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2026.03.19(木)大会

【第110回日本選手権マラソン競歩・第50回能美競歩】大会レポート&コメント



第110回日本陸上競技選手権大会マラソン競歩(日本選手権マラソン競歩)が3月15日(日)、石川県・能美市の根上総合文化会館前でフィニッシュとする1周1kmの能美市営コースで行われました。長年ロング種目の日本選手権競歩を実施してきた石川県輪島市が、2024年1月の能登半島地震で甚大な被害を受けたことにより、例年3月中旬にアジア選手権および日本学生競歩選手権を兼ねて実施されてきた全日本競歩能美大会(能美競歩)と併催される形となって2回目。ワールドアスレティックス(以下、WA)主催の国際大会実施種目が従来の35kmから42.195km(マラソン)へ変更になることにあわせて、この大会も、今回からマラソン競歩に種目を変えての開催です。
レースは、本年秋に愛知県で開催される愛知・名古屋2026アジア競技大会(以下、アジア大会)の競歩種目最後の代表選考競技会として行われ、男子は諏方元郁選手(愛知製鋼)が初優勝。また、女子は、前回(35km競歩)覇者の梅野倖子選手(LOCOK)が連覇を果たすともに、2月の日本選手権ハーフマラソン競歩に続いて優勝し、この2選手がアジア大会日本代表に内定しました。
このほか、第50回という節目を大会となった能美競歩も、従来の20kmから21.0975km(ハーフマラソン)での開催に。男子では、川野将虎選手(旭化成)がトップでフィニッシュして全日本の部を優勝、全日本2位の原圭佑選手(京都大学)が学生選手権を、同3位の野田明宏選手(自衛隊体育学校)がアジア選手権を獲得しました。女子は、アジア選手権4位の杉林歩選手(大阪大学)が全日本の部を制して、自身初の全国タイトルを獲得。同2位の谷純花選手(金沢学院大学)が学生日本一の座に就いています。




諏方、亡き師の地元で歓喜の初優勝

アジア大会代表に内定!

1周1kmの周回コースで実施されているこの大会でも、昨年の全日本競歩高畠大会や、2月の日本選手権ハーフマラソン競歩と同様に、マラソン、ハーフマラソンへの距離変更に際して、フィニッシュ地点は従来のままで、マラソン競歩はスタートして0.195km(195m)歩いたうえでコースを42周、ハーフマラソン競歩においてはスタートして0.0975km(97.5m)歩いたうえでコースを21周する形で行われました。

前夜から予報にはなかった雨が時折ぱらついていた能美市は、大会当日も、雲が厚く覆う朝を迎えました。会場でもレース直前になってにわか雨が降り始め、いったんは乾いていた路面を濡らします。しかし、幸いなことに、この雨は、選手たちがスタートした直後にあがることに。日本選手権として初の開催となるマラソン競歩のレースは午前8時に号砲が鳴り、男女一斉に出発しました。公式の気象状況が公表されていないため詳細が把握できていませんが、会場でアナウンスされた午前9時の気象状況は、天候晴れ、気温10℃、北西の風0.8m。冷たい雨となった前回大会よりは暖かく、また、例年選手を悩ませる風も、ほとんど感じられない状況です。

男子は、スタートしてすぐに前に出たのは髙橋和生選手(AD ワークスグループ)。これに村山裕太郎(富士通)、諏訪元郁(愛知製鋼)、住所大翔(富士通)の3選手が続き、4人が先頭集団を形成してレースを進めていく展開となりました。スタートしてからの195mを51~52秒で通過した4選手は、そこからの1周(1km)を4分25秒で入ると、2周目(1.195~2.195km)は4分21秒で通過。次の周回が4分19秒にペースが上がったあたりから、村山選手が少しずつ後れ、以降は髙橋・諏方・住所の3選手でレースを進めていく形となりました。そこからは、髙橋選手がリードして5.195kmを22分27秒(この間の5kmは21分36秒、以下同じ)、10.195kmは43分39秒(21分12秒)で通過。各周回を4分18~19秒あたりから徐々にペースを引き上げ、フィニッシュタイムで3時間を切るための目安となる4分15秒を基準とするペースで回っていくようになります。

その後の10kmは各周でややペースが上下して1km4分13~17秒で推移。残り20周となった22.195km以降では、住所選手が一人横に出て、先頭に髙橋選手に並びかけるような場面が増えていくようになりました。残り17周となる25.195kmを1時間47分19秒(21分13秒)で通過したあと、次の2kmが4分18秒、4分20秒とペースダウン。これを受けて残り14周の周回で、住所選手がレースを動かします。最初の折り返しでややリードを奪うと、その差を広げ、29.195kmまでの1周を4分10秒にペースアップ。30.195kmまでの1周は4分08秒で回って2時間08分30秒で通過し、この周回で2選手との差を5秒から13秒に広げます。

ここで動いたのが、「今回はラスト10kmからが勝負と考えていた」と、のちに振り返った諏方選手です。髙橋選手の前に立つと、単独で住所選手の追う態勢に。30.195km以降、4分10秒、4分06秒、4分07秒のラップを刻んだ住所選手との差を、4分6~7秒ペースで追い上げて徐々に詰めると、残り8周となった周回の終盤で追いつきます。諏方選手は、残り7周となる35.195km地点を住所選手(2時間29分10秒、20分40秒)に1秒後れの2時間29分11秒(20分28秒)で通過すると、その直後に逆転。ここから4分07秒、4分07秒、4分10秒、4分09秒と刻んで、住所選手を突き放し、ラスト2周となった40.195km地点を2時間49分53秒で通過していきました。最後はさすがにペースを落としたものの、2時間58分21秒でフィニッシュ。マラソン競歩での日本選手権獲得第1号になるとともに、アジア大会代表の座を手に入れました。

諏方選手は、1999年生まれの26歳。中学から長距離を始めて、新潟・中越高校3年から競歩を始めました。高校卒業後は、地元の森林組合に就職し、伐採など林業の仕事にフルタイムで携わる傍らで競技活動を継続。2020年の元旦競歩20kmで2位(1時間20分49秒)となった際に、当時、愛知製鋼でコーチを務めていた競歩の名伯楽・内田隆幸さんから声をかけられたことが縁となって、2021年に愛知製鋼入りし、以降、山西利和・丸尾知司という世界的トップウォーカーが在籍するチームの一員として競歩に取り組んできました。

2022年に20kmで世界チーム競歩選手権日本代表として出場(23位)したほか、20km・35kmともに国内大会では入賞の常連といえる成績を残してきましたが、優勝は今回が初めて。大切に育ててくれるチームにいながら、期待に応える結果を残せていないことに忸怩たる思いがあったというだけに、レース後は、喜ぶチーム関係者を見て、あふれる涙を止められない場面も。さらに、昨年12月に他界した恩師・内田さんの拠点であった能美市でのレースを、「内田さんが守り神のように後ろにいてくれたように感じていた」と振り返り、「これで少しは恩返しができたかなと思う」と、瞳を潤ませながら話しました(諏方選手の優勝コメントは、別記、ご参照ください)。

諏方選手に続いたのは、住所選手。諏方選手に突き放されてからは大幅にペースを落としたものの、最後まで懸命に粘って、サブスリー達成となる2時間59分31秒でフィニッシュしました。20kmでは2022年オレゴン世界選手権で入賞した実力者ですが、初めての挑戦となったマラソン競歩でも可能性を示す結果となりました。3位の髙橋選手は、終盤は苦しいレースとなったなか、3時間02分45秒でフィニッシュ。3時間切りは叶わなかったものの、昨年10月に高畠でマークしていた自己記録(3時間05分19秒)は、大きく更新しました。





女子は梅野が変則2連覇

2種目でアジア大会代表切符を手に

女子マラソン競歩は、男子と同じく午前8時にスタート。レースは、スタートしてすぐに、35kmで実施された前回優勝者で、2月に行われた日本選手権ハーフマラソン競歩も制して、すでにこの種目でアジア大会代表の座を手に入れている梅野倖子選手(LOCOK)が、一人で飛び出していく形で長い旅路が始まりました。

梅野選手は、最初の1.195kmを6分12秒(1周目の1kmは5分11秒)で入ると、その後、5分03秒、5分01秒、4分59秒と、当日朝の段階で自身が決めていた5分05~10秒ペースをかなり上回るスピードで歩を進め、5.195kmは26分21秒(25分20秒)で通過。その後は、いったん5分7~8秒ペースに落としたものの、再びペースが上がり、10.195kmは51分42秒(25分21秒)で通過していくことになりました。梅野選手自身、「少し抑えなければと、考えていた」というこのタイミングで、後方から梅野選手に迫ってきたのが矢来舞香選手(千葉興業銀行)。梅野選手と同じく東京世界選手権35km競歩の日本代表です。5分を切るペースでラップを刻んだ矢来選手が、10km過ぎで梅野選手に追いつき、ここからは2人が並んでレースを進めていくことになりました。2選手は、各周回を5分1~3秒で刻んでいく形で、15.195kmは1時間16分54秒(25分12秒)で通過。その後は、梅野選手に矢来選手がびたりとつく隊列が、18.195kmの周回を終えるまで続きました。

しかし、残り24周の終盤で梅野選手がややペースアップすると、残り23周を迎えたところで2人の差は3秒に。梅野選手は、20kmを通過していくこの周回で、スタート時点から雨除けにかぶっていたビニール袋を脱ぎ捨て、“臨戦態勢”をとると20.195kmを1時間42分01秒(25分07秒)で通過。ここから5分を切るペースに引き上げて、周回を重ねるごとに矢来選手との差を広げ、再び独り旅を始めることとなりました。25.195km は2時間06分49秒(24分48秒)、30.195kmは2時間31分31秒(24分42秒)と、その後の10kmは各5kmでも最速ラップを連発。この間で、矢来選手との距離との差は、3秒から25秒まで広がりました。

梅野選手としては、この勢いを最後まで押しきって3時間30分切りを目指したいところだったそうですが、残り10kmあたりから「呼吸的にも脚的にもまだ残っていたのに、お腹に来てしまった」とペースダウンを余儀なくされることに。特に最終盤は各周回を5分16秒から5分30秒までペースを落としてゴールを目指すことになりました。この影響で、35.195km以降は各5kmを25分08秒、26分15秒、最後の2kmを10分53秒というペースとなりましたが、無事に歩ききって3時間33分47秒でフィニッシュ。種目が変わったなかでの日本選手権ロング種目連覇を達成するとともに、ハーフマラソン競歩に続く日本選手権を獲得。2つめのアジア大会内定切符を手にすることとなりました(梅野選手の優勝コメントは、別記をご参照ください)。

2位には、中盤までの積極的にレースを進めた矢来選手が3時間35分06秒でフィニッシュ。ラスト7kmは大きくペースを落とす歩きとなったなか最後まで粘り、2022年日本選手権(35km競歩)の3位を上回る日本選手権最高順位でレースを終えました。この2人に続いて3位でフィニッシュしたのはベテランの渕瀬真寿美選手(建装工業)です。最初から3番手に位置し、自身のペースで歩を進めていった渕瀬選手は、その結果、42.195kmのほぼすべてを単独で歩く形となりましたが、残り7kmからペースを引き上げ、35.195kmからの5kmを25分29秒、最後の2kmを10分03秒でカバー。35.195km地点で、3分以上の開きがあった矢来選手との差を30秒までに縮める3時間36分36秒でレースを終えました。





激戦のハーフマラソン競歩は川野がV

圧巻の勝負強さを見せつける

全日本競歩能美大会は、日本選手権ロング種目の競歩と併催する以前から、ウォーカーたちからは20kmの重要大会のとして長年愛されてきましたが、今年、第50回という節目の大会を迎えることに。今回も、例年と同じく、全日本の部に加えて、アジア選手権、日本学生選手権を兼ねて行われました。マラソン競歩時に比べると、日が差してきたことによって寒さが和らいだ一方で、風がやや強まってきたなか、レースは13時30分に男女一斉にスタート。アジア選手権の代表に加えて、全日本、学生選手権の3部門で計55名が出場して行われた男子は、上位集団をつくった日本勢が、競り合いのなかで徐々にふるい落としを図っていくサバイバルレースとなりました。

先頭集団は、1km3分50秒前後のペースでスタートして、最初の1.0975kmを4分15秒で通過、ここから丸尾知司(愛知製鋼)選手を筆頭に、川野将虎(旭化成)、原圭佑(京都大学)、野田明宏(自衛隊体育学校)、萬壽春輝(自衛隊体育学校)、逢坂草太朗(東洋大学)、古賀友太(大塚製薬)の全7選手が先頭集団を形成し、少し間を空けて吉迫大成選手(東京学芸大学)と中国の選手が、さらに少し離れて勝木隼人選手(自衛隊体育学校)が続いていく滑りだしとなりました。3.0975kmからの周回で萬壽選手が後れて、6名となったトップグループは、それぞれの位置を目まぐるしく変えながらレースを進め、15.0975kmを19分38秒で通過。原選手がトップになって引っ張り始めたこの周回では、1kmのペースが3分46秒へと跳ね上がります。そこから原選手がややリードを広げる場面もありましたが、残り15周を迎えたところで後続が追いつくと、今度は丸尾選手が前に出て原選手を集団に吸収。ここからの3kmは丸尾選手がリードし、ほかの選手は集団のなかで位置を変えつつ3分57~58秒のペースを刻んでいきます。

動きがあったのは、10kmに向かっていく周回です。今回はアジア選手権代表として出場し、ここまでは2~3番手につけていた野田選手が先頭に立つと、川野選手がすぐに続く隊列に。この1kmを3分51秒に引き上げ、10.095kmを39分14秒(19分34秒)で通過していきました。この揺さぶりに、集団はいったん縦に長くなったものの後れる選手が出てこなかったことで、次の2周は3分59秒、4分00秒にペースダウン。丸尾選手が再び首位に立ったトップグループのペースが落ちたタイミングで、後方にいた吉迫選手が追いついて先頭集団は7名に。また、その後ろにいる勝木選手も、少しずつ上位との差を縮めていきます。

ここで野田選手が再び前に出て、次の1kmを3分57秒に上げ、その次の周回では終盤で川野・丸尾・野田選手らが横に並ぶような位置どりで競り合ったことで、3分53秒にペースアップすると逢坂選手が後退。さらに3分51秒にペースが上がった次の周回では丸尾選手も突き放され、58分53秒での通過となった15.0975km地点では、先頭集団は川野・野田・原・古賀の4人になりました。このからは野田選手が先頭を引き、残り5kmとなった16.0975地点を1時間02分46秒で通過してからも首位を譲らず、後続を振り落としにかかったことで、残り3周で古賀選手がつけなくなり、勝負はいよいよ野田・川野・原の3選手に絞られました。野田選手は19.095kmまでの周回を3分50秒に引き上げたものの、川野・原選手を突き放すことができず、逆に20kmに向かう周回で原選手に逆転されます。原選手はここで3分48秒のラップを刻み、ラスト1周となる20.0975km地点は、原・川野・野田の順に、1時間18秒11で通過していきました。

そして、最後の最後でトップに立ったのが川野選手でした。1つめの折り返しを回ったところで狙いすましたように先頭へ躍り出ると、食らいつこうとする原選手を突き放し、ラスト1周を3分40秒に引き上げ、1時間21分52秒でフィニッシュ。全日本の部を制しました。
フィニッシュ後には、力強い雄たけびを上げ、全身で達成感を表した川野選手は、レース後に感想を求められると「今回は、勝つことしか考えていなかった」とコメント。ロードでのレースは、脱水症状が出て18位の結果にとどまった東京世界選手権以来。それだけに「無事にタイトルが取れてよかった」と安堵の表情を見せました。初めて経験したロスオリンピックの正式種目となるハーフマラソン競歩について、「とても難しい種目。冷静に周りの状況を見る必要がある」という感想を述べたうえで、「今後のことはまだわからないが、もし、アジア大会に出場することができたら、金メダルを目指したい」と今後を見据えました。

健闘が光ったのは川野選手に3秒差の1時間21分55秒・2位でのフィニッシュとなった原選手といえるでしょう。世界大会で数多くの実績を残している年配選手たちを相手に、最後まで一歩も引かない戦いぶりを披露し、2月に神戸でマークした1時間22分50秒の自己記録を大きく更新しました。学生選手権の部では前回に続く連覇を達成しています。3位には野田選手が1時間21分58秒で続き、アジア選手権のタイトルを獲得。4位には、終盤で追い上げてきた勝木選手が1時間22分29秒でフィニッシュし、5位・逢坂選手に1秒先着しました。





全日本女子は、杉林が初の全国タイトル

2位の谷は学生選手権を制す

男子と同じ13時30分からスタートした女子は、アジア選手権、全日本、学生選手権の3部門に全37名が出場して行われました。レースは、ハイペースで入った男子とは対照的に、比較的ゆったりした入りに。優勝争いは13km過ぎのところで、序盤から先頭集団に位置したアジア選手権代表のティン・ジャン選手(中国)とヤスミナ・トクサンバエワ選手(カザフスタン)の2人に絞られました。ジャン選手は、引き離しにかかろうとするトクサンバエワ選手に動じることなくぴたりとついてレースを進め、残り5kmで前に出ると逆に突き放し、1時間36分18秒でアジア選手権を制しました。

全日本の部を制したのは、今回、アジア選手権日本代表として、今回初めてナショナルチームのユニフォームでレースに臨むこととなった杉林歩選手(大阪大学)です。先頭集団でなく第2グループに位置して、自身のペースでレースを進めた杉本選手は、序盤は日本人3番手からのスタートとなりましたが、5kmを過ぎたところで日本人2番手に浮上すると、7km付近まで先頭集団について日本人トップでレースを進めていた谷純花選手(金沢学院大学)との差を徐々に詰め、残り5周となったところで逆転し、1時間41分04秒でレースを終えました。杉林選手は、アジア選手権の部では前述の2選手と韓国の選手に続き、4位の成績を収めています。全日本の部2位の谷選手は、1時間41分25秒でフィニッシュ。学生選手権初優勝を飾りました。全日本3位も学生の中島橙子選手(早稲田大学)が続き、1時間42分15秒で学生選手権2位となっています。

このほか、全日本競歩能美大会として実施された高校男子10kmの部は、6位までが大会記録を更新するレベルの高さとなったなか、前回覇者の山田大智選手(西脇工高・兵庫)が40分57秒で圧勝。また、2位までが大会新記録となった高校女子5kmの部は、2月のU20選抜競歩女子10km競歩でU20日本新記録を樹立した内山由菜選手(本庄東高・埼玉)が、22分26秒をマークして、こちらも大会2連覇を達成しました。両選手は、4月に行われる世界競歩チーム選手権U20の部(男女とも10km競歩)で日本代表に選出済みで、地力を示す結果となりました。男女ともに3kmで実施された中学の部は、男子は中谷櫂志選手(宇ノ気中・石川、15分28秒)が、女子は川口ももな選手(内灘中・石川、15分37秒)が、それぞれ優勝を果たしています。

※本文中の記録および各5kmのラップタイムは公式発表の記録。ただし、各周回(1km)のラップタイムは、レース中の速報および手元の計時を採用した。


【日本選手権獲得者コメント】

■日本選手権男子マラソン競歩



諏方元郁(愛知製鋼)
優勝 2時間58分21秒
※アジア大会日本代表内定

日本代表にかかわるような成績を収めることが今までできていなかっただけに、ここでアジア大会の内定をいただけたことが本当に嬉しい。自分はここまで、コーチをはじめとするチームスタッフの皆さんや先輩の丸尾(知司)さんと山西(利和さん)、チームを応援してくださる皆さん、そして、ずっと支え続けてくれている妻と、本当に数えきれないたくさんの方々に応援してもらってきた。そうした方々に、やっと結果を出しての恩返しが少しはできたように思っている。

自分のなかでは、この大会は「30kmからが勝負になる」と思っていて、「30kmまで待って、最後の10kmをなんとか耐える」というレースプランを考えていた。(出場していれば先頭に立つと見込まれた)川野さん(将虎、旭化成。全日本競歩のハーフマラソン競歩に出場)がエントリーしていないことがわかり、「先頭を引っ張るのは誰になるのかな? もしかしたら自分になるかもしれない」と思ったりもしていたが、(実際に始まってみると)和生さん(髙橋、ADワークスグループ)が素晴らしいペースで引っ張ってくださったので、(序盤は)まずそこについていくことを意識し、そのあと住所(大翔、富士通)が28km過ぎで飛び出したが、自分は(それには反応せず)30kmまで待った。住所に追いついたのは、35kmあたり。コーチからは「1回、(力を)溜めろ」という声がかかったのだが、住所にあまり余裕がなさそうに感じたので、「ここで勝負を決めないと、逆に追いつかれて負ける可能性もある」と思い、そのまま気合で乗りきった。

記録としては、勝木さん(隼人、自衛隊体育学校)のタイム(昨年10月の全日本競歩高畠大会で記録した2時間55分28秒=マラソン競歩日本最高)を目標にしていたのだが、最初の5kmが(1km)4分20~15秒、30kmまでは4分15秒くらいで推移することになったため、(フィニッシュタイム2時間)55分は現実的ではないと考え、タイムというよりは順位、とにかく優勝だけを目指すことに意識を切り替えてはいたものの、結果として思い描いていたレースプランをそのまま遂行した形となった。欲を言うなら、最後の5kmでペースを落としてしまったこと。そこをちゃんと(1km)4分05(秒ペース)前後で押さえきれていれば、もうちょっといいタイムは出せた。勝木さんの記録から3分近く遅いタイムというところが、まだ自分の足りていない部分なのかなと思う。

ただ、結果的にレースはプラン通りの展開となった。そういったところも含めて(昨年12月に他界した)コーチの内田(隆幸)さんが守り神のように後ろにいてくれたように感じていて、天国から追い風を吹かせてくれたのかなと思う。内田さんがいなければ、自分は今、このチームにいることもなかったので本当に感謝しかない。内田さんの地元で優勝できたことで、少しは恩を返せたかなとも思うが、タイムが(2時間)58分かかっているので、きっと「まだまだ」と言われてしまうのではないかと思う。でも、自分としては、「今、できることを、ちゃんと出しきれました」とご報告したい。

<代表に内定した名古屋アジア大会に対する思いは? の問いに>
自分が所属する愛知製鋼は、地元が愛知県。たくさんの方々が見に来ていただける、足を運んでいただける距離感の名古屋市でアジア大会が行われることが、まず本当に嬉しいし、その大会に出られるということにワクワクする気持ちを感じつつ、緊張する思いや「本当に自分が出られるのかな」といった思いもあり、今はなんか複雑な気持ち。でも、ここから自分のなかにしっかり現実味を持たせて、本番に向けての計画を組んでいくようにしたい。
アジア大会での目標は、メダルを獲得すること。今日は、寒いなかでのレースだったが、本番は高温多湿が予想される。現在、愛知県に住んでいるので9月の気象もよくわかっていて、かなりタフなレースになると思っている。夏場は、練習だけでなく、そうした面も考えて、しっかりと対策をとって臨みたい。


■日本選手権女子マラソン競歩



梅野倖子(LOCOK)
優勝 3時間33分47秒
※アジア大会日本代表内定

優勝できて、率直に嬉しいという気持ち。あとは、このマラソン競歩でのアジア大会代表内定を一番の目標にしていたので、ひと安心している。勝ちきることができた要因は、「絶対に優勝する、という気持ちは誰にも負けない」という思い、あとは自分自身にしっかり集中して歩けたことだと思う。

今日は、体調的なことも考えて、30kmまでは(1km)5分5~10(秒のペース)で行くことを考えていたが、実際は、それよりも速いペースで進んでいく形となってしまっていた。それもあって、(10kmすぎで)矢来さん(舞香、千葉興銀)が来たときには、少し抑えようという思いもあり、あえて後ろに下がってついていくことを選んだ。なので、矢来さんが前に出た場面でも特に焦りはなく、自分自身としては35kmくらいまでは全く問題はなかった。

今回、優勝することは、自分のなかでは最低目標。最高目標として考えていたのは3時間30分を切って優勝することだったので、タイム的には課題が残った。優勝は優勝だが、内容的には改善点がまだまだ多く残るレースだったといえる。その課題とは、残り10km。実は、呼吸的にも脚的にもまだ(余力が)残った状態であったのに、お腹に来てしまった。このため、後ろとの差を確認して、これくらいまで落としても大丈夫だろうというところまでペースを落とし、特に最後の5~6kmは、確実にゴールするという意識で歩く形となった。終盤のペースダウンの原因はこのためで、脚のほうはまだまだ(ペースを)上げられる状態だった。お腹の問題は、東京世界陸上のときに経験していたので、以降、大会前の食事についても気をつけてきたし、レース中も給水の温度や量にも気を配っていた。先日の神戸では大丈夫だったし、雨と寒さのなかで行われた前回大会でも問題はなかったことを考えると、食事を見直すだけでなく要因を探る必要があると感じている。

これで、ハーフマラソン競歩とマラソン競歩の2種目で内定をいただくことができたが、アジア大会をどうするかについては、これからコーチやスタッフとも相談して決めていくことになる。今の自分の力では、(一つの大会で)2種目はまだ歩けないので、1種目に絞る可能性のほうが大きいかなとは考えている。ただ、どちらの種目に絞るにしても、アジア圏内の大会となるので、メダルは確実に取るということを目標に置いて、夏の練習をしっかりしていきたい。
自分は暑さが得意ではなく、2~3月のこの時期はよいのだが、夏場のレースは、いくら氷を持ったり帽子に氷入れたりと対策をとっても、すぐに息が上がるとか身体がバテるとかいう状態になってしまうので、夏の練習の仕方や日常の過ごし方などを工夫したい。昨年夏の東京世界陸上の前には、岡田さん(久美子、富士通。東京世界選手権20km競歩出場)と一緒に生活して、岡田さんが実践されていることも直接見させていただいた。今回もアドバイスなどをいただきながら取り組んでいきたい。

<32年ぶりに日本で開催されるアジア大会、どういう姿を見せたいか? の問いに>
去年の東京世界陸上もそうだったが、やはり日本人が先頭を歩いていると、応援してくださる日本の方々も楽しく観戦できると思う。アジア大会では、先頭争いしている姿、メダル争いしている姿を、お見せしたいなと思う。


文:児玉育美(JAAFメディアチーム)

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