2019.06.26(水)その他

【記録と数字で楽しむ第103回日本選手権】男子トラック編(100m)





このページでは、第103回日本選手権の記録や数字に関しての少々(かなり?)マニアックな「みどころ」などを紹介します。なお、過去に紹介したものと重複している内容も含まれていることをお断りします。記録は6月21日判明分。※6月25日に欠場者がリリースされました。

【100m】

★「9秒台」対決!!

2017年9月に日本人初の9秒台となる「9秒98」をマークした桐生祥秀(日本生命)、19年6月にそれを更新する「9秒97」を出したサニブラウン・アブデル・ハキーム(フロリダ大)の「9秒台対決」が実現する。サニブラウンは2017年に100m・200mの「二冠王」に輝いたが前回は、5月に痛めた右脚付け根の回復が間に合わず「欠場」。2年ぶりの日本選手権となる。

10秒00の山縣亮太(セイコー)が気胸で欠場となったのは残念だが、2人の9秒台に加え、自己ベスト10秒0台が4人(山縣を除く)、10秒1台が5人エントリーしていてハイレベルであることは間違いない。

6月21日判明分の「2019年世界100位」にあたる「10秒21以内」は「8人」。32人のアメリカ、9人のジャマイカに続き堂々の3位だ。

「2018年世界100位(10秒15以内)」は、アメリカ31人、ジャマイカ12人、南アフリカ7人、イギリス6人、ブラジル5人、カナダ4人で、3人の日本はフランス・トルコと並んで「7位タイ」。

「2017年世界100位(10秒17以内)」は「7人」で、28人のアメリカ、15人のジャマイカ、8人のイギリスと南アフリカに続き「5位」。

以上の通り、このところの日本は、層の厚さで常に世界の上位に名を連ねているのは誇らしい限りである。

「10傑平均記録」は2017年の「10秒104(9.98~10.23)」が歴代最高だが、6月21日時点での2019年のそれは「10秒123(9.97~10.24)」で2018年の1年間トータルでの「10秒180(10.00~10.30)」を早くも上回り歴代2位。
2016年以前の歴代最高は16年の「10秒181(10.01~10.27)」、その前は14年の「10秒201(10.05~10.27)」、それ以前は13年の「10秒223(10.01~10.33)」で毎年のように底上げしてきている。

日本選手権直前までの10傑平均は、2018年が「10秒230(10.12~10.34)」、2017年が「10秒134(10.04~10.23)」で、今年の「10秒123(9.97~10.24)」が歴代最高だ。


★7年連続連覇なしが確定

2009年から12年まで江里口匡史(大阪ガス)が4連勝したあと、13年からは、山縣亮太(慶大)、桐生祥秀(東洋大)、高瀬慧(富士通)、ケンブリッジ飛鳥(ドーム)、サニブラウン・アブデル・ハキーム(東京陸協)、山縣(セイコー)が優勝してきた。今回は連覇がかかっていた山縣が欠場ということで、7年連続での「連覇なし」が確定した。


★桐生vsサニブラウンは、1勝1敗

今回の中心となりそうなのは「9秒台」の新旧日本記録保持者である桐生とサニブラウンであることは誰もが認めるところだろう。

この両者の過去の直接対決は、2回のみ。

年月日大会名風速桐生vsサニブラウン
2016.05.08GGPかわさき-0.44)10.27〇●5)10.34
2017.06.24日本選手権0.64)10.26●〇1)10.05

で、1勝1敗。

3度目の対決の結果は?


★桐生とサニブラウンのピッチとストライド

両者が、初めて10秒0台をマークして以降の自己ベストおよびそれを上回る追風参考記録をマークした時の100mに要した歩数から、「平均ピッチ」「平均ストライド」「ストライドの身長比」を算出すると以下の通りだ。

・記録の前の「◎」は、その時点での自己新記録。「△」は自己タイ。「W」は追風参考。

・桐生祥秀/176cm・70kg
2013.04.29織田/予◎10.01(+0.9)47.2歩4.715歩/秒211.9cm121.1%
2015.03.28テキサスW 9.87(+3.3)46.8歩4.742歩/秒213.7cm122.1%
2016.06.11学個/準△10.01(+1.8)47.2歩4.715歩/秒211.9㎝121.1%
2017.09.09日学/決◎ 9.98(+1.8)47.1歩4.719歩/秒212.3cm120.6%


・サニブラウン・アブデル・ハキーム/188cm・83kg 
2017.06.23日選/予◎10.06(+0.4)44.3歩4.408歩/秒225.7㎝120.1%
2017.06.23日選/準△10.06(+0.5)44.3歩4.408歩/秒225.7㎝120.1%
2017.06.24日選/決◎10.05(+0.6)44.6歩4.438歩/秒224.2㎝119.3%
2017.08.04世選/予△10.05(-0.6)44.4歩4.418歩/秒225.2㎝119.8%
2019.05.12SEC /決◎ 9.99(+1.8)43.6歩4.364歩/秒229.4cm122.0%
2019.06.05NCAA/準W 9.96(+2.4)43.5歩4.367歩/秒229.9cm122.3%
2019.06.07NCAA/決◎ 9.97(+0.8)43.7歩4.383歩/秒228.8cm121.7%


100mの記録の差は、0秒01しかないが、両者のピッチとストライドには違いがある。
176cmの桐生と188cmのサニブラウンの身長差は12cm。この差が約17cmあまりのストライドの差にもなっているようだ。そのぶん桐生は、毎秒4.7歩台のピッチで、4.3歩台のサニブラウンとのストライドの差をカバーしているといえる。とはいえ、「ストライドの身長比」でみると、9秒台に突入してからのサニブラウンが1%ほど桐生よりも大きいが、サニブラウンが10秒0台の時には、桐生の方が大きな身長比であった

なお、サニブラウンが9秒96(追風参考)や9秒97の日本新をマークした直後に、各種のメディア(主にテレビの報道番組)で、そのストライドの大きさ着目してその「すごさ」を伝えるものが多かった。具体的には、スタジオや路上に「230cm幅のライン」を引いて、ゲストや道行く人たちにその歩幅を体感してもらうという内容だった。

しかし、上述の「約230cm」はあくまでも100mに要した歩数から算出した「平均ストライド」であって、実際のレースでは、30m地点あたりの歩幅だ。トップスピードに乗った50~60m地点や、それ以降では平均値よりも30~40cmくらいも広いストライドで走っている。実際に、レース中の最大ストライドを計測するのは、バイオメカニクス研究チームがハイスピードカメラを駆使した分析をしなければ困難ではあるが、その「すごさ」をより世間の人々に伝えるには、「最大ストライド」の方がいいだろう。

ちなみに、ウサイン・ボルト(ジャマイカ/196cm・86kg)が9秒58の世界記録(2009年/ベルリン世界選手権)で走った時、100mに要した歩数は、「40.92歩」で、平均ストライドが「244.4cm」、平均ピッチが「4.271歩」、ストライドの身長比が「124.7%」。また最後の20mの平均ストライドは「285cm」で、最後の1歩は「302cm」だった。

リアルタイムで歩数を数えることは不可能だが、レース後に再生されるであろうスロー動画からカウントして、平均ストライドや平均ピッチを計算してみるのも「楽しみ方」のひとつであろう。


★複数選手が揃って「9秒台」ならば……

6月28日の20時30分過ぎ、博多の森競技場のホームストレートを最も速く駆け抜け、そのトルソーがフィニッシュラインに真っ先に到達するのは誰か?
そして、そのタイムは?

「いい追風」に恵まれれば、複数の選手が「9秒台」という可能性もある。

2018年に、世界で9秒台は21人が60回マークしているが、同一国籍の複数の選手が同じレースで「揃って9秒台」というのは「8レース」。アメリカが8回、ジャマイカとイギリスが1回ずつ。

2019年の世界の9秒台は6月21日判明分で11人が17回。同一国籍の複数選手が同一レースで揃って9秒台というのは5月18日の上海でのアメリカによる1回しかない。

そんなことで、日本選手権で複数選手が同時に9秒台ならば、世界に誇るべき素晴らしいニュースとなる。


★風速がタイムに及ぼす影響は?

同じ9秒99であっても「追風2.0m」と「無風」や「向風0.5m」では、その条件には大きな差がある。風速がタイムに及ぼす影響を示したデータを参考のために下記に示しておく。

・180㎝・75㎏の選手が、平地、無風、気温26度、湿度50%、気圧1013hPaの条件下に「10秒00」で走った場合を基準として計算。
・「研究A」は、J・ムレイカ氏の手法による。
・「研究B」は、P・N・ハイデンストローム氏、筆者の手法による。風速3.0m以上から1000分の1秒単位での差が出てくるが、ここでは筆者の数字を掲載した。
・「研究C」は、ワード・スミス氏の手法による。
 「研究A」 「研究B」 「研究C」 
風速(追風)(向風)(追風)(向風)(追風)(向風)
0.0m00000.0%0
0.1m0.0060.0050.0090.009  
0.2m0.0110.0110.0180.018  
0.3m0.0170.0170.0260.027  
0.4m0.0220.0230.0350.037  
0.5m0.0270.0280.0440.0460.050.05
0.6m0.0330.0340.0520.055  
0.7m0.0380.040.0610.065  
0.8m0.0430.0460.0690.075  
0.9m0.0480.0520.0770.084  
1.0m0.0530.0590.0850.0940.090.1
1.1m0.0580.0650.0930.104  
1.2m0.0630.0710.1010.114  
1.3m0.0680.0770.1090.124  
1.4m0.0730.0840.1170.134  
1.5m0.0780.090.1240.1440.140.16
1.6m0.0830.0960.1320.155  
1.7m0.0870.1030.1390.165  
1.8m0.0920.110.1470.176  
1.9m0.0960.1160.1540.186  
2.0m0.1010.1230.1610.1970.180.22
2.1m0.1050.130.1680.208  
2.2m0.110.1360.1750.219  
2.3m0.1140.1430.1820.23  
2.4m0.1180.150.1890.241  
2.5m0.1230.1570.1960.2520.220.28
2.6m0.1270.1640.2030.263  
2.7m0.1310.1710.2090.275  
2.8m0.1350.1780.2160.286  
2.9m0.1390.1860.2220.298  
3.0m0.1430.1930.2280.3090.260.34
3.1m0.1470.20.2350.321  
3.2m0.1510.2070.2410.333  
3.3m0.1540.2150.2470.344  
3.4m0.1580.2220.2530.356  
3.5m0.1620.230.2590.3680.290.41
3.6m0.1650.2370.2640.381  
3.7m0.1690.2450.270.393  
3.8m0.1720.2530.2760.405  
3.9m0.1760.2610.2810.418  
4.0m0.1790.2680.2870.430.320.48
4.1m0.1830.2760.2920.443  
4.2m0.1860.2840.2970.455  
4.3m0.1890.2920.3020.468  
4.4m0.1920.30.3080.481  
4.5m0.1950.3080.3120.494  
4.6m0.1980.3160.3170.507  
4.7m0.2010.3250.3220.52  
4.8m0.2040.3330.3270.533  
4.9m0.2070.3410.3310.547  
5.0m0.210.350.3360.560.380.62
5.5m0.2230.3920.3570.628  
6.0m0.2350.4360.3760.699  
6.5m0.2460.4820.3930.772  
7.0m0.2550.5290.4080.847  
7.5m0.2630.5770.420.924  
8.0m0.2690.6270.431.004  
8.5m0.2740.6780.4381.085  
9.0m0.2770.730.4441.169  
9.5m0.2790.7840.4471.256  
10.0m0.280.8390.4481.344  


「B」「C」のデータよりも「A」の数値の方が小さい。「B」「C」の手法が20世紀に導いたものであるのに対し、「A」のそれは過去の研究などを加味して21世紀に導いた最新の手法によるもののはず。よって、「A」の数字の方がより正確なものであろうと考えられる。とはいえ、あくまでも机上での計算であることをお断りしておく。


★日本選手権・決勝での「着順別最高記録」

・「/」の後ろは、追風参考での最高記録
1)10.052002・2017・2018年
2)10.142018年/10.12w 1999年
3)10.162018年
4)10.172018年
5)10.222018年
6)10.302018年/10.28w 1999年
7)10.302018年/10.28w 1999年
8)10.382014年/10.30w 1999年

以上の通りで、2018年が史上最高のレベルであったことがわかるが、今回はそれをも上回るかもしれない。



野口純正(国際陸上競技統計者協会[ATFS]会員)
写真提供:フォート・キシモト

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