日本陸連では、2017年度に競技団体としてのあり方や目指す将来像を明文化した「JAAF VISION 2017」を発表。さらに「競技者育成指針」「指導者養成指針」をとりまとめ、「すべての指導者が、コーチ資格を取得する」「コーチが学び続けていくことのできる体制や環境をつくる」ことを目指して、コーチ養成システムの再構築に取り組んできました。
「実際に、どんなコーチ資格があるの?」「現在行われている講習の特徴は?」「コーチ講習を受けることで、何を学ぶことができる?」「勉強って、どのくらい大変?」「これからの社会で、コーチ資格の取得は、どう生きてくる?」
そんな疑問を、新しいシステムつくりの“事情通”と呼ぶべきスペシャリスト、森健一さん(日本陸連指導者養成委員会ディレクター兼幹事)と田中悠士郎さん(日本陸連強化部指導者養成課長)の二人にぶつけてみました。
今回は全3回シリーズのVol.3をお届けします。(Vol.1はこちら、Vol.2はこちら)
文・写真:児玉育美(日本陸連メディアチーム)
スタートコーチ、ジュニアコーチ、公認コーチ
どんな人が受講するといい?
―――コーチ資格は、どういう方に取得していただきたいですか?田中:指導者養成指針では、「すべての指導者にコーチ資格を」ということを大きく掲げていますから、そこは絶対的に達成したいことですね。また、スタートコーチについては、ほかの競技スポーツで指導に当たっている方や、「これから指導者を目指してみようかな」と思う方、自分のお子さんに対して「何かアドバイスができないかな」と思っている方、クラブチームの運営やスポーツイベント事業を手がけている方など、幅広く活かせる資格になることを期待しています。陸上だけでなくスポーツ界全体において、「まずは、陸上のこの資格をとっておけば間違いないよね」というスタンダードな存在(資格)になりたいなと思っています。
―――なるほど、資格概要をみると、スタートコーチは、「走・跳・投(運動)の指導に関する基本的な知識・技能を身につけ、安全で効果的な活動を提供する指導者の養成」が目的であることがわかります。それがジュニアコーチでは、「陸上競技の各種目の指導に関する専門的な知識・技能を身につけ、指導対象や環境に合わせて安全で効果的な 活動を提供できる指導者の養成」が目的となり、公認コーチになると「各種目の指導に関する専門的かつ高度な知識・技能を身につけ、競技者のニーズや競技レベルに応じた効果的な指導・支援を提供する指導者や陸上競技の活性化に向けた指導者の統括を行う指導者の養成」となっています。
田中:スタートコーチで、まずはすべてのスポーツの基本となる陸上の、基本となるコーチングを学んでいただき、より専門的に学びたい方はジュニアコーチに進み、さらに都道府県を代表するとか、国を代表する競技者の指導にあたる方には、その上の公認コーチの資格を取っていただくような流れです。公認コーチの資格を取得された方々には、競技者への指導はもちろんのこと、自分たちの後進の指導も含めて、それぞれのコミュニティで中心的役割を果たす存在になっていただきたいと思っていますし、そのなかからJOCのナショナルコーチアカデミーを受ける方、JAAFエデュケーターとして我々と一緒に活躍する方も出てくるはずです。いずれにしても、常にネットワークを広げていく、そして強いつながりを持って発展していくような環境をつくっていきたいです。
―――とても壮大ですね。
田中:はい。その実現は、陸連だけでできることではありません。この方向性や考え方を理解し、みんなで共有したうえで、加盟協力団体とも深いつながりをもって進めていく必要があります。あと、森先生や私も含めて指導者養成委員会の委員には、コーチデベロッパーとして、日本スポーツ協会の共通科目の講習で、講師として入っている人もいるわけですが、そこでほかの競技団体とのつながりが生まれることで、各競技団体が取り組んでいる様々な課題を知る機会にもなっています。そうしたつながりも大切にし、学んだことをぜひ陸上に生かしていきたいと思っています。
―――競技者も、受けておくと役立つことが多いように感じています。将来的にコーチを目指す場合は、「ぜひ」ということになるでしょうが、そうでなくても自身のキャリアに行かせるのではないかと思うんです。それは、トップアスリートとして活躍する方々にもいえそうに感じます。
田中:はい。そう思います。競技者として素晴らしい結果、輝かしい成績を収めている方々は、我々が開く講習会でも地域の方々が開く講習会でも、「子どもたちの憧れの的」なんですよね。そういう方々は、競技を退いてからも、そうした場に長く招聘されることになるはず。ぜひ、デュアルキャリアを意識した形で、受講していただけるといいなと思います。
また、アスリートを終えた次のキャリアでは、強化や指導者養成、普及のスタッフとして、都道府県や陸連のなかで活動される可能性があります。ぜひ、資格をとっていただき、我々と一緒に、10年先、20年先、30年先の陸上界を見据えながら、発展させていけるようタッグを組めると嬉しいですね。
森:実は、コーチは、アスリートから移行したときほど、それまでの経験を軸にコーチングする傾向があることが、研究ベースでわかっています。ただ、アスリートからコーチに移行したときは、コーチとしては生まれたばかりの存在なんですよね。アスリートの視点と、コーチの視点は違います。職としてコーチの道を踏みだしたのであれば、コーチとしての視点から学ぶ必要があることが、当たり前の認識になっていくようカリキュラム自体もつくっていかなければならないと思っています。受講資格は、スタートコーチは18歳から、ジュニアコーチは20歳から。競技活動に取り組んでいる大学生年代も受けることができます。将来、コーチを目指すのであれば、学生のときに資格をとっておくことを考えてもよいと思います。
―――アスリートの時点でコーチ資格をとることで、何か変化は起きるのでしょうか?
田中:それなりに経験を積んできた学生年代、あるいは競技キャリア終盤を迎えた選手が、指導者の視点で、競技の基本となる「テクニカルモデル」を改めて学ぶことは、セルフコーチングにおける新たな発見につながると思います。コーチの視点を理解することで、「コーチとどうコミュニケーションをとるか」といったことにも変化が生じるかもしれません。陸上競技について、すべてを改めて見つめ直す機会になるかなと思いますね。
森:自身の視点を再認識する、コーチとのコミュニケーションなどのほかに、例えば、大学生になれば、先輩・後輩の関係で、あるいはチームメイト同士で教え合う機会は増えてくると思いますから、そういう場面でも役立つはずです。
田中:あとは、「安心・安全」に関しての意識ですね。「どういう環境が危ないのか」を知っていることって、選手の立場でもすごく大事ですから。
森:そうですね。
時間をかけ、取得するだけの価値はある!
コーチ資格のステイタスを高めていきたい
―――受講するとなった場合には、どういう流れになるのですか?田中:スタートコーチ、ジュニアコーチ、公認コーチともに、日本スポーツ協会において実施する共通科目と、日本陸連において実施する専門科目を受講したうえで、修了審査が行われます。最も短い時間で取得できるのがスタートコーチ。ジュニアコーチ、公認コーチへと進むにつれて、受講に要する時間は長くなります。公認コーチの場合だと、JSPOで実施される共通科目において全150時間の講義を受けたうえで、陸連で行う専門科目を受講します。専門科目のみだけでも合計62.5時間の受講が必要で、最初にオンラインでライブ講義を受け、オンデマンドの講義を受講、事前学習を行ったうえで、指導演習を含む2日間の集合講習に臨み、その2週間後に事後課題を提出しています。
―――かなりハードですよね。公認コーチを取ろうとしている年代であれば、それぞれに忙しい日常を送っている方々でしょうから。
森:それだけの勉強が必要ということでもあるんですね。特に双方向型になってからは、必要な知識を持っていないと、ディスカッションに入れなくなってしまうので。さらに自分の考えをきちんと持っておくことも必要ですし、それを言葉にして、きちんと伝えられるようになっていることも求められます。ですから、事前に行うオンデマンドやテキスト学習で、しっかりと勉強しておかなければならないんです。
―――事前の準備が必須というわけですね。
田中:はい。たぶん、受けている方々の負担は、かなり高いと思います。でも、のちになって「大変だったけれど、受けてよかったよね。あのとき、一緒でしたね」とか、そういう話になるんです。実は、そこが、とても大事なのかなと思いますね。
一方で、時間を捻出して、それだけ勉強して取得する資格ですから、もっとその価値も高めていきたいですね。サイトやイベント時などで紹介されているコーチのプロフィールを見ると、経歴は、競技者としての成績のみということが往々にしてあるんですね。そうしたときに、やはりコーチとしての資格が掲載されるようであってほしい。そのあたりも、我々が変えていくべき課題だと思っています。胸を張って、「この資格を取った。勉強した」と言っていただけるような資格にしていきたいです。
―――日本陸連が目指す未来のために、コーチの養成が非常に大切で、その実現に向けてシステムを整えていることがよくわかりました。今後は、資格としてのステイタスを高めていくことも必要ですね。本日は、ありがとうございました。
(2024年1月12日収録)
<<資格制度・講習会開催要項>>
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