パリオリンピックの開幕まで1週間を切り、会期の後半に配置されている陸上競技のスタートまで、あと12日となった7月の第3週末、日本代表の選手たちは、国内外でオリンピック前最後の競技会に臨みました。日本国内では、7月20日に神奈川県平塚市のレモンガススタジアム平塚で、日本グランプリシリーズ2024第10戦・平塚大会となる『2024オールスターナイト陸上(実業団・学生対抗)』が、翌7月21日に東京都調布市のAGF フィールド(味の素スタジアム西競技場)で、関東学連が主催する『第19回トワイライト・ゲームス』が、連日で開催。複数の種目にパリ五輪代表も出場し、日本新記録をはじめとする好記録が誕生しています。今回は、両大会での日本代表の活躍に絞って、結果をご紹介します。
福部、100mハードルで今季アジア最高!
12秒69の日本新!
オールドファンには「実学(じつがく)」の通称で知られる「オールスターナイト陸上(実業団・学生対抗)」は、日本実業団陸上競技連合と日本学生陸上競技連合に所属するトップ選手たちが、秩父宮賜杯を巡って競う対抗戦として、1961年から実施されている由緒ある競技会です。2023年シーズンから、日本グランプリシリーズに仲間入り。2年目となる今季は、第10戦・平塚大会として14のグランプリ種目が行われました。国内では、日本選手権以来の全国クラスの競技会。しかも、パリオリンピック開幕直前というタイミングで行われたこともあり、パリへの渡航を控える代表選手たちが多数出場。五輪前最後の競技会に臨みました。
まず、最初にご紹介すべきは、この種目でしょう。歴史的な好記録は、厳しい暑さをもたらした太陽が沈み、夏の夜が始まるタイミングで誕生しました。風の影響を考慮して、バックストレートで実施した女子100mハードルで、パリ五輪代表の福部真子選手(日本建設工業)が12秒69(+1.2)の日本新記録を樹立したのです。5レーンに入った福部選手は、スタートしてすぐにリードを奪うと、ハードルを越えるごとに後続との差を広げてフィニッシュ。走りながら12秒70で止まった速報タイマーを目にして、「ほんとに? ほんとに(12秒)70? と“3度見”した(笑)」(福部選手)と、まず驚きを見せた福部選手の表情は、少し経って表示された正式結果「12秒69」が出た瞬間に、満面の笑顔に変わりました。2022年9月の全日本実業団で樹立した自身の日本記録12秒73を更新して、日本人女子では初めて12秒6台に突入。今季アジア最高で、アジア歴代では4位タイとなる好記録です。
レース後、「日本選手権のほうが動き自体はよく、スタートからの入りも“んー”という感じ。ベストが出るとは思っていなかった」と振り返った福部選手。特に、スタートからのアプローチの部分と、1~2台目のタッチダウンタイム上がってこないという課題が、まだ解消できていないと言います。一方で、そういうなかでのこの記録は、五輪本番に向けては追い風となった様子。「地力がやっとついてきたかな、と思う」と瞳を輝かせました。
今季の女子100mハードルは、12秒25(マサイ・ラッセル、アメリカ)を筆頭に、12秒3台の選手がひしめき合う状況となっており、五輪本番でもレベルの高いレースが予想されています。「決勝を目指したいけれど、まずは一つ一つのラウンドで、自分のベストパフォーマンスを」と福部選手。本番では、得意とする序盤で「できることなら」リードを奪うというのが理想とする展開と言います。12秒5を切るタイムを視野に入れ、初の五輪に挑みます。
走幅跳・秦は、6m61で快勝
400mハードルは小川、400mは吉津が制す
このほか、オールスターナイト陸上では、女子走幅跳で、パリ五輪代表の秦澄美鈴選手(住友電工)が3回目に6m61(+0.8)をマークして優勝。優勝記録には満足がいかなかったようですが、2回目の跳躍を振り返って、ファウルながらも「久しぶりに、助走と踏み切りがしっかり合ったな、という感覚があった」として、シーズンベスト(6m71)をマークした「木南(記念)並み、木南以上くらいの手応えを感じることができた」と明るい表情を見せていました。
男子400mハードルには、日本選手権決勝で参加標準記録ぴったりの48秒70をマークして2位となり、代表切符を手に入れた小川大輝選手(東洋大)が49秒09で、男子400mは、4×400mリレーで代表入りを果たした吉津拓歩選手(ジーケーライン)が45秒89で、それぞれ快勝。女子やり投には、ワールドランキングで代表入りを決めた斉藤真理菜選手(スズキ)と上田百寧選手(ゼンリン)が出場し、3位(57m89)となった山元祐季選手(九州共立大)も交えて抜きつ抜かれつの勝負を繰り広げましたが、5回目に57m93を投げてトップに立った上田選手を、斉藤選手が最終投てきで58m45を繰りだし、逆転優勝。ともに60m台に乗せられなかったことを悔しがっていたものの、五輪代表の実力を見せつけました。
男子走高跳には、真野友博選手(九電工)が出場。この大会には、「跳躍の確認」を意図していたそうですが、蒸し暑さの影響もあり、最初の高さとして臨んだ2m15の段階から、両ふくらはぎが攣ってしまうアクシデントに見舞われてしまいます。2m15は3回目にクリアしたものの、2m18をパスし、2m21を2回失敗したところで競技を終えました(6位タイ)。しかし、日本選手権以降のトレーニングはきっちりと積むことができているそうで、不安は全くない様子。「ここが(状態の)一番下だと思って、オリンピックに向かいたい」と話してくれました。
急きょ、国内でのレースが実現!
泉谷、シーズンベストの13秒10で観客を魅了
翌7月21日には、「トワイライト・ゲームス」が、東京・AGFフィールド(味の素スタジアム西競技場)で開催されました。この大会は、関東学生陸上競技連盟が、「夏の夕暮れに、ビールを片手に観戦を楽しめるような競技会を」というコンセプトで2004年からスタートさせたもの。年々、認知度が高まり、今回で19回目の開催です。
全24種目で決勝が行われたなか、男子110mハードルには、急きょ、日本記録保持者(13秒04)でパリ五輪代表の泉谷駿介選手(住友電工)がエントリー。2組タイムレース決勝で行われたこの種目の第2組を走り、圧巻のレースを見せてシーズンベストの13秒10(+1.6)をマークし、今季世界リストで10位タイに浮上する好記録で勝利しました。
昨年は、ブダペスト世界選手権で、この種目で日本人初の決勝進出を果たして5位に入賞したほか、ダイヤモンドリーグ(DL)ローザンヌ大会優勝や、DLファイナル4位と、日本のスプリントハードルに新たな歴史を刻み続けた泉谷選手。今季は、初戦のダイヤモンドリーグ廈門大会(4月)で13秒17をマークして内定条件を満たし、早々にパリ五輪の出場権を手に入れると、その後は、DLを転戦する形でシーズンを過ごしてきました。2戦目のDL蘇州大会では東京五輪金メダリストのハンズル・パーチメント選手(ジャマイカ)に競り勝ち2位に、5月のDLユージーン大会(7位)を経て、7月7日のDLパリ大会では予選・決勝と13秒16のシーズンベストを2本並べて3位。着実に実績を積み重ね、「スタートからのリードに強みを持つイズミヤ」として、国際舞台でも認知されるようになっています。
7月12日のDLモナコ大会では、ハードルに接触してバランスを崩し、転倒して途中棄権とヒヤリをさせる結果に終わりました。幸いダメージはなかったものの、「自分の走りを確認する」「自信を持ってオリンピックに臨めるようにする」の2つを意図して、もう1戦挟んでオリンピックを迎えることに。レーンに余裕のあった今大会に出場する経緯となりました。急なエントリーについて、「協力してくださった方々に感謝したい」と話した泉谷選手ですが、実は、日本で110mハードルに出るのは、13秒04の日本新記録を樹立した昨年の日本選手権決勝レース以来。会場に居合わせた人々からすれば、世界レベルのハードルテクニックを、思いがけず生で目にする幸運に恵まれたというでしょう。この大会では、ウォーミングアップも会場内で行われますが、ハードルドリルや走りの動きつくり、スタート練習など、泉谷選手の一挙手一投足には、アップの段階から熱い視線が注がれました。
レースを終えて、「久々の国内で、けっこう楽しく、自分らしいレースができたといえばできたが、もう少し課題があるかな、と思った」と泉谷選手。心持ちビルドアップ(徐々に速くしていく)していくイメージで走ったスタートの部分を挙げ、「もう少し(スピードを)出しても良かったかなと思うのだが、でも、出すと(インターバルが)詰まってしまう」そう。「そこ(のインターバルランニング)をもっと刻んでいけるようにしたい」と話しました。
このインターバルが詰まる状態は、今季になって泉谷選手が苦慮しているところで、スピードが高まり、踏み切りの力もついたことで、「去年よりも(インターバルランニングを)刻む難易度が上がっている」と言います。シニアの男子110mハードルにおけるインターバルは9.14mありますが、泉谷選手の場合は、なんと「3台目以降は詰まってしまう」そう。「そこをどう刻むか。もう、走幅跳の踏切板みたいな感じで、そこで踏みきらないとクラッシュしたり、ぶつけてバランスを崩したりしてしまう」と言います。
「今日は、欲を言えば、(13秒)0台が欲しかった」と少し悔しさもあったようですが、感触はまずまずだった様子。「パリの予選と準決勝は、今日みたいな感じのレースができれば…。決勝では、しっかりと自分の強みを生かして、思いきりぶつかりたい」と泉谷選手。「決勝には、やっぱり行きたい。メダルを取ることが目標だけど、レベルも高くなっている。難しいけれど、でも、そこで勝負して(メダルを)取れたら自信になると思う。今までやってきたことを信じて臨みたい」と力強い言葉を聞かせてくれました。パリに向けては、7月31日に出発。ショートスパンで8月4日からのレースに挑む計画です。
文・写真:児玉育美(JAAFメディアチーム)
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