
「ライフスキルトレーニングプログラム」は、競技者としても一個人としても大きな岐路を迎える年代にある大学生アスリートが、高い競技力を獲得するとともに、競技以外の場面でも活躍できる人材になっていくことを目指して、日本陸連が推進しているプログラム。受講生たちは、スポーツ心理学博士の布施努特別講師による全体講義とグループコーチングで「自分の“最高”を引き出す技術」を学び、それを持ち帰って、陸上に取り組む日常生活で実践していくことによって、さまざまな場面でそれらを使いこなせるようトレーニングしています。6期目となった今期は、10月末から9名の受講生に向けたプログラムがスタートしており、12月21日には、東京・北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで、第3回の全体講義が行われました。

この日は、男子20km競歩世界記録保持者の山西利和選手(愛知製鋼)が特別ゲストに招いてのトークセッションからスタートしました。ここでは、布施特別講師によるインタビューと、受講者との質疑応答が行われるなかで、
・自分のなかに、少し冷めた自分、少し引いた目で見ている自分がいる、
・大きなところ(目指す目標)と小さなところ(目の前のやるべきこと)のバランスは意識している。また、それは大きなところから落とし込んでいる、
・評価の基準は、理想とする自分とのギャップ、
・すべてがうまくいく試合は少ないので、試合の前にいろいろな状況をシミュレーションしておく、
・自分の想像を超えていく状況となったときに、どう取り組むか、
など、山西選手が競歩という種目に取り組む際の考え方や取り組み方が明らかに。また、世界記録を樹立したときでさえ「フィニッシュ前の段階で(日々の取り組みから)タイムは予想できていたので、想像を超える結果ではなかったし、“ここをこうすれば、こうできるかも”と感じていた」というエピソードも披露。ライフスキルトレーニングプログラムにおいて、受講生たちが使いこなせるようにしていこうとしている「役割性格」「CSバランス」「縦型思考」「ダブルゴール」「仮説思考」をはじめ、これから学んでいくことになる考え方を、自然に使って競歩に向き合い、「こうなりたい、こうありたい、こうあるべき自分」を目指している様子が示されました。
休憩を挟んで“通常進行”となった全体講義は、前回の全体講義で受講者たちに出されていた宿題「チーム(組織)として、同じ絵を見ようとするために、どうするか」について、それぞれが考えてきたことをディスカッションするグループワークからスタートしました。3人ずつ3つのテーブルに分かれた受講者は、第2回全体講義のあと、オンラインで実施されたグループコーチングで、より「自分事」として深めてきた個々の考えをグループ内で話し合いました。
その後、野球チームの監督にインタビューを行った映像を全員で視聴し、「同じ絵を見るチームつくりに取り組む際に、どういう考え方や取り組みが必要になっていくか」というケーススタディに取り組みました。そのなかで、受講者たちは、目標を設定する際のポイントや、実行していく(リーダーシップをとっていく)際に求められることなどを整理。その取り組み方として、仮説を立てて実行し、そのデータから新たな仮説を立てて実行するサイクルを回していくことで目指すところに近づいていく「仮説思考」という方法があることを認識しました。
今期、毎回の全体講義終了後に行っている振り返りインタビューは、金井晃希選手(順天堂大学3年、三段跳)と亀井咲里選手(京都教育大学2年、800m)の登場です。6期生に向けたプログラムのちょうど中間点となる全体講義で印象に残ったことは? ライフスキルトレーニングを学び、実践してきたなかで、日常に何か変化は起きている? 受講生の本音を聞いてみました。
「チームで同じ絵を見る」議論を通じて
目標のつくり方を理解する

――今日の全体講義では、前回の宿題になっていた「チームで同じ絵を見る、見ようとするためには、どうしたらいいか」というテーマを掘り下げていく形となりました。終わってみての感想は?
金井:「…らしさ」「…っぽさ」という話が出てきたときに感じたことですが、大学ごとに特徴があって、それが、その大学特有の「さしさ」になっているというのを知って、面白いなと思いました。順大の場合は、「勝ちにこだわること」や「ずっと勝ち続けなければならないこと」への責任感みたいなものがあるんです。部員みんなが感じていることでもあるので、「みんなで同じ絵を見る」ということに通じる部分かなと思います。みんなが「勝ちにこだわる」「勝ち続ける」責任感を達成しようと、そこに向けて過程を積み重ねていくことで、いろいろなことが達成できているのかなと思いました。
――亀井選手は、いかがでしたか? 京都教育大は、また違ったタイプのチームだと思うのですが…。
亀井:難しかったな、というのが感想としてあります。なんとなくわかったような気もしているのですが、うまく言葉にすることができないので、本当に理解できているのかな…とも思っていて…。
――言語化までには至らなくて、すっきりしない面が残っているようですね。グループでのディスカッションで気づいたことはありますか?
亀井:私は、今回、村田蒼空さん(筑波大)と釣本陽香さん(横浜国立大)と同じグループでした。それぞれにチームの色が違っていることに加えて、ほかの2人はすでにチーム内で役職を持っているけれど、私は何もない状況で話し合うなかで、自分のポジションとかによっても、“同じ絵を見る”ということの捉え方も全然違ってくるものなのだなと感じて、そこが印象的でした。
――ご自身が、「なるほど」と思ったことはありましたか?
亀井:ケーススタディとして、みんなで見た映像のなかで、インタビューに答えていらした監督さんが、「明確に“こうしないといけない”というビジョンがないことが、逆にみんながそれについて考えるきっかけとなり、それが最終的に“みんなが同じ絵を見ようとする”ことにつながっていく」と話していたことです。
――あるテーマについて、みんなで問いを立てながら話し合うことで明確になっていくのがわかった?
亀井:はい、そうですね。
――そこは、今日、宿題として出た「仮説をつくって取り組んでみること」にもつながっていくかもしれませんね。今回、題材となったのは「チームで同じ絵を見るためにどうするか」だったわけですが、それについて考えていくなかで、皆さんがここまで取り組んできた「目標のつくり方」や、今日の宿題として出た「仮説を立てて実行してみる」などに、自然と取り組めていたように感じました。イメージしやすいように、「目標のつくり方」で話を聞いていきましょうか。ここまでの講義を経て、理解は深まりましたか?
亀井:目標って、今までは、すごく大きなものを掲げるというイメージだったんですね。でも、それだけでは意味がないのだなと思えるようになりました。また、チームとして持つ大きな目標の場合は、みんながツールとして使えるようなものにすることが必要なのだな、ということもわかりました。
――金井選手は、いかがですか?
金井:目標のつくり方は、実は、僕がライフスキルトレーニングを受けようと思ったきっかけの一つでもあるんです。「みんな、どのように目標を立てているのかな?」ということに興味があったので…。ゲストで来てくださった競歩の山西さん(利和、愛知製鋼)も、「大きい目標を立てることが大切」と仰っていましたが、それだけでなく、「その目標を達成するにはどうするか」のビジョンがたくさん積み重なっているのだなと、話を聞いていて感じました。僕自身は、「とりあえず(目標を)立てておく」だけで、「達成するまで、どうしたらいいか」まで考えたことがなかったんですね。ディスカッションなどでみんなの話を聞いていても、目標を達成するためにどうしたらいいのかという段階をしっかり考えていて、改めて、「そうした段階を踏まないといけないのだな」と思いました。
――大きな目標に対しての小さな目標、最高目標に対しての最低目標の部分ですね。
金井:はい。まず、僕はこれまで、「最低目標」というのを立てたことがなかったんです。
――目標をダブルで持つ(ダブルゴール)という発想自体がなかったということ?
金井:なかったですね。「絶対にこれを達成する」という目標というものしか考えていませんでした。最低目標を決めることで、「最低限自分がやらなきゃいけないこと」がわかってくるので、本当に大切だなと思いました。
――亀井選手と金井選手が感じていることの根底には、何か共通するものを感じます。目標を掲げただけでは意味がなくて、「それを実現するためにどうするか」をセットで考える必要があることがわかったというような…。
金井:確かに、そうですね。
亀井:私も、目標というと大きなものを1つだけだったのですが、そうすると、どうしても他人ありきの目標になっていたんですね。「勝つ」にしても、誰かと比べた結果の目標を立ててしまいがちでした。でも、最低目標として、自分がコントロールできることだけに集中するというのがあると、練習の目標設定にも使えるので、そこはすごく役に立つと思います。
世界記録保持者の考え方・取り組み方から学んだこと

――すでに金井選手が挙げてくださいましたが、今日は、山西選手が皆さんのためにゲストとして参加してくださいました。亀井選手は、質疑応答のところで、自己を評価する基準を聞いていましたね?
亀井:(金メダル獲得や世界記録という)すごい結果を出しているのに、自分のことをあまり大きく言わないというか、飾ろうとしていない印象があって、自信とか嬉しさとかをあまり表に出さないタイプなのかなと思ったので、自分を褒めたいときとか、逆に「こういうのは許せない」というときの基準はあるのかなと思って質問しました。でも、返ってきた答えが思っていたのとは違う方向からの答えで…。
――「自分の理想とのギャップを考える」と仰っていましたね。「自分のなかにある“こうありたい”“こうなりたい”“こうであるべき”と思っている自分」と比較するということでした。
亀井:そうなんです。「自分とのギャップで自己を評価する」というのは、私にはない発想だったので、すごく新鮮でした。
――評価の基準が、「自分が目指す自分との比較」だったんですよね、「隣の誰々さんと比較して」でなくて。
亀井:はい。「ああ、そこと比べるのか」と思いました。
――金井選手は、ご自身が課題に感じている点を挙げて、質問していました。「自分は試合展開がうまくいかないと気持ちが沈んでしまうのだが、そういう状況のとき、どう考えて、立て直そうとするか?」と。
金井:はい。そこは、自分がライフスキルトレーニングで学びたいと思っていたことだったので、「山西選手は、どうしているのだろう? 聞くなら今だ!」(笑)と質問しました。僕はよく「失敗したときに、どうしていますか?」ということを、いろいろな人に尋ねるのですが、そういう場合に「失敗したそのときにどうするか」を話してくれる人が多いんですよ。でも、山西選手の場合は、先を見据えているような考え方だったので、「ああ、すごいな」と思いました。
――「シミュレーションをしておく」ということでしたね。本当にうまく試合なんて、ほとんどないから、と。
金井:そうなんです。それを聞いて、自分のことを振り返ってみると、試合のときって「勝つ、勝つ、勝つ」(笑)しか考えていなくて、「負ける」ときのビジョンを考えたことがなかったんですよ。だから「負ける覚悟も考えておく」という答えが返ってきたときに、「なるほど、自分は、うまくいかないときのことを考えていないから、実際に、そういった場面に陥った際に対応できないのかもしれない」と思いました。
――競歩の場合は、歩型で警告が重なったり、ペースがうまく上がらなかったりすると、勝てないことがレースの途中で推測できてしまいますが、そのなかでも20kmもの距離を歩ききらなくてはなりません。山西選手が、負けが予想できるなかでも自分のできる最大限に取り組めるための準備もしてうえで、レースに臨んでいることがわかるエピソードでした。
金井:自分は、去年の日本インカレのとき、1cm差でベストエイトに残れず、9位に終わってしまったのですが、敗因は、ケガをしていて、「次に、跳ぶのが不安だな」という気持ちが強くて、思いきり跳ぶことができなかったからだったんですね。山西選手は、「(レース中は)きついことも覚悟する」とも話していたので、「ケガしていようとなんだろうと“ここは絶対に”というときは、覚悟を決めて臨まなきゃダメなんだな」と思いました。
――いろいろな場面を想定しているのでしょうね、きっと。そして、それが最低目標なのかもしれません。「うまくいかなくても、絶対にクリアする“これだけは”を決めておく」というように。それは三段跳の試合でも応用できそうですよね。
金井:そうですね、やってみようと思っています。
日常生活で、どんな変化が起きている?

――皆さんは今、講義で出た宿題を、毎日の生活のなかで実践しているわけですが、この2カ月ほどで、自分の日常で「前とは変わってきたな」と感じるところはありますか?
金井:練習場面で挙げるとしたら、実は今、ケガをしているのですが、ちょうど講義を受け始めたころに「どうしたらいいのかな」と考えていました。そのタイミングで「最高目標、最低目標」について教えてもらったので、「ケガをしているときだからこそ、ここをほかの人より上達させたい」という最高目標を立てたり、「ケガをしているから、少なくともこれだけは絶対にやっておこう」という最低目標をつくったりして取り組むことができています。
――それは、今までにはできていなかったことですか? それとも、なんとなくやっていた?
金井:もう、全然できていなかったですね(笑)。今までは、“なあなあ”で取り組んでいた感じでしたが、講義を受けて「なるほど」と思ったので、すぐにやってみました。
――亀井選手はどうですか? 何か変化はありますか?
亀井:学校では、普段、同じ種目で競技力の近い人が何人かいて、練習でどうしてもその人たちのことを意識してしまうところがあったんです。だけど、この講義を通じて「自分がどこを目指しているのか」を深く考えるなかで、そこから「最高目標、最低目標」というのを立てていたら、必然的に「今、自分がしないといけないこと」がわかってきました。最初の講義で、「縦型比較」をやりましたが、それと「目標を立てる」というのが、けっこうつながっていることもわかってきて、それによって周りを気にせず、自分に集中できるようになってきたと思います。
――そこは、先ほども話していた「コントロールできること」に取り組めているということですね。
亀井:はい。今までは、周りが気になってしまって、それがしんどいというところがあったんです。
――もともとこのプログラムを受講したいと思った理由は?
亀井:まだ、講義ではやっていないところですが、これまでの受講生のレポートとかを読んだなかで「獲得型思考」というところがいいなと思ったんですね。自分は「防御型」だなと思っていて、“失敗しないようにする”という面が強いので、そこを変えられたらいいなと思って応募しました。
――なるほど。そこは「縦型比較」の考え方にもつながりますね。獲得型思考の講義を受けられる日が楽しみですね。
亀井:はい、そうなんです!
金井:僕も、獲得型思考、一番気になっていたんです。エントリーシートにも書いています。
――なんと、金井選手も?
金井:はい。実は僕、前回(第5期)もエントリーしていて、そのときから獲得型思考を学びたいと思っていたんです。前回は落ちてしまったのですが、今回も負けじと書いて(笑)、応募しました。
――2年越しの思いを叶えての受講なのですね。トレーニングを受けるようになってから、周りから「変わったね」と言われたことはありますか?
金井:「変わった」とは言われていませんが、「物事に対する取り組みに、本気になったね」と言われました。ケガのせいで、一人で練習することが多かったのですが、今までは「とりあえず、これをやっておく」という感じだったんですよ。それが今は「こうなるはずだから、こうしよう」と一つ一つを考えて、明確にしたうえで実行するようにしているからだと思います。
――すごいじゃないですか。それ、まさに、今日の宿題に出た「仮説をつくって実行する」ですよ!
金井:あ、そうですね! 仮説ですね! 今、気づきました(笑)。
亀井:すごい!(笑)
――そこに気づくことができれば、次は、意図的にできるようなるはず。また、ここまでパーツパーツで学んできたことが、どこかのタイミングでつながってくると思います。来季に試合で生かせることを楽しみにしながら、まずは、使いこなせるようにしっかりとトレーニングしてください! 本日はありがとうございました。
(2025年12月21日収録)
文・写真:児玉育美(日本陸連メディアチーム)
■【ライフスキルトレーニング特設サイト】

>>特設サイトはこちら
■ライフスキルトレーニング講義
▼【自分がなりたい理想の姿を描く】ライフスキルトレーニング第1回講義https://www.jaaf.or.jp/news/article/22916/
【日本陸連 100周年コンテンツ】スポーツと社会をつなぐ人材育成ビジョン
▼日本陸連 田﨑専務理事インタビューhttps://youtu.be/thE73keej4E?si=w-VRdpoVfZIkAmrD
▼人材育成における具体的アクション
https://youtu.be/aKVE5ZNmygg?si=EqPbmHw2M24itYwu
関連ニュース
-
2026.01.16(金)
【ライフスキルトレーニング】グループコーチングレポート:少人数で宿題の進捗を共有するなかで「思考の巡らせ方やコツ」を身につける
その他 -
2025.12.15(月)
【「役割性格」と「目標のつくり方」を理解する】ライフスキルトレーニング第2回講義・村田選手&吉澤選手インタビュー
その他 -
2025.11.06(木)
【自分がなりたい理想の姿を描く】ライフスキルトレーニング第1回講義・佐々木哲選手インタビュー
その他 -
2025.10.17(金)
【ライフスキルトレーニング】競技でもキャリアでも『自分の最高を引き出す技術』を習得!第6期受講生決定!
その他 -
2023.02.16(木)
【ライフスキルトレーニング】第2回プログラムレポート&コメント:プログラム初の集合研修で実施!オリンピックメダリストに共通する5つの特徴
その他

























