投てき種目は、男女やり投以外は、記録的に世界との開きが大きいが、競技者たちの地道な積み重ねで、着実にレベルは上がっている。いくつかの種目で、今年も好記録が飛び出す可能性がある。
◎男子円盤投、砲丸投
日本記録更新という視点で、近年、注目度が高いのは男子円盤投だ。「最古の日本記録」となっていた1979年に樹立された60m22が、2017年に更新されると、翌2018年にも塗り替えられており、今年もその更新に期待が寄せられている。その中心となるのが、前回の日本選手権で6回の試技のなかで61m02、62m03、62m16と3連続で日本記録を更新する投てきを見せて初優勝した湯上剛輝(トヨタ自動車)、そして、その湯上に阻まれるまで4年連続5回の優勝実績を持ち、2017年には38年ぶりに日本記録を上回る60m37をマーク(残念ながら、この記録は設備の不備により非公認記録となってしまったが)したのちに、60m54、60m74と日本記録を2度塗り替え、活況の契機をつくった堤雄司(群馬綜合ガード)の2人だ。今回、ディフェンディングチャンピオンとして臨む湯上は、日本代表として昨年のアジア大会(6位)、今年のアジア選手権(4位)にも出場しているが、日本記録を投げて以降は、やや力が入りすぎる傾向がみられ、日本選手権時の豪快な投てきを出すことができていない。今季は、水戸招待でマークした59m69がシーズンベスト。ここからもう一段階、引き上げていきたい。一方の堤は、昨年は、日本記録をマークした2017年の秋あたりから症状が出ていた腰椎椎間板ヘルニアに苦しみ、秋には手術に踏み切るシーズンに。ひと冬かけて、リハビリとトレーニングに取り組んで今シーズンから本格的に復帰。5月の東日本実業団で60m17をマークするまで状態を戻してきている。2選手による60mラインを大きく越えていく投げ合いがぜひ見たい。
男子砲丸投は、昨年は、GGPで18m85の日本記録を樹立して優勝候補の筆頭に上がっていた中村太地(ミズノ)を、前日本記録保持者(18m78、2015年)で6連覇中だった畑瀨聡(群馬綜合ガード、現日大桜門陸友会)が直前に右手中指を痛める状況のなか、中村との18m台の攻防を制して3cm差で7年連続12回目の勝利をもぎ取っている。福岡県出身の畑瀨にとっては、故郷で開催される日本選手権で8連覇&13回目の栄冠を手に入れたいだろうし、中村としては、現日本記録保持者として前回の悔しさを晴らしたいはずだ。
この2人の調子が上がってこないようだと、東京コンバインドで日本歴代6位の18m28をマークした森下大地(第一学院高教)や、前回3位で3月に18m13の自己新をマークしている佐藤征平(新潟アルビレックスRC)が優勝戦線に乗り込んでくる可能性もある。複数選手による18mオーバーの戦い、そしてレベルの高い優勝争いから日本人初の19m台のビックショットが飛び出すことを期待したい。
◎女子円盤投、砲丸投
女子投てきで今季、春先から好記録が誕生したのは円盤投。日本選手権を砲丸投で2連覇中の郡菜々佳(九州共立大)が、2月中旬に55m50の学生新記録をマークすると、3月23日には室伏由佳(2007年)が持っていた日本記録58m62を41cm更新する59m03をマーク。砲丸投より先に円盤投で日本記録保持者になった。今大会では、その日本記録の更新と砲丸投との投てき2冠に挑むことになる。郡はその後、砲丸投・円盤投の2種目でアジア選手権に出場したが、円盤投はまさかの記録なしに終わってしまった。また、九州インカレは優勝したものの、日本学生個人選手権は辻川美乃利(筑波大)に敗れて2位。男子の湯上同様に、記録を意識しすぎて会心の投てきが出せない状況が続いている。このあたりをどうコントロールしてくるかが鍵となるだろう。
その円盤投では、前々回覇者の辻川も、日本歴代6位、学生歴代3位となる54m46を5月にマーク。前述したように日本学生個人選手権で郡との直接対決に勝利しており、2年ぶり2回目の優勝を狙っている。また、前回、高校生チャンピオンとなった齋藤真希(鶴岡工高、現東京女子体育大)も、3月29日に自身の持つ高校記録(52m38)を大きく更新する54m00(U20日本歴代2位)をマーク。順調に大学への移行を果たし、「平成-令和」をまたいでの連覇も夢ではない仕上がりを見せている。レベルの高い優勝争いが期待できそうだ。
砲丸投の今季日本リストは、郡が織田記念でマークした16m23 がトップの記録となっている。15m60でこれに続くのが太田亜矢(福岡大クラブ)。郡16m57(2017年、日本歴代4位)、太田16m47(2017年、日本歴代5位)と、自己記録でもこの2人が抜きん出ており、優勝争いは、ほぼこの2人になるとみていいだろう。郡が2連勝する前に、2連勝中だったのが太田。どちらが勝っても3回目の日本選手権獲得となる。記録的には、2004年に市岡寿実(国士舘クラブ)がマークした日本歴代3位の16m79を上回り、17m台に迫っていくような投げ合いが見られると、勝負はいっそう面白くなる。
◎男女ハンマー投
女子ハンマー投にも日本記録(67m77、室伏由佳、2004年)更新のアナウンスを期待したい。日本歴代3位(66m79、2016年)の自己記録を持つ渡邊茜(丸和運輸機関)が3月に65m49をマーク。4月のアジア選手権は63m54で銅メダルを獲得、5月3日の静岡国際も64m42で優勝と好調を維持している。66m79を投げた2016年のころより、シリーズ全体の水準が上がり、記録的にも安定してきており、いつ“一発”が出てもおかしくない。一方で、記録を意識すると、投てきが乱れてしまうところが課題である傾向は、今もまだ払拭できていない感がある。これを克服できれば、第100回大会以来(2016年)となる2回目の優勝と、目標とする日本記録の達成が、大きく近づいてくるはずだ。その渡邊を抑えて2連覇中の勝山眸美(オリコ)は、昨年65m32まで記録を伸ばしてきた選手。アジア大会では銅メダルを獲得、今年のアジア選手権(5位)にも出場している。今季は静岡国際でマークした60m80がシーズンベスト。ここからどう調子を上げてくるか。
男子ハンマー投は、前回、墨訓熙(小林クリエイト)が初の70mオーバーとなる70m63の自己新記録を投げて大会初優勝を果たした。今季は、その墨に3連覇を阻止された柏村亮太(ヤマダ電機)が静岡国際を制した際の70m79で日本リスト1位、同じく静岡国際で69m10の自己新をマークしているベテランの赤穂弘樹(まなびや園)が柏村に続いている。2017年に71m36の自己記録を投げている柏村が、これを上回る投てきが見せられるような仕上がりになっていれば、V奪還の可能性は高くなるだろうが、70mラインを巡る攻防になるようだと、ここまで上げた3選手のほかに、70m06(2017年)の自己記録を持ち、墨とともに4月のアジア選手権に出場した木村友大(九州共立大)にもチャンスが生まれる。この種目の大会記録は83m29(室伏広治、ミズノ、2003年)と、世界大会の優勝記録を上回るようなハイレベルであるうえに、世界選手権標準記録(76m00)も現実的に目指すには距離があるだけに、具体的な目標を立てるのは難しいというのが正直なところだろう。まずは複数選手によって70mラインを越える地点で優勝争いが繰り広げられるようになってほしい。
◎男女やり投
投てきで「世界で戦える」種目と位置づけられているのがやり投。今年は、男女ともに大きな“打ち上げ花火”が上がる可能性が高い。男子は第一人者の新井涼平(スズキ浜松AC)が首を痛めてからの不調を脱し、世界選手権標準記録の83m00クリアが見えるところまで戻ってきた。新井は3月の記録会で82m03を投げてシーズンインを果たすと、4月のアジア選手権は81m93で銅メダルを獲得した。5月のGGPは78m34(3位)、6月上旬のプラハ国際は70m55(7位)にとどまっているところが気になるが、不調時には十分に積むことができなかった冬場のトレーニングがしっかり消化できていることは大きな自信となっているはず。日本選手権では、世界選手権標準記録を上回る記録での6連覇達成を狙ってくるだろう。
女子では、木南記念で世界選手権(61m50)、東京五輪(64m00)の標準記録を上回る64m36の日本記録を樹立した北口榛花(日本大、DA修了生)が、65m以上の日本記録再更新と初優勝に挑む。
北口は、2015年世界ユース選手権女子やり投金メダリストで、当時から“大器”として将来を嘱望されていた選手。大学1年時の2016年には61m38の学生記録を樹立している。その後、右肘を故障した影響などもあって、思うような成果を出せずにいたが、この冬、単身でチェコに渡って現地のクラブチームでトレーニングするなど、自ら講じたさまざまな取り組みが功を奏し、木南記念の4回目と5回目の試技で、64m58(日本歴代2位、学生新記録)と64m36(日本新記録)の好記録を2連投。一気に大きく花開く形となった。
日本選手権には5年連続で出場しているが、日本記録保持者として臨む今回は、世界選手権代表権争いという点でも“王手”をかけた状態で挑むことになる。きっちりと勝って、ドーハへ駒を進めたいことだろう。
これに待ったをかけたいのは、前回覇者の斉藤真理菜(スズキ浜松AC)。国士舘大4年時の2017年に大きく躍進し、ロンドン世界選手権に出場。続いて出場したユニバーシアードでは62m37の学生新記録(当時)をマークして銀メダルを獲得している選手。社会人1年目の昨年は、日本選手権初優勝を果たし、アジア大会にも出場(4位)した。今季は、4月のアジア選手権直前に腰を痛める不運に見舞われ、出遅れ気味のスタートとなったが、GGPで58m67まで調子を戻してきている。1カ月半の期間で、どこまで状態を上げてくることができるか。
斉藤とは逆に、春先から好調な滑り出しを見せたのが斉藤と同じ国士舘大出身の右代織江(新潟アルビレックスRC)。4月に57m17を投げて、昨年マークした自己記録56m57を更新すると、GGPでは日本歴代8位となる59m16と、さらに自己記録を大きく塗り替えたのだ。また、前回2位の森友佳(ニコニコのり)も、6月初旬に59m58(日本歴代7位)を投げて、東大阪大2年の2012年にマークした59m22の自己記録を9年ぶりに更新しており、ブレイクの兆しを見せている。日本選手権では、ここまでに紹介した4選手に加えて、60m86(2016年、日本歴代5位)の自己記録を持ち、豊富な日本代表経験を持つベテランの宮下梨沙(MPE)や、その宮下に続く日本歴代6位の59m94を2017年にマークしている山下実花子(九州共立大)など、複数の選手が60mラインを越えていくような戦いを見ることができるかもしれない。
※記録、競技会の結果は、6月15日時点の情報で構成。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:フォートキシモト
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