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2026.03.03(火)委員会

第32回「JAAFコーチングクリニック」開催 公認資格更新研修にも位置づけ



日本陸連では、コーチ資格取得後の研修制度の一環として、指導ノウハウや動向に関する最新情報を伝える場として、指導者向けの講習会「JAAFコーチングクリニック」を年度ごとに開催しています。指導者養成委員会の運営により実施されているこの講習会は、日本スポーツ協会公認スポーツ指導者資格の更新研修にも位置づけられており、JAAF公認コーチ資格を持つ人々(公認コーチ・ジュニアコーチ・スタートコーチ)だけにとどまらず、幅広く指導の現場で活かせるラインナップを組んでいることが特徴です。
32回目となる2025年度のJAAFコーチングクリニックは2月8日、東京・味の素ナショナルトレーニングセンターで行われました。

 
集合形式の講習会として実施された今回は、実技と座学の2部構成でプログラムが用意されました。当日は、日本列島全体が強い寒波に見舞われた影響で、東京都内でも前日からの雪が積もり、気温も氷点下となる寒い1日となりましたが、13時からの開始に合わせて、全国各地から42名の受講者が集まりました。

第1部:実技講習

ケガ予防のためのコンディショニングトレーニング

最初に行われたのは、「ケガ予防のためのコンディショニングトレーニング」です。講師を務めたのは、日本陸連医事委員会トレーナー部部長の松尾信之介氏。大阪学院大学准教授の松尾氏は、スポーツ医学とバイオメカニクスを専門に、陸上競技選手の障害予防やパフォーマンス向上に関する研究を数多く手がけている人物で、同時に、アスレティックトレーナーとして、トップアスリートのコンディショニングや日本代表チーム帯同など数多い実績を持つほか、昨年の東京世界選手権においては救護活動業務を担当するなど、豊富な現場経験を持っています。

「今日は、“これさえやっておけば、ケガが防げる”というような魔法の話をするわけではない。また、ケガを予防するためにトレーニングの強度や量を落とし、競技力向上を犠牲にしてしまっては意味がないと考えている。競技力向上とケガの予防が、スキル面で両立できるところを目指したい」と冒頭で話した松尾氏は、ケガを予防するために必要なものとして「トレーニングに継続性のあるストーリーが必要」と述べたうえで、「動かすところがちゃんと動くか、止めたいところにちゃんと力が入るか」をコンセプトとして、さまざまなプログラムを紹介していきました。



ウォーミングアップとして紹介された内容では、

・可動域を出すストレッチ(ウォーミングアップとして)、 
 :肩甲骨周辺、股関節・内転筋・臀部の筋肉、背中などを対象に姿勢の変化で動かしていくなかで、徐々に広がる、

・片足立ち姿勢のチェック:身体の傾きや加重位置、各パーツの状態(かかと・踵の左右の揺れ、アーチの状態など)をチェック、

・足指の状態をチェック:自分の足指が、丸める・反らせる、開く・閉じるなど、自由に動かせるかの確認(足指が自由に動くと、ケガからの復帰が早くなる傾向にあることも紹介)と、動かせるようにしていく方法を説明、

・さまざまな運動のなかで、「ストーリーに乗って進めていく」ことを体験:①肩甲骨を下げる感覚を知る→②背中を動かす→③肩の可動域をストレッチする→④背中の可動性を高める→⑤背中のひねりを入れた動きを行う→⑦腹筋の出力が整う感覚を意識→実施してきた①~⑦の動きを組み合わせて腹部をキープしながら四肢をコントロールする→⑧⑦の動きに回旋が入れる、というように、個々の動きを繋がっていくようなトレーニングの実施、

などの事柄が、20種類を超える動きのなかで提示。受講者たちは、実際に身体を動かしたり、他者の動きを観察・フィードバックしたりするなかで、それぞれについて理解を深めていきました。また、松尾氏は、ウォーミングアップとして行ったこれらの動作が、その後、具体的にどう使われていくかなどについても触れ、指導に際して、どんな指示を出せば、難易度が上げられるか、動きを発展させていけるかなども紹介しました。

続いて行われたのが、用具を使って実施する内容です。フリーウエイト導入の基礎トレーニングの代表格ともいえるデッドリフトとスクワットを例に、シャフトとチューブを用いて実施する方法が紹介されました。



この方法でスクワット姿勢やデッドリフトの姿勢をとると、チューブが真下から引っ張られているため常に地面から垂直にかかってくる力を感じることができ、これによって姿勢や重心の位置などを正しく意識することが可能となります。正しい姿勢を意識するために、ウォーミングアップで取り組んだ「肩甲骨を落とす意識」がここで生きてくることが説明されるなど、どこに留意するとよいのか、どういうチェックの方法があるか、修正が必要な場合に何に留意したらよいか、などが随時、適切に示されました。

さらに、ここでは「紹介されたトレーニングメニューをどう指導するか」という点についても説明。松尾氏は、「ジャンプ運動について、陸上ではよく“筋肉に対してエキセントリック(伸張性)の負荷が大事”と言われるが、動いている当人の感覚自体は、引き伸ばされているというよりは、どちらかというと“固定しているのに勝手に引っ張り伸ばされている感じ”であるはず。また、走っているときも、膝下は“勝手に振られてしまう”という感覚で、決して振りにいっているわけではない。そうした状態を、いかにトレーニングの中に入れていくかが大切」として、

・チューブの張りが感じられる状態で連続ジャンプを行うと、足・膝・腰などの屈伸を使わない関節を固定したジャンプ運動の感覚を自然に得ることができる、

・ヒップロックの導入トレーニングとなる「片足を高く引き上げて、段差のある台上に接地する」動きを行うとき、「片足を高く引き上げて、足を台にゆっくりと音をさせずに着こう」と伝えれば、支持足のお尻が自然とヒップロックできた状態をつくることができる、
などを具体例に、トレーニングでは、特定の部位を意識させて身体を動かすよう指導するよりも、選手が「自然と(身体を)勝手に使えるようになっている」状態を目指したほうが望ましいことを示しました。

最後に松尾氏は、「例えば、ウエイトトレーニングをして腰に痛みが出たとき、“だからウエイトトレーニングはやったらダメ”と考えるのではなく、必要なスキルで実施できていたのかを確認すべき」と述べて、目的とする動きが正しくできるスキルを理解し、きちんと獲得しておくことの大切さも強調。冒頭で挙げた「動かすところがちゃんと動くか、止めたいところにちゃんと力が入るか」がなぜ必要なのかを改めて示したうえで、「トレーニングを、“ウォーミングアップ”“メイン”“コンディショニング”と別々に考えるのではなく、そこにちゃんとストーリーがあるかが、引いてはケガを防ぎながら、同時に競技力も向上させていくことにつながると考えている」と述べました。そして、「今日は、そういうコンセプトで、形を作るというよりは、感覚を導いてあげるような形で、ベーシックなトレーニングを一緒にやっていただいた。痛くなったり、ケガしたりしてから治療院やトレーナーに頼るのではなく、一緒にケガを防いでいくことが大事。ぜひ、日々のトレーニングで取り入れてみてほしい」と話して、90分にわたった講義を終えました。


第2部:座学講習

「その一瞬に、何を懸けていたのか。」―スプリンターが語る“勝負”と“コーチング”―



第2部は、ナショナルトレーニングセンターの大研修室に場所を移して、『「その一瞬に、何を懸けていたのか。」―スプリンターが語る“勝負”と“コーチング”―』と題した座学講習が行われました。講師として、スピードスケート元日本代表(1988年カルガリー冬季オリンピック銅メダリスト)で現在は群馬県嬬恋村の副村長として活躍する黒岩彰氏と、元日本陸連会長で、現在は福井工業大学客員教授、日本陸連盟顧問の尾縣貢氏を迎え、日本陸連指導者養成委員会シニアフェローの森健一氏(JAAFエデュケーター・日本スポーツ協会コーチデベロッパー)がファシリテートしていく形で、3つのセッションに分けて展開されました。


◎黒岩氏インタビュー:アスリート時代の競技観や取り組み



最初に行われたのは、黒岩氏と森氏による対談形式のセッションです。黒岩氏は、1983年に世界スピードスケートスプリント選手権で日本人初の総合優勝を果たし、同大会では1987年にも2度目の総合優勝を果たした人物。冬季オリンピックでは、1984年サラエボ大会、1988年カルガリー大会に出場しました。優勝候補の筆頭だったサラエボ大会で思わぬ敗戦(10位)を経験したのち、メンタルトレーニングや海外武者修行などの取り組みで課題を克服し、カルガリー大会男子500mでは銅メダルを獲得しています。メダルを獲得した年に26歳の若さで現役を退いたあとは、母校の専修大学や実業団チームを率いたほか、日本スケート連盟スピードスケート強化副部長を歴任するなど指導者として活躍。また、当時プロ野球選手として活躍していた松坂大輔選手の専属広報や西武ライオンズの球団代表、新高輪プリンスホテル営業支配人を務めるなど多岐にわたる職歴も持ち、2024年4月からは出身地である群馬県嬬恋村で副村長を務めています。

このセッションでは、森氏が黒岩氏にインタビューしていく形で、

・スピードスケートスプリント種目の特性、技術や用具の変遷、
・選手時代の競技への向き合い方、取り組みの方向性や考え方、
・サラエボオリンピックでの失敗を、どう捉えて、取り組み、乗り越えたか、
・コーチとの関係性、

など、特にアスリート時代の競技観や取り組み方が紹介されました。


◎尾縣氏講義:時代とともに変化しているコーチング



2つ目のセッションとして行われたのは、「時代とともに変化しているコーチング」と題した尾縣氏による講義です。尾縣氏は、中学・高校とハードルで全国優勝を経験したのち、筑波大学から十種競技に取り組み、日本選手権連覇やアジア大会出場の実績を残しましたが、大学院修了とともに第一線を退いて指導者の道へ。大学教員として教鞭をとる一方で、コーチングの分野で研究活動に取り組んできました。筑波大学では数多くの日本チャンピオンを育成。また、日本陸連では、強化を経て、2011年から2021年まで専務理事、2021年から昨年6月まで会長を歴任したほか、日本オリンピック委員会(JOC)でも常務理事、選手強化本部長、専務理事などの要職を務めました。2024年パリオリンピックでは日本選手団団長としてチームを牽引、昨年9月に成功を収めた東京2025世界陸上財団の会長でもあります。

「長年、スポーツに接していて、何が変わったかを考えると、一つはスポーツ科学の導入、もう一つはスポーツ・インテグリティ(スポーツがさまざまな脅威により欠けるところなく、価値ある高潔な状態)という考え方、この2つに尽きると思う」と話を始めた尾縣氏は、「時代のなかでスポーツは変わり、そしてコーチングもかなり変わってきた」と述べ、まず、日本において体育・スポーツの歴史やどう変遷してきたかを、歴史的な背景も踏まえながら説明。そして、文部省(現文部科学省)での中学・高校の学習指導要領の策定や運動部活動のあり方に関する調査研究協力者会議、スポーツ指導者の資質能力向上のための有識者会議等の委員も歴任してきた自身の経験や、オリンピックをはじめとする日本代表チームを率いた経験、専門とするコーチング分野の研究結果などを踏まえながら、

・運動部活動に内在する問題点、
・運動部活動を巡る国の動向、
・コロナ禍を経て迎えた東京オリンピックで生じた変化、
・「スポーツの価値を守り、創り、伝える」とするJOCのビジョン(JOC Vision 2064)の説明、
・「脱メダル主義」をはじめとしてパリオリンピックで行われたチームジャパンの取り組み、

などを紹介していくなかで、日本のスポーツ界におけるコーチングが、どう変わりつつあるかを解説しました。そして、いくつかの例も示しながら、「“何が変わってきたか”について本質的な話をすると、昔はコーチングの現場でも、ティーチングを多用していたのだと思う」とコメント。指導的な立場で知識やスキルを相手に正確に伝えるティーチングと、相手と同じ目線を持つ伴走的な立場で対象者が持つ可能性や答えを引きだしていくコーチングの違いを説明し、アスリートの指導に当たっては、「このティーチングとコーチングをどう使い分けるかが大切」と述べ、基礎知識の段階ではティーチングが必要だが、応用の段階になるとコーチングの手法が求められることを示しました。そして、「スポーツや教育では“教えてから問う”という流れが効果的。この“問う”というところが、ものすごく大事だと思う」と講義を締めくくりました。


◎黒岩氏&尾縣氏トークセッション:求められるコーチングとは?



2つのセッションを終えたあとは、最後に黒岩・尾縣の両氏が登壇。森氏が話を引きだしていく形で、コーチングに関するトークセッションが行われました。
まず、ここまでのセッションで出てきた話題に加えて、森氏が、

・いざコーチとして指導する立場となったときに、競技者として取り組んできたときとの間で、何かギャップはあったか? また、自身が目指した指導者像とは?

・他国や他競技から学んだコーチングはあるか?

などをテーマに、黒岩氏・尾縣氏にそれぞれの経験や考え方を質問。そこで、指導者としての両氏のコーチング哲学に大きく影響した人物やエピソード、他国や他競技との交流あるいは他の職種を経験するなかで培われたことなどが、時には笑いも起きた経験談とともに披露され、それらがコーチングに対する多くの共通項となって浮かび上がってくる形となりました。

このなかで、「自身のコーチングに、大きな影響を与えた人物」として、尾縣氏は「高校時代に指導してくださった2人の陸上部の先生」を挙げ、「例えば、夏の暑い日には一番早くグラウンドに出て水撒きをしてくれる。それを見た3年生が、すぐに“交替します!”と出ていき、その姿を2年生や1年生が見て、取り組む姿勢を学ぶようなチームだった。叱ったり怒鳴ったりはなく、また先輩もみんな優しく、そういう雰囲気をつくってくれたのが先生たち。私のコーチング哲学の根拠を挙げるなら、この2人の先生が、目指した姿だと言える」と話し、「その高校の先生方も、やはりティーチングとコーチングを上手に使い分けておられたと思う」と振り返りました。
黒岩氏は、実業団選手として所属した企業のトップで、引退後も長く縁を結ぶことになった堤義明氏(西武鉄道グループ元オーナー、JOC初代会長を務めたほか日本のスポーツ界の重鎮として数多くの功績を残している人物)の名前を挙げ、「競技から引退したとき、“どの世界に行っても勉強し続けることが大切”と言われたが、まさにその通りだった」と、その言葉が、引退後に多岐にわたる分野での活躍を可能にした基盤になっていることを明かしました。

また、「他国から学んだこと」として、尾縣氏は、日本陸連専務理事に就任した直後の2011年に、自らがヒアリングに出向いてまとめた当時のドイツ陸上界の現状と課題を紹介。この経験が「今、日本のやっていることは、本当に正しいのか」と疑問を深めるきっけかとなり、その後の競技者育成指針や指導者養成指針の策定につながったこと、さらには、現在、日本陸連が進めている、「すべての指導者にコーチ資格の取得を」「早期専門化をさせないための競技者育成や競技会システムの検討」などに結びついていることが示されました。
黒岩氏は、ここで競走馬の調教師から、「言葉でのコミュニケーションができない競走馬の場合は、トレーニング時の汗のかき方やエサを食べる仕草などから、その状態を見抜かなければならないのだと聞かされた」というエピソードを披露。同時に、自身は日常のなかで、選手の話すことを「ただただ聞くだけ」に徹する場面があると明かし、観察すること、話を聞くことも、コーチングにおいては大切なポイントになることを示しました。

このほか、尾縣氏は、競技別に見たアスリートのジャンプ能力に関する科学的データを解説し、「同じ垂直跳びが(高く)跳べても、その要因は(競技によって)全く違う。そうなるとトレーニングアプローチも全然違ってくるだろうし、あるいはいらないこともあるかもしれない。こういう力発揮の特性をしっかり理解して、考えてトレーニングしないと、空振りになってしまう恐れがある」と述べ、「他競技ではどうなのかを学ぶことも大切だし、そのうえで、“陸上の特性はこう”と知っておくことが大切」とコメント。黒岩氏は、「データの読み方は、簡単ではなく、いろいろな読み方があると思うが、やはり競技によって特性が出ていると思う。こうした研究データも踏まえながら、取り組んでいくことが必要」と話しました。



その後、フロアからの質疑応答も行われ、予定していたセッションの時間はあっという間に過ぎて終了時刻に。森氏から両氏に、「最後に、ひと言ずつお願いしたい」という言葉がかけられました。

尾縣氏は、自身が学生時代に協力した測定の筋組成データ(速筋線維と遅筋線維の割合)を示し、自身の測定結果に将来性の限界を感じて、「本来は、こういうものはタレント発掘に使われるのだが、私は、これで引退を決めた」と発言。こうした情報が、子どもたちからスポーツをする自由を奪う恐れがあることを示唆しました。また、小・中学生年代では生まれ月の影響が非常に大きいこと、さらに成長の速度は個人によって大きく異なることを挙げたうえで、早生まれで成長の遅い子どもたちが、自身の成長を見切ってしまうことがないように、「子どもたちは、発育発達を考えながら、しっかりと、大切に育ててほしい」と訴えました。また、アメリカ陸連とロシア陸連の会長と面談した際に心に残ったこととして、「アメリカでは、“1000人のジュニア選手よりも、1人の本当に必要なコーチが必要だ”と言われた。また、ロシアで“広大な国土で、どう拠点をつくるのか?”と聞いたら、“優秀なコーチがいるところに拠点は自然とできる。だからコーチは大事”と言われた。その2つの言葉がとても心に響き、“コーチの存在は本当に大事なのだな”と感じた」と述べ、受講者に向けて、「皆さんもそういった素晴らしいコーチの方々。ぜひ、目の前の子どもたちを大切に育てていっていただきたい」と、最後に呼びかけました。

黒岩氏は、「カルガリーオリンピックで500mを終えた際に、すごく感じたこと」として、『やるべきことはすべてやってきた。そんな自分を上回る選手がいたら、心から祝福したい』という言葉を挙げました。そして、念願のメダル獲得を果たした日の夜、メダルを逃した他国の優勝候補選手たちが、次々と祝福に来てくれたことを明かし、「この大会では、7人の金メダル候補がいたが、この7人は少なくとも自分のやるべきことをやって、なおかつ人の努力を認めてあげられた。もう、ライバルの域を超えた仲間だな、と感じることができたときに、こういう言葉が出てきた」と説明。「メダルが取れて、そのメダルを皆さんに見せられたことはとても嬉しかった。けれど、自分にとってみれば、メダルよりももっと価値のある、サラエボオリンピックからカルガリーオリンピックまでの時間が、自分にとっての財産だと感じた」と話し、全力を尽くした挑戦の先に、メダルや勝利を超える価値が見えてきたことを示しました。

そして、故郷である嬬恋村の副村長になった際に、前述の堤氏から「彰、“ようやく嬬恋村に恩返しできるチャンスをもらったな。人間、死ぬまで勉強だよ、死ぬまで努力だよ”という言葉をもらった」というエピソードを明かし、「そのとき、まだまだ自分にはやらなきゃいけないことがたくさんあるなと感じた」とコメント。「今日、お越しの方のなかにも公務員の方がたくさんいると思う。非常に大変な仕事を仰せつかっているが、私は嬬恋村のために生涯ずっと勉強しながら努力しようと思っている」と、指導者にも通じる思いを述べ、挨拶を締めくくりました。


文・写真:児玉育美(JAAFメディアチーム)

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