2019.12.24(火)その他

【Challenge to TOKYO 2020 日本陸連強化委員会~東京五輪ゴールド・プラン~】第13回五輪イヤーに花開く日本競歩界(2)

第13回五輪イヤーに花開く日本競歩界(1)』から


現場と科学委員会の地道な総力戦


杉田 世界選手権の前、競歩は千歳合宿中に公開練習をしてシミュレーション合宿としてその様子がテレビで放映されましたけど、実は7月下旬に3回、都内で暑熱対策のシミュレーションをやっているのです。その時に体温も心拍数もかなり上がって、「これ、上がり切ったらどうするの?」というデータを見ながら、「それはもう立ち止まるしかないよね」という話もしています。2018年のジャカルタ・アジア大会で、中国の選手が給水所で水をかぶってゆっくり歩いたシーンも共有できていたので、そういうところから鈴木選手はああいう決断をされたと私は思っています。

鈴木 そうですね。個人名を出して申し訳ないですけど、アジア大会の50kmで丸尾君(知司、愛知製鋼)が脱水症状になって、メダルを逃しました(4位)。そこから学んだのは、あそこまで脱水になってしまうと、歩くことより回復を優先させたほうがいい、ということ。私はドーハでその状態になっていたのです。ラスト10kmは脱水症状が起きていて、「給水をとる」ことを大事にした結果が「立ち止まる」という判断でした。

杉田 2018年も19年も夏場にシミュレーション合宿を組んで、給水の温度や給水頻度、量、方法などをチェックしましたので、選手のみなさんは自分の体質や特徴を考慮しながら、暑熱対策のインテリジェンスは高まっていたと思います。競歩は全員のデータをみんなが見て、共有しているんです。それがとてもいいですね。

鈴木 多少、ショックも受けますけど(笑)。私はデータ上「暑さに弱いタイプ」として分析されるのです。でも、それをみんなが共有していて、今回こうして金メダルを取れたことで、競歩の暑熱対策の成功例になったのではないでしょうか。得意・不得意はあるけれど、しっかり対策をすれば別に問題はないというところに至ったかな、と思います。

──給水の温度は個人差があるようですが、2人はどれぐらいが適温なんですか。

山西 大会とか場所にもよります。ドーハでは内臓系をやられたと先ほど話しましたけど、そうなってくると冷たいものを飲めなくなります。ぬるめのほうが喉の通りがいいので、量も飲めるんです。汗をたくさんかいていて、お腹を冷やしたくない状況だったら、ぬるめがいいですし、普段の練習ならもう少し冷たくても大丈夫かな、という感じです。

今村 ドーハは外気温が34度と高かったですから、特に長時間を要する50kmは水温に配慮する必要性がありましたね。距離が長ければ深部体温が上がって、脱水のリスクも高まります。そういう中では水温が非常に重要になってきて、スタート時よりぬるめにしていく選手もいました。

杉田 そのあたりのデータは合宿中、スタッフ総出で取りました。

山西 普段はこれぐらいでやっている、というのがわかっていますので、アドバイスを参考にして、「今回はぬるめがいい」とか自分に合う方法を探しました。

杉田 科学委員会を含めて総力戦です。2014年からずっとやってきて、そういう地道な取り組み、積み重ねが、自ら対処できる選手育成につながっていると思います。




50kmの経験を20kmの選手に生かす


── 話をドーハ世界選手権に戻しますが、山西選手は鈴木選手の50kmのレースを、どこで観たのですか

山西 私たち20km組はちょうどドーハへ移動中で、生では観られなかったんです。ただ、機内でWi-Fiをつなぎ、SNSで通過タイムとかは見ていました。ですからレースはほとんど数字だけで追っていて、「たぶん優勝したんだろうな」と思いながら現地入りしたんです。お疲れのところだったんですけど、ホテルに着いてからいろいろと話を聞いて、共有させていただきました。

鈴木 一番は、先ほど話に出た給水の温度です。実は50km組はそれをちょっと失敗してしまって、男女の20kmに生かされた経緯があります。50kmではちょっと冷やし過ぎた感があって……。山西君が言ったように練習とか東京のシミュレーションではその温度が良かったけど、ドーハの暑さと深夜スタートといういつもと違う環境が、微妙な差につながったのだと思います。私はレース途中に「もうちょっと上げてください」と伝えました。

杉田 普段は直射日光がありますからね。ドーハは、いわゆるサウナの中で競技をしている感じでした。

鈴木 同じ温度でも、ドーハはいつもと飲み口が違う感覚でした。

── 深夜のスタートに関しては、何か対策をしたのですか。

山西 日本チームとして、ドーハに入ってから若干夜型にシフトしましたね。

鈴木 いつもは6時、12時、18時が食事の時間ですけど、3時間ずつずらして9時、15時、21時にしました。私は日本にいるうちから時差も考慮してちょっとずつ時間をずらして、最後は昼夜逆転ぐらいになりましたね。みんなが夕食を取っている時間に昼食とか、不思議な感覚で生活していました。

山西 僕は、日本にいるうちは何もいじらずに生活していました。ストレスがない範囲で調節していく感じでしたね。個人のこだわりの問題だと思います。

 

2人で合同練習を始めるに至った経緯


── 大会前、鈴木選手と山西選手は何度か一緒に練習したそうですが、そこに至った経緯を教えてください

山西 最初が2018年の12月ですね。僕から「もし良ければご一緒させてほしい」とお願いしたのが始まりです。その時はNTC(ナショナルトレーニングセンター)でした。

──どうして鈴木選手と練習したかったのですか。

山西 いろいろ理由はあるんですけど、正直自分の中でうまくいっていないタイミングだったので、「もう少しチャレンジしたい」という気持ちでした。

── うまくいっていないのは、歩きが?

山西 全体的にです。自分の範囲内で収まっている感じで……。その前に夏場、千歳でご一緒させていただく機会があって、僕の中で「世界記録を持っている選手に教わりたい」「学ばせていただきたい」という思いが芽生えていたんです。間違いなく技術に関して興味があり、トレーニングのやり方、考え方、発想みたいなところですね。僕から提供できるものがあればいいんですけど、それはどうかなあと思いながら(笑)。

鈴木 私も元々、練習相手を探していました。他の選手とペースが全然違う練習をしていて、結構1人でやることが多かったので、「一緒にやれる人がいたらいいな」と思っていました。そのタイミングで山西君が来てくれて、こちらとしてはかなり助かっています。私が「エッ?」と言われるような練習をするので敬遠されがちですけど、山西君はそれに対して疑いとか恐怖心を抱かず、飛び込んできてくれました。

山西 そう言っていただくと、「なぜ一緒に?」という問いの答えとしてわかりやすいと思います。

今村 富士通コーチとしてそのあたりを解説しますと、鈴木は長いブランクを経て、東京オリンピックに向けて、2018年5月の東日本実業団でレースに復帰し、9月にはトラック2レース、10月の全日本競歩高畠(20km /山形)、翌年2月の日本選手権20km(兵庫・神戸)というロードマップを描いていました。しかし、高畠はエンジンを空ふかししながら戦って松永(大介、富士通)に敗れ、「ウ~ン」という状況で、どうやって12月の強化を進めようかとモヤモヤしていた。山西君が声をかけてくれたのが、ちょうどそのタイミングだったのです。

鈴木 今村さんが言うように、9月の全日本実業団選手権10000mで優勝し、トラックレースはうまくいっていて、高畠も「やれるんじゃないか」と思っていたら、意外と行けなかった。神戸を見据えて「20kmは積み重ねがないといけないな」と痛感し、「以前のようなレベルの高い練習をしないと」と思ったタイミングで山西君が来てくれたのです。結局1月にケガをし、神戸の20kmには出場できませんでしたけど。本当に12月、1月に山西君と一緒に練習して、タメができた結果が、今季好調を維持できた要因だと思います。

山西 僕は元々、練習でペースを上げ切れないというか、追い込み切れないんです。レース1ヵ月前に強度を上げた練習はしますけど。12月にそういう練習を入れることは今までなかったので、そこはチャレンジでした。それをやりたくて行ったので、良かったんですけど。





──鈴木選手の練習メニューをこなしたのですか。

山西 はい、乗っからせていただきました。もうボコボコにされる寸前でした(笑)。

鈴木 圧倒的に差をつけて、練習ではやっつけるのに、「能ある鷹は爪を隠す」で、試合では山西君が勝ちますね(笑)。

山西 ドーハの前も1回、コテンパンにやられました。

今村 どっちが20kmに出場するかわからないだろうって(笑)。

山西 練習のペースが非常に速い。いつでもそれができる身体の状態なんです。そこの経験値は高いですね。僕は動きの精度とか再現性が日によってぶれて、波がどうしても発生してしまうので、そこはやっぱり「さすがだな」という感じです。

鈴木 それでも、試合では勝つ。そこが山西君の能力の高さだと思いますね。私が彼の年齢の頃、同じような練習をやっていたとしても、あそこまで試合で結果を出し切るのは難しいと思います。

今村 2019年3月の全日本競歩能美大会20km(石川・能美)は、紙一重で山西君に軍配が上がりました。山西君が優勝して、川野将虎、池田向希の東洋大コンビをはさんで鈴木はセカンドベストで4位でしたね。

──その後、鈴木選手は4月の日本選手権50km/石川・輪島)で優勝してドーハ行きを決めるわけですが、山西選手は鈴木選手が50kmにシフトしてくれて、内心ホッとしましたか。

山西 いやあ、20kmで一緒に出ることになっていたら、僕もより緊張感を持ってレースをしていたと思います。怖いですけど(笑)。「ホッとした」という表現が正しいとは思わないです。

 

第13回五輪イヤーに花開く日本競歩界(3)』に続く…

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