世界最高峰となる「アボット・ワールドマラソンメジャーズシリーズⅩⅤ(15)」の第1戦に位置づけられている「東京マラソン2023」が、3月5日に行われました。男女エリートの部は、日本陸連が展開するジャパンマラソンチャンピオンシップシリーズ(JMCシリーズ:男子第7戦・女子第5戦)で、この夏、開催されるブダペスト2023世界選手権、杭州2022アジア大会日本代表選考会のほか、2024パリオリンピックの代表選考レースとして10月に実施されるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の出場権を懸けた「MGCチャレンジ」を兼ねての開催です。今回は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、中止や参加者数の制限が続いた一般ランナーの部も通常に戻り、4年ぶりに定員の3万8000人が参加する大会開催が実現しました。ランナーたちは、午前9時10分に、東京都庁前をスタートして水道橋、上野広小路、神田、日本橋、浅草雷門、両国、門前仲町、銀座、田町、日比谷を辿り、東京駅前の行幸通りでフィニッシュする42.195kmのレースに挑みました。
ゲルミサがラスト1kmの接戦制し、初優勝
男女エリートの部は、午前9時10分にスタート。天候曇り、気温8.8℃、湿度48%(主催者発表によるデータ、風は未発表)と、まずまずの気象コンディション下で号砲が鳴りました。今大会では、男女ともに最長で30kmまでつくペースメーカーが用意。男子が1km2分57秒(フィニッシュ想定タイム、以下同じ:2時間04分29秒)、女子が1km3分17秒(2時間18分32秒)と、どちらも日本記録更新を期してのペース設定が組まれました。
中盤まで先頭が大きな塊で推移するとになった男子は、最初の5kmを14分45秒で入ると、10kmは29分21秒、15kmを44分03秒、20kmを58分54秒、中間点も1時間02分07秒と、日本記録を上回るペースでレースを進んでいく展開となりました。先頭は、ハーフを過ぎても日本選手15名を含む30名を超える大集団を維持していましたが、その後、ややペースダウンしたにもかかわらず後退する選手が出てきて、1時間28分39秒での通過となった30kmの段階では、日本選手6名を含む全19名へとスリムアップ。さらに、ペースメーカーが外れ、ペースが上がらない様子を察知した井上大仁選手(三菱重工)が給水を終えたところで前に出て集団を引っ張り始めると、そこからの約1kmで、さらに7名がこぼれ落ち、トップ集団は井上選手、大迫傑選手(Nike、前日本記録保持者)、其田健也選手(JR東日本)、山本一貴選手(三菱重工)の日本勢4名を含む12名まで絞られました。
ペースが上がらないなか、ここですーっと前に出てきたのが山下選手です。山下選手は、31.9km地点で先頭に躍り出ると、チームメイトの井上選手と並走、井上選手が後れてからは、単独で引っ張ってレースを進めていきます。その後も、海外選手がワールドマラソンメジャーズのタイトル争いに焦点を切り替え、牽制し合ったことでレースは膠着し、給水の影響で再び団子状態で迎えた35kmの通過は1時間43分47秒と、この5kmは15分08秒にペースダウンしました。
動きが出たのは残り5kmとなった37.2km付近でした。タイタス・キプルト選手(ケニア)が仕掛けると、デソ・ゲルミサ選手(エチオピア)がすぐに反応して一気にペースアップ。これに4選手が続いて、先頭は6人に絞られる形となりました。6人は、40kmを1時間58分54秒で通過すると、勝負は残り1kmとなってからのスパート合戦に。ゲルミサ選手がリードする形で4人に絞られると、残り200mでゲルミサ選手、モハメド・エサ選手、ツェガエ・ゲタウェウケベテ選手と、エチオピア勢3人の争いとなり、行幸通りでの直線勝負を制したゲルミサ選手が2時間05分22秒で先着、同記録でエサ選手が、3秒差でゲタウェウケベテ選手がなだれ込みました。
日本人1位の山下は、日本歴代3位の2時間05分51秒をマーク
其田も2時間5分台でフィニッシュ
一方、日本勢は、残り5kmで優勝争いからは脱落したものの、依然として2時間5分台の好タイムが狙える状況でレースが進んでいて、誰が、どのくらいの記録で先着するかに注目が集まりました。38.5kmを過ぎたところで、いったん大迫選手が山下選手の前に出る場面もあったものの、山下選手がすぐに抜き返し、39km辺りからは大迫選手を従えて7番手で先頭集団を追走。40kmは先頭から16秒差の1時間59分10秒で通過、1秒差で大迫選手が、7秒差で其田選手が続きました。しかし、大迫選手が残り2kmとなった辺りで、右脇腹を押さえてペースダウンし、ここで明暗が分かれる格好に。大迫選手を置き去りにした山下選手は、最後の2.195kmを6分41秒でカバーして日本歴代3位となる2時間05分51秒・7位でフィニッシュしました。
25歳の山下選手は、社会人1年目の2021年に、びわ湖毎日マラソンで初マラソン日本最高(当時)となる2時間08分10秒をマークすると、2回目のマラソンとなった昨年の大阪マラソン・びわ湖毎日マラソン統合大会で2時間07分42秒(2位)と、順調に記録を伸ばしてきた選手。3回目となる今回のマラソンで、記録だけでなく、勝負強さも印象づける結果を残したことで、日本のエースとしての将来が期待される存在に名乗りを上げることとなりました(山下選手のコメントは、別記をご参照ください)。
日本人2位となる8位には、残り1kmのところで大迫選手を逆転した其田選手が続きました。其田選手も、自己記録(2時間07分14秒)を大幅に更新。日本歴代4位となる2時間05分59秒をマークしています。大迫選手は、日本人3位となる9位でフィニッシュ。2021年に東京オリンピックで6位入賞を果たしたあと、一度、第一線を退いていた大迫選手は、昨年、競技への復帰を表明し、国内ではこれが復帰第1戦となるレースでした。最後こそ苦しんだものの、レース巧者を印象づける走りできっちりとまとめ上げ、終わってみれば、サードベストとなる2時間06分13秒をマーク。この結果、条件を満たして、10月に開催されるMGCの出場権を獲得しました。
日本人4位には、終盤にかかるところでレースを動かした井上選手が2時間07分09秒(10位)で大迫選手に続き、ここまでの4選手が2時間07分39秒のブダペスト世界選手権派遣設定記録を突破(其田選手は、2度目のクリア)。日本人5・6位となった細谷恭平選手(黒崎播磨、2時間08分10秒、14位)、小山直城選手(Honda、2時間08分12秒、15位)までが2時間8分台をマークし、これにより小山選手もMGCへのチケットを手にしました。
さらに、17位(2時間09分21秒、日本人7位)の二岡康平選手(中電工)、20位(2時間09分58秒、日本人9位)の高田康暉選手(住友電工)、28位(2時間11分01秒、日本人17位)の富安央選手(愛三工業)の3名が、2レースの平均タイムで基準記録をクリアして、ワイルドカードによるMGC出場権を獲得。今大会終了時点で、男子のMGC出場権獲得者は62名となりました。
“日本育ち”のワンジル、2時間16分28秒で制す
女子は、前述の通り、1km3分17秒(2時間18分32秒)という設定でペースメーカーが用意されましたが、蓋を開けてみると、先頭は、最初の5kmは16分19秒、10kmは32分34秒(この間の5kmは16分15秒)と、序盤から日本記録(2時間19分12秒)どころか2時間17分台が見込めるハイペースでの滑りだしに。15kmまでの5kmは15分58秒まで上がって48分32秒で通過、20kmまではやや落ち着いたものの、それでも通過タイムは1時間04分44秒と、2時間16分台のペースで進んでいく形となりました。日本勢で先頭集団についたのは、今大会で日本記録の更新を目指して、序盤から先頭集団についていくことを表明していた松田瑞生選手(ダイハツ)と、東京オリンピックで8位入賞を果たしている一山麻緒選手(資生堂)の2人のみ。しかし、大会前の記者会見で昨年12月に左肋骨を疲労骨折した影響で、万全な練習が積めているわけでないことを明かしていた一山選手は、10kmの通過を迎える前に後れ、また、10kmを先頭グループの最後尾で通過(32分37秒)松田選手も、その後はじりじりと前との差が開いていくことに。レース後「いっぱいいっぱいだった」を振り返った15kmの通過は49分06秒。上位の6選手からは30秒以上の差をつけられ、並走していた男子選手はいたものの、エリート女子としては単独走となり、この段階で早くも自身でペースをつくっていかなければならない気の毒な展開となってしまいました。
先頭グループは、その後もハイペースのままレースを進め、中間点は1時間08分14秒で通過。そのなかでも勢いがあったのは、留学生として青森山田高を卒業し、その後、昨年までスターツに所属したローズマリー・ワンジル選手(ケニア)でした。ペースメーカーが外れる30kmよりも早い段階で、前に出る様子を見せていたワンジル選手は、「調子が良かったので、30kmからは1人で行った」と振り返ったように、30~35kmを15分46秒に引き上げると、その後、唯一人食らいついたツェハイ・ゲメチュ選手(エチオピア)を突き放し、40kmまでに19秒の差をつけて独走態勢に持ち込みます。最後の2.195kmも7分14秒でカバー。昨年9月のベルリンマラソンでマークした2時間18分00秒の自己記録を大幅に更新し、わずかマラソン2レース目にして世界歴代6位に浮上する2時間16分28秒の好記録で優勝しました。日本語で臨んだレース後の記者会見では、「このタイムで走れるとは思っていなかった」と振り返りつつ、「日本は大好きなので、(ここで優勝することができて)とても嬉しい。ホームストレートで、“ああ、信じられない”と思った」と勝利を喜び、「次のレースは決まっていないが、もっともっと頑張って、もう1回、すごいタイムを出せるようにしたい」と、声を弾ませました。
日本人トップは松田。2時間21分44秒でフィニッシュ
早い段階で日本人首位は確実な状況となったものの、15km以降、苦しい戦いを余儀なくされてしまった松田選手は、その後、じりじりとペースを落としつつも懸命に粘り、20km地点は1時間05分52秒で通過。25kmでも1時間19分台が狙える1時間22分44秒でカバーしましたが、次の5kmで17分台(17分19秒)にペースを落とし、30kmは1時間40分03秒で通過していく状況となりました。しかし、30~35kmを17分11秒、35~40kmでは17分06秒と、最も苦しくなってくる場面でタイムを持ち直すと、最後の2.195kmは7分24秒で走りきり、ブダペスト世界選手権の派遣設定記録(2時間23分18秒)を大きくクリアし、セカンドベストとなる2時間21分44秒・6位でフィニッシュ。レース後は、悔し涙ともに、反省の弁ばかりが口をつきましたが、この結果、マラソン全8戦のうち、自己記録である2時間20分52秒(2022年)に続く2時間21分台は3回に。抜群の安定感を強く印象づける形となりました(松田選手のコメントは、別記をご参照ください)。
日本人2位には、細田あい選手(エディオン)が7位で続きました。昨年10月のロンドンマラソンで2時間21分42秒をマークし、今大会での走りが注目されていた選手です。ハイペースとなったこの日は、序盤から上位集団につかない展開を選択。これが功を奏しました。最初の5kmを16分42秒で入ると、その後は、各5kmを16分47~53秒前後のペースで推移させてレースを進めていきます。35~40kmはさすがにペースを落としたものの16分59秒と、日本人選手では唯一すべての区間を16分台でカバー。最後の2.195kmを7分32秒でまとめ、セカンドベストの2時間22分08秒をマーク。ロンドンマラソンに続き、再びブダペスト世界選手権の派遣設定記録を突破して、レースを終えました。
早い段階で上位集団から後れた一山選手は、ハーフを過ぎたあたりから大幅にペースダウンする苦しい展開となりました。しかし、最後まで走りきり、2時間31分52秒・14位(日本人7位)でフィニッシュしています。
日本人男女1位のコメントは、以下の通りです。
※本文中における5kmごとの通過タイムとラップおよび気象条件は公式発表の記録を、1kmごとのラップは、大会時の速報を採用している。
【日本人男女1位コメント(要旨)】
◎男子
・山下一貴(三菱重工)
7位 2時間05分51秒
レースを終えて、ちょっとフワッとしている(気分)。今日は、沿道の方々も応援もあって、自分としては楽しいレースとなった。ここまで、タイムで一番近い目標にしてきたのが、(同じ駒澤大学出身である)藤田敦史さんの記録(2時間06分51秒、2000年=元日本記録)だったので、そこを超えられたことがすごく嬉しい。
今日のレースは、30kmまでは速いペースのなかでしっかり集団の中で行きたいなという気持ちがあった。自分としては順位よりもタイムを意識していて、集団のペースが落ちてしまったので、自分が出れば(ほかの選手たちも前に出て)引っ張り合ってタイムを狙えるかなと考えて前に出た。結局誰も前に出てくれず、また、後半で外国人選手が前に出たときに反応できなくて(ついて)いくことができなかったが、日本人1位と2時間5分台を出せたというのは、いい経験だったかなと思う。
ハーフまでを自己ベスト(1時間02分36秒、2019年)を超えていくようなペースで行ければ、自ずと結果はついてくるかなと思っていたので、今日のペース設定はちょうどよかった(実際は、1時間02分12秒での通過)。ペースメーカーの方に感謝している。
ずった後ろにいた大迫さんに(38.5km付近で)前に出られたときは、「このまま行かれてしまうのかもしれない」と思った。しかし、思ったより大迫さんのペースが上がらず、そこで逆につかせてもらったことで動きの修正ができた。あそこで大迫さんに前に出られることなく1人で走っていたら、其田さんとかに負けていたかもしれない。
今回の結果は、コロナの関係で過去2回の(マラソン)練習ではできなかった海外合宿に行けたことが一番大きな要因かなと思っている。1月のほぼ1カ月間、ニュージーランドでトレーニングをしたのだが、そこでしっかり脚をつくって、そのあと昨年の大阪(マラソン)前よりも、スピード的に上げた準備を行うことができた。具体的には、速くて2分50秒台のペースで練習をしたり、最後を2分57~58秒で上がっていくような長めの距離などをやったりしてきた。
(日本記録更新に関する質問に対して)まだレースが終わったばかりで今後のことは考えていないが、タイムについては自己ベストを更新していくことができれば、自ずと日本記録も近づいてくるという考え方をしている。次に出るレースでは、日本記録(を狙うの)ではなく、自己ベストを目標にしてやっていくと思う。
◎女子
・松田瑞生(ダイハツ)
6位 2時間21分44秒
今回は、挑戦というテーマのもとスタートラインに立った。最初からハイペースになったが、それを経験できたことは本当に良かったと思うし、「いい経験ができたな」と思う。ただ、ハイペース過ぎて15kmまでにいっぱいいっぱいになってしまい、そのまま押していけなかったのは自分の弱さ。この経験を次につなげていきたいという気持ちがあるので、また挑戦を続けたいと思う。
きつくなってしまった15kmのところでは、ペーサーが速かったので、17km、18kmあたりは、もともと設定されていたタイム(1km3分17秒)で、1人で押していけたらなと思いながら走っていた。15km以降は少し落ち着いた部分はあった。近くに男性の選手がいたので一緒に走っていたが、(彼らも)余力がなかったようで、そのうち私の後ろにつく形となり、前を走ってくれる選手がいない状態となってしまった。(オレゴン)世界陸上のときもそうだったが、1人で走るのは厳しいなと思った。
ここまでのトレーニングでは、内容的には納得できた練習もあれば、できなった練習もあった。しかし、世界陸上のとき、最後で練習を中断してできなかった部分が、今回はすべてこなすことができていたので、その点では、最後までしっかり走れるという気持ちはあった。
今回、最初を、3分13~15秒のペースで押していくことになったので、そのペースにびっくりした部分はあった。ただ、次に走ったとき、3分17~18秒のペースが楽に感じられるのではないかなと思う。これからは、スピード持久の点を、もっと強化していかなければいけないなと感じている。
私のなかでは、日本記録(2時間19分12秒、2005年、野口みずき)が世界と戦えるラインだと思い描いている。だからこそ日本記録を更新したいという気持ちが強かった。でも、世界は、走れば走るほど高い壁であるということを痛感する。今日の結果もそうだが、(オレゴン)世界選手権の結果でも、今の自分ではまだまだ足りなくて、全然歯が立たない。ただ、地道に今の努力を継続して、続けていけた先に何か得るものがあるのではないかと思う。挑戦する姿をこれから見せられるように努力続けたい。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真提供:アフロスポーツ
▼ジャパンマラソンチャンピオンシップシリーズ 特設サイト
https://www.jaaf.or.jp/jmc-series/
▼マラソングランドチャンピオンシップ 特設サイト
https://www.mgc42195.jp/
▼東京マラソン2023大会ページ
https://www.jaaf.or.jp/competition/detail/1705/
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