2019.12.19(木)選手

【ダイヤモンドアスリート】第6期(2019-2020)第1回リーダーシッププログラム vol.2




【ダイヤモンドアスリート】第6期(2019-2020)第1回リーダーシッププログラム vol.1』から

◎多様性のベースは信頼関係


為末:ラグビー競技の面白い特性として、いろいろな国籍の選手が日本代表として参加していることがあると思うのですが、彼らにとってのジャパンウエイというのは? 日本で生まれ育って、骨の髄まで浸透しているのと違うこともあると思うんですね。そういう違いを感じたことはあります? あと、彼らがチームのなかで日本人と交わりながら、日本人をどう評価していると思いましたか?

廣瀬:日本人って、すごく几帳面で、みんなでまとまって何かをやるということは得意ですが、一方で、個々の力というところでは少し弱いところがあるので、そういう局面を打破してくれるという意味で海外の人が来てくれたことは、僕らにとってよかったです。それに、例えば「ラグビーを犠牲にしても家族(が大事)」というように日本人だけでは出てこない発想もあったりして、そういうなかで「自分たちのやっていることが必ずしも当たり前じゃないんだ」というところに気づけたことは大きかったかなと思います。彼ら自身は、外国人か日本人かで違うとは考えてはいないように思いますし、彼らが日本のことを大事にする理由としては「日本が好き」ということがすごくあると思いますね。それは家族に対してだとか、普段所属しているチームに対してもそうで、彼らには「みんな本当にいい人で、異国から来た僕たちを温かく迎えてくれる」という思いがある。また、ファンの人たちもすごく彼らを大事にしてくれるので、そういうこともあって「この国のために戦いたい」という思いを強く持って、頑張ってくれている気がしますね。

為末:今、違いについて聞きましたが、逆に、「同じ」ところはあるでしょうか? 陸上は、海外の選手ともトレーニングを一緒にすることはあるのですが、完全に目的を一致にしたチームになることは稀なんですね。駅伝で海外選手がチームに入るとかのパターンはあるけれど、一般種目ではほとんどなくて、同じチームでも一応ライバル関係であったりするので、完全に利害関係が一致したチームになることはないんですけど、ラグビーではプレーをしているなかで、「本当はここ一緒なんだよね」と思うことってありますか?

廣瀬:まず、僕たちは「人」なので、人間関係のところは本当に一緒です。お互いに信頼し合う。しかも、「違いを受け入れる土壌があること」がラグビーの良さでもあるので、自分と違うことに対して拒否反応を示さず、「それ、面白いやん」「それを取り入れたら、どんな化学反応が起きるんかな」と思えるところを持っているので…。

為末:人間関係ということでは、日本人だと、「ちょっと飲みに行こうぜ」みたいな感じがわかりやすいんですが、どんな感じなんですか?

廣瀬:エディーさんもそうでしたけど、すごい声がけしてくれるんですよね。例えば、日本人だったら、朝の挨拶は「おはようございます」だけ。あれって、コミュニケーションになっているかどうかわからないじゃないですか、挨拶自体が。でも、海外の人は「おはよう」から、「元気? 調子はどう?」というように、ちゃんとコミュニケーションしているんですよね。こういうところは、「なるほどな」とすごく思いますね。だから、僕もキャプテンのときは、全員に、ひと声かけようと心がけてやってきました。それは、エディーさんとか海外の人たちと触れ合いから身についたことです。あとは「握手する」というのがあります。フランスのチームでは、毎朝、絶対に握手することから始まっていて、それが互いの状況把握や信頼関係になっているわけです。そういうところは、海外から学んだかなと思いますね。

為末:じゃあ、信頼関係がベースになっているのはだいたい一緒?

廣瀬:一緒だし、そもそも目的が…僕たちは「憧れの存在になる」ということが目的だったんですけど、それに対してみんなが頑張ろうというところがありました。だから、日本人じゃないからどうこうというのはなかったですね。ただ、やり方に関してはね、強化合宿中であっても本当に疲れたら「ちょっと帰ります」という人もいたり…(笑)。それは日本人にはなかなか言えないことですよね。
 

◎大きなプレッシャーのなかで、力を発揮する


為末:今回のワールドカップの結果について、本当に強くなったというふうに中から見えているのか、それとも、偶然の部分もあったよねというふうに思っているのか。日本の今の世界における位置づけというところでは、どう見ていますか? もう1つは、日本チームは、あの熱狂のなか、プレッシャーのなかで、なぜ力を発揮することができたのでしょうか? というのも、陸上界では「自国開催」だとうまくいかないケースがあって…僕も失敗した人間(注:2007年大阪世界選手権で予選敗退)なんですが(笑)、一方で、やっぱりうまくいく選手もいるんですね。ここの境目というのは、今までに僕が見ていた様子からすると、そんなに大きなものではなく、本当に微細なものでしかないと思うんです。うまくいった今回のワールドカップの場合について、中と外の両方を知っている廣瀬さんは、どうみていますか?

廣瀬:位置づけということでは、ベスト8に行ったのですが、今回は、ベストのところまで行けたと思います。ワールドカップは31人登録できるのですが、今回出たのは26人で、5人出ていなんですね。ほかの上位チームは、予選トーナメントから徐々にコンディショニングを上げていくというか、選手を休憩させながら予選トーナメントを使ってベストの状態をつくっていくことができているのですが、日本代表はどちらかというと予選トーナメントの段階からベストメンバーを入れ続けないと勝てないんです。そうすると、もうベスト8の試合では疲れている。最後の力を振り絞った上でのもう1試合だったのがあの試合(準々決勝の南アフリカ戦)だったので、今回に関してはもうあれがベストといえます。そして、それを支えてくれたのが、日本の皆さんの声援だったと思っています。それこそ「君が代」を歌ってくれましたし、みんなが日本代表のジャージを着てくれました。ああいう人たちが僕らの後ろにいるんだということを、選手たちが直に感じとれたから、今回いいパフォーマンスができたというのがあると思いますね。そういった意味では「自国開催をプレッシャーと感じるのか、喜びと感じるのか」。僕の感じでは、プレッシャーになっちゃうとしんどいのかなと思いますが、それを味方にして「やってやろう」くらいの雰囲気になるかというのが大きいですね。

為末:それは、どうやったらいいんですかね?

廣瀬:僕が考えるには、「ここまで来たら、俺らのものや」みたいな感じでいくこと。例えば、オリンピックの舞台に立てたなら、「(舞台に)立った俺らが偉いんだから、あとはもう楽しんでやるしかない」みたいな。そこで結果を出さないと…と思うとしんどいですけど、「ここは俺らの晴れ舞台なんやから、あとはもうやるだけや」みたいな、そういうマインドセットで、「負けようが勝とうがもう関係ない。この舞台に来られたことが最高に幸せ。日本でこんなに人が見てくれるのは幸せや、ここで走ったら気持ちいいやろうな」みたいな。僕はどちらかというとそういう感じで、「ここで負けたら、どうしよう」なんて、あんまり考えないかなあ。

あとは、そこに至るまでの準備が大事だと思います。その過程で「これだけやってきたんだから」と本当に自分たちが思えるなら「あとはやるだけ」となる。2015年もそうだったけれど、2019年も透き通った感じで「その日」を迎えるんですね。なんか、まっさらな気持ちでその日を迎えられたから、正直もう勝ち負けはどうでもよくて、「こんな気持ちに人生なれることがあるねんや」って思うことができた。それが1つあったかなと思います。

為末:すごい感じですね。「透き通った感じ」というのは初めて聞いた表現だけど、でも、なんかよくわかります。じゃあ、「勝ち負けとかじゃなくて、やることをやろう」みたいな?

廣瀬:そうですね。勝ち負けはもう最後はコントロールできなくて、勝つこともあるし負けることもある。それはしょうがないことなので。僕は「自分たちがコントロールできること、コントロールできないこと」とよく話すのですが、最後の最後でコントロールできるのは自分だけ。だから、自分のベストを尽くす、そのことに集中するだけで、それ以外のことは全部あと。結果はわからない。それでいいのかな、と。負けたら負けたでそこから何を学ぶかとか、負けたあとにどんな態度をとるか…勝った人にちゃんとおめでとうと言ってあげられるかが大事で、それでまた、次、頑張ればいいだけの話なのだと思います。スポーツも人生の一部だから、自分自身がどんな生き方をしたいか、どんな人間になりたいと思うかが、よっぽど大事で、スポーツは手段なんです。それを、そうやって1つずつ勉強していくと、すごくいいのかなと思うし、セカンドキャリアにも生きていくのかなと思っています。


 
 

◎今につながっている選手時代の経験とは


為末:今、競技時代のことと引退後のこととをつなげて考えたときに、「こういうことが、今につながっているな」と思うことはありますか?

廣瀬:これ、質問の答えになるかどうかわからないのですが、僕は、キャプテンをずっとやってきたわけですが、キャプテンをやっているときはずっと悩みが多くて、キャプテンが終わった瞬間にちょっと(精神的に)楽になったり、もっとこうしたらよかったなと思ったりすることがたくさんあったんです。キャプテンが終わってから(引退するまで)は、今、悩んでいる(後任の)キャプテンに対してサポートできるようなことをやっていこうとしてきたわけですが、その役割を、引退したあとも担えることができれば、自分自身が競技をやっていたころからずっと悩んでいたことを解決することにつながるという意味で面白いのかなというのが1つありますね。

あとは、子どもたちがいろいろなスポーツを経験できるようにしたいです。今は、陸上だったら陸上、野球だったら野球と、1つのスポーツだけをやっているのかなと思っていて、そうじゃなくて、いろいろなスポーツを小学校、中学校でやっておいて、高校くらいから1つのスポーツをやりましょうというような、そんな形があったらいいのかなと。そうすれば、陸上やって、ラグビーやって、野球やって、バスケやって…と、どれもやったことがあるから、将来全部のスポーツを応援してくれるようになると思うんですね。(スポーツ界の)マーケットを大きくすることを考えていかなければならないなと思っています。

為末:今回のワールドカップを契機に、ラグビーが持つノーサイドの精神とか、試合中でも自分たちのなかで紳士協定みたいなものを前提で行動するという側面を知って、ラグビーという競技のファンになった人も多かったのではないかと思います。一方で、それは完全に勝利だけを目指している人からすると、「でも、それでは勝負への執着が揺らいで、うまく行かないんじゃないか」という指摘もあるような気がするんですね。このラグビー界における「勝利よりも大事にしているもの」と「勝利との関係」については、「勝利を我慢してでも大事なものがあるよね」ということなのか、いやいや「そういうふうに相手を敬って大事にすることが結局、最後、自分を強くする」ものなのか。「勝利より大事なもの」を、ラグビー界が大事にしている理由を伺いたいのですが。

廣瀬:すごくいいポイントかなと思います。「なんかセコいこととか変なことをして勝っても全然嬉しくない」というのが、自分たちの世界観です。ルールのなか(範囲内)で本当にやり合って…もちろんグレーゾーンがあるのでそこは攻め込みますけど…、その前提のもとでやり合おうというのが僕たちが大事にしている価値観。それが相手を尊敬することにもつながりますし、ラグビーというスポーツを大事にしていくことにもつながる。「勝利よりも大事なものがある」というのは全員が持っていると思いますし、それを大事にできない人間は淘汰される、そういうスポーツだと思います。

為末:じゃあ、もうラグビーという価値自体がそこにあるので、仮に1人だけ勝利以外は全部投げ捨ていいという人がいても、それは淘汰されてしまう?

廣瀬:淘汰されていくと思いますし、まず、チームメイトから信頼を得られない、なんかそういうところがどこかで出てくると思いますね。ラグビーはたくさんのポジションがあるので、みんなが互いにいい関係を築いて、自分の役割をしっかり担ってこそ、いいチームとか、いい組織になるので。

為末:僕は、引退して社会で活躍するワン・ツーが、アメフト(アメリカンフットボール)、ラグビーだと思っているんですけど、そういった意味では、組織論みたいなものの全体が、現役中にチームのなかに組み込まれているのがけっこう大きいんでしょうか?

廣瀬:だと思いますね。ラグビーが持っているインティグリティ(品位)とかパッション(情熱)とかリスペクト(尊敬)とか、そういうスポーツの価値というものが、組織に対してあるのかなという気がします。

 

◎パフォーマンスを上げるために大切なものは?


為末:自分が競技をやってきて、結局何が一番、パフォーマンスを上げていくうえで、活躍していくうえで大事でしたか? もちろん、ラグビーという競技の特性は、陸上の特性とは違うと思うので、ラグビーの場合でかまわないのですが、できれば体型とかのように先天的なものじゃなくて、選択可能で、評価可能なものがあればそれを教えてほしいです。「ここがやっぱり勝負では大事なんじゃなかろうか」というものは、いったい何だったと思いますか?

廣瀬:「自分のことを知ること」だと思います。自分の身体のこととか、考え方とか、もしくは自分がどんな人になりたいかとか。その原点があって、例えば、「自分はこんな人間になりたい」というのがあったら、それに対してのアプローチが決まってきますし、「こんな陸上選手になりたい」のだったら、それが自分らしさとどれだけ合っているかによって、練習イメージもいろいろなものが変わってくるので。もちろん他者との相対的なものもあるとは思いますが、まずは自分というものがとても大事なポイントかな、と。

僕はあまり身体的にすごく(能力が高かったわけで)はなかったので、どうしたらいいかといっぱい考えてたどり着いたのが、「潤滑油みたいなプレーをする」ことだったんですね。周りの選手が活躍できるか、痛いところに手が届くようなところを目指して、そうすることで自分の役割ができました。陸上の場合は個人のスポーツでチーム競技とは違うかもしれないけれど、それでも個人のスポーツなりに自分らしさみたいなところを際立てていくこと、また、自分らしさをどう際立てていくかを考えることは、とても大事なんじゃないかと思いますね。



【ダイヤモンドアスリート】第6期(2019-2020)第1回リーダーシッププログラム vol.3』に続く…

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