2017年夏からスタートした東京オリンピック男女マラソン日本代表選手選考が3月8日、いよいよファイナルステージを迎えることになります。
最後の1枠となった日本代表の座を巡り、2019年12月から2020年3月にかけて男女ともに各3大会が用意された「MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)ファイナルチャレンジ」の最終戦となるびわ湖毎日マラソン(男子第3戦)と名古屋ウィメンズマラソン(女子第3戦)が、どちらも3月8日に行われるのです。
この両大会において、日本人最上位選手がフィニッシュした瞬間に、男女ともに「3人目」のオリンピック日本代表選手が内定します。果たして、残り1枠となったその座をつかむのは誰なのか? すでに終了したMGCファイナルチャレンジの結果も踏まえつつ、びわ湖毎日、名古屋ウィメンズでの決戦に挑む選手たちをご紹介しましょう。
MGC終了段階よりも
条件が厳しくなって迎える最終戦
東京オリンピックのマラソン日本代表選手には、すでに、昨年9月15日に行われたMGCにおいて男女ともに上位を占めた各2名、すなわち男子優勝の中村匠吾選手(富士通)と同2位の服部勇馬選手(トヨタ自動車)、女子優勝の前田穂南選手(天満屋)と同2位の鈴木亜由子選手(日本郵政グループ)が内定しています。
現在、行われているMGCファイナルチャレンジは、「残り1枠」を勝ち取るための最後のステージとして設定されたもの。男女それぞれに指定された3大会のいずれかで、「MGCシリーズ期間内にマークされた最高記録よりも1秒速いタイム」という基準のもとに決められたMGCファイナルチャレンジ設定記録(男子2時間05分49秒、女子2時間22分22秒)を上回り、なおかつそのなかで最も記録のよい者を3人目の代表を選ぶが、もし、該当する選手が現れなかった場合は、MGCで3位の成績を収めている選手(男子:大迫傑=Nike、女子:小原怜=天満屋)を代表とするという条件で、選考レースが進められてきました。
昨年12月には男子(福岡国際マラソン)、女子(さいたま国際マラソン)と、MGCファイナルチャレンジ第1戦が行われましたが、両大会ともに上記の条件をクリアする選手は現れませんでした。しかし、オリンピックイヤーとなる2020年に入ると、まず、1月26日に女子の第2戦として開催された大阪国際女子マラソンにおいて、松田瑞生選手(ダイハツ)が2時間21分47秒で優勝。松田選手のマークしたシリーズ内最高記録(2時間22分23秒)が基準となって決められていたMGCファイナルチャレンジ設定記録をクリアして、「3人目の代表内定候補」の最右翼へと名乗りを上げました。さらに、男子も、第2戦として3月1日に行われた東京マラソンで、男子におけるMGCファイナルチャレンジ設定記録の基準となった日本記録(2時間05分50秒)を出した当人である大迫傑選手(Nike)が、その記録を21秒更新する2時間05分29秒をマークして、4位ながら日本人最上位でフィニッシュ。優位な状況にあった「MGC3位」という立場から、さらに大きく「男子3人目の代表の座」に近づく結果を手にしました。
これらの結果、びわ湖毎日と名古屋ウィメンズ直前の段階で、「残り1枠」に最も近い位置にいるのは、男子は大迫選手で、女子は松田選手。ターゲットとなるタイムは、男女とも大幅に引き上げられ、最終戦、つまりびわ湖毎日と名古屋ウィメンズで代表切符を手に入れるためには、男子は2時間05分29秒を切るタイム、女子は2時間21分47秒を切るタイムをマークしなければなりません。男子は日本記録、女子も日本歴代4位に相当するとはいえ2008年以降ではこれを上回るタイムは1回しか出ていないという、非常に高い水準のものです。
日本新記録の実現には、海外勢との優勝争いが必須か
――びわ湖毎日マラソン
それでは、大会ごとに出場予定選手などを見ていきましょう。
男子のMGCファイナルチャレンジ最終戦となるのは、びわ湖毎日マラソン。1946年に大阪で行われた「全日本毎日マラソン選手権」を起源する大会で、名称や開催地を変えながら今年で75回目。滋賀県大津市にある皇子山陸上競技場を発着点として、びわ湖南岸から瀬田川に沿うルートを折り返す42.195kmを走ります。これまで正午過ぎにスタートしていましたが、気温の上昇や風向き等を考慮し、少しでも好条件下でのレースとすべく、今大会はスタート時刻を午前9時15分に変更して行われることになりました。
国内の実業団やクラブチームに所属しているマチャリア・ディラング選手(愛知製鋼/ケニア、2018年優勝者)、スズキ浜松AC所属のゼーン・ロバートソン選手(ニュージーランド)、マイケル・ギザエ選手(ケニア)とともに、国内招待選手としてエントリーしているのは、自己記録の順に、川内優輝(あいおいニッセイ同和損保、2時間08分14秒/2013年)、野口拓也(コニカミノルタ、2時間08分59秒/2017年)、山本浩之(コニカミノルタ、2時間09分12秒/2018年)、荻野皓平(富士通、2時間09分36秒/2018年)、大塚祥平(九電工、2時間10分12秒/2018年)、鈴木健吾(富士通、2時間10分21秒/2018年)の6選手。このうち、ドーハ世界選手権代表となったことでMGC出場を辞退した川内選手と、2時間8分台の自己記録を持ちながらも有効期限内に条件を満たすことができず出場を逃した野口選手を除いては、昨年9月のMGCで戦った面々。MGCの結果では、大塚選手(4位)、鈴木選手(7位)、山本選手(12位)、荻野選手(途中棄権)という順になります。
各選手の自己記録と、東京マラソンで大迫選手がマークした2時間05分29秒との間には大きな開きがあります。また、比較的平坦とされながらも特に終盤が向かい風になるケースが多いこと、晴れて気温が上がった場合に暑さを感じるなかでのレースとなる可能性もあることなどから、この大会で2時間05分29秒を上回るパフォーマンスを実現するのは、非常にハードルの高い目標であると言わざるを得ないのが正直なところ。大会記録は、2時間06分13秒(2011年;ウィルサン・キプサング=ケニア)。東京オリンピック代表入りに向けては、最低でも、この大会記録を更新する結果が必要です。
一方、海外招待選手には、2時間05分00秒の自己記録を持つエバンス・チェベト選手(ケニア)を筆頭に、フィレックス・ケモンゲス選手(ウガンダ、2時間05分12秒)、フィレックス・キプロティチ選手(ケニア、2時間05分33秒)、サムエル・ドゥング選手(ケニア、2時間06分02秒)、アブディ・ナジーイ選手(オランダ、2時間06分17秒)と、2時間5分台が3名、2時間6分台が2名揃ったほか、前回優勝者のサラエディーン ブナスル選手(モロッコ、2時間07分52秒)など全9選手がエントリー。彼らの持ち記録を考えると、海外招待選手と並走し、最終的に優勝争いを繰り広げるような展開に持ち込むことができれば、その延長線上に、“2時間05分29秒越え”の可能性もみえてくる、といえそうです。
ペースメーカーについては現段階でまだ発表されていませんが、もし、日本新記録を狙っていくというのであれば、設定タイムは1km2分58秒、5km14分50秒(フィニッシュ想定タイム2時間05分11~12秒)あたりか。このレースでは、コース上で最も起伏の大きい平津峠を上ったあと、下ったところで30km地点を迎え、ここでペースメーカーが外れることになります。下りによってペースが上がった状態のなかでペースメーカーが外れることから、その周辺のペースを、どれだけ冷静に、そして余裕をもってコントロールできるかが、ラスト勝負となった場合に影響してきそう。また、向かい風に見舞われることの多い終盤が、スタート時刻を午前へと変更したことにより、どのくらい緩和されるかも、フィニッシュタイムに影響を及ぼしそうです。
松田を上回る選手は現れるか!?
――名古屋ウィメンズマラソン
女子のMGCファイナルチャレンジ最終戦となるのは、名古屋ウィメンズマラソン。前身である名古屋国際女子マラソンから、2012年に女性を対象とする市民マラソンとしてリニューアル。ナゴヤドームを発着点して、名古屋市内を巡る42.195kmのコースで実施されている大会です。好記録が出ることで知られており、名古屋国際女子マラソンとして行われていたころから、数多くの選手がこの大会で好記録をマークし、オリンピック、世界選手権、アジア大会等の日本代表選手入りを果たしてきました。2000年シドニーオリンピック女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子選手(当時、積水化学)もその1人。選考競技会となった2000年の第21回大会を含め、2度の優勝を果たしています。
レースは、午前9時10分にスタート。前述のように、新型コロナウイルスによる感染症拡大予防の観点から、エリートの部のみの開催(中止となった部門については、「オンラインウィメンズマラソン」という形で実施を予定)となりましたが、エリートの部は、今年は女子マラソンの第104回日本選手権も兼ねての開催です。同日ほぼ同時刻に行われるびわ湖毎日マラソンよりも5分遅いスタートではありますが、フィニッシュ予定時刻はびわ湖毎日のほうが先となるため、2017年の夏から始まった東京オリンピック男女マラソン選考レースは、この名古屋ウィメンズで幕を下ろすことになります。
国内招待選手として、名古屋ウィメンズで「最後の1枠」に挑戦するのは、安藤友香(ワコール)、福士加代子(ワコール)、岩出玲亜(アンダーアーマー)、一山麻緒(ワコール)、野上恵子(十八銀行)、池満綾乃(鹿児島銀行)、清田真央(スズキ浜松AC)の7選手(ダイハツの前田彩里選手は、右太もも裏の筋肉損傷により欠場)。新たなターゲットタイム、すなわち大阪国際女子マラソンで松田選手がマークした2時間21分47秒を上回っての日本人最上位の座を目指します。
トップ争いの中心のなってくるのは、昨年の9月15日に行われたMGCでも序盤に見せ場をつくったワコール所属の3選手か。ターゲットタイムよりも良いパーソナルベストを持つのは安藤選手。自己記録1時間21分36秒は、当時スズキ浜松ACの所属だった2017年に、マラソン初挑戦のなかこの大会でマークしたものです。安藤選手は、この結果により2017年ロンドン世界選手権にも出場を果たしました。初マラソンのあと、4レースを経験してセカンドベストが2時間26分47秒(2019年ロンドン)にとどまっていますが、自己記録を出しているこのコースで、当時のペースを指標にできるという点を、心理的にも戦略的にも大きなアドバンテージとしたいところです。
福士選手は、大阪国際女子に続く再挑戦。大阪国際女子では25km地点でレースをやめましたが、これは、転倒のアクシデントにより途中棄権を余儀なくされた昨年とは異なり、名古屋ウィメンズでの仕切り直しを選んだ上での決断でした。自己記録2時間22分17秒(2016年)に迫ればよかった大阪国際女子の段階に比べると、クリアしなければならない記録は大きく引き上げられる形となりましたが、あとがない状態で再挑戦し、MGC出場権を獲得した昨年のような軌跡を描くことができるか。中盤以降のペースダウンをどこまで抑えられるかが鍵となりそうです。
一山選手は、男女を通じて最年少となる22歳で出場を果たしたMGCで、スタート直後から飛び出し、最初の5kmを16分31秒というハイペースで入る走りを見せた選手。終盤は、かなり苦しい走りとなり、6位の結果にとどまりました。しかし、その後は、10000mや駅伝などに出場し、12月には10000mで31分34秒56をマークして2年ぶりに自己記録を大きく更新。今年2月の丸亀ハーフマラソンでは、自己記録に7秒と迫る1時間08分56秒をマークするなど、順調に準備を進めてきています。アフリカ勢を思わせるような腰の位置の高い、バネのある走りが持ち味。自己記録の2時間24分33秒は、悪天候下での初マラソンとなった2019年東京マラソンでマークした記録ですが、2時間20分台を狙える力はすでにあると高く評価する関係者もいるだけに、ラストチャンスとなるこの大会で、どのくらい自己記録を更新してくるかが注目されます。“2020東京”という視点だけでなく、“ポスト・東京”のマラソンニッポンを担っていく存在としても、その走りが期待されている選手です。
前回のこの大会で2時間23分52秒をマークして日本人最上位(全体5位)の成績の残しているのは岩出選手。MGC出場権を獲得したのもこの大会(2018年)なら、自身のマラソンパフォーマンストップ3は、すべてこの名古屋ウィメンズで出したもの。当然、五輪選考レース最終戦となるこの大会で、自己記録を大きく更新していくことを狙っているはず。また、岩出選手よりも速い2時間23分47秒のパーソナルベストを持つ清田選手は、昨年は、条件を満たすことができずMGC出場が叶わずに終わっています。自己記録は2017年の名古屋でマークしたもの。このときは2017年ロンドン世界選手権への切符を手に入れました。まずは、当時の状態にどこまで戻せているかがポイントとなりそうです。
持ち記録が2時間26分台の池満選手(2時間26分07秒、2019年)、野上選手(2時間26分33秒、2018年)も、この記録は名古屋でマーク。池満選手はMGCへの出場を辞退して、ドーハ世界選手権に出場。また、野上選手は2017年アジア選手権銀メダル、2018年アジア大会銅メダルの実績を持ち、MGCでは代表に内定した前田・鈴木の2選手、3位の小原怜選手(天満屋)、そして松田選手に続き、5位でフィニッシュしています。ともに高いスピードで押していくというよりは、一定のペースで粘り、終盤で着実に順位を浮上させていく展開となりそうです。
海外招待選手には、2時間20分39秒の自己記録を持ち、2017年にはパリマラソンを制しているピュアリティー・リオノリポ選手(ケニア)を筆頭に、悪天候だった昨年の東京マラソンで2時間21分01秒の自己新をマークして2位の成績を残したヘレン・トラ選手(エチオピア)のほか、ナンシー・キプロプ選手(ケニア、2時間22分12秒)、前回覇者のヘラリア・ジョハネス選手(ナミビア、2時間22分25秒)、ベッツィ・サイナ選手(ケニア、2時間22分43秒)と、2時間22分台の自己記録を持つ選手が3名、さらには2時間23分台が3名という顔ぶれとなっています。コースレコードは、リオデジャネイロオリンピック2位で、2015~2017年にこの大会を3連覇しているユニス・ジェプキルイ・キルワ選手(ケニア、ただし、2019年5月にドーピングが発覚し、現在、資格停止処分中)が2017年にマークした2時間21分17秒。気象条件にもよりますが、上位選手が終盤で競り合う形となれば、この記録は塗り替えられるかもしれません。
また、ペースメーカーの設定タイムはまだ公にされていませんが、「2時間21分47秒」をクリアするためには、大阪国際女子マラソンの際に、2時間20分39秒から2時間21分21秒のフィニッシュタイムを見込んで設定された「1km3分20~21秒、5km16分45~50秒」というペースが目安になるか。大阪では31km以降は松田選手の単独走となったこともあり、終盤でかなりペースが落ちましたが、ここを、2時間20~21分台の自己ベストを持つ海外招待選手たちと並走することによって、ペースを維持できる(あるいは引き上げる)ような展開でレースを進めることができれば、2時間20分台に突入する好記録が誕生する可能性も。その場合は、「日本人最上位争い」にとどまらず、「優勝争い」を繰り広げる、手に汗握るシチュエーションとなっていることでしょう。
応援は、テレビあるいはラジオで!
沿道での観戦自粛のお願い
今回の新型コロナウイルスによる感染症の拡大を防ぐべく、日本陸連は2月28日に声明を発表しました(https://www.jaaf.or.jp/news/article/13576/ )。3月に開催が予定されているロードレースについては、沿道での応援を自粛するよう、皆さまのご協力をお願いしています。3月8日に実施されるびわ湖毎日マラソン、名古屋ウィメンズマラソンについても、レースの模様は、テレビ、ラジオによる中継が予定されています。これらを利用しての応援にご協力くださいますよう、重ねてお願い申し上げます。
中継番組に関する情報やオンエア予定時刻等は、日本陸連公式サイト内で、大会ごとに紹介しています(びわ湖毎日マラソン: https://www.jaaf.or.jp/competition/detail/1433/ 、名古屋ウィメンズマラソン:https://www.jaaf.or.jp/competition/detail/1432/ )。どうぞ、ご参照ください。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真提供:フォート・キシモト
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