2020年東京オリンピックでの金メダル獲得を目指す男子4×100mR日本代表チームの強化プロジェクトが、5月20日に開催される「セイコーゴールデングランプリ陸上2018大阪」を皮切りに、土江寛裕オリンピック強化コーチ体制のもと、いよいよ本格的に始動します。その日本代表チームが5月6日、東京都北区にある味の素ナショナルトレーニングセンターの陸上トレーニング場において、練習の一部をメディアに公開しました。
練習には、リオデジャネイロ五輪銀メダル獲得メンバーの山縣亮太選手(セイコー)、飯塚翔太選手(ミズノ)、桐生祥秀選手(日本生命)、ケンブリッジ飛鳥選手(Nike)、ロンドン世界選手権銅メダル獲得メンバーの藤光謙司選手(ゼンリン)のほか、ここまで開催された日本グランプリシリーズ100m・200mで好成績を収めている原翔太選手(スズキ浜松AC)、山下潤選手(筑波大学)、小池祐貴選手(ANA)、染谷佳大選手(中央大)が参加。さらにU20年代からは、ともにダイヤモンドアスリートで、6月に岐阜で開催されるアジアジュニア選手権の日本代表に選出されている宮本大輔選手(東洋大)と塚本ジャスティン惇平選手(城西大城西高・東京)が加わっての実施となりました。
公開されたのは、1~2走・3~4走を想定したコーナーから直走路にかけてのバトンパス練習と、2~3走を想定した直走路からコーナーにかけてのバトンパス練習。山縣選手から飯塚選手、桐生選手からケンブリッジ選手、染谷選手から原選手、小池選手から山下選手、塚本選手から宮本選手、飯塚選手から桐生選手、原選手から小池選手の組み合わせで、それぞれ2本ずつ行われました。
練習終了後には、選手を代表する形でリオ五輪銀メダルメンバーと宮本選手が囲み取材を受け、練習の感想やリレー強化についての思いをそれぞれにコメント。その後、土江オリンピック強化コーチと山崎一彦トラック&フィールドディレクターが取材に応じ、この強化プロジェクトの趣旨や方針、具体的な今後の計画などを説明しました。
【コメント(要旨)】
■山縣亮太選手(セイコー)
自分は昨年(の世界選手権は)代表になっていないので、久々にリレー練習をやったが、2016年を思い出すような、いい雰囲気のなかで練習することができ刺激が入ったように思う。今日、練習に参加したメンバーを見ると僕よりも年上なのは、藤光さんと飯塚さんだけ。気がついたら年下ばかりになっている。今回は新たに高校生や大学生が入ってきたので、自分たちが、お手本になることを意識して取り組んだ。
一緒に練習したメンバーは、個人も含めて、アジア大会の代表権を取るために、これから戦っていくことになる。僕は、リレーでは、強いライバルとチームを組むということが、そのまま信頼関係につながると思っている。今回、リレーの強化として、5月20日のセイコーゴールデングランプリから、実戦を通して磨き上げていくというスタイルでいくと聞いている。それをやっていくことができれば、個人がレベルアップしていくなかでリレーもどんどんレベルアップしていくのではないかと期待している。
■飯塚翔太選手(ミズノ)
久しぶりに2016年のメンバーでバトン練習を行い、最初はぎこちない部分もあったが、やっていくうちに(感覚が)戻ってきて、結果的にいい練習になった。また、今日は新しく入ってきた下(の年代)の選手もいたので、みんなで新鮮な気分も味わいながら、明るい雰囲気でできたと思う。新たに加わった人たちと一緒にやるなかで、僕たちが若い選手たちに伝えらえられることもあれば、逆に、僕たちが気づけないことを彼らが気づく面もあるはず。そういった部分を互いにアドバイスし合うことで、いいものができていくのではないかと思う。
東京五輪で金メダルを獲得するためには、まずはアジア大会で金メダルを獲得することが必要だと考えている。前回(の仁川大会で)負けているので、まずはアジアチャンピオンになって、そして東京五輪に向けてやっていきたい。また、個人がみんな(世界選手権の)決勝に残れるようになれば、リレーでの金メダルを目指していくうえで大きな自信になると思う。
(リレーを強くするためには)試合でしか気づけない課題もあるということで、2020年に向けて、実戦のなかで課題を見つけ、そこを次の実戦でクリアしていくということを、これからやっていくことになった。そうやって、1つ1つの課題を克服して、2020年に向かっていきたい。
■桐生祥秀選手(日本生命)
今日は、みんなでわいわいしながらのリレー(練習)ができて、楽しかった。(久しぶりのリオ五輪メンバーでのバトンパス練習だったが)動画を見て確認したり、何足長でやるかなどは記録にも残していたのでそれに合わせてやったりした。みんなとはリレーチームとしての仲間でも、ライバルでもあるわけだが、いい環境で、互いに刺激し合って、練習できたと思う。
こういう合同練習にも年下の選手が入り、以前のように自分が一番年下でなくなってきた。先輩らしくできればいいが、といって特に何かをやっているわけではない。もともと(自分は、周囲や後輩を)引っ張っていくキャラでもないので楽しくわいわいやっている。
東京五輪で金メダルを獲得するためには、しっかりとバトンパスを磨いていきつつ、そして個人も全員がレベルアップしていけば、「バトンパス」プラス「個人の走力」で一段とタイムが上がると思う。今年は、アジア大会が大きな目標となるが、まずは日本選手権でしっかりと代表に入りたい。また、アジア大会本番では、中国などレベルの高い選手が多くいるので、そういう人たちのなかでトップを目指していきたい。
■ケンブリッジ飛鳥選手(Nike)
今日は、久しぶりのリレー練習となったが、出のタイミング(走り出すタイミング)やバトンパスの感覚を、少しずつ取り戻せたのでよかったと思う。個人種目ではライバルになるわけだが、こうして一緒に練習することは刺激になるし、すごくいいことだと感じている。また、新しい選手もメンバーに加わり、リレーの練習はもちろん、それ以外の部分でも、いい手本になれるようにしていかないといけないなということを感じた。
この先、東京五輪での金メダルを目指すうえで、個々のレベルアップが大事になってくる。このメンバーのなかから9秒台が何人も出るようになれば、目標の実現も見えてくると思うので、これからもみんなで高め合っていきたい。
アジア大会に向けては、まずは、日本選手権でしっかり代表に入ることが大事。アジアのレベルもすごく高くなっているので、そのなかでしっかり勝てるようにしていきたい。また、リレーの強化については、実戦でしか見えてこないところがあるはず。(強化戦略の第一歩となる)ゴールデングランプリで出た課題を、その次に生かしていけるようにしたいと思っている。
■宮本大輔選手(東洋大、ダイヤモンドアスリート)
今回、U20の枠で参加させていただいたが、間近でトップの人たちのバトン練習を見ることができた。バトンの渡し方や、動きの1つ1つが洗練されていて、すごく完成されていたので、そういうところは見習いたいと思ったし、とてもいい経験になった。
自分の実力はまだまだだが、これからしっかりと力をつけていき、いつか日の丸を背負って、エースとして走れるようになりたい。自分はコーナーよりも直線のほうが得意なので2走とか4走とかで走れたら……。将来的にはシニアの代表に入って、桐生さんと先輩後輩(※洛南高校、東洋大学の同窓となる)のバトンパスができたらいいなと思う。
ゴールデングランプリではU20でリレーを組む予定があるので、しっかりと練習して、そこでもいい勝負ができるようにしたい。また、ゴールデングランプリには個人種目でも出場することになっている。去年よりは少しは成長しているように思うので、(トップ選手に)追いつけるよう頑張りたい。
■土江寛裕オリンピック強化コーチ
これまで、日本の男子4×100mRというと、去年のロンドン世界選手権銅メダルにしても、一昨年のリオ五輪銀メダルにしても、バトンパス技術に注目が集まった。それは確かに大きな要素ではあるのだが、同時に、リレーにとっては、「個人のレベルアップ」という要素が不可欠。その部分のレベルアップや底上げがあったからこそ、メダル獲得につながっているということができる。
我々は、この点に注目して、特に、個人が計画を立てて強化に取り組む冬季練習の期間は、選手たちが各々のチームやグループのなかで「個人のレベルアップ」を図りやすいようバックアップする態勢をとり、かつ、リレーということでは、これまでに積み上げてきたバトンパスの技術やノウハウを、きちんと確認したり次の世代につなげたりすることを目的に、競技会にリレーを組み、そこでリレーを走ることによって、技術の精度のアップや後輩たちにつなぐ機会にしようと考えた。その最初の試みとして実施するのが、5月20日に行われるゴールデングランプリで、リレーのナショナルチームを組むことである。
ゴールデングランプリでは、ナショナルチームとして2チーム組む。選出したメンバーは、一部重複する者もいるが2016年リオ五輪のメンバーと2017年ロンドン世界選手権のメンバーが中心。2チームのうちの1チームは、今のところ、リオの銀メダルメンバーがそのままの走順で臨むことを予定しており、もう1つのチームはロンドン世界選手権を走った多田修平(関西学院大、※関西インカレを直前に控えていたため、この合同練習には参加せず)、藤光謙司(ゼンリン)のほか、今季調子を上げている選手たち2名でオーダーを組むことを考えている。
今回、バトンパスの練習を行ったが、練習を見ていて、ここまで積み上げてきたものが生きていることを再認識した。少ない回数で、合格点となる精度のバトンパスを行うことができていて、「どうやればいいか」という技術的な部分が選手たちに浸透しているのだなと実感した。これを見ることで若い選手たちが学び、同じようにやっていけるようになればと思う。
リオ五輪メンバーで再度オーダーを組むことは、いろいろなパターンを考えたうえで、結果的にこのメンバーとなった。いろいろなバリエーションでオーダーを組むのも1つの目的としているので、今回はたまたまこうなったけれど、別の機会があれば、「この選手は何走」と固定することなく、いろいろな走順を経験させるつもりでいる。また、それによって日本チームの幅も広がってくると考えている。
今後は、メンバーが入れ替わることもある。どんな選手が代表に入ってきても、まずは日本代表が取り組んでいるバトンパスが理解できて、すっと入っていけるように、たくさんの選手がかかわってリレーに取り組むような形にしたい。若い選手や新しい選手が出てきたら、その選手にナショナルチームとしてリレーに出場する機会をつくり、経験してもらう。2020年の東京五輪に向かうなかで、「ベストの4人がぱっと集まって、ベストのバトンパスがすぐにできる」、そういう状態をつくっていきたい。
具体的な施策は、2020年から逆算して考えているようにしている。2020年の東京五輪に出場して金メダルを取るためには、その年にどういう状態であればいいのか、その前の年にはどういう取り組みが必要なのかというところで、今年は「リレーを組んでバトンパスの精度を上げておくこと」「しっかりタイムを出しておくこと」が目標となる。
金メダルのために必要なものとして、バトンのパスワークについては、これまで積み上げてきたものをしっかり出すことが必要。ただし、この部分は、すでに削り出せる部分はほぼ削り出しているといえる精度に到達していると感じている。そうなると、あとは個人のレベルアップということになる。全員が100m9秒台あるいは200m19秒台といった選手たちでメンバーを組めるようになることが理想。個々の走りのレベルが上がれば、その上がったレベルのなかでのバトンパス技術が必要になる。そこを並行して取り組んでいけたらと考えている。
今季は、ゴールデングランプリ後、8月に行われるアジア大会までにもう1戦を予定している。7月22日にロンドンで行われるダイヤモンドリーグ出場の確認がとれたので、そこでもう一度リレーを組む予定。このメンバーは、おそらくアジア大会の代表メンバーで組むことになると思う。
男子4×100mRは、2016年リオ五輪で銀メダル、2008年北京五輪では銅メダルを取った種目。あと目指すところは金メダルしかない。2020年東京五輪では、その実現を具体的な目標として、選手たちとともに考えている。
記録の目安となるのは、選手たちも話していた通り37秒台。過去の結果を見ても、37秒台で走れば確実にメダルを取れている。100mでいうところの9秒台に相当するレベルなのかなと思う。安定してメダルを狙えるレベルを維持するためには、そういったタイムを常に出せることが条件となってくるし、そこが、我々の具体的な目標になると思う。
また、選手たちの個の力としては、9秒台というところは1つのターゲットになるだろう。桐生以外の選手たちにも実現してほしいし、また、(昨年9秒台突入を果たした)桐生には常に9秒台で走れるような、そういったレベルに到達することを期待したい。
■山崎一彦トラック&フィールドディレクター
男子4×100mRが東京五輪で金メダルを取るために、ナショナルチームとして強化するプロジェクト、いわば、「金メダルプロジェクト」を立ち上げた。
昨年は、ご存じの通り、桐生が9秒台を出して、サニブラウン(アブデル・ハキーム、現フロリダ大)が世界選手権で入賞し、「個の力」がついてきていることが結果となって表れた。リレーで金メダルを取るためにも「個の力」が必要。すでに日本のチームの場合、リレーの精度はかなり成熟しているので、「個の力」をさらにつけなければならない。
そうしたなかでの強化戦略を土江コーチと話し合い、「実戦での力を高めていく」という方針をとることにした。すでに、土江コーチが説明したように、今年は、5月のゴールデングランプリ、7月のロンドン・ダイヤモンドリーグ、そしてアジア大会。この3つの大会において、緊張感を持ったレースに挑むなかで、リレーの精度を高めていく。また、来年は、ワールドリレーズ、世界選手権があるので、そうしたところで実戦を積んでいくことになる。
すでに選手たちのなかでは、「リレーチームに入りたい」「メンバーに入りたい」という者が増えてきている。今後は、そうしたなかでの競争も生まれてくるのではないかと思う。至近のゴールデングランプリでは、リオ五輪の銀メダル獲得メンバーが再びチームを組むことになるが、一方で、彼らと一緒にレースで競うことによって、そこからまた新たな選手たちが出てくるのではないかと期待している。
実戦を重ねるなかで力をつけていく試みのなかでは、当然「トライ&エラー」がたくさん出てくるはず。特に「エラー」が出た場合にも、メディアの皆さんには、変わらず取材をしていただければありがたい。選手にも、我々にとっても大きな励みになると思う。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真提供:フォート・キシモト
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