST、東日本実業団、木南記念と優勝争いに絡めないレースが続いた。シーズンベストはRSTでマークした20秒61だが、日本選手権までには、もう1~2段階は引き上げておきたいところだろう。
自己記録は20秒77ながら上位陣を追う選手の筆頭となってきそうなのは、前回3位で世界リレーにも出場した鈴木涼太(城西大)。世界リレーを経験したこと、100mで安定して10秒2台をマークしてきていることを考えると、200mはもっと走れるはずだ。城西大で鈴木の1学年先輩に当たる水久保漱至(第一酒造)は、昨年躍進を見せて10秒14(+1.8)・20秒65(+1.4)まで伸びてきた選手。今季は世界リレーの代表に名を連ねながらケガで出場を辞退しているが、回復が間に合えば上位争いに加わる可能性を秘める。昨年20秒68で走っている樋口一馬(MINT TOKYO)は、社会人1年目の今年は、4×100mRメンバーとして派遣された世界リレーで、そのスピードを買われて4×400mRの予選に起用され、五輪出場の条件となる決勝進出に貢献した。オリンピックでのマイルメンバー入りを狙うなら、さらにスピードに磨きをかけておきたい。RSTで今季日本リスト2位となる20秒57(+1.4)をマークして飯塚に続いた松本朗(早稲田大)は、今回の日本選手権で、地力が試されることになりそうだ。
・男子400m
男子400mのオリンピック参加標準記録は44秒90。本来であれば、これに最も近い45秒13(2019年、日本歴代3位)の自己記録を持ち、オリンピックでの活躍を期す4×400mRでもエースとなるウォルシュ・ジュリアン(富士通)が優勝候補の筆頭となるところだが、今季は左ふくらはぎをいためて世界リレーの代表も辞退するなかでのシーズンイン。いったんは間に合うものとみられていたが、残念ながら大会直前の6月22日に欠場が発表された。ただし、ターゲットナンバーが48のこの種目において、安全圏内といえる27位に位置するワールドランキングで、出場できる可能性を残している。一方で、世界リレーをウォルシュ抜きで戦わなければならなかったチームジャパンは、その危機感と、五輪出場権獲得を自らがつかまなければという責任感が、ウォルシュに続く選手たちに大きな成長を促す形となった。男子4×400mRで2位の成績を収めた伊東利来也(三菱マテリアル)、川端魁人(三重教員AC)、佐藤拳太郎(富士通)、鈴木碧斗(東洋大)、鈴木とともに男女混合4×400mRを走った池田弘佑(あすなろ会)らは、2週間の隔離期間への対応が必要となった帰国後も、その影響をはねのけてのパフォーマンスを各大会で見せている。
2015年に出した自己記録(45秒58)には届いていないが、「日本のエース」としての自信と風格が備わったのが最年長の佐藤といえるだろう。帰国直後のRSTは45秒61のセカンドベストで優勝。この記録が、今季日本最高記録となっている。木南記念では出場を目指してのタイムアタックとなった男女混合4×400mRでも3走を務めて3分16秒67の日本新記録樹立に貢献した。若手選手をやわらかく受け止めながら、走りでチームを牽引する姿にメンバーの信頼も厚く、頼もしいリーダーへと成長した。この大会では、400mではまだ手にしていない「日本選手権者」の称号を手に入れて、オリンピックに向かいたいところだろう。ワールドランキングでの出場は叶わないため、個人種目で代表入りを果たすためには44秒90をマークすることが必要だ。
前回初優勝を果たした伊東は、社会人1年目で迎えることになったオリンピックイヤーの日本選手権で連覇を目指す。どのレースでも大崩れすることのない安定感が魅力。2018年に45秒79の自己記録をマークしているが、2020年には45秒83で2回、今季は45秒85で走っている。条件やレース展開に恵まれれば、大きく記録を更新していける力は備わっている。世界リレーを経て、いい意味で「化けた」といえるのは大学2年生の鈴木だ。どちらかというとショートスプリントを主に据えていた昨年までの400mの自己記録は47秒27(2019年)だったが、4月に46秒台に突入すると、世界リレー後には45秒94(デンカチャレンジ)まで記録を伸ばしてきた。100m(10秒40)、200m(20秒71)と多種目で自己記録を更新中。日本選手権でさらに「化けて」くるようだと面白い。
「世界リレー組」に割って入るとしたら山木伝説(RUDOLF)か。この種目の2010年全日中チャンピオン。九里学園高1年時にインターハイ2位、日本大3年の日本インカレでも3位の成績を残している。大学卒業後、いったんは競技から離れたが、昨シーズンから本格的に復帰すると、東日本実業団を46秒81の自己新記録で優勝。デンカチャレンジでは、一気に45秒台に突入する45秒69まで更新して同じ組を走った鈴木、別の組を走ったウォルシュ、佐藤、伊東、川端らを抑えて優勝を果たしている。この勢いに乗って、さらに自己記録を塗り替え、表彰台の一角を占める可能性もありそうだ。
◎中距離
・男子800m
男子800mのオリンピック参加標準記録が1分45秒20。これに最も近い記録をマークしたことがあるのは、日本人で唯一1分46秒を切ったことのある日本記録保持者(1分45秒75)の川元奨(スズキ)のみ。つまり、標準記録を突破しての五輪出場を実現させるためには、日本記録を更新していかなければならない。48というターゲットナンバー内に入れる可能性のある選手も不在で、東京五輪への出場はほぼ困難と言わざるを得ない状況だ。川元は、日本記録を出した2014年と2016年の2回、1分45秒台で走ったほか、1分46秒台前半でも複数回走っているが、とくに故障との戦いとなっている近年は思うような記録が出せていない。今季は、木南記念を制した際にマークした1分47秒52にとどまっている。2013~2018年まで6連覇しているほか、日本代表としてリオ五輪やアジア大会にも出場している。「百戦錬磨」の走りを披露できる状態に持ち込みたい。
その川元に「追いつけ、追い越せ」と急速に伸びてきていたのが、クレイアーロン竜波(Texas A&M)だった。相洋高3年の2019年には川元との鍔迫り合いを制して、U20日本新、U18日本新、高校新記録となる1分46秒59を樹立して高校生優勝を果たしている。昨年秋から、テキサスA&M大に進学したため、10月開催となった前回日本選手権には出場しておらず、今回が2年ぶりの出場となる。今季はアメリカの大会カレンダーに沿って、1~3月にインドアレースに出場したのち、4月から屋外シーズンに突入しているが、2月に室内でマークした1分48秒45がシーズンベスト。5月15日までの屋外レースでは1分50秒を切ることができていない。コロナ禍のなかで海外に出ての環境変化が影響していることも推測されるが、久しぶりとなる日本のレースで、どんな姿を見せてくれるだろうか。
山梨学院大4年の昨年、初優勝を果たした瀬戸口大地(アースグロー)、2・3位を占めた金子魅玖人(中央大)・松本純弥(法政大)も、今季は瀬戸口1分48秒55、金子1分48秒10、松本1分49秒48と 状態は今ひとつ。このあたりの記録水準で混戦になるようだと、経験豊富な川元のほうが「引き出しの多さ」で有利になるかもしれない。
注目は、今年、大きく記録を伸ばしてきた源裕貴(環太平洋大)。昨年までは1分49秒64がパーソナルベストだったが、4月に1分48秒52をマークすると、タイムレース決勝で行われた静岡国際の1組目を走って1分47秒71でフィニッシュ。川元らトップ選手が名を連ねる2組のタイムを上回り、優勝を果たしたことで注目を集めた。川元・瀬戸口・金子らとの直接対決となった6月のデンカチャレンジでは、今季日本最高で、日本歴代5位となる1分46秒50まで記録を更新。一躍、日本選手権優勝候補に名を連ねる存在になっている。「日本一」の座を懸けた勝負で、再びの好走を披露できるかどうか。
このほかでは、5月末の日体大記録会で1分47秒68をマークしている田母神一喜(阿見AC)も気になる存在といえるだろう。2019年アジア選手権の日本代表になるなど1500mをメインに据えている印象が強かったが、中央大3年の2018年に出していた1分48秒56から大きく更新してきた。800mでこのタイムが出てくるようだと、3分40秒66(2018年)の自己記録を持つ1500mも楽しみになってくる。今回も、前回同様に出走しなかった800mと2種目のエントリーだが、今年はどうするか。初日に1500m予選、2日目に同決勝で行われたあと、3日目に800m予選、最終日に決勝というタイムテーブルを考えると、両種目で上位を狙っていけるようだと頼もしい。
・男子1500m
日本記録変遷史を見るとよくわかることだが、男子1500mは、「なかなか記録が向上しない種目」という位置づけの時代が長く続いてきた。1977年に出た3分38秒24(石井隆士、日体大教)が、2004年に小林史和(NTN、3分37秒42)にようやく更新されたが、その後、再び更新されることなく17年もの月日が流れる状態だった。とはいえ、ここ数年は、突き抜ける記録こそ出ていないが、動きが止まっていたわけではない。毎年のように3分39秒を切って歴代上位に浮上する記録が誕生し、上位層の厚みが大きくなっていく状態が続いていた。そんななかで迎えた今季は、4月に河村一輝(トーエネック)が日本歴代9位の3分38秒83をマーク、そして、5月末には、社会人5年目の荒井七海(Honda)がアメリカの競技会で3分37秒05の日本記録を誕生させ、同年代ライバルたちの闘志と大いに奮い立たせる形となった。ワールドランキング順位では、45のターゲットナンバーに対して、荒井の60位が日本人トップ。オリンピック出場を果たすためには3分35秒00の標準記録を突破するしかない状況だ。厳しい可能性であることは承知のうえで、日本選手権決勝が、これに挑むような戦いになることを期待したい。
勢いがあるのは、17年ぶりに日本記録を引き上げた荒井か。勝てば東海大3年時の2015年以来のタイトル獲得となる。日本記録をマークしたレースは、上位が3分33~34秒台でフィニッシュする展開のなか12位で出したもの。国内で展開されるチャンピオンシップでは同じような状況にはならないかもしれない。一方、国内レースで好調を維持しているのは前述の河村だ。兵庫リレーは2位にとどまったが、中部実業団、木南記念、デンカチャレンジと、きっちり連勝して、強さを示した。
レース巧者の印象が強いのは館澤亨次(DeNA)。前回を含めて、東海大時代に連覇した2017・2018年を含めると3回の優勝を経験している。今季は、優勝はRSTのみで、シーズンベストは3分41秒64にとどまっているが、800mでは1分48秒64の自己新をマークして東日本実業団を制している。2018年のGGPで海外選手との競り合ったなかでマークした3分40秒49の自己記録を更新していくことは可能だろう。
高校生ではエントリーリストに名前を連ねている佐藤圭汰(洛南高)も見逃してはならない存在だ。1500mでは4月の金栗記念で高校歴代2位となる3分40秒36を、5000mでは織田記念で同4位となる13分42秒50をマークしている。日本選手権は2冠を達成した近畿地区高校総体からの連戦で迎えることになるが、シニア選手との競り合いによって1999年に佐藤清治(佐久長聖高)が樹立した3分38秒49のU20日本記録・高校記録に迫るタイムでフィニッシュに飛び込んでくるかもしれない。
■チケット情報
https://www.jaaf.or.jp/jch/105/ticket/
■【日本選手権】応援メッセージキャンペーン!あなたの言葉で東京の舞台を目指す選手の背中を押そう!
https://www.jaaf.or.jp/jch/105/news/article/14925/
■東京2020オリンピック競技大会 代表選手選考要項
https://www.jaaf.or.jp/files/upload/201907/01_171958.pdf
■【日本選手権】エントリーリスト
https://www.jaaf.or.jp/files/competition/document/1556-4.pdf
■【日本選手権】競技日程
https://www.jaaf.or.jp/jch/105/timetable/