第105回日本選手権が6月24~27日、U20日本選手権との併催で、大阪市のヤンマースタジアム長居において行われる。ご存じの通り、この大会は、コロナ禍により1年延期されて今年の7月30日から東京・国立競技場で開催されることになった東京オリンピックの日本選手代表選考会。別の会期で行われた男女10000m(5月3日実施)と男女混成競技(十種競技、七種競技;6月12~13日実施)を除くトラック&フィールド34種目(男女各17種目)において、“2021年日本一”が競われるとともに、自国で開催されるオリンピックの出場権を懸けた最後の戦いが繰り広げられる。
この日本選手権で、自国開催のオリンピック出場を即時内定させるためには、「日本選手権で3位内に入ること」と「日本選手権も含めた有効期間内に、世界陸連(WA:World Athletics)の設定した参加標準記録を突破していること」が必須条件となる。つまり、すでに参加標準記録を突破している者にとっては、日本選手権上位3選手に授与される「金・銀・銅のライオン(の顔が彫り込まれた)メダル」が、そのまま「五輪行きプラチナチケット」となるということ。参加標準記録突破者が複数出ている種目では、このメダルを巡る戦いは、壮絶なものとなるはずだ。
一方で、WAは、今回の東京オリンピックから、ワールドランキングによるオリンピック出場の道も採用した。これは各種目の出場枠(ターゲットナンバー)を上限として、まず参加標準記録突破者(ターゲットナンバーの約半数を想定)に出場資格を与え、残りの枠を、1カ国3名を上限に参加標準記録者を含めて順位づけたワールドランキングの上位者が得るという仕組みだ。これにより参加標準記録を突破できていない競技者、あるいは参加標準記録突破者がゼロの種目でも、このランキングでターゲットナンバー内(詳細および最新のランキング順位へのリンク先は、https://www.jaaf.or.jp/news/article/14737/ で紹介)に入っていれば、出場権を獲得することができる。ただし、この場合も、同条件となった場合は、日本選手権の順位が最優先されるため、日本選手権でいかに上位を獲得しておけるかが明暗を分けることになる。
参加標準記録、ワールドランキング。どちらの場合においても、この日本選手権の結果が大きな鍵となるだけに、第105回の歴史のなかでも例のない激戦や名勝負を期待することができるだろう。 ここでは、特に「東京オリンピック代表選考争い」にスポットを当てて、大会4日間の見どころを、男女それぞれにトラック種目、フィールド種目に分けて、ご紹介していく。
なお、今回の日本選手権は、当初、会場に観客を迎えての開催を目指して準備を進めてきたが、開催地である大阪府の新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言が延長されたことにより、観戦者の入場については6月18日に確定・発表されることとなった。有観客での開催が実現することを祈るばかりだが、一方で、まだまだ“コロナ禍前”のように、気軽に現地観戦へ出向くのは難しいという状況にある方々も、残念ながら多いはず。大会の模様は、NHKがテレビ放映を行うほか、インターネットによるライブ配信も実施を予定している。これらも利用して、ぜひ熱い声援を送っていただきたい。また、この放映・配信スケジュールのほか、タイムテーブルやエントリーリスト、記録・結果の速報、競技者たちの声は、日本選手権特設サイト( https://www.jaaf.or.jp/jch/105/ )や日本陸連公式SNSにおいて、随時、最新情報をお届けしていく計画だ。こちらもぜひ観戦に役立てていただきたい。
※記録・競技結果、ワールドランキング等の情報は6月15日判明分により構成。ワールドランキング情報は、同日以降に変動が生じている場合もある。なお、欠場に関しては、大会本部が受理し、6月15日に発表した公式情報に基づいている。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:フォート・キシモト
【女子トラック編】
◎長距離
・5000m
昨年の日本選手権の結果で、すでに代表1枠が埋まっているため、残る2つの枠を巡る戦いとなる。さらに、前回覇者でこの種目の五輪代表に内定済みの田中希実(豊田織機TC)に加えて、昨年の日本選手権10000mで代表に内定した新谷仁美(積水化学、10000m日本記録保持者)、今年5月の日本選手権10000mで代表切符を手にした廣中璃梨佳(JP日本郵政G)もエントリー。気象条件にもよるだろうが、積極果敢な展開を持ち味とするこの3選手が万全の状態で対戦することになれば、福士加代子(ワコール)が2005年にマークした14分53秒22の日本記録が塗り替えられる瞬間に立ちあえるかもしれない。ただし、田中は2つめの代表権獲得を目指す1500m、さらにはエントリーしている800mとの兼ね合いによっては出場を見合わせるもしれない。また、オリンピック本番では10000mで上位を狙う新谷も、レースを回避する可能性もあるが、昨年の日本選手権で田中との競り合いに敗れた廣中は、10000mだけでなく、この種目でも五輪出場に挑戦すると明言している。新谷同様に廣中も参加標準記録の15分10秒00は突破済み。また、自己記録では、新谷・廣中ともに昨年9月の全日本実業団で日本歴代2位・3位となる14分55秒83と14分59分37秒もマークしている。残る2席の1つを廣中が占める可能性は高そうだ。
このほか、代表入りに最も近い位置にいるのは、萩谷楓(エディオン)。5月9日のRSTでは15分11秒84と、標準記録突破を僅かなところで逃したが、参加資格有効期間が中断されていた7月には15分05秒78(日本歴代7位)と、標準記録を大きく上回る自己記録もマークしている。ターゲットナンバー圏内(42)にあと一歩の46位にいるため、日本選手権の結果次第でワールドランキングでの出場も見えてくる状況だ。より確実を期すためには、果敢な展開で攻めていくであろう廣中と競り合って、この大会で参加標準記録を突破しての代表入りを狙ってくるだろう。
なお、2017年世界選手権5000m、2019年世界選手権10000m(ケガにより欠場)で代表選出経験を持つ鍋島莉奈(JP日本郵政G)は、5月に10000mでの代表入りを逃したあと、この種目での出場を目指してエントリーしていたが、その後、左足舟状骨疲労骨折のため、残念ながら欠場することが発表されている。
・3000mSC
9分30秒00の参加標準記録者はいないものの、女子3000mSCは、ターゲットナンバー(45)圏内にいる選手、さらにはこれに近い位置にいる選手が複数存在するという点で、大激戦となることが予想される種目だ。ワールドランキングで日本人最上位となる41位にいるのが前々回の2019年に初優勝し、同年のドーハ世界選手権にも出場した吉村玲美(大東文化大)、これを2ポイント差で追うのが、今季成長著しい山中柚乃(愛媛銀行、43位)で、この2人が現時点ではターゲットナンバー圏内。さらに藪田裕衣(大塚製薬)が50位に、その藪田から3ポイント差で前回覇者の石澤ゆかり(エディオン)が続いているという状態だ。
今季の記録だけで見ると、日本リスト1位にいるのが山中で、9分46秒72はRSTで日本人トップとなった際にマークした記録。この結果で山中は日本歴代で4位に浮上。また、2000mSCでの実施となった兵庫リレーカーニバルでは、6分19秒55の日本最高記録で優勝を果たしている。一方の吉村は、記録は9分51秒47にとどまっているが、織田記念では山中や石澤を抑えて優勝。RSTは山中に突き放されたが、藪田や石澤、2017年日本選手権覇者の森智香子(積水化学)らには先着している。
2024年のパリオリンピックでの活躍を視野に、長期的なスタンスで取り組んでいる山中は、序盤から積極的にレースを引っ張っていく展開が多い。これに多くの選手が食らいつき、最後まで激しく競り合うなかで、まずは日本記録保持者の早狩実紀(9分33秒93、2008年)以外は到達したことのない9分40秒を複数が切り、より日本記録に近いタイムが上位を占める状況になることを期待したい。そうすれば、ワールドランキングによるフルエントリーも、自ずと高まってくるはずだ。
◎ハードル
・女子100mH
2019年から始まった女子100mHの進化が止まらない。その流れは、今季の屋外シーズンを迎えて、さらに拍車がかかった印象さえ受ける。その先頭にいるのは、いったんは退いていた陸上界に復帰し、2019年に日本人で初めて12秒台突入する12秒97の日本記録を樹立するとともに、ドーハ世界選手権への出場を果たした寺田明日香(現ジャパンクリエイト;当時パソナグループ)だ。昨年のシーズンベストは13秒03にとどまったが、今季初戦として臨んだ4月29日の織田記念を12秒96(+1.6)の日本新記録で制すると、オリンピック会場となる国立競技場で開催されたRSTを12秒99(-0.8)で優勝。そして、6月1日の木南記念の予選では、オリンピック参加標準記録に0.03秒まで迫る12秒87(+0.6)で走り、日本記録を塗り替えた。標準記録突破も期待された決勝では、再更新はならなかったもののパフォーマンス日本歴代2位となる12秒89(+0.3)をマーク。中4日で出場した布勢スプリントでも、予選で12秒95(+0.9)、決勝では3台目で本人曰く「大クラッシュ」ののちに、終盤でもバランスを崩すミスが出たなか12秒89(+1.8)と再び12秒8台でフィニッシュしたのだ。この結果、この種目でワールドランキング順位の対象となるトップ5のパフォーマンス(ランキングは、これらのポイントの平均値で順位づけられる)の記録は、すべて12秒台で埋まることになった。2年前、いや、1年前であっても考えられなかった水準で、寺田のワールドランキングは31位に。ターゲットナンバー(40)のこの種目で、ほぼ安全圏といえる状況まで持ち込んだ。ここまでの情報だけ見ると、寺田の一人勝ちのように思えるが、それだけにとどまっていないことが、「寺田の進化」ではなく、「女子100mHの進化」とした理由である。青木益未(七十七銀行)が寺田に引けを取らない大躍進を見せているからだ。青木は、昨シーズン、自己新を更新し続けるなかで、8月には追い風参考記録(+2.1)ながら、“日本女子ハードル史上最速”の12秒87をマークして、このレースで寺田に先着すると、「寺田有利」の下馬評のなか迎えた10月の日本選手権で向かい風(-0.1)をものともせず13秒02の自己新記録を叩き出し、13秒14にとどまった寺田以下に快勝した選手。3月の日本選手権室内60mHも予選(8秒06)、決勝(8秒05)と室内日本記録を更新してタイトルを獲得している。今季の屋外シーズンでは織田記念こそ4位にとどまったが、RSTは寺田に次いで13秒06で2位。そして布勢スプリントでは予選で13秒01(+0.8)の自己新をマークすると、決勝では12秒87(+1.8)の日本タイ記録でフィニッシュし、木南記念でこの記録をマークしていた寺田に0.02秒の差をつけて優勝を果たした。もともと2019年アジア選手権で銅メダルを獲得していたことによりワールドランキングでも優位な位置につけていたが、室内および今季の好走により寺田に次ぐ34位を占め、ワールドランキングでも十分に出場権獲得がみえる状況になってきた。
とはいえ、参加標準記録に僅か0.03秒に迫る日本記録保持者となった2人には、ぜひ日本選手権での競り合いで、ともに参加標準記録を突破してのオリンピック出場を実現させてほしい。この2人に共通するのは、高いスプリント能力(寺田11秒63、青木11秒68)を持ったなかで、「バルクアップを恐れない」(寺田)徹底した筋力トレーニングでパワフルな肉体を作り上げていること。これによって多少の向かい風や多少のハードルとの接触をものともせず、また、ハードルにとっては不利になりかねない追い風でのレースにおいてもインターバルを刻みきることができるようになっている。青木が勝てば2年連続3回目、寺田が勝てば11年ぶり4回目となるタイトルを巡って、参加標準記録の12秒84、できることなら12秒7台に突入するレベルで競り合ってほしい。
ワールドランキングでは、この2人に続いて2019年アジア選手権覇者の木村文子(エディオン)がターゲットナンバー内の36位にランクインしている。コロナ禍の影響でオリンピックが延期になったことを機に、昨年は休養年に充てて日本選手権にも出場しなかったが、復帰レースとなった日本選手権室内60mHで2位の成績を残すと、屋外でもレースを重ねるごとにタイムを上げて、布勢スプリントで13秒12(+1.5、予選でマーク)まで戻してきている。寺田・青木とは、やや地力が開いた印象もあるが、日本選手権で表彰台に上がることが、オリンピックのチケットを得るための必要条件となるだろう。このほかに圧倒的な勢いを感じさせるのは、社会人3年目を迎えた鈴木美帆(長谷川体育施設)だ。今季は、織田記念で13秒22(+1.6)の自己新をマークすると、木南記念では予選・決勝ともに13秒15と自己記録を更新。布勢スプリントでは予選で、その時点で日本歴代2位タイとなった13秒00(+1.5)を出してベストを再更新し、決勝も13秒01(+1.8)で3位を占めて、安定した力を印象づけた。日本選手権で、寺田・青木に続いて日本人3人目の12秒台ハードラーになれる力は十分に備えているとみてよいだろう。気象条件次第とはいえ、決勝で12秒台突入者が何人出るかを、つい期待してしまうし、全体的な底上げにより、13秒3台のタイムでは決勝へ進出することが難しいようなレベルの高さとなる可能性も十分にある。
・女子400mH
女子400mHの参加標準記録は55秒40。2011年に樹立された日本記録(55秒34、久保倉里美)が更新できればクリアは可能なのだが、当時の日本リストを当たり前に占めていた55秒台という記録に、近年はなかなか近づくことができていない。オリンピック出場に向けては、40というターゲットナンバー圏内を狙うルートが現実的といった状況だ。これにもっとも近い位置にいるのが宇都宮絵莉(長谷川体育施設)。2019年アジア選手権4位の成績がポイントのアベレージを大きく引き上げている内訳で、現時点で40位とは11ポイント差の44位にいる。今季はRSTで自己記録を日本歴代6位タイの56秒50まで引き上げたほか、短いスパンで続いた木南記念、デンカチャレンジで連勝するなど調子を上げてきている。七種競技でも日本歴代4位(5821点)の自己記録を持つ選手で、6月12~13日の日本選手権混成を戦って大阪に臨む計画だったが、その目論見は第1種目の100mHで潰えてしまった。第9ハードルをぶつけて大きくバランスを崩し、最終ハードルを手で倒して失格する悔しい結果になってしまったのだ。身体面でのダメージがないことを祈るばかりだが、これを発奮材料として400mHに向かうことができるか。自己記録を更新しての2018年以来となる2回目の勝利を手にできれば、オリンピックにより近づくことになる。
優勝争いという点では、前回、日本歴代6位の56秒50で初優勝を果たしたイブラヒム愛紗(メイスンワーク)が、どこまで状態を上げてきているかによって戦況は変わってくるだろう。社会人1年目の今季は、木南記念でマークした58秒01がベストにとどまっている。昨年、56秒台(56秒96)に突入した関本萌香(早稲田大、今季57秒33)、2019年覇者で57秒09の自己記録を持つ伊藤明子(セレスポ、今季57秒76)らとともに、56秒中盤での競り合いが見られるようだと、「ポスト2020(東京オリンピック以降)」が明るくなってくるはずだ。
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■東京2020オリンピック競技大会 代表選手選考要項
https://www.jaaf.or.jp/files/upload/201907/01_171958.pdf
■【日本選手権】エントリーリスト
https://www.jaaf.or.jp/files/competition/document/1556-4.pdf
■【日本選手権】競技日程
https://www.jaaf.or.jp/jch/105/timetable/