2019.09.27(金)その他

【記録と数字で楽しむドーハ世界選手権】男子100m/サニブラウン アブデルハキーム、桐生祥秀、小池祐貴

▶ドーハ世界選手権特設サイト


9月27日(金)から10月6日(日)の10日間、カタールの首都ドーハで「第17回世界選手権」が開催される。ここでは、日本人が出場する種目を中心に、「記録と数字で楽しむドーハ世界選手権」を紹介する。

なお、これまでにこの日本陸連HPで各種の競技会の記事で筆者が紹介したことがある同じ内容のデータも含むが、可能な限りで最新のものに修正した。




★男子100m★

自己ベスト9秒台のサニブラウン・アブデル・ハキーム(フロリダ大3年/9秒97=2019年)、桐生祥秀(日本生命/9秒98=2017年)、小池祐貴(住友電工/9秒98=2019年)が参戦する。世界選手権では史上初、五輪を含めると87年ぶりの世界大会での「日本人ファイナリスト」への期待が高まる。


◆世界選手権での日本人最高成績と最高記録◆

最高成績 準決3組5着 多田修平 2017年
最高記録 10.05(-0.6)サニブラウン・アブデル・ハキーム 2017年


◆五輪&世界選手権の決勝進出ラインは?◆

2019年の自己ベスト(1国3名以内。前回優勝者のワイルドカードでアメリカは4名)では、サニブラウン(9秒97)が11位タイ、小池(9秒98)が14位タイ、桐生(10秒01)が17位タイ。何らかのトラブルがない限りは、3人揃っての準決勝進出は問題ないだろう。「3組2着+2」で行われるはずのセミファイナルがポイントとなる。

「表1」は、1968年以降の世界大会(五輪&世界選手権)での「ファイナルスト」への条件を調べたものだ。

1968年以降の五輪と世界選手権の決勝進出者で最も遅いタイム(「2組4着取り」で準決勝を通過した4着の選手で最もタイムが遅かったもの。または、「3組2着+2」の「+2」で最も遅いタイムで通過した選手)と準決勝落選者で最もタイムが良かった選手のデータをまとめたものだ。これによると、これまで準決勝落選者で最もタイムが早かったのは、2013年と2015年の世界選手権での「10秒00」。過去の大会では、準決勝で9秒台で走った選手は「100%決勝に進出」している。今回のドーハではどうなるかはわからないが、これまでのデータからすると準決勝を「9秒台」で走れれば「ファイナリスト」が「極めて有望」ということになる。


【表1/1968年以降の五輪&世界選手権の準決勝通過者最低記録と落選者最高記録】
・1968年のメキシコ五輪は、当時のルールで電動計時の100分の1秒単位を四捨五入して10分の1秒単位にしたものが正式記録とされた。また、当時のルールでは、手動計時との差を考慮して、電動計時を「0秒05遅れ」で作動させていたが、ここでは現行ルールの通りにその「0秒05」を加算したタイムで示した。
・「五輪」は、オリンピック。他は世界選手権を示す。
 年  準決通過最低記録 準決落選最高記録
1968五輪  10.26       10.22
1972五輪  10.48       10.42
1976五輪  10.37       10.33
1980五輪  10.45       10.44
1983    10.39       10.40
1984五輪  10.52       10.34
1987    10.37       10.24
1988五輪  10.24       10.31
1991    10.13       10.17
1992五輪  10.33       10.34
1993    10.15       10.20
1995    10.17       10.20
1996五輪  10.11       10.13
1997    10.22       10.18
1999    10.14       10.13
2000五輪  10.20       10.25
2001    10.29       10.26
2003    10.27       10.22
2004五輪  10.22       10.12
2005    10.13       10.08
2007    10.21       10.19
2008五輪  10.03       10.05
2009    10.04       10.04
2011    10.21       10.14
2012五輪  10.02       10.04
2013    10.00       10.00
2015     9.99       10.00
2016五輪  10.01       10.01
2017    10.10       10.12

ちなみに、これまでの五輪と世界選手権の男子100mで「ファイナリスト」となった日本人は、1932年ロサンゼルス五輪で6位に入賞(1960年ローマ五輪までは6人が決勝進出。1964年東京五輪から8人が決勝進出で6位までが入賞。1983年ヘルシンキ世界選手権から8位までが入賞)した吉岡隆徳(たかよし)さんのみ。「暁の超特急」と謳われた吉岡さんが1935年6月15日に明治神宮競技場(のちの国立競技場)で行われたフィリピンとの対抗戦で走った手動計時の10秒3は、当時の世界タイ記録で、男子100mの「世界記録保持者」となった唯一の日本人でもある。

五輪・世界選手権の世界大会の「男子100mファイナル」のスタートラインに日本人スプリンターが立てば、1932年ロス五輪の吉岡さん以来87年ぶりとなる。是非とも実現してもらいたい。


◆五輪&世界選手権の決勝での着順別最高記録◆

そして、めでたく「ファイナリスト」となって、決勝で史上最高のハイレベルなレースが展開された場合にどれくらいの順位が見込まれるのかというデータを「表2」に示した。

【表2/五輪&世界選手権の決勝での着順別最高記録】
・「◎」は、他のすべてのレースを含めての着順別最高記録を示す。
着順  オリンピック    世界選手権     五輪&世界選手権以外での最高
1着 9.63 1.5 2012年  9.58◎0.9 2009年
2着 9.75 1.5 2012年  9.71◎0.9 2009年
3着 9.79◎1.5 2012年  9.84 0.9 2009年
4着 9.88◎1.5 2012年  9.92 1.2 1991年
5着 9.94 0.6 2004年  9.93◎0.9 2009年
〃  9.94 1.5 2012年
6着 9.96◎0.2 2016年  9.96◎1.2 1991年
7着 10.00◎0.0 2008年  10.00◎0.9 2009年  10.00◎0.9 2010年 リエティ
〃            10.00◎-0.5 2015年
8着 10.03 0.0 2008年  10.00◎-0.5 2015年

以上の通りで、これまでの「史上最高レベル」は、トータルでは五輪が2012年ロンドン大会、世界選手権は2009年ベルリン大会と言えそうだ。しかし、四半世紀以上も前の1991年東京世界選手権も当時としては史上最高レベルで、優勝したカール・ルイス(アメリカ)が9秒86の世界新、以下2~6着と8着が着順別の世界最高で、6人が9秒台で走った史上初のレースだった。

また、過去の決勝での1~8位の記録は、下記の通り。


【表3/決勝での1~8位の記録】
・カッコ内は、のちにドーピング違反で失格となった記録で、後ろに当初の相当順位を記載。
 年  風速  1位  2位  3位  4位  5位  6位  7位  8位
1983年 -0.3 10.07 10.21 10.24 10.27 10.29 10.32 10.33 10.36
1987年 +1.0  9.93 10.08 10.14 10.20 10.25 10.34 16.23 ( 9.83=1)
1991年 +1.2  9.86  9.88  9.91  9.92  9.95  9.96 10.12 10.14
1993年 +0.3  9.87  9.92  9.99 10.02 10.02 10.03 10.04 10.18
1995年 +1.0  9.97 10.03 10.03 10.07 10.10 10.12 10.20 10.20
1997年 +0.2  9.86  9.91  9.94  9.95 10.02 10.10 10.12 10.29
1999年 +0.2  9.80  9.84  9.97 10.00 10.02 10.04 10.07 10.24
2001年 -0.2  9.82  9.94  9.98  9.99 10.07 10.11 10.24 ( 9.85=2)
2003年 ±0.0 10.07 10.08 10.08 10.13 10.21 10.22 (10.08=4)(10.11=5)
2005年 +0.4  9.88 10.05 10.05 10.07 10.09 10.13 10.14 10.20
2007年 -0.5  9.85  9.91  9.96 10.07 10.08 10.14 10.23 10.29
2009年 +0.9  9.58  9.71  9.84  9.93  9.93 10.00 10.00 10.34
2011年 -1.4  9.92 10.08 10.09 10.19 10.26 10.26 10.27 10.95
2013年 -0.3  9.77  9.85  9.95  9.98  9.98 10.04 10.06 10.21
2015年 -0.5  9.79  9.80  9.92  9.92  9.94 10.00 10.00 10.00
2017年 -0.8  9.92  9.94  9.95  9.99 10.01 10.08 10.17 10.27
-----------------------------------
最高記録    9.58  9.71  9.84  9.92  9.93  9.96 10.00 10.00


◆サニブラウン、桐生、小池のピッチとストライド◆

以下は、今回の世界選手権の見どころや展望とは直接の関係はないが、「データの楽しみ方」ということで紹介しておこう。

「表4」は、サニブラウン、桐生、小池の中学or高校以降の年次ベスト時、および年次ベストのレースではない世界大会や日本選手権(および一部のレース)でのピッチ・ストライドを計測したデータだ。計測は、インターネットの動画サイトにアップされているものから100mに要した歩数をカウントできるものをスロー再生で数え、それから「平均ピッチ」「平均ストライド」「ストライドの身長比」を算出した。なお、最後の一歩はスロー動画をコマ送りや静止画面にして定規を当てて計測したが、0.1~0.2歩程度の誤差があるかもしれないことをお断りしておく。

日本陸連科学委員会・バイオメカニクス測定チームが公表しているデータでは、例えば桐生の9秒98の時の100mに要した歩数は「47.3歩」となっているが、動画からすると「47.1歩前後」である。科学委員会の歩数の勘定の仕方は、フィニッシュライン手前に最後の一歩が接地した瞬間のタイムとラインを超えて次の一歩が接地した瞬間のタイムを求め、それらと正式タイムとの比率を求めて算出している。例えばフィニッシュライン手前の最後の一歩が47歩目でそれが接地した瞬間が9秒94で、ラインを超えた次の48歩目が接地した瞬間のタイムが10秒15で、正式記録が10秒00であった場合、「0秒06:0秒15」でその比率は「28.6%:71.4%」となり、「47.3歩」とカウントするというものだ。このため、「見た目の歩数」とは異なる場合がある。しかし、動画が残っている他のレースの歩数を科学委員会と同じ方法で算出することはできないため、ここでは上述の「見た目の歩数」を採用した。


【表4/サニブラウン・桐生・小池の平均ピッチと平均ストライド、ストライドの身長比】
・記録の前の「◎」は、その時点での自己新記録。
「△」は自己タイ。
「W」は追風参考。
「S」はシーズンベスト。
3月末の記録は、4月からの新学年のものとして扱った。

・サニブラウン・アブデル・ハキーム/190cm・85kg
(2014年以前の身長・体重は不明だが、15年の187cmで身長比を計算。よって、実際にはもっと大きな身長比だった可能性がある。
 15年は、187cm・70kg。17年は、188cm・78kg。フロリダ大学進学は2017年9月からだが、日本と同様に4月から大学1年生として扱った)
<中学3年/187cm?・70kg?>
2013.07.07 東中/決 1) 10.90(+2.0) 44.1歩 4.046歩/秒 226.8cm 121.3%
2013.08.22 全中/決 1) 10.97(-1.0) 44.0歩 4.097歩/秒 227.3cm 121.5%
<高校1年/187cm?・70kg?>
2014.10.19 国体/決 1)◎10.45( 0.0) 44.6歩 4.268歩/秒 224.2cm 119.9%
<高校2年/187cm・70kg>
2015.05.10 東高/決 1)◎10.30(+0.3) 43.5歩 4.223歩/秒 229.9cm 122.9%
2015.07.15 世ユ/決 1)◎10.28(-0.4) 43.6歩 4.241歩/秒 229.4cm 122.7%
<高校3年/187cm・70kg>
2016.05.14 上海/rA 2)◎10.22(+1.0) ??.?
<大学1年/188cm・78kg>
2017.06.23 日選/予 1)◎10.06(+0.4) 44.3歩 4.408歩/秒 225.7㎝ 120.1%
2017.06.23 日選/準 1)△10.06(+0.5) 44.3歩 4.408歩/秒 225.7㎝ 120.1%
2017.06.24 日選/決 1)◎10.05(+0.6) 44.6歩 4.438歩/秒 224.2㎝ 119.3%
2017.08.04 世選/予 1)△10.05(-0.6) 44.4歩 4.418歩/秒 225.2㎝ 119.8%
<大学2年/188cm・83kg>
2018.03.30 ゲインズビル 1)S10.46(+1.4) ??.?
2018.04.13 ゲインズビル 1)W10.20(+3.2) ??.?
<大学3年/190cm・85kg>
2019.05.12 SEC /決 1)◎ 9.99(+1.8) 43.6歩 4.364歩/秒 229.4cm 120.7%
2019.06.05 NCAA/準 2)W 9.96(+2.4) 43.5歩 4.367歩/秒 229.9cm 121.0%
2019.06.07 NCAA/決 3)◎ 9.97(+0.8) 43.7歩 4.383歩/秒 228.8cm 120.4%
2019.06.28 日選/決 1) 10.02(-0.3) 43.9歩 4.381歩/秒 227.8cm 119.9%

・桐生祥秀/176cm・70kg
<高校1年/175cm?・67kg?>
2011.10.08 国体/準 1)◎10.61(-0.5) 48.6歩 4.581歩/秒 205.8cm 117.6%
2011.10.08 国体/決 1)◎10.58(-0.2) 48.3歩 4.565歩/秒 207.0cm 118.3%
<高校2年/175cm・67kg>
2012.08.25 京都高Y 1) 10.31(+0.8) 48.9歩 4.743歩/秒 204.5cm 116.9%
2012.10.05 国  体 1)◎10.21(+0.1) 48.0歩 4.701歩/秒 208.3cm 119.0%
2012.11.03 エコパ  1)◎10.19(+0.5) 49.0歩 4.809歩/秒 204.1cm 116.6%
<高校3年/175cm・67kg>
2013.04.29 織田/予 1)◎10.01(+0.9) 47.2歩 4.715歩/秒 211.9cm 121.1%
2013.04.29 織田/決 1)W10.03(+2.7) 47.1歩 4.696歩/秒 212.3cm 121.3%
2013.06.08 日選/決 2) 10.25(+0.7) 47.6歩 4.644歩/秒 210.1cm 120.1%
2013.08.10 世選/予 4) 10.31(-0.4) 48.1歩 4.665歩/秒 207.9cm 118.8%
<大学1年/175cm・69kg>
2014.04.29 織田/予 1) 10.10(+2.0) 49.2歩 4.871歩/秒 203.3cm 116.2%
2014.05.17 関学/決 1)S10.05(+1.6) 47.9歩 4.766歩/秒 208.8cm 119.3%
2014.06.08 日選/決 1) 10.22(+0.6) 48.7歩 4.765歩/秒 205.3cm 117.3%
2014.07.22 世J/予 1) 10.40(-0.5) 48.3歩 4.644歩/秒 207.0cm 118.3%
2014.07.23 世J/準 4) 10.38( 0.0) 48.8歩 4.701歩/秒 204.9cm 117.1%
2014.07.23 世J/決 3) 10.34(-0.6) 49.0歩 4.739歩/秒 204.1cm 116.6%
<大学2年/175㎝・69kg>
2015.03.28 テキサス 1)W 9.87(+3.3) 46.8歩 4.742歩/秒 213.7cm 122.1%
2015.10.18 布勢/決 1)S10.09(+0.3) 47.8歩 4.737歩/秒 209.2㎝ 119.3%
<大学3年/175㎝・69kg>
2016.06.11 学個/準 1)△10.01(+1.8) 47.2歩 4.715歩/秒 211.9㎝ 121.1%
2016.06.25 日選/決 3) 10.31(-0.3) 48.1歩 4.665歩/秒 207.9㎝ 118.8%
2016.08.13 五輪/予 4) 10.23(-0.4) 48.2歩 4.712歩/秒 207.0㎝ 118.3%
<大学4年/176㎝・70kg>
2017.06.24 日選/決 4) 10.26(+0.6) 48.0歩 4.678歩/秒 208.3㎝ 118.4%
2017.09.09 日学/決 1)◎ 9.98(+1.8) 47.1歩 4.719歩/秒 212.3cm 120.6%
<社会人1年/176cm・70kg>
2018.06.23 日選/決 3) 10.16(+0.6) 47.7歩 4.695歩/秒 209.6cm 119.1%
2018.07.18 ベッリンツォーナ )S10.10(+0.4) ??.?
<社会人2年/176cm・70kg>
2019.05.19 GGP /決 2)S10.01(+1.7) 47.8歩 4.775歩/秒 209.2cm 118.9%
2019.06.27 日選/準 2) 10.22(+0.2) 47.9歩 4.687歩/秒 208.8cm 118.6%
2019.06.28 日選/決 2) 10.16(-0.3) 48.3歩 4.754歩/秒 207.0cm 117.6%

・小池祐貴/173cm・75kg
(2013年以前の身長・体重は不明だが、14年の173cmで身長比を計算)
<高校1年/173cm?・75kg?>
2011.10.08 国体/決 2)◎10.63(-0.2) 51.6歩 4.854歩/秒 193.8cm 112.0%
<高校2年/173cm?・75kg?>
2012.10.05 国体/決 4)◎10.60(+0.1) 51.3歩 4.840歩/秒 194.9cm 112.7%
<高校3年/173cm?・75kg?>
2013.07.31 全高/決 2)◎10.38(+0.1) 50.1歩 4.827歩/秒 199.6cm 115.4%
<大学1年/173cm・75kg?>
2014.10.19 国体/準 3)◎10.32(+0.7) 50.8歩 4.922歩/秒 196.9cm 113.8%
<大学2年/173cm・75kg?>
2015.04.04 六大/決 1)S10.34(+2.0) 49.4歩 4.778歩/秒 202.4cm 117.0%
<大学3年/173cm・75kg?>
2016.05.20 関学/準 3)S10.42(-0.2) 49.8歩 4.779歩/秒 200.8cm 116.1%
<大学4年/173cm・75kg?>
2017.09.17 早慶/決 1)S10.49(+0.6) ??.?
2017.09.08 日学/予 1)W10.28(+3.5) 48.7歩 4.737歩/秒 209.6cm 121.1%
<社会人1年/173cm・75kg>
2018.06.23 日選/決 4)◎10.17(+0.6) 50.8歩 4.995歩/秒 196.9cm 113.8%
<社会人2年/173cm・75kg>
2019.05.19 GGP /決 4)◎10.04(+1.7) 49.8歩 4.960歩/秒 200.8cm 116.1%
2019.06.27 日選/準 1) 10.09(+0.2) 49.9歩 4.945歩/秒 200.4cm 115.8%
2019.06.28 日選/決 3) 10.19(-0.3) 50.9歩 4.995歩/秒 196.5cm 113.6%
2019.07.20 DL/予 4) 10.09(-0.3) 51.0歩 5.055歩/秒 196.1cm 113.3%
2019.07.20 DL/決 4)◎ 9.98(+0.5) 51.0歩 5.110歩/秒 196.1cm 113.3%

3人の100m自己ベストの差は0秒01しかないが、3人のピッチとストライドには違いがある。
身長190cmのサニブラウンに対し桐生は176cm、小池は173cm。身長差は14cmと17cm。この差が約17cmと32cmあまりのストライドの差にもなっている。そのぶん桐生は毎秒4.7歩台、小池は毎秒5.1歩台のピッチで、4.3歩台のサニブラウンとのストライドの差をカバーしているといえる。とはいえ、「ストライドの身長比」でみると、9秒台の時のデータでは桐生(120.6%)もサニブラウン(120.4%)もほとんど差がない。10秒0台の時には、桐生の方が大きな身長比(121.1%。サニブラウン(119.3~120.1%)であった。一方、小池の身長比は113.3%で両者とは7%の差がある。

個別の年次変化でみると、

サニブラウンは、中学生の時から100mを44.0~44.1歩で駆け抜け平均227cmの大きなストライドを繰り出していた。が、ピッチは4.0歩台とかなり遅めだった。中学時代のベストは、10秒83(動画を見つけられなかった卒業間際の2014年3月24日の国士舘大学競技会)。
高校1年生(2014年)のベスト(10秒45)の時の総歩数は44.6歩でストライドが約3cm短くなったが、ピッチは4.268歩と1秒あたり約0.2歩回転を早め0秒4以上の記録のアップにつなげた。
高校2年生(2015年)では、現在とほとんど変わらない総歩数43.5歩前後。高校1年の時よりもピッチが僅かに遅くなったが、10秒2台(10秒28)に突入(高校3年時の10秒22の時のデータは不明)。
留学前の2017年は、総歩数44.5歩前後と高校1年生の頃と同じになったが、ピッチが4.4歩台と早くなって、記録は10秒05に大幅アップ。
2018年は、環境の変化もあってか、公認ベスト10秒46、追風参考でも10秒20と中学校以来初めて記録を伸ばせず(この年のピッチとストライドは不明)。
留学3年目となった2019年は、再び総歩数が43歩台後半(43.5~43.9歩)となって平均ストライドが228~230cm前後、平均ピッチが4.3歩台後半となって、「9秒台突入」を果たした。身長は2016年の187cmから3cmの伸びだったが、体重は70kg・78kg・83kg・85kgと大きく増加。それだけトータルでの筋力がアップしたということであろう。

桐生は、高校1年生(2011年)から2年生(2012年)にかけての0秒39の記録の伸び(10秒58→10秒19)は、ピッチが早くなったことが大きい。100mに要した総歩数は48~49歩台でストライドに大きな変化はなかったが、ピッチが4.5歩台後半だったのが4.7歩前後にアップしている。
高校2年生(2012年)から3年生(2013年)にかけての0秒18の短縮(10秒19→10秒01)は、ストライドの伸びによるところが大きい。年間を通してみるとピッチが4.6歩台後半あたりで前年よりも0.05歩前後遅くなっているが、平均ストライドが5cm前後伸び、身長比で3~4%大きくなって120%前後だ。
大学1年生(2014年)のシーズンは、100mに要した歩数が高校の頃よりも1~2歩くらい多くなって、シーズンを通して48~49歩前後(47.9~49.8歩)。一方、ピッチは4.8歩前後と高校3年の頃よりも0.1歩以上も早くなっていて、4.85歩を超えたこともあった。ただ、そのぶんストライドが短くなって高校1~2年生の頃とほぼ同じくらいだった。
大学1年生の秋に左ハムストリングスの肉離れでアジア競技大会を辞退することになってしまった。が、2年生になる寸前の2015年3月の初戦で、3.3mの追風参考ながら「9秒87」で走ってみせた。この時は100mを「46.8歩」と、それまでで最も少ない歩数で走り、平均ストライドは「213.7cm」に達した。「3.3mの追風」がストライドの伸びに影響を及ぼしていることは間違いなさそうだ。2013年に10秒01(追風0.9m)で走った時(211.9㎝)よりも2cm近く、2014年のシーズン(200.8~208.8㎝)よりも10cm前後(4.9~12.9cm)伸ばしている。「毎秒4.742歩」のピッチは2014年の4.8歩前後よりも0.05歩ほど遅いが、高校3年生時の4.6歩台後半と比較すると、1秒間に0.1歩近く脚を早く回転させたことになる。
大学2年生となった2015年は、5月の肉離れで9月が復帰第一戦。このシーズンは総歩数がほぼ47歩台で、高校3年生の頃とほぼ同じくらいの水準に戻った。シーズンベストは10秒09と高校3年時(10秒01)、大学1年時(10秒05)よりも後退したが、翌年のリオ五輪参加標準記録(10秒16)を最後のレースでクリアした。
大学3年時(2016年)も前年とほぼ同じくらいの総歩数だった。なお、最後の20~30mを流すことが多い予選や準決勝では、ストライドが長めになって総歩数が予選では45歩台や46歩台という数字も見受けられるが、「全力」を尽くす決勝や世界大会では、47歩台か48歩前後がほとんどだった。6月の日本学生個人選手権の準決勝で10秒01(+1.8)の自己タイをマーク。この時は、総歩数「47.2歩」、ピッチ「4.715歩」で、3年前(2013年)に10秒01で走った時と同じだった。
大学最終学年の2017年は、9秒98を筆頭に10秒0台~1台をコンスタントにマークした。4月から7月までの主な10レースの総歩数は、すべて「47.7~48.0歩」の範囲内に収まる。また、1秒間のピッチも「4.6歩台後半から4.7歩台」というもので占められた。
社会人1~2年の2018~19年は、総歩数が47歩台後半あたり、ピッチが4.7歩台半ば前後というレースがほとんどで、19年シーズンは、公認条件下で10秒0台を7回も出している。

小池は、上述の通り何といっても「高速ピッチ」が最大の特徴。
高校1~2年(2011~12年)の総歩数は51歩台、ピッチ4.8歩台で10秒6台が自己ベストだった。
高校3年(2013年)では、総歩数50.1歩と平均ストライドを5cmあまり伸ばして、ピッチも4.8歩台を維持し10秒3台(10秒38)に突入した。
大学1年生(2014年)では、総歩数50.8歩で平均ストライドは3cm弱短くなったが、ピッチが4.9歩台となってベストを10秒32に短縮した。
大学2年生から4年生(2015~17年)の3年間は、総歩数49歩台から48歩台へとストライドをどんどん伸ばした。が、持ち前の高速ピッチが4.7歩台に低下。自己ベストを3年間更新できずシーズンベストも3年連続で低下してしまった。
大学3年生の途中から、臼井淳一コーチの指導を仰ぐようになったが、社会人1年目(2018年)に総歩数50.8歩、平均ストライドを196.9cmに縮めピッチを4.995歩に大幅アップ。記録も10秒17と4年前のベストを一気に0秒15更新した。
社会人2年目の2019年7月には、総歩数51.0歩、平均ストライド196.1cm、毎秒5.110歩という超高速ピッチで「9秒98」に結びつけた。
高校1年生の時からの動画を見る中で発見したのだが、興味深いのはスタートでの左右の足の置き方だ。高校時代からスタートで右足を前に置くのが通常だったが、2019年6月末の日本選手権では左足を前にしていた。7月20日の9秒98の時は、従来通りの右足前に戻していた。陸上を始めて間もない中学生ならば、左右どちらを前に置くかを試してみることもあろうが、9秒台を目指すようなレベルの選手で、しかもシーズン途中にこのような変更をするのは極めて珍しい。しかもその成績で世界選手権の代表がかかる日本選手権でそれを試すというのは、大きな決断だったことだろう。1000分の1秒を短縮するために、小池と臼井コーチが色々と話し合ってのことだったのだろう。ドーハの本番では、左右のどちらの足を前にしてスタートするのか? この点にも注目だ。

上記のように、3人の年次別のピッチとストライドの変化を追っていくと、年ごとに変動があって面白い。これらのデータの変動をもとに、その頃どのような走りを目指していたのか、あるいはどんなトレーニングに励んでいたのかなどを突っ込んで取材すれば、色々と興味深い話を聞くことができるかもしれない。それらの深掘りは、陸上専門誌などの各種のメディアにお任せしたい。

現時点で、それぞれのベストパフォーマンスを発揮するための総歩数(平均ストライド)と平均ピッチは、その時の風力にもよるだろうけれども、
サニブラウンが、総歩数43歩台半ばあたり(229~230cm前後)、毎秒4.3歩台後半あたり。
桐生が、47歩台前半あたり(211~212cm前後)、毎秒4.7歩台半ばあたり。
小池が、51歩あたり(196~197cm前後)、毎秒5.1歩前後。
ということになりそうだ。

なお、サニブラウンが9秒96(追風参考)や9秒97の日本新をマークした直後に、各種のメディア(主にテレビの報道番組)で、そのストライドの大きさ着目してその「すごさ」を伝えるものが多かった。具体的には、スタジオや路上に「230cm幅のライン」を引いて、番組ゲストや道行く人たちにその歩幅を体感してもらうという内容だった。

しかし、「約230cm」はあくまでも100mに要した歩数から算出した「平均ストライド」であって、実際のレースでは、30m地点あたりの歩幅だ。トップスピードに乗った50~60m地点や、それ以降では平均値よりも20~30cmあまりも広いストライドで走っている。実際に、レース中の最大ストライドを計測するためには、バイオメカニクス研究チームがハイスピードカメラを駆使した分析をしなければ困難ではあるが、その「すごさ」をより世間の人々に伝えるには、「最大ストライド」の方がいいだろう。

ちなみに、ウサイン・ボルト(ジャマイカ/196cm・86kg)が9秒58の世界記録(2009年/ベルリン世界選手権)で走った時、100mに要した歩数は、「40.92歩」で、平均ストライドが「244.4cm」、平均ピッチが「4.271歩」、ストライドの身長比が「124.7%」。最高速度が出た時の平均ストライドは「275cm」。また最後の20mの平均ストライドは「285cm」で、最後の1歩は「302cm」だった。

実際のレースにおいてリアルタイムで総歩数を数えるのは困難であろうが、競技場でのスクリーンやTV中継でスロー再生されるであろう画面から、カウントして上記のデータと比較してみるのも「楽しみ方」のひとつになるだろう。


◆サニブラウン、桐生、小池のトップスピード出現区間は?◆

「表5」は、日本陸連科学委員会が測定したデータである。


【表5/サニブラウン・桐生・小池の最高速度とその出現区間、総歩数】
・日本陸連科学委員会のデータ。

<サニブラウン>                     最高速度時の
年月日  競技会名   記録  風速 最高速度 出現区間 ピッチ  ストライド 総歩数
17.06.24 日本選手権 決 10.05 +0.6 11.52m/s 50~60m 4.68歩/s 246cm 44.7歩
19.06.27 日本選手権 準 10.05 +0.1 11.54m/s 50~60m 4.56歩/s 253cm 43.4歩
19.06.28 日本選手権 決 10.02 -0.3 11.57m/s 50~60m 4.62歩/s 251cm 44.1歩

<桐生>                         最高速度時の
年月日  競技会名   記録  風速 最高速度 出現区間 ピッチ  ストライド 総歩数
13.04.29 織田記念  決 10.03 +2.7 11.65m/s 40~50m 4.97歩/s 234cm 47.4歩
16.08.13 リオ五輪  予 10.23 -0.4 11.20m/s 50~60m 4.97歩/s 225cm 48.2歩
17.04.29 織田記念  決 10.04 -0.3 11.42m/s 50~60m 4.98歩/s 229cm 48.0歩
17.06.23 日本選手権 準 10.14 -0.2 11.38m/s 50~60m          48.0歩
17.09.09 日本学生  決 9.98 +1.8 11.67m/s 60~70m 4.97歩/s 234cm 47.1歩
19.06.27 日本選手権 準 10.22 +0.2 11.34m/s 50~60m 4.94歩/s 229cm 48.0歩
19.06.28 日本選手権 決 10.16 -0.3 11.38m/s 50~60m 4.97歩/s 229cm 48.4歩

<小池>                          最高速度時の
年月日  競技会名   記録  風速 最高速度 出現区間 ピッチ  ストライド 総歩数
19.06.27 日本選手権 準 10.09 +0.2 11.52m/s 50~60m 5.27歩/s 218cm 50.1歩
19.06.28 日本選手権 決 10.19 -0.3 11.36m/s 50~60m 5.22歩/s 217cm 50.9歩

サニブラウンと小池の「9秒台」の時のデータは残念ながら見つけられないが、桐生の9秒98の時の最高速度は「11.67m/s」で時速に直すと「42.0㎞」。その出現地点は「65m付近」だった。日本陸連科学委員会が1991年から2016年までに蓄積してきた国内外の200人を超える選手(延べ919回。9秒58~11秒58で追風参考記録も含み、その平均と標準偏差は10秒44±0秒22)の最高速度(X。m/s)と記録(Y。秒)の関係を示す一次回帰式は、

Y=-0.7270X+18.47
 r=-0.966
 P<0.001

である。

その相関係数(r)は、「-0.966」で統計学的にみて非常に高い負の相関が認められる(0.1%水準で有意)。この「X」に9秒98の時の最高速度「11.67m/s」を代入すると、その推定記録は「9秒99(9秒986)」となる。実際の記録とは、100分の1秒の差だ。

また、上記の延べ919回のデータのうち、公認条件下での自己ベストに限るとその対象は207人で、回帰方程式は、

Y=-0.7378X+18.60
 r=-0.974
 P<0.001

この式に「11.67m/s」を当てはめると、やはり「9秒99(9秒990)」という数字が出てくる。

また、桐生の最高速度の出現地点はほとんどが「50~60m区間」、あるいは2013年の織田記念(決勝/10.03 +2.7)では「40~50m区間」だったが、9秒98の時は「60~70m区間」で後方にシフトした。世界記録保持者のウサイン・ボルト(ジャマイカ)をはじめとする、9秒台の選手では、60~70mの区間でトップスピードに達することが多い。筆者が各種の資料から調べた9秒台の選手の計22件のデータによると、最高速度の出現地点は、「40~50m区間」が1件(4.5%)、「50~60m区間」が7件(31.8%)、「60~70m区間」とそれよりもあとを合わせると14件(63.6%)だった。一方、10秒台の日本人選手では、8割以上が「50~60m区間」かそれよりも前の地点で最高速度に達している。トップスピードに達する地点が後ろになれば、フィニッシュまでの減速区間が短くなり、それだけ最終的なタイムのアップにもつながるものと考えられる。その点からしても、9秒98の時の桐生のスピード曲線は「9秒台の選手」のレース展開であったといえよう。

ちなみに、ボルトが9秒58の世界記録で走った時(2009年ベルリン世界選手権)のトップスピードは、国際陸連の資料によると70~80mを0秒80で走っていて秒速は「12.50m」、時速「45.0㎞」である(他の資料には、「秒速12.35m」「時速44.5㎞」というものもある)。

参考までにボルトの9秒58の時の最高秒速「12.50m」あるいは「12.35m」を上述の日本陸連科学委員会の回帰式に当てはめると、「9秒39」と「9秒50」というタイムになる。



野口純正(国際陸上競技統計者協会[ATFS]会員)
写真提供:フォート・キシモト

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