2020年東京オリンピック男子4×100mRでの金メダル獲得を目指し、強化を進めている男子短距離ナショナルチームが7月5日から実施したヨーロッパ遠征。スペイン・マドリッドに拠点を置き、リレーのナショナルチームとして参戦した7月22日のロンドンダイヤモンドリーグ(以下、ロンドンDL)を含め、10の国際競技会に8選手が出場しました。
本隊が帰国した翌日の7月25日には、カールスタッド(スウェーデン)で行われた「Karlstad Grand Prix」男子100mに出場したケンブリッジ飛鳥選手(Nike)が10秒15(+2.1)で優勝。7月27日にケンブリッジ選手が無事に帰国し、すべての日程が終了しました。
最後に、土江寛裕・男子短距離オリンピック強化コーチによる遠征の総括、山崎一彦トラック&フィールドディレクターによる総評および今後の課題をお届けします。
今回、男子短距離ナショナルチームとしてヨーロッパを転戦するにあたっては、いろいろな目的がありました。その主たるものが、2020年東京オリンピックで金メダルを目指す男子4×100mRの強化戦略の一環として、レベルの高いレースに臨み、実戦においてその水準を高めていくことは、すでにメディアを通じて、広くお伝えしているところですが、このほか、個々の走力や経験値を高めるために多くの国際競技会に参戦すること、さらには、今後本格的に始まっていくワールドランキング制を見据えての強化戦略の検討なども含まれています。
今回は、38秒09で、今季世界最高となる37秒61で優勝したイギリスに次ぎ2位。37秒台を期待していたこともあって、正直なところ記録的にもうちょっとという思いはあるのですが、一方で、いろいろなイレギュラーもあったなかでのものであり、それを考慮すると決して悪くはありません。しかし、選手たちはこのレベルの記録では満足しておらず、結果的に、我々の求めるレベルというものが、選手も指導者も共通して今までよりも高くなっていることを確認することができました。
バトンパスに関しては、選手たちからは「もう少し攻めることができる」という感想が出ました。攻めたはずのレースでそういう結果が出たということは、課題も多いと思うので、まだまだ磨かなくてはいけないところがあると感じています。また、優勝したイギリスと比べると、やはり力負けしたことは否めません。東京オリンピックで期待されるところが金メダルである以上、イギリスをはじめとするスプリント強豪国と互角に渡り合っていくことが必要です。やはり、個々の100mのレベルを、もう一段階上げていかなければなりません。
ロストバッゲージがあったり、試合地によっては空路と陸路の組み合わせなどで移動が複雑であったりと、日本にいたのではわからないようなストレスもあったかと思います。そんななかで、イレギュラーな出来事が起きたとき、どう対処して問題をクリアしていくのか。それを実体験できたことは、必ず今後に生きてきます。単に競技結果だけでなく、そういう意味での収穫も、非常に多くあったはずです。ほかの国の選手も同じように、そうしたさまざまな出来事をくぐり抜けて、最終的に世界選手権やオリンピックのスタートラインに立つわけです。そこで戦っていく以上は、日本人もそういう面でもっと磨かれていく必要があるのかなと思います。
彼女は、代理人として非常に高いキャリアを持つ人物で、数多くの日本選手の代理人としても長年尽力してくれてきた方です。桐生祥秀(日本生命)の代理人を務めていただいていることもあり、もともと「こういう形でやっていきたい」ということを相談していたところ、ロンドンDLでのリレーを提案し、出場ができるように交渉してくれました。
また、今回参加した選手のなかで、小池祐貴(ANA)など代理人を持たない選手については、彼女が、自身の信頼関係を使って出場枠やレーンを獲得してくれました。小池は、今回の遠征で、大きく経験値を上げたといえる選手ですが、それが可能となったのも、彼女の働きがあったからこそのことです。本当に感謝したいと思います。
例えば、アメリカチームは、ベルギーにベースキャンプを持っていて、そこを拠点に、いろいろな試合に出向く形をとっていて、私は、以前から日本チームもどこかに拠点をつくり、選手たちが、そこから試合に出ていくような環境を整えられないかと考えていました。
選手は、基本的に試合には単独で行くことになるわけですが、母国語でない土地で、一人で転戦を続けていくというのは、あらゆる場面でストレスがかかります。たまに日本語を話せるだけで、すごくリラックスすることができます。そういう意味でも、みんなが集まる場所があって、そこから出場が決まった試合に出かけていける整えたほうが、転戦もしやすいのではないかと考えていて、それをどこかでやってみたいと思っていました。
拠点となる場所を選ぶにあたってはいくつか条件がありました。まず大事なのがトレーニングに際して自由に使える設備があること、近くに適切な宿泊ができる場所があること、ヨーロッパの各地へ向かうときダイレクトに行けるハブ空港が近いこと、食に関する環境がよいこと、適度にリラックスや息抜きができるような市街地が近いこと、そして、そして気温が少なくとも安定して20℃は超えていること、などです。候補地はいくつかあったのですが、こうした条件をほぼ満たしていたのがマドリッドでした。
マドリッドは、6月に桐生が一度転戦した際、アシックスさんから紹介していただいたことがきっかけです。実は、7月にヨーロッパ遠征をすることは去年の段階で決めていて、「やるならどこか拠点がほしいね」と、内々でずっと候補地は探していたのです。桐生の遠征に際してマドリッドを紹介いただいた際、それなら7月の遠征の下見を兼ねて、桐生の遠征で使ってみようということになりました。そして、実際に利用してみて、「ここなら」ということになった。それで、まず今年は、マドリッドを拠点に置くことにしました。
遠征レポートや選手たちのインタビューにも出てきますが、日本にもこうした施設があったら…と思うほど使い勝手がいいところでした。特に、室内競技場の充実は素晴らしく、直線で100m以上が取れる走路とは別に、走幅跳のピットや走高跳・棒高跳のピット、そしてすぐそばにウエイトトレーニング場もあります。空調が効いているため、天候に左右されずやりたい練習を行うことができます。
また、マドリッドは、短距離選手がトレーニングする上では、気候が非常によかったです。気温はけっこう高いけれど湿度が低いので過ごしやすいのです。短距離の場合は、もちろん今年の日本のような暑さになってしまうと無理ですが、寒いよりは暑いほうが望ましい。ヨーロッパの場合は、場所によっては天候が崩れると一気に寒くなる地域もあり、昨年のロンドン世界選手権のときは、それで苦労しました。
マドリッドの場合はそれがなく、暑さが厳しい場合は、室内練習場を使うことができたので、トレーニングにおける支障は全くありませんでした。さらに、交通が便利であること、そして、食事が非常においしかったことも選手たちには好評でした。ヨーロッパの各地へ移動するのに、やや飛行時間がかかるという側面はありますが、街の中心部から空港まで30分程度と近く、また、ユーロ圏内へ移動するには、日本における国内線のような感覚で利用できるので、そんなにストレスにはならなかったと思います。
もし、今後も、スペイン陸連に協力をお願いできるのであれば、ぜひ、継続して利用させていただきたいなと思っています。今回は、帯同スタッフも多かったですが、使い勝手がわかったので、選手たちだけで使わせていただけるような状況になればと思いますし、また、短距離以外の種目でも利用できるのではないかと考えています。ワールドランキング制が実際に動き始めると、ヨーロッパでの転戦も本格的に進めていかなくてはなりません。そうした意味でも、今後、利用の価値は高まってくると思います。
以前は、個人で海外へ出ていき、転戦する日本選手が複数いた時代もあったのですが、ある時期からその数が減り、その後、出ていくにしてもチームあるいは団体で動くような傾向が長く続きました。近年、ようやく“海外へ出て経験を積む”ことに取り組む選手が、少しずつみられるようになってきています。
ワールドランキング制の導入により、今後は海外転戦がより重要なファクターになっていくという側面もあり、それを促進していこうということで、今回、男子短距離ナショナルチームがヨーロッパ転戦を実施することになりました。実施に際して、ただ、「海外へ行ってこい」と言うだけではなく、拠点をつくるなど、より効果的に、機能的に動けるようにするための態勢にも配慮して実施しました。
海外転戦を、“経験を積む”とか“武者修行する”という位置づけで取り組む時代は、もうすでに終わっています。海外転戦の場は、競技者としての国際的な評価を受ける場。力試しではなく、そこで結果を出していかなければなりません。そのためには、拠点をつくったり、環境を整えたり、エージェントをつけたりと、さまざまな面をきちんと整備して、そこで勝負できる状況を戦略的に構築していく必要があります。そういう意味では、今回参加した選手たちは、それなりのグレードのなかで勝負することができたのではないかと思います。
今後は、この状態が“当たり前”になっていくようにしていなければなりません。そして、さらに次の段階に進めていくために必要だと思うのが、個々の競技者が、競技者として“世界水準で高い評価を受けられるようになることを目指す”ことです。
海外で一流とされる選手たちは、プロアスリートとして、各地を転戦して賞金を稼ぎ、そこで国際的な評価を高めていくなかで競技力を向上させ、同時に自身のステイタスを上げていきます。オリンピックや世界選手権で、日本選手が相手にしなければならないのは、そういう選手たちなのです。一方で、日本の選手の場合は、プロといっても、自身の所属やスポンサーから、あるいは芸能活動などによって収入を得ているのが現状です。
競技者として評価を受けるためには、オリンピックや世界選手権以外のよりグレードの高い国際競技会で結果を出し、どれだけ賞金をもらっていけるかが大きなファクターとなります。もちろん、海外の選手もそれだけでは生活していけないという現実もありますが、これらが評価の基準となっていることも事実。陸上競技の国際的アスリートとして、自分自身が切り拓いていってほしいと思います。
各地を転戦して賞金をもらえるような結果を出したり、それなりの待遇と受けたりすることの積み重ねによって、国際的に一流のアスリートとして認知されるようになります。
私は、自身の経験も踏まえて誤解を恐れずに言いたいのですが、それは、本来は、陸連がやることではなく、自分たちで一人前の競技者としてやるべきことだと思うのです。個々の選手が、自身の力でそうした位置まで行けるようになれば、陸連としてやれることも、さらにもっと変わってきます。そうした競技者がもっと増えてほしいと願っていますし、日本陸連として、それが可能になるようなスキームの構築、情報戦略の充実、環境の整備を進めていきたいと思っています。
構成・文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:日本男子短距離スタッフ、児玉育美
本隊が帰国した翌日の7月25日には、カールスタッド(スウェーデン)で行われた「Karlstad Grand Prix」男子100mに出場したケンブリッジ飛鳥選手(Nike)が10秒15(+2.1)で優勝。7月27日にケンブリッジ選手が無事に帰国し、すべての日程が終了しました。
最後に、土江寛裕・男子短距離オリンピック強化コーチによる遠征の総括、山崎一彦トラック&フィールドディレクターによる総評および今後の課題をお届けします。
欧州遠征を総括して
土江寛裕(日本陸連強化委員会男子短距離オリンピック強化コーチ)今回、男子短距離ナショナルチームとしてヨーロッパを転戦するにあたっては、いろいろな目的がありました。その主たるものが、2020年東京オリンピックで金メダルを目指す男子4×100mRの強化戦略の一環として、レベルの高いレースに臨み、実戦においてその水準を高めていくことは、すでにメディアを通じて、広くお伝えしているところですが、このほか、個々の走力や経験値を高めるために多くの国際競技会に参戦すること、さらには、今後本格的に始まっていくワールドランキング制を見据えての強化戦略の検討なども含まれています。
ロンドンDL男子4×100mRについて
リレーの強化戦略として「実戦的にバトンの練習をすることを、極力レベルの高いレースでやりたい」ということを掲げて、我々は、今回のロンドンDLは、かなり早い時期に、メンバーが決まる前から参戦することを決めていました。そして、今季の最大目標となるアジア大会に向けて、5月のセイコーゴールデングランプリ(大阪)と今回のレースに臨んだわけです。大阪では、日本歴代3位、国内日本最高記録となる37秒85という好記録を出すことができました。今回は、38秒09で、今季世界最高となる37秒61で優勝したイギリスに次ぎ2位。37秒台を期待していたこともあって、正直なところ記録的にもうちょっとという思いはあるのですが、一方で、いろいろなイレギュラーもあったなかでのものであり、それを考慮すると決して悪くはありません。しかし、選手たちはこのレベルの記録では満足しておらず、結果的に、我々の求めるレベルというものが、選手も指導者も共通して今までよりも高くなっていることを確認することができました。
バトンパスに関しては、選手たちからは「もう少し攻めることができる」という感想が出ました。攻めたはずのレースでそういう結果が出たということは、課題も多いと思うので、まだまだ磨かなくてはいけないところがあると感じています。また、優勝したイギリスと比べると、やはり力負けしたことは否めません。東京オリンピックで期待されるところが金メダルである以上、イギリスをはじめとするスプリント強豪国と互角に渡り合っていくことが必要です。やはり、個々の100mのレベルを、もう一段階上げていかなければなりません。
速くて、“太い”選手を育てるために
ヨーロッパの試合を回ることは、これまでに個々で実施していた選手もいますが、ワールドランキング制が施行されるということもあり、ナショナルチームとしてやってみようというのも、今回の遠征の目的の1つでした。実際に、個人での転戦は、ほとんどの選手が2戦ほど出場する形となりましたが、個人のレベルを上げるという意味でも、やはりこうした経験をしていかないと、「速いけれど、太い(強い、たくましい)選手になれないな」ということを、選手たちもそれぞれに実感したのではないかと思います。ロストバッゲージがあったり、試合地によっては空路と陸路の組み合わせなどで移動が複雑であったりと、日本にいたのではわからないようなストレスもあったかと思います。そんななかで、イレギュラーな出来事が起きたとき、どう対処して問題をクリアしていくのか。それを実体験できたことは、必ず今後に生きてきます。単に競技結果だけでなく、そういう意味での収穫も、非常に多くあったはずです。ほかの国の選手も同じように、そうしたさまざまな出来事をくぐり抜けて、最終的に世界選手権やオリンピックのスタートラインに立つわけです。そこで戦っていく以上は、日本人もそういう面でもっと磨かれていく必要があるのかなと思います。
転戦を支えた人物
また、今回出場できた競技会は、いろいろなレベルがありました。しかし、総じてみると、すごくいいレベルの試合に出ることができたなというのが正直な感想です。これを実現させることができたのは、エージェント(代理人)のキャロライン・フェイスさんの力によるところが大きいように思っています。彼女は、代理人として非常に高いキャリアを持つ人物で、数多くの日本選手の代理人としても長年尽力してくれてきた方です。桐生祥秀(日本生命)の代理人を務めていただいていることもあり、もともと「こういう形でやっていきたい」ということを相談していたところ、ロンドンDLでのリレーを提案し、出場ができるように交渉してくれました。
また、今回参加した選手のなかで、小池祐貴(ANA)など代理人を持たない選手については、彼女が、自身の信頼関係を使って出場枠やレーンを獲得してくれました。小池は、今回の遠征で、大きく経験値を上げたといえる選手ですが、それが可能となったのも、彼女の働きがあったからこそのことです。本当に感謝したいと思います。
拠点を設けて転戦を行うメリット
ヨーロッパを転戦する際の回り方は、大きく分けて2通りあります。1つは、出場する試合が決まったあとに渡航日程を組み、例えば10日間とか2週間とかの間に3試合とか決めて、1試合が終わったら次の場所に行って、次の試合地のホテルに泊まり、そこで練習して試合に臨み、また次の試合地に移動するというハシゴ型です。もう1つが拠点を決めて行き来する方法。代理人に手配を頼んでいても出場の可否は直前までわからないこともあり、そうした場合には、代理人がいるところでベースキャンプを張り、「あそこへ行け」「ここへ行け」というふうに出向く方法をとります。例えば、アメリカチームは、ベルギーにベースキャンプを持っていて、そこを拠点に、いろいろな試合に出向く形をとっていて、私は、以前から日本チームもどこかに拠点をつくり、選手たちが、そこから試合に出ていくような環境を整えられないかと考えていました。
選手は、基本的に試合には単独で行くことになるわけですが、母国語でない土地で、一人で転戦を続けていくというのは、あらゆる場面でストレスがかかります。たまに日本語を話せるだけで、すごくリラックスすることができます。そういう意味でも、みんなが集まる場所があって、そこから出場が決まった試合に出かけていける整えたほうが、転戦もしやすいのではないかと考えていて、それをどこかでやってみたいと思っていました。
拠点となる場所を選ぶにあたってはいくつか条件がありました。まず大事なのがトレーニングに際して自由に使える設備があること、近くに適切な宿泊ができる場所があること、ヨーロッパの各地へ向かうときダイレクトに行けるハブ空港が近いこと、食に関する環境がよいこと、適度にリラックスや息抜きができるような市街地が近いこと、そして、そして気温が少なくとも安定して20℃は超えていること、などです。候補地はいくつかあったのですが、こうした条件をほぼ満たしていたのがマドリッドでした。
マドリッドは、6月に桐生が一度転戦した際、アシックスさんから紹介していただいたことがきっかけです。実は、7月にヨーロッパ遠征をすることは去年の段階で決めていて、「やるならどこか拠点がほしいね」と、内々でずっと候補地は探していたのです。桐生の遠征に際してマドリッドを紹介いただいた際、それなら7月の遠征の下見を兼ねて、桐生の遠征で使ってみようということになりました。そして、実際に利用してみて、「ここなら」ということになった。それで、まず今年は、マドリッドを拠点に置くことにしました。
充実していたマドリッドの練習拠点
実際には、計画していたように、全員が集まることはできませんでしたが、利用した選手たちの感想を聞くと、特に練習場所となったINEF(Facultad de Ciencias de la Actividad Física y Deporte)は、とても好評でした。ここは、日本でいうナショナルトレーニングセンターのような施設で、今回の利用は、スペイン陸連が、日本陸連からの要請に快諾してくださったことにより可能になりました。遠征レポートや選手たちのインタビューにも出てきますが、日本にもこうした施設があったら…と思うほど使い勝手がいいところでした。特に、室内競技場の充実は素晴らしく、直線で100m以上が取れる走路とは別に、走幅跳のピットや走高跳・棒高跳のピット、そしてすぐそばにウエイトトレーニング場もあります。空調が効いているため、天候に左右されずやりたい練習を行うことができます。
また、マドリッドは、短距離選手がトレーニングする上では、気候が非常によかったです。気温はけっこう高いけれど湿度が低いので過ごしやすいのです。短距離の場合は、もちろん今年の日本のような暑さになってしまうと無理ですが、寒いよりは暑いほうが望ましい。ヨーロッパの場合は、場所によっては天候が崩れると一気に寒くなる地域もあり、昨年のロンドン世界選手権のときは、それで苦労しました。
マドリッドの場合はそれがなく、暑さが厳しい場合は、室内練習場を使うことができたので、トレーニングにおける支障は全くありませんでした。さらに、交通が便利であること、そして、食事が非常においしかったことも選手たちには好評でした。ヨーロッパの各地へ移動するのに、やや飛行時間がかかるという側面はありますが、街の中心部から空港まで30分程度と近く、また、ユーロ圏内へ移動するには、日本における国内線のような感覚で利用できるので、そんなにストレスにはならなかったと思います。
もし、今後も、スペイン陸連に協力をお願いできるのであれば、ぜひ、継続して利用させていただきたいなと思っています。今回は、帯同スタッフも多かったですが、使い勝手がわかったので、選手たちだけで使わせていただけるような状況になればと思いますし、また、短距離以外の種目でも利用できるのではないかと考えています。ワールドランキング制が実際に動き始めると、ヨーロッパでの転戦も本格的に進めていかなくてはなりません。そうした意味でも、今後、利用の価値は高まってくると思います。
総評および今度の課題
山崎一彦(日本陸連強化委員会トラック&フィールドディレクター)以前は、個人で海外へ出ていき、転戦する日本選手が複数いた時代もあったのですが、ある時期からその数が減り、その後、出ていくにしてもチームあるいは団体で動くような傾向が長く続きました。近年、ようやく“海外へ出て経験を積む”ことに取り組む選手が、少しずつみられるようになってきています。
ワールドランキング制の導入により、今後は海外転戦がより重要なファクターになっていくという側面もあり、それを促進していこうということで、今回、男子短距離ナショナルチームがヨーロッパ転戦を実施することになりました。実施に際して、ただ、「海外へ行ってこい」と言うだけではなく、拠点をつくるなど、より効果的に、機能的に動けるようにするための態勢にも配慮して実施しました。
海外転戦を、“経験を積む”とか“武者修行する”という位置づけで取り組む時代は、もうすでに終わっています。海外転戦の場は、競技者としての国際的な評価を受ける場。力試しではなく、そこで結果を出していかなければなりません。そのためには、拠点をつくったり、環境を整えたり、エージェントをつけたりと、さまざまな面をきちんと整備して、そこで勝負できる状況を戦略的に構築していく必要があります。そういう意味では、今回参加した選手たちは、それなりのグレードのなかで勝負することができたのではないかと思います。
今後は、この状態が“当たり前”になっていくようにしていなければなりません。そして、さらに次の段階に進めていくために必要だと思うのが、個々の競技者が、競技者として“世界水準で高い評価を受けられるようになることを目指す”ことです。
海外で一流とされる選手たちは、プロアスリートとして、各地を転戦して賞金を稼ぎ、そこで国際的な評価を高めていくなかで競技力を向上させ、同時に自身のステイタスを上げていきます。オリンピックや世界選手権で、日本選手が相手にしなければならないのは、そういう選手たちなのです。一方で、日本の選手の場合は、プロといっても、自身の所属やスポンサーから、あるいは芸能活動などによって収入を得ているのが現状です。
競技者として評価を受けるためには、オリンピックや世界選手権以外のよりグレードの高い国際競技会で結果を出し、どれだけ賞金をもらっていけるかが大きなファクターとなります。もちろん、海外の選手もそれだけでは生活していけないという現実もありますが、これらが評価の基準となっていることも事実。陸上競技の国際的アスリートとして、自分自身が切り拓いていってほしいと思います。
各地を転戦して賞金をもらえるような結果を出したり、それなりの待遇と受けたりすることの積み重ねによって、国際的に一流のアスリートとして認知されるようになります。
私は、自身の経験も踏まえて誤解を恐れずに言いたいのですが、それは、本来は、陸連がやることではなく、自分たちで一人前の競技者としてやるべきことだと思うのです。個々の選手が、自身の力でそうした位置まで行けるようになれば、陸連としてやれることも、さらにもっと変わってきます。そうした競技者がもっと増えてほしいと願っていますし、日本陸連として、それが可能になるようなスキームの構築、情報戦略の充実、環境の整備を進めていきたいと思っています。
構成・文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:日本男子短距離スタッフ、児玉育美