
東京2025世界陸上競技選手権大会は9月21日、9日間にわたった会期を終え、無事に閉幕しました。日本選手団は、銅メダル2を含めて全部で11の入賞を果たす成績を残しました。最終日の9月21日には、日本選手団のチームリーダーを務める山崎一彦強化委員長および有森裕子日本陸連会長が、囲み取材に応じ、大会を総括しました。
【日本選手団総括】
山崎一彦強化委員長(日本選手団チームリーダー)
今回、日本陸連創設100周年という節目の年を迎えたなかで、私たちは、この大会に臨んだ。その結果、新しい歴史をつくれたのではないかと思っている。結果は、メダル2で、入賞がメダルを含めて11。また、4種目で日本記録が誕生した。今まで、日本の選手たちは、プレッシャーのあるなかで、なかなか結果を出せない点が課題とされてきたが、そこから脱することができたのではないかと思っている。私が陸連に関わるようになり、ダイヤモンドアスリート制度も発足して12年となった。そのなかで、北口榛花(JAL)やサニブラウンアブデルハキーム(東レ)、そして、橋岡優輝(富士通)、そして藤井菜々子(エディオン)が巣立ち、ここまで常時、メダルや入賞を果たしてくれたことが、この12年間の躍進につながった。日本の宝が生まれて、「陸上といえば北口」とか「陸上といえばサニブラウン」とかいうような「顔」ができたと思っている。また、強化委員長を務めたこの4年間では、かねてから言い続けてきた「複数年にわたって、世界一流で活躍ができる選手を育成すること」を目標に掲げて取り組んできた。その期待に応えてくれた選手たち…三浦龍司(SUBARU)、田中希実(New Balance)、廣中璃梨佳(JP日本郵政G)、泉谷駿介(住友電工)、村竹ラシッド(JAL)、ディーン元気(ミズノ)、中島佑気ジョセフ(富士通)といった面々が、海外に拠点を持ったり、海外でトレーニングをしたり、さらにはダイヤモンドリーグをはじめとする国際競技会を転戦したりと、私たちが思い描いていた「強い日本人」を、当人はもちろんこと指導者や所属チームが意図を汲んで取り組んでくれた。そのことによって、彼らがアスリートとしての厚みを増し、入賞やメダル獲得の再現性を高めるような成長を遂げてくれたことに、非常に大きな成果であったと思っている。
北口は、今回、非常に残念な結果となった。彼女は、2022年オレゴン世界選手権銅、2023年ブダペスト世界選手権金、2024年パリオリンピック金を経て、今回4回目の連続メダルを目指して臨んでいた。結果は予選敗退ということであるが、彼女が私たちに与えてくれた影響と、さらには東京世界陸上は彼女がいなければこんなに人は集まらなかったと思っているので、そういう意味でも本当に労いの言葉を伝えたい。少しゆっくりして、また次に備えてもらいたいなと思っている。
また、大きな期待を背負っていた山西利和(愛知製鋼)についても、メダルを常時獲得してきてくれていた選手。歩型を崩して苦しい期間があったなか、世界陸連の競歩ツアーで活躍したり、海外に出て他国のトップウォーカーの情報を得たり技術を取り入れたり、一緒にトレーニングしたりするなかで、新たな自身を確立して、世界記録をつくって復調してきた。今回は、歩型に乱れが出てペナルティを科せられ、思うような順位を残せなかったが、競歩界、そして陸上界全体に大きく貢献してきてくれた選手でもあった。
このように、トラック&フィールド種目と競歩が、非常に伸びてきているという感触を持っていて、近年では、コンスタントに入賞数が増えてきていることが特徴といえる。メダルはもうちょっと取りたいなとは思っていたが、入賞をきちんとコンスタントに取っていくことは、次のメダルにつながっていく。それは、希望的観測ではなくて、確実に取れるのではないかと思っている。この3~4年間の間で、その振り子が大きく振れる形が続いているようにも感じている。
強化としては、2028年にロサンゼルスオリンピックがある。2027年には北京世界選手権もあるし、2026年には名古屋アジア大会も行われるが、最終到達点はロサンゼルスオリンピックだと考えている。そのなかで、振り子を良い形に振っていけるよう、私たちも真摯に計画を立てていきたい。
その計画の一つとして、すでにもうアンダー23(U23)の強化施策も出した。そこでは、やはり若いうちから海外に出て、海外に慣れて、その海外で戦うとは何かを、選手当人だけでなく指導者も知っておかなければならないという考えた根底にある。今までは選手任せで「行ってきなさい」「武者修行してきなさい」と言うだけのことが多かったために、実際に出向いた選手と、そうでない指導者や関係者との間で温度差が生じていたのではないかと考えている。海外には優秀なコーチたちもいるが、日本の選手を育てる私たちコーチも、やはりインターナショナルであるべき。ここからのロサンゼルスオリンピックまでの3年間で、グローバルにインターナショナルで活躍できるような選手と指導者を育てていきたい。
このように中長期的には若い年代から海外へ出ていく仕組みは、U20についても、仕組みを整えていけるよう育成のほうですでに進めている。今回、女子800mの久保凛(東大阪大敬愛高校)が出場したほか、男子4×100mリレーで清水空跳(星稜高校)も選出され、2名の選手が日本代表に名を連ねた。ただ、それらの年代の選手が海外に出て勝負することのできる機会がまだ少ない点は、否定することはできず、そこは競技会のカレンダーや日本における競技の仕組み自体を変えていく必要がある。実現までには少し時間が必要かもしれないが、早い年代から世界を見据えて活躍できるような人たちを育てていけるような環境を整えていきたい。実際に、ダイヤモンドアスリート制度において、早い段階から世界を見据えていくことに取り組んだ結果、成果を上げる選手が続いて出てきている。そういうロールモデルを大事にして、次の世代の選手たちを育てていきたい。
【質疑応答】
Q:自国開催のプレッシャーもあったなかで、結果を残せた要因をどう考えているか?山崎:「かつてない日本選手に対しての応援」が大きいと思っているが、やっぱり一番にいえるのは、私たちが考えている以上に、選手たちが成長していたことだと思う。私たちの世代だと、たぶん期待されると「ちょっと厳しいな」とか「あんまりあれこれ言わずに黙っていてよ」とかいう反応になったと思うのだが、今の選手たちは、この大歓声のなか、本当に楽しそうに力を出していたし、逆に力を発揮できない状態であっても、物怖じせずに競技に挑んでいた。彼らが、本当に楽しそうに元気に、そして、悔しいときは全力で悔しがる姿を見せてくれたことに、「本当に勝負をしてくれたんだな」と感じた。そこが冒頭でも述べた「新しい歴史が、陸上界に生まれた」と感じた背景になっている。
Q:入賞数が多く、さらに三浦選手や村竹選手など、本気でメダルを獲りに行った選手も多かった。こうした選手が、もう一つ上に行くために、今後、何が必要と考えるか?
山崎:ここまで私たちがやっていたことは、概ね間違っていないと思っている。あとは、彼らのように本気でメダルを目指せる選手を増やしていくこと。こうしたロールモデルとなるアスリートの数がまだまだ足りていないと感じていて、逆に、選手たちの間で、メダルを目指しているような選手たちに対して「特別感」が出始めているようにも思うので、1人でも多く、ダイヤモンドリーグあたりにはちゃんと出ていけるようになってほしいと考えている。もちろんダイヤモンドリーグは、世界選手権などのようなチャンピオンシップとはまた異なる特徴を持った大会ではあると思うが、まずは経験していくことが大事。そして、経験していることで想像ができるようにすることが必要だと思っている。選手たちが、そうした道すじを辿ることができるようにしていきたい。
ただ、三浦や村竹は、すでに現状で機会が巡ってくればメダルは獲得できる位置にいるし、海外の選手たちも、そうした「取れた、取れなかった」を繰り返してきている。やはり「常に複数年にわたってトップにいることが大事」なので、彼らが複数年にわたってチャレンジできるよう、私たちも支援をしていきたい。
【大会総括】
有森裕子日本陸連会長

まずは、9日間、会場に足を運んでくださった観客の皆さん、準備や運営に当たられた皆さん、そして、大会の模様を報道してくださったメディアの皆さんに、心から御礼を申し上げたい。本当にありがとうございました。
私自身は、日本陸連会長になって3カ月ほどで、まだアスリート気分が抜けておらず、34年前(の1991年大会)に出た自分と照らし合わせながら、毎日、会場を見ることに感動しかない9日間を過ごした。本当に、「こんなことができてしまうんだ」という感動だらけだった。無事に閉幕できたのも、選手はもちろんのこと、多くの方々に支えられたからなのだなと、多くの現場を見るたびにありがたく思った。
選手たちが「まだ自分はできる」「世界に近づける」と感じるパフォーマンスができていたことを嬉しく思ったが、それ以上に陸上界のOB・OGが、「今、頑張っているアスリートの周りで、私たちも、もっともっといろいろなことができるかもしれない」と感じてくれたことに意義があったと思っている。多くの人と話したなかで、「自分たちがやるべきこと」を考える機会になっていたようなので、そういったOB・OGも含めて、陸上で生きようとするアスリートたちとともに、しっかりと前を見据えて、私たちも組織として頑張っていかなければいけないと実感した。
具体的な計画や、今後どうしていくかということについては、今後、組織として体制を話し合ったうえで、改めて発表する場を設けたいので、それまで待っていただきたい。
※本内容は、9月21日に実施した囲み取材において、山崎一彦強化委員長および有森裕子日本陸連会長が発言した内容の一部をまとめました。より明瞭に伝えることを目的として、一部、修正、編集、補足説明を施しています。
写真・文:児玉育美(JAAFメディチーム)