『第5回 新プロジェクトで挑む女子リレー(1)』から
――1月13日と26日のセレクションを経て、日本代表候補メンバーが決まりました。今回の選考についての感想をお聞かせください。
瀧谷 競技会ではなかなか細かいところまで見られないという部分があります。能力はあるのに、競り合いで力を出せない、など。そこには年齢差もあるでしょう。その中で、リレーの特性の1つとして「1人で走る力」にすごく興味がありました。4継は1人ずつ走ってもらいましたが、そうすることで、それぞれの良さをしっかりと見ることができました。また、これだけのメンバーが一堂に会して、緊張感もあって、意識もあってのセレクションができたということも良かったし、その中で、いい素材を見つけられたというところもあります。予想以上の成果だったと感じています。
――4継のトライアルは2本。1本目がテイクオーバーゾーン入口から出口までの30m走(ゾーン入口からスタンディングスタートで実施)、2本目が申請した得意区間(第1走~第4走区間)における120m走(第1走はスターティングブロック使用、第2~4走はそれぞれゾーンの入口からスタンディングスタートで実施)でした。これを数人の競走ではなく、1人ずつ行ったことの意味は?
瀧谷 4継には、1人で走る難しさというものがあります。逆に、バトンを持ったら力を発揮できるというおもしろさもある。なかなか難しい種目だと思います。当然、絶対的な走力がないとリレーは成り立たないですが、その中に隠れたおもしろさがあります。マイルにしても、吉田コーチからおもしろい提案がありました。800mのスタート位置からスタート(スターティングブロックを使用)して、バックストレートからオープンになる350mで実施。あれで動きの良さが出た選手もいたし、逆に撃沈していった選手もいました。
――どういう意図だったのですか?
吉田 昨シーズンの成績を見ればフラットの400mの走力は十二分にわかりますが、マイルでは前半の入り方など、絶妙なテクニックが必要になってきます。ただ、その入りの部分は天性のものもあるのかな、と。また、距離が300mではごまかしがきくので、やはり350mまで回ってこないと本当の走力はわかりません。本当なら400mでやるべきなのかもしれないですけど、求めている人材が「52秒台の選手」となるので、そういったスピードの展開的に、350mが適しているのかなと考えました。
瀧谷 今回のセレクションの内容は、どちらもすごくマッチしたと思います。その中から、競技会では今まで案外目立っていなかったのに、目を引く選手を発掘できた。そういう、魅力あるセレクションだったと思います。
――2018年の成績と、セレクションの結果で選考するということでしたが、そういった〝発掘〟された選手というのは?
山崎 具体的な名前は挙げませんが、新しく招集された人がほとんどだった、ということです。それが今回のセレクションのメリットだったと思います。競技会の記録だけを見たらそうならないでしょう。分析をしたら、見た目と、成績でずれがありました。来てもらったコーチたちも、「走れていた」と思えても記録は悪かったり。練習に近いトライアルの中で、タイムをきちんと分析して出た結果ということです。フィニッシュタイムだけではなく、通過タイムなども含めて細かく分析しています。
――選考の結果はそれぞれに通達されているかと思いますが、問い合わせや異論はありましたか?
山崎 ありましたね。主観的に「今のは速かったね」という選手もいましたが、タイムは良くなかったということもあります。でも、今回は特に時間もないですし、3月には実戦的なトライアルをして、そこであわよくば記録を出さないといけないし、そのレベルのバトンパスの精度も出さないといけません。その中で、「冬季練習をやっていて全然遅いです」と言われても、やっぱりそれはそうじゃないというのが僕らの判断。もちろん、みんなタイム的には遅いですが、その中でもきちんと走れていたのかどうか。それはタイムにちゃんと出ています。
瀧谷 ただ、残念だったのは、例えばこちらが期待をしていた選手が故障をしていたり、すごいと感じていた高校生がインターハイ路線を選択して応募をしなかったこと。
山崎 今までは「選ばれました、来てください」となっても、「いや、私のスケジュールがあるので行きません」となることがありました。そうすると何も強化できません。公募にして良かったと思うのは、日本代表の活動を優先することが前提なので、その不安はほぼ解消されたということ。パーソナルコーチも含めて、みんなでやりましょう、という意思表示が明確になりました。あとは、連絡を密にとりながら、計画を進めていくという段階になります。そのあたりは、実際にやってみてマイナーチェンジしていくこともあるでしょう。
吉田 (セレクションを)やってみて良かったと思った理由としては、これだけの人が真剣に女子短距離のことを考えて取り組んでいたのか、という事実に触れられたから。セレクションは選ばれるために一生懸命やることなので、当然、全員が真剣に取り組んでいます。その真剣な雰囲気は、私たちでも今まで感じたことのない空気だったと思っているので、あの場面に関わった選手も良かったと思いますし、選ばれた選手もあの時の情景は今でも焼きついていると思うので、そのことも含めてモチベーションの向上につながるのではないかと思います。時期的なものなどいろいろな問題はありましたが、ただ、あの場にいて「実際にやってよかった」と感じました。
信岡 1月ということで、特に4継は(ケガの)心配もありましたし、どれくらい応募してくるかなと思っていました。でも、すごく人数が多くて、それこそ選考基準に満たない人でも「入りたいんだ」と応募してきたということがすごく良かったです。まずは意識が大切。そういう点で、まだ女子短距離の未来も明るいのではないのかなと思いました。その中で、今回のセレクションで(代表候補が)決まる。失敗したら当然、ワイルドカードしかないというところでは、ここにビシッと合わせてくるという緊張感だったり、意識がしっかり出たのかなと感じました。時間があればいいというものでもない。ここを目指してきた選手がこれだけたくさんいた、という点で本当にやってよかったんじゃないかなと感じました。
――強化合宿がスタートしました。感触はいかがでしたか?
信岡 4継に関しては、今回の第1回目は、バトンパスのコンセプトを理解してほしいという狙いで、まずミーティングでいろいろと資料を配って、目標を示しました。一番最初のバトンジョグやバトン流しでも、そのコンセプトを意識してやってもらいましたが、おそらく彼女たちは今までで一番緊張しながらバトンジョグやバトン流しをやったのではないでしょうか。今後はそのコンセプトの理解を深めていきます。また、今回のセレクションでは得意分野の走順で実施しましたが、ケガ人が出るかもしれませんし、当然1走が4人いてもいいチームにはなりません。オーダーの幅を持たせるために、(直線とカーブの)両方をやってほしいと伝えました。セレクションに引き続き、さらにどんな可能性があるかを見るような合宿になっています。
――「コンセプト」を具体的に教えてください。
信岡 受け手の加速、バトンパスの時間と地点の3つを挙げています。まず、女子はオーバーハンドでやっていくのですが、そのバトンパスのタイムを上げないといけません。男子とは違って女子の場合、バトンパスのタイムと「受け手の加速」との相関関係が強いというデータが出ているので、そこを各自でしっかりやろう、と。その目標値も出しています。個人の100mでは10m~ 30mの通過でしっかりと出ているタイムが、バトンパスのところで出ていないだけで、決して無理な数値ではありません。能力としてはあるはずなので、その課題をしっかり埋めていこうと話しています。
2つ目は、「0.4秒以内にバトンパスを終了する」ということです。男子よりも当然速度が低いなかでは利得距離を稼いでいかないといけません。その中で、手を上げる(オーバーハンド)・上げない(アンダーハンド)、それぞれの状態で加速した時の差を見ていても、0.4秒以内なら有意差がないというデータがあります。つまり、バトンパスを0.4秒以内に終わらせることができれば、手を上げることが加速に与える影響は、少ないということです。
3つ目は、1つ目につながるのですが、加速の立ち上がりが高ければ、数値上、バトンパスをする地点は30mあるテイクオーバーゾーンの18m~ 20m付近が理想的ではないか、ということ。だから、後半地点で「なんとなくきれいに渡ったな」「良さそうだな」と思っても、タイムが出ないというバトンパスにならないようにしたい。速度データをしっかりと検証して、それを選手たちにフィードバックしながらやっていこうと思っています。
――男子短距離もやっていましたね。
山崎 陸連科学委員会には、セレクションでは男子でもやっていないぐらいの総出でお願いしました。そういう協力体制を組んでいます。
――マイルはいかがですか?
吉田 マイルはバトンパスよりも、そもそもの「走力向上」にターゲットを絞っていかないといけないので、大きく2つです。1つは、走力をきちんと上げていくこと。もう1つはピーキングです。
それぞれが、このプロジェクトのお陰で目指す視点が変わりました。今までは53秒台、おそらく53秒台前半が目標になっていましたが、52秒台、51秒台を目指していかないといけません。では、どうやって個々のパフォーマンスを上げていくのかについて、今回は有酸素性能力と無酸素性能力、あと筋の形態的、機能的特性を測定して、この選手の魅力は何か、強みは何か、弱みは何か、課題は何かを数値としてしっかり出して、トレーニングの課題を提示するところからやっていきます。それから、低酸素トレーニングを取り入れていきます。低酸素環境の中でトレーニングを行うと無酸素性能力の向上に効果があるという研究が進んでいるので、その知見を活用させていただこうと考えています。世界リレーから逆算すると、強化できる期間はあと8週間くらいしかありません。1月と2月の合宿で方向性をある程度決めていかないといけないので、2月の中旬にしっかりと低酸素トレーニングを入れることによって、パフォーマンスがどう変わっていくのかをチェックします。走力そのものというか、選手のポテンシャル自体も改善していくことを狙いたいです。
それから、科学委員会にご協力いただいているので、レース分析をしっかり行いたいですね。選手それぞれでどういうレース構成が最適なのか、体力特性と合わせないとわからないところがあります。だから、分析できれば「無酸素パワーがしっかりあるから、もうちょっと突っ込んでも大丈夫だよ」とか、いろいろな話ができるのかな、と。
選手たちは「速くはなりたい、でもどうやったら速くなるのかがわからない」というのが大半の感覚なので、こういうかたちでヒントを提示します。あとは持ち帰っていただいて、各チームで課題として取り組んでいただきます。3月に入る前にもう一度測定を行って、本当に変わったのか、それとも変わらなかったのかを検証し、評価させていただきます。そういったかたちで体力的な要素をしっかり上げていくというところから入っていこうかなと思っています。
山崎 すばらしい。
信岡 みんな知りたいことですよね。
吉田 こういうことって、このプロジェクトじゃないと絶対できないことで、私も現役時代に知りたかったです。こうやって自分のことを客観視するチャンスをもらえて、課題が出る。そうしたら、あとはそれをただ超えていけばいいだけなので、それはすごくいいなと思っています。
――課題克服のための、具体的な練習メニューまで提示するのですか?
吉田 それぞれ、トレーニングのアプローチの仕方がまったく違うので、そのなかで「絶対にこの練習がいい」という言い方は違うのかなと、私の中では感じています。ただ、体力特性とか、いろいろなデータは「確実にこれです」と出せるので、その中で選手、専任コーチと一緒に、どうやったらいいのかというディスカッションを重ねてやっていけたらいいのかな、と。チームによってやり方は違うと思いますが、目指すところは一緒なので。
山崎 選手が自立しそうですよね。今まで、女性は自立しにくいとか、(指導者に)依存している、などとよく言われていました。でも、このかたちはきちんと自分でやっていかないといけないので、アスリートとして一番大事なことが身につきそうな感じではないでしょうか。
瀧谷 このプロジェクトが立ち上がったから、こういうことができる。大正解です。でも、女子短距離にスポットを当ててもらったということは、すごく運がいいのです。東京五輪は確かにありますが、もし世界リレーが横浜に来なかったら、このプロジェクトはなかったかもしれません。このきっかけを大切にしたいですね。
『第5回 新プロジェクトで挑む女子リレー(3)』に続く…
公募型セレクションを経て代表候補が決定、レースでは見えない〝才能〟を発掘
――1月13日と26日のセレクションを経て、日本代表候補メンバーが決まりました。今回の選考についての感想をお聞かせください。
瀧谷 競技会ではなかなか細かいところまで見られないという部分があります。能力はあるのに、競り合いで力を出せない、など。そこには年齢差もあるでしょう。その中で、リレーの特性の1つとして「1人で走る力」にすごく興味がありました。4継は1人ずつ走ってもらいましたが、そうすることで、それぞれの良さをしっかりと見ることができました。また、これだけのメンバーが一堂に会して、緊張感もあって、意識もあってのセレクションができたということも良かったし、その中で、いい素材を見つけられたというところもあります。予想以上の成果だったと感じています。
――4継のトライアルは2本。1本目がテイクオーバーゾーン入口から出口までの30m走(ゾーン入口からスタンディングスタートで実施)、2本目が申請した得意区間(第1走~第4走区間)における120m走(第1走はスターティングブロック使用、第2~4走はそれぞれゾーンの入口からスタンディングスタートで実施)でした。これを数人の競走ではなく、1人ずつ行ったことの意味は?
瀧谷 4継には、1人で走る難しさというものがあります。逆に、バトンを持ったら力を発揮できるというおもしろさもある。なかなか難しい種目だと思います。当然、絶対的な走力がないとリレーは成り立たないですが、その中に隠れたおもしろさがあります。マイルにしても、吉田コーチからおもしろい提案がありました。800mのスタート位置からスタート(スターティングブロックを使用)して、バックストレートからオープンになる350mで実施。あれで動きの良さが出た選手もいたし、逆に撃沈していった選手もいました。
――どういう意図だったのですか?
吉田 昨シーズンの成績を見ればフラットの400mの走力は十二分にわかりますが、マイルでは前半の入り方など、絶妙なテクニックが必要になってきます。ただ、その入りの部分は天性のものもあるのかな、と。また、距離が300mではごまかしがきくので、やはり350mまで回ってこないと本当の走力はわかりません。本当なら400mでやるべきなのかもしれないですけど、求めている人材が「52秒台の選手」となるので、そういったスピードの展開的に、350mが適しているのかなと考えました。
瀧谷 今回のセレクションの内容は、どちらもすごくマッチしたと思います。その中から、競技会では今まで案外目立っていなかったのに、目を引く選手を発掘できた。そういう、魅力あるセレクションだったと思います。
――2018年の成績と、セレクションの結果で選考するということでしたが、そういった〝発掘〟された選手というのは?
山崎 具体的な名前は挙げませんが、新しく招集された人がほとんどだった、ということです。それが今回のセレクションのメリットだったと思います。競技会の記録だけを見たらそうならないでしょう。分析をしたら、見た目と、成績でずれがありました。来てもらったコーチたちも、「走れていた」と思えても記録は悪かったり。練習に近いトライアルの中で、タイムをきちんと分析して出た結果ということです。フィニッシュタイムだけではなく、通過タイムなども含めて細かく分析しています。
――選考の結果はそれぞれに通達されているかと思いますが、問い合わせや異論はありましたか?
山崎 ありましたね。主観的に「今のは速かったね」という選手もいましたが、タイムは良くなかったということもあります。でも、今回は特に時間もないですし、3月には実戦的なトライアルをして、そこであわよくば記録を出さないといけないし、そのレベルのバトンパスの精度も出さないといけません。その中で、「冬季練習をやっていて全然遅いです」と言われても、やっぱりそれはそうじゃないというのが僕らの判断。もちろん、みんなタイム的には遅いですが、その中でもきちんと走れていたのかどうか。それはタイムにちゃんと出ています。
瀧谷 ただ、残念だったのは、例えばこちらが期待をしていた選手が故障をしていたり、すごいと感じていた高校生がインターハイ路線を選択して応募をしなかったこと。
山崎 今までは「選ばれました、来てください」となっても、「いや、私のスケジュールがあるので行きません」となることがありました。そうすると何も強化できません。公募にして良かったと思うのは、日本代表の活動を優先することが前提なので、その不安はほぼ解消されたということ。パーソナルコーチも含めて、みんなでやりましょう、という意思表示が明確になりました。あとは、連絡を密にとりながら、計画を進めていくという段階になります。そのあたりは、実際にやってみてマイナーチェンジしていくこともあるでしょう。
吉田 (セレクションを)やってみて良かったと思った理由としては、これだけの人が真剣に女子短距離のことを考えて取り組んでいたのか、という事実に触れられたから。セレクションは選ばれるために一生懸命やることなので、当然、全員が真剣に取り組んでいます。その真剣な雰囲気は、私たちでも今まで感じたことのない空気だったと思っているので、あの場面に関わった選手も良かったと思いますし、選ばれた選手もあの時の情景は今でも焼きついていると思うので、そのことも含めてモチベーションの向上につながるのではないかと思います。時期的なものなどいろいろな問題はありましたが、ただ、あの場にいて「実際にやってよかった」と感じました。
信岡 1月ということで、特に4継は(ケガの)心配もありましたし、どれくらい応募してくるかなと思っていました。でも、すごく人数が多くて、それこそ選考基準に満たない人でも「入りたいんだ」と応募してきたということがすごく良かったです。まずは意識が大切。そういう点で、まだ女子短距離の未来も明るいのではないのかなと思いました。その中で、今回のセレクションで(代表候補が)決まる。失敗したら当然、ワイルドカードしかないというところでは、ここにビシッと合わせてくるという緊張感だったり、意識がしっかり出たのかなと感じました。時間があればいいというものでもない。ここを目指してきた選手がこれだけたくさんいた、という点で本当にやってよかったんじゃないかなと感じました。
4継、マイルの強化コンセプトは?
――強化合宿がスタートしました。感触はいかがでしたか?
信岡 4継に関しては、今回の第1回目は、バトンパスのコンセプトを理解してほしいという狙いで、まずミーティングでいろいろと資料を配って、目標を示しました。一番最初のバトンジョグやバトン流しでも、そのコンセプトを意識してやってもらいましたが、おそらく彼女たちは今までで一番緊張しながらバトンジョグやバトン流しをやったのではないでしょうか。今後はそのコンセプトの理解を深めていきます。また、今回のセレクションでは得意分野の走順で実施しましたが、ケガ人が出るかもしれませんし、当然1走が4人いてもいいチームにはなりません。オーダーの幅を持たせるために、(直線とカーブの)両方をやってほしいと伝えました。セレクションに引き続き、さらにどんな可能性があるかを見るような合宿になっています。
――「コンセプト」を具体的に教えてください。
信岡 受け手の加速、バトンパスの時間と地点の3つを挙げています。まず、女子はオーバーハンドでやっていくのですが、そのバトンパスのタイムを上げないといけません。男子とは違って女子の場合、バトンパスのタイムと「受け手の加速」との相関関係が強いというデータが出ているので、そこを各自でしっかりやろう、と。その目標値も出しています。個人の100mでは10m~ 30mの通過でしっかりと出ているタイムが、バトンパスのところで出ていないだけで、決して無理な数値ではありません。能力としてはあるはずなので、その課題をしっかり埋めていこうと話しています。
2つ目は、「0.4秒以内にバトンパスを終了する」ということです。男子よりも当然速度が低いなかでは利得距離を稼いでいかないといけません。その中で、手を上げる(オーバーハンド)・上げない(アンダーハンド)、それぞれの状態で加速した時の差を見ていても、0.4秒以内なら有意差がないというデータがあります。つまり、バトンパスを0.4秒以内に終わらせることができれば、手を上げることが加速に与える影響は、少ないということです。
3つ目は、1つ目につながるのですが、加速の立ち上がりが高ければ、数値上、バトンパスをする地点は30mあるテイクオーバーゾーンの18m~ 20m付近が理想的ではないか、ということ。だから、後半地点で「なんとなくきれいに渡ったな」「良さそうだな」と思っても、タイムが出ないというバトンパスにならないようにしたい。速度データをしっかりと検証して、それを選手たちにフィードバックしながらやっていこうと思っています。
――男子短距離もやっていましたね。
山崎 陸連科学委員会には、セレクションでは男子でもやっていないぐらいの総出でお願いしました。そういう協力体制を組んでいます。
――マイルはいかがですか?
吉田 マイルはバトンパスよりも、そもそもの「走力向上」にターゲットを絞っていかないといけないので、大きく2つです。1つは、走力をきちんと上げていくこと。もう1つはピーキングです。
それぞれが、このプロジェクトのお陰で目指す視点が変わりました。今までは53秒台、おそらく53秒台前半が目標になっていましたが、52秒台、51秒台を目指していかないといけません。では、どうやって個々のパフォーマンスを上げていくのかについて、今回は有酸素性能力と無酸素性能力、あと筋の形態的、機能的特性を測定して、この選手の魅力は何か、強みは何か、弱みは何か、課題は何かを数値としてしっかり出して、トレーニングの課題を提示するところからやっていきます。それから、低酸素トレーニングを取り入れていきます。低酸素環境の中でトレーニングを行うと無酸素性能力の向上に効果があるという研究が進んでいるので、その知見を活用させていただこうと考えています。世界リレーから逆算すると、強化できる期間はあと8週間くらいしかありません。1月と2月の合宿で方向性をある程度決めていかないといけないので、2月の中旬にしっかりと低酸素トレーニングを入れることによって、パフォーマンスがどう変わっていくのかをチェックします。走力そのものというか、選手のポテンシャル自体も改善していくことを狙いたいです。
それから、科学委員会にご協力いただいているので、レース分析をしっかり行いたいですね。選手それぞれでどういうレース構成が最適なのか、体力特性と合わせないとわからないところがあります。だから、分析できれば「無酸素パワーがしっかりあるから、もうちょっと突っ込んでも大丈夫だよ」とか、いろいろな話ができるのかな、と。
選手たちは「速くはなりたい、でもどうやったら速くなるのかがわからない」というのが大半の感覚なので、こういうかたちでヒントを提示します。あとは持ち帰っていただいて、各チームで課題として取り組んでいただきます。3月に入る前にもう一度測定を行って、本当に変わったのか、それとも変わらなかったのかを検証し、評価させていただきます。そういったかたちで体力的な要素をしっかり上げていくというところから入っていこうかなと思っています。
山崎 すばらしい。
信岡 みんな知りたいことですよね。
吉田 こういうことって、このプロジェクトじゃないと絶対できないことで、私も現役時代に知りたかったです。こうやって自分のことを客観視するチャンスをもらえて、課題が出る。そうしたら、あとはそれをただ超えていけばいいだけなので、それはすごくいいなと思っています。
――課題克服のための、具体的な練習メニューまで提示するのですか?
吉田 それぞれ、トレーニングのアプローチの仕方がまったく違うので、そのなかで「絶対にこの練習がいい」という言い方は違うのかなと、私の中では感じています。ただ、体力特性とか、いろいろなデータは「確実にこれです」と出せるので、その中で選手、専任コーチと一緒に、どうやったらいいのかというディスカッションを重ねてやっていけたらいいのかな、と。チームによってやり方は違うと思いますが、目指すところは一緒なので。
山崎 選手が自立しそうですよね。今まで、女性は自立しにくいとか、(指導者に)依存している、などとよく言われていました。でも、このかたちはきちんと自分でやっていかないといけないので、アスリートとして一番大事なことが身につきそうな感じではないでしょうか。
瀧谷 このプロジェクトが立ち上がったから、こういうことができる。大正解です。でも、女子短距離にスポットを当ててもらったということは、すごく運がいいのです。東京五輪は確かにありますが、もし世界リレーが横浜に来なかったら、このプロジェクトはなかったかもしれません。このきっかけを大切にしたいですね。
『第5回 新プロジェクトで挑む女子リレー(3)』に続く…