2019.09.30(月)大会

【ドーハ世界選手権】デイリーハイライト(Day2)




深夜の一人旅! 男子50km競歩で鈴木が日本競歩史上初の金メダルを獲得!

男子走幅跳の橋岡は、世界選手権日本勢初の8位に入賞




大会2日目の9月28日、日本選手団は、世界選手権通算5個目となる金メダルを獲得しました!

1日目の女子マラソン同様、深夜のレースとなった男子50km競歩で、20km(1時間16分36秒=世界記録)と50km(3時間39分07秒)の2種目で日本記録を持つ鈴木雄介選手(富士通)が、4時間04分20秒で初優勝。競歩種目ではオリンピック・世界選手権を通じて史上初、世界選手権では史上5人目の金メダリストとなったのです。また、鈴木選手は、この大会でメダルを獲得した日本人最上位者という日本陸連が定めた規定を満たしたことで、東京オリンピック同種目の日本代表にも内定しました。

レースは、女子50kmとともに、同日23時30分にスタート。女子マラソン同様、ドーハの海岸沿いに1周2kmの折り返しコースが設けられ、ここを25周する形でレースは行われました。スタート時の気象状況は気温31℃、湿度74%。先日の女子マラソンより気温が1℃低く、レース終了時には気温・湿度ともに少しだけ下がる条件下でのレースです。

この大会に向けて、事前から具体的なペースを設定せず、自分が50kmを歩ききることができるという感覚に従ってレースを進めていくと公言していた鈴木選手ですが、最初の1kmを4分57秒で入った段階で先頭に立ち、その後、最後まで一度も首位を譲らずにフィニッシュを迎える展開となりました。15kmまでの各1kmを4分51~59秒のラップを刻み、5kmを24分32秒、10kmを49分11秒、15kmは1時間13分40秒で通過。9km過ぎで世界記録保持者のYohann Diniz選手(フランス)から2位グループから抜け出し、1kmほど鈴木選手の後ろにつきましたが、10kmすぎで離れて(Diniz選手は16km過ぎで途中棄権)からは、鈴木選手の完全な“一人旅”となりました。16km以降は、1km4分40秒台のラップを刻み、22~23kmでは4分38秒までラップを引き上げ、後続との差をどんどん広げていきます。20kmを1時間37分35秒、25kmを2時間01分07秒で通過。30km手前でトイレに入った影響で、30kmは2時間25分55秒の通過となりましたが、35kmは2時間49分31秒、40kmは3時間13分21秒で通過。この間も1km4分50秒を切るペースでレースを進めました。しかし、レース後の鈴木選手のコメントによると、実は30km付近から徐々に脚に重さを感じるようになり、34km付近からは最後まで歩ききれるのかという不安と戦っていたとのこと。さらに胃が疲労のために働きが悪くなっていたことから確実に水分を補給するために、残りの10kmでは2kmごとの水分補給時にゆっくり歩く、あるいは立ち止まるなどして給水を飲み、再びレースペースに戻す手段を取り入れました。これにより、42km以降は、5分25~30秒台のラップに落ち込む区間も出て、後続との差は徐々に縮まることとなりましたが、中盤までに稼いだ“貯金”が功を奏し、2位でフィニッシュしたJoão VIEIRA選手(ポルトガル)に39秒の差をつけての完全勝利となりました。

鈴木選手とともに出場していた勝木隼人選手(自衛隊体育学校)は大会前から体調不良に苦しむなかでの出場に。中盤では大きくペースを落として40位台まで後退する場面もありましたが、終盤で持ち直して徐々に順位を上げ、4時間46分10秒で完歩。27位でのフィニッシュとなりました。また、序盤は鈴木選手を追う第2集団でレースを進めていた野田明宏選手(自衛隊体育学校)は、13kmを過ぎたあたりで急にペースダウン。体調が戻らず、そのまま途中棄権という結果になりました。

女子50km競歩には、4月の日本選手権を4時間19分56秒の日本新記録で制した渕瀬真寿美選手(建装工業)が出場。渕瀬選手は、今年6月に岡田久美子選手(ビックカメラ)に更新されるまでの10年間、20kmでも日本記録(1時間28分03秒)保持し、世界選手権には2007年から4大会連続で出場、2009年ベルリン大会では日本女子競歩初の7位入賞も果たしている選手。種目は異なるものの3大会ぶりに世界選手権に戻ってきました。
序盤を16~17位でスタートした渕瀬選手は、10kmを56分22秒で通過すると、15km地点までに8位集団に追いつき、1時間24分23秒で通過。その後も入賞が視野に入る位置でレースを進めていきました。しかし、腹痛が起きた影響もあって、2時間20分47秒で通過した25km地点では、8位と38秒差に開きましたが、30kmまでで再び8位集団に追いつきます。4人の8位集団を形成して35kmは3時間16分01・9位で通過しましたが、40kkm以降は11位で前を追う展開に。その後は順位を上げることができず、4時間41分02秒・11位でのフィニッシュとなりました。

一方、ハリーファスタジアムで行われたトラック&フィールド競技は、17時30分からスタートした男子棒高跳予選が最初の種目となりました。日本からは、今年の日本選手権の制した江島雅紀選手(日本大学、ダイヤモンドアスリート修了生)、世界選手権では2013年モスクワ大会でこの種目の史上最高成績となる6位入賞を果たしている山本聖途選手(トヨタ自動車)、そして棒高跳日本記録保持者(5m83)で2016年リオデジャネイロオリンピック7位入賞の澤野大地選手(富士通)の3名がエントリー。予選通過記録は5m75で、3人揃っての決勝進出に期待が寄せられました。

A・B2組に分かれた予選では、A組に師弟でもある澤野選手と江島選手が、B組には山本選手が入って競技はスタート。江島選手と山本選手は5m30から試技を始め、澤野選手はこの高さをパスして5m45から試技を開始させました。5m30は、まず山本選手が1回でクリア。江島選手は2回目に成功させて、バーは5m45に。A組では澤野選手と江島選手は2回失敗したのちに3回目の試技に。一方、やや進行が遅れていたB組では1回目を失敗した山本選手が2回目の試技を迎えていました。ここでちょうど3選手の跳躍順番が重なるタイミングに。まずA組で澤野選手が5m45をクリアすると、続いてB組のピットで山本選手がクリア。そしてA組では江島選手もこの高さを成功させました。

バーの高さは5m60に上がり、B組の山本選手がこの高さを2回目にクリア。A組では澤野選手が1回目の試技の際、助走の途中でふくらはぎのけいれんを起こし、ポールを突っ込んだものの身体を持ち上げることができず赤旗が上がります。結局、澤野選手と江島選手はこの高さを攻略することができず。5m45を1回で跳んだ澤野選手が組13位、江島選手は同14位という結果に。この時点で両選手の決勝進出は絶望的となりました。
B組の山本選手は、次の高さの5m70に挑戦しましたが、クリアすることは叶わず、組12位の5m60で競技を終了。この組では6m16の世界記録を持つルノー・ラビレニ選手(フランス)が5m70を越えられず5m60で終える波乱もあるなか、最終的に、5m75をクリアした8選手と、5m70を1回で成功した4選手までが決勝進出となるはハイレベルな結果となりました。

男子棒高跳予選が進行するなか、トラックでは、日本勢が全員駒を進めることとなった男子400mHと男子100mの準決勝が行われました。3組2着+2の決勝進出条件で行われた男子400mH準決勝では、2組目に豊田将樹選手(法政大学)が出場しましたが、得意の終盤で順位を上げることができず、8着(50秒30)で競技を終了。一方、3組目に入った安部孝駿選手(ヤマダ電機)は、46秒台の自己記録を持つRai Benjamin選手(アメリカ)とAbderrahman Samba選手(カタール)がいる非常に条件の厳しい組となったなか、48秒97をマークして3着でフィニッシュ。プラス2での進出を狙いましたが、この段階でプラスの2番目にいた1組目3着の記録48秒93にわずか0.04秒届かず全体9位での敗退に。2005年ヘルシンキ大会で為末大選手(APF)以来となるこの種目4回目の決勝進出はかないませんでした。

男子100mの準決勝も3組2着+2の決勝進出条件で行われ、1組目にサニブラウン・アブデルハキーム選手(フロリダ大学)、2組目に小池祐貴選手(住友電工)、3組目に桐生祥秀選手(日本生命)が、それぞれ出場しました。1組目のサニブラウン選手は、スタートの出発音が小さくて聞こえないというアクシデントに見舞われて大きく出遅れたことが影響し、10秒15(-0.3)で5着。小池選手は、隣の選手の動きを気配で感じた影響で思いきったスタートができず不完全燃焼の走りとなってしまい10秒28(-0.1)で7着。桐生選手も序盤は先頭争いを繰り広げたものの、終盤で後れて10秒16(+0.8)・6着でのフィニッシュとなり、3選手ともに無念の準決勝敗退となりました。

続いて行われたのは、男女混合4×400mRの予選です。世界リレーでこの世界選手権の出場権を獲得した日本は、東京オリンピック出場権が与えられる8位入賞を狙って出場。2組目に入った日本は、男子・女子・女子・男子と配置することがセオリーとなりつつあるなか、“奇襲作戦”という位置づけで、1走に女子の青山聖佳選手(大阪成蹊AC)が入り、2走・3走を男子の若林康太選手(駿河台大学)と田村朋也選手(住友電工)がつなぎ、アンカーに女子の髙島咲季選手(相洋高校)を起用するというオーダーで挑みました。自分以外の全員が男子選手となった青山選手は最下位でのバトンパスとなりましたが、2走の若林選手で6位に浮上すると3走の田村選手がバックストレートで首位に立って、日本選手団唯一の高校生である髙島選手へバトンパス。7人の男子選手から猛追を受ける形となった髙島選手は、懸命に逃げましたが、さすがに逃げきることはできず、全選手にかわされて8着でフィニッシュ。3分18秒77の日本新記録をマークしましたが、決勝に駒を進めることができず、東京オリンピックの出場権獲得はお預けとなりました。

トラックの最終種目となったのは、女子10000m決勝。この種目には、引退と復帰を経て6年ぶりの世界選手権出場となった新谷仁美選手(NIKE TOKYO TC)と、山ノ内 みなみ選手(京セラ)が出場しました。スタート直後は、新谷選手は4番手、山ノ内選手は中盤の位置でレースを進めていきましたが、3200mを過ぎたところでアフリカ勢を中心とする7選手が一気にペースアップしたことで、新谷選手は8番手で単独走となることに。6000mを過ぎたところで、後退してきた選手をかわして7位に浮上し、入賞が見える位置で粘りのレースを展開しましたが、8800mあたりから後続集団がペースアップしてきて残り1000mで逆転され、31分12秒99・11位でのフィニッシュとなりました。また、山ノ内選手のほうは、序盤は集団の中段でレースを進めたものの、次第に後退する苦しいレースとなり、32分53秒46で19位という結果でした。

跳躍最初の決勝種目となったのは男子走幅跳。日本勢は、前日の予選を突破した橋岡優輝選手(日本大学、ダイヤモンドアスリート修了生)と城山正太郎選手(ゼンリン)の2名が出場しました。第4跳躍者としてピットに立った城山選手は、1回目で7m77(+0.2)をマークしましたが、2回目(-0.3)・3回目(+0.5)はともに7m61で記録を伸ばすことができず11位で前半を終了。ベスト8に駒を進めることはかないませんでした。
一方、予選では向かい風のなか8m07を跳んでいた橋岡選手も、決勝は苦戦する展開となりました。1回目を7m88(-0.1)でスタートすると、2回目は7m89(+0.2)と思うように記録を伸ばしていくことができません。3回目の試技で、自身の跳躍の直前にThobias Montler選手(スウェーデン)が7m96(±0)をマークして8番手に浮上。9位に後退した橋岡選手は、「あとがない」状態で3回目の試技に挑むことになりました。

ここで橋岡選手は、持ち前の勝負強さを見せつけます。Montler選手を1cm上回る7m97(-0.2)を跳んで再逆転して8位に返り咲くと、その順位をキープして前半を終了。この時点で8位入賞を確定させたのです。4回目は7m82(-0.1)、5回目はファウル、6回目は7m70(+0.2)と、後半で記録を伸ばすことはできませんでしたが、指導を受ける前日本記録保持者の森長正樹コーチが1997年アテネ世界選手権で達成したこの種目の日本勢最高順位となる9位を上回り、日本選手初の入賞を果たしました。



文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真提供:フォートキシモト


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