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2026.09.16(水)その他

【レポート】高校生アスリートと考える、これからの陸上とD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)ワークショップを開催



ダイバーシティ&インクルージョンは、「人の多様性を認め、受け入れて活かすこと」を意味する言葉です。日本陸連は、陸上界全体のダイバーシティ&インクルージョンを推進する取り組みの一環として、8月9日、昨年に続き高校生アスリートを対象としたワークショップを日本オリンピックミュージアム(東京都新宿区)で開催しました。
今年は、天王寺高校(大阪府)、慶應義塾高校(神奈川県)、桐朋女子高校(東京都)、早稲田実業学校高等部(東京都)から陸上部員16名が参加。ダイバーシティ&インクルージョンやLGBTQ+に関する講義やグループワークを通じて自分たちの身近なスポーツ環境を振り返り、最後に、「誰もが楽しく参加できるリレー種目」の考案に挑戦しました。


自分事として“人権”について考える



最初に行われたのは、「ダイバーシティ&インクルージョンとは何か?」の講義です。講師を務めたのは、スポーツ史、オリンピック教育、スポーツとジェンダー研究の第一人者で、日本陸連のダイバーシティ&インクルージョン促進を担当する來田享子常務理事。副学長を務める中京大学では、スポーツ科学部教授として教壇に立っています。

來田常務理事は、日本陸連がなぜダイバーシティ&インクルージョンを重視しているのか、その実現によって何を目指しているのかを、陸上というスポーツの特性や歴史的な背景なども交えながら説明。そのうえで、「すべての人が大切に扱われ、自分らしく生きることができる社会の実現」を考える際に大きなカギとなる「人権」に焦点をあてて、講義を進めていきました。

日本陸連では、人権を尊重・保護する姿勢について、昨年、JAAF人権ポリシー( https://www.jaaf.or.jp/pdf/diversity-equality-inclusion/jaaf-hrp.pdf )とJAAFインテグリティ行動指針( https://www.jaaf.or.jp/pdf/diversity-equality-inclusion/integrity.pdf )を公表し、その方針を明らかにしています。今回の講義では、世界人権宣言やオリンピック憲章で人権について触れられた内容を示したうえで、「人権とは何か」「誰かの人権を尊重するとは、どういうことか」を議論。この意見交換を通じて参加者たちは、人権に対する考え方は、「自分が持っている権利は?」「隣に座っている人は、どんな権利を持つのか?」と具体的に考え、その人の権利を侵害しないようにしていこうとすると、より“自分事”として捉えられるようになることを理解しました。



また、チームや組織、社会全体がダイバーシティ&インクルージョンな状態であると、「さまざまな視点が生じて集合知のレベルが高まり、リスクの回避や新しいアイデアの発案、難しい問題の解決策を見つけやすくなる」こと、それらが、「互いを尊重する優しい組織・社会、成長が持続する組織・社会の構築につながっていく」ことも共有。來田常務理事はこれらを踏まえて、「さまざまに分類・区別される人々が、まずは差別を受けたり排除されたりすることがないようにしよう。そして、一人一人の人権が守られるようにし、そうして人権が守られたなかで、それぞれが自分らしく、個性や能力を生かして活動しようとするのがダイバーシティ&インクルージョン」と説明。さらに、「単に“いろいろな人がそこに集まっていればOK”というものでなく、そこにいる人たちが対等な関係であることが大切」とまとめました。


LGBTQ+を知り、スポーツ現場を振り返る



次に行われたのは、「人の性の多様性」について理解を深めていく講義。「LGBTQ+(プラス)の基礎知識」と題して、元女子サッカー選手の下山田志帆さんが登壇しました。LGBTQ+は、「Lesbian(レズビアン):女性同性愛者」、「Gay(ゲイ):男性同性愛者」「Bisexual(バイセクシャル):両性愛者」、「Transgender(トランスジェンダー):生まれたときに割り当てられた性別とは異なる性自認を持つ人、性自認が男女2つのカテゴリに収まらない人、社会的に期待される性役割やジェンダー表象に収まらない人などの総称」、「Questioning(クエスチョニング):自らの性について特定の枠に属さない/わからない人、またはQueer(クィア):規範的な性のあり方以外の総称」の頭文字に、ほかにも多様なセクシャリティがあることを包括的に示す「+」を加えた略語で、性的マイノリティの総称として用いられている言葉です。

「なぜ、私が、LGBTQ+というテーマで話をするのかというと、私自身がLGBTQ+当事者のアスリートの一人だったから」と下山田さん。大学卒業後の2017年から2年間、ドイツでプロサッカー選手としてプレーし、帰国後も第一線を退いた2023年まで、日本の女子サッカーリーグであるなでしこリーグで活躍した下山田さんは、2019年に現役アスリートとして初めて自身がLGBTQ+当事者であることをカミングアウト。以来、性自認や性的指向、性別表現に関係なく、誰もがありのままで安心してスポーツできる環境つくりを目指すNPO法人プライドハウス東京の活動に参加し、アライアスリート(この言葉の意味は、あとでご紹介します)として、LGBTQ+をはじめとする性的マイノリティに関する情報共有・啓発活動に取り組んでいます。

この講義で下山田さんは、まず、「人の性を構成する要素は4つ(出生時に割り当てられた性、性自認、性的志向・恋愛志向、性表現)あり、誰もが持っていること」「それらを総称して「SOGIE(ソジー)」という言葉が用いられること」「各人の性のあり方は構成要素の組み合わせによって、それぞれに違ってくること」を紹介しました。



そしてLGBTQ+については、「性の構成要素において、出生時に割り当てられた性と性自認が同じで、好きになる性が異性である人たちを、世間では“多数派”と言うけれど、その多数派に含まれない人たちのチーム名のようなもの」と説明。そのうえで、「ただ、SOGIEの考え方でいうと、性のあり方は、一人一人みんな違っていることがわかる。つまり、そもそもは、少数派とか多数派とかではないということ」と、性が本来、多様なものであることを改めて示しました。

続いて、LGBTQ+当事者アスリートが、実際にどんな課題に直面しているかを解説。スポーツ界のあらゆる仕組みが、「男か女か」の二元論(ジェンダー二元論)かつ異性愛を前提に構築されてきたために、スポーツの現場が、LGBTQ+当事者にとって「自分らしくいられない」場所になりやすく、また、課題が顕在化しにくい状態になっている実情を明らかにしました。

そのうえで、こうした現状を変える大きな力となるとして、「アライ(ally)、味方・同盟の意味」を紹介。アライは、LGBTQ+当事者の味方であることを表明して支援したり協働したりする人々を指す言葉で、その立場を示すアスリートは、アライアスリートと呼ばれています。下山田さんは、「声を上げて何かするまでしなくてもアライを示すことはできる。例えば、LGBTQ+のシンボルであるレインボーカラーを身に着けるだけでも、LGBTQ+当事者の安心を深め、結果的に置かれた環境をより良く変えていくきっかけになる」とコメント。「今日の話を聞いて、少しでもいいなという気持ちになってくれたら、アライとしてのアクションができる仲間になってもらえたら嬉しい」と呼びかけ、講義を終えました。


身近なスポーツ現場の課題や改善点を考えてみよう



講義で、LGBTQ+に関する知識を深めるとともに、LGBTQ+当事者アスリートがスポーツ現場で直面している課題を知った参加者たちが続いて取り組んだのは、短い時間で行うグループワークです。「ここでは、皆さんが日々練習や試合をしている身近なスポーツ現場の状況を、振り返る時間にしたい」と下山田さん。次の2つをテーマにすることで、参加者たちは、自身が活動しているスポーツ現場を、ダイバーシティ&インクルージョンの観点から見つめ直しました。
①自身が経験してきたスポーツ現場や競技シーンを振り返り、LGBTQ+にかかわる課題や改善点を考える。まずは個人で書きだし、それらをグループでシェアして議論してみよう。
ワークのあとに発表された内容には、「陸上の種目は男子と女子に分かれている。どの種目に出ればいいかわからないLGBTQ+の人もいるのでは?」「男子にあって女子にない種目がある」「女子更衣室はあるのに、男子更衣室が狭すぎて機能していなかったり、そもそも男子更衣室がない競技場があったりする。人によっては抵抗がある人もいるのではないか」などの課題が挙がりました。

続いて、「①でシェアされた課題も踏まえて、考えてほしい」と示されたテーマは、
②自分が競技をしているスポーツシーンにおいて、「どんな性のあり方の競技者の人でも参加しやすい、参加して楽しいと思える」ようにするために、アライアスリートとして、今すぐ変えられること、あるいは将来的に変えていけると思うことはあるか?
というもの。各テーブルでは、最初のワークでシェアされた課題を元に、より活性化したディスカッションが行われました。

ここでは、最初のワークで上がった「更衣室」に関する議論で出た話題として「個室のブースをいっぱいつくって、そこに着替えるようにするのが一番みんなに優しいという話になったけれど、コスト面から考えると大変。“誰でもトイレ”のように、男子のスペース、女子のスペースに加えて、誰でも使えるスペースをつくるといいのではないかと話し合った」という内容が報告されたほか、競技種目の設定について、「男女で分けるのではなくて、柔道が階級別に分かれているように、筋肉量や身長や体重などを総合的にみて階級別に戦わせるようにすると、男女が融合したスポーツにできるのではないか」「ユニフォームなどを男女に関係なく統一すると、誰もが参加しやすくなるのでは?」といったディスカッション結果も挙がりました。

この発言に、下山田さんは「いろいろな角度から解決策を出しているなと思った。大きく風呂敷を広げて考える視点と、そこから出たアイデアが素晴らしい」と絶賛。さらに競技種目のカテゴリ分けについては、男女カテゴリとは異なるカテゴリでの世界大会が、オリンピック等とは別に実施されているトライアスロンの事例紹介を來田常務理事に求め、その大会では、トランスジェンダーのアスリートも参加していけるよう、制度設計に工夫が凝らされていることが報告されました。こうした情報も踏まえて下山田さんは、「今までは、“こういう分け方”と決まっていたけれど、いろいろなアイデアからルールが変更されるなどして、さまざまな形で参加できるようになっている事例が、実はすでに生まれている。最後のグループワークでは、ぜひ、そんな視点で考えてもらえたらいいなと思う」と、このセッションを終えました。





「誰もが参加でき、参加したくなる!」
インクルーシブな競技会を考案しよう

このワークショップの総まとめという位置づけで、参加者たちが最後に取り組んだのが「インクルーシブな競技会を考えてみよう!」をテーマに据えたグループワーク。10月10・11日に開催を予定している「みんなでつなごうリレーフェスティバル2026(リレフェス)」の実施種目候補として、「誰もが、楽しく参加できるリレー種目」をグループごとに考えて発表するセッションです。

グループワーク開始に際しては、日本陸連の大会運営担当が、前回の映像を示しながら、まず「リレフェスとは、どんなイベントか」を解説。「リレフェスでは、“する人”はもちろん、みる人・ささえる人も含めて、誰もが楽しめるイベントを目指している。その点も頭の隅に置きながら種目を考えていただければ…」とエールを送りました。

グループディスカッションと発表の準備時間には約40分が用意。参加者たちは、來田常務理事から示されたアドバイスを参考にしながらグループワークを進め、終了後には、各テーブルで完成させたホワイドボードシートを掲示して、発表に臨みました。



発表は、手を上げたのが早かったグループの順に行われ、説明が終わったところで、質疑応答の時間が設けられました。各グループともに、“アイデアの素”となったコンセプトを示しながら、どういう種目であるのか、その種目の面白さ、どんなルールで行うか、勝敗の決め方などを説明。人生を想起させるものや、会場やボランティアの人々も巻き込んで行うもの、勝負の行方が想像しにくいもの、子どもからお年寄りまで参加できるもの、陸上以外のスポーツや遊びとコラボしたもの、会場の全員が参加できることを目指すものなど、実にさまざまな発想から生まれた種目が紹介され、「おお」「なるほど」「いいね」「なんと(爆笑)!」といった声が髄所で上がりました。



また、発表後の質疑応答では、ほかのグループから次々と手が上がり、「ここはどうなる?」「この動きの定義は?」「これは誰が用意するの?」「人はどう配置する?」「小さな子どもには難しすぎる気が…」「耳が聞こえない人は参加できないのでは?」など、鋭い質問が飛びました。しかし、その背後には常に肯定的な空気が流れていて、そのやりとりがきっかけとなって、よりコンセプトが明確になったり、新たな発想が出てきたり、別の視点からのアレンジ案が出たりするなどして、その都度、会場全体が大いに盛り上がりました。参加者全員が生き生きとした表情で質疑応答に臨んでいること、そして議論している種目を誰もが「自分がやるならどうする?」という視点で捉え、「もっと楽しくできる種目」になるよう考えている姿が印象に残りました。


アイデア発表に対する講評



発表後には、講師を務めた下山田さんはじめ、このワークショップの企画・運営にかかわったNPO法人プライドハウス東京代表理事の五十嵐ゆりさん、日本陸連の鈴木英穂事務局長および田﨑博道専務理事の4名が講評を行いました。各氏は、特に発表等を聞いて感じたこととして、以下の点を挙げました。
・下山田さん:“みんなが楽しめる”というのは、実はとても難しい。なぜなら、「みんな」を大まかに捉えてしまうと、そのなかからこぼれ落ちる人が生じるから。「自分の考えたことは、誰が本当に楽しんでくれそうか。今まで楽しめなかった人が本当に楽しいと思えるものは、どうやったらつくれるのか」。皆さんの発表を聞きながら、私も、そういうことを考え続けていきたいと思った。
・五十嵐さん:皆さんの話を聞いていてキーワードになると感じたのは「他者への想像力」。
「(この仕組みは)誰かを忘れていないか?」「この人は困らないか」と考えていた点が素晴らしかった。今日のワークショップで得た発見を持ち帰って、ぜひ、家族や友達と話題にしてほしい。
・鈴木事務局長:男性も女性も出られる種目の話で出た階級別というアイデアは、自分には全くなかった発想で、そのとき、自分が陸上に親しみすぎていることで発想に壁が生まれていたことに気づいた。自分の固定概念を外して、いろいろな意見を聞き、取り入れていくことが大切だと感じた。
・田﨑専務理事:今、陸連ではいろいろな課題に取り組んでいるが、(障壁になりがちな)「過去からの考え方」「今ある制度やルール」「その背景にある価値観」も決して動かないものではなく、「新しい価値観は、多様性のあるなかでの議論の結果として生まれてくる」と考え、いろいろな人の意見を聞くことを心がけている。今日の皆さんの会話のなかにも、たくさんのヒントがあった。これからの100年は、皆さんがつくる100年でもある。そう意味でも、皆さんのディスカッションは、とても意義のあるものだったと思う。

すべてのプログラムを終えたところで、最後に挨拶に立った來田常務理事は、まず、4つのグループから生まれたアイデアが、一つとして同じではなかったことに触れ、「人は誰もが違う。そして、違う意見を交換しながら出来上がっていくものは、さらに違ったものになるということを改めて実感した」と全体を振り返りました。

そして、今回のワークショップで素晴らしかった点として、発表者が気づけていなかったことを、相手を尊重しつつ指摘し、みんなでさらに良くしていこうとする場面が多くみられたことを挙げ、「“差別や排除のない世界をつくろう”という思いは、常に心がけていても抜けてしまうときがあり、あとでそれに気づくこともある。しかし、気づかないことを恐れるよりも、気づけていないことを言い合える場所をたくさんつくることが大切。ぜひ、皆さんのベースである部活を、“気づけていないよ”と互いに言い合える場所にしていってほしい。それが未来の陸上界全体を良くしていくと思う」と呼びかけ、ワークショップを締めくくりました。

文・写真:児玉育美(日本陸連メディアチーム)

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