日本グランプリシリーズ2024第2戦・出雲大会『吉岡隆徳記念第78回出雲陸上競技大会』が4月13~14日、島根県出雲市の浜山公園陸上競技場で行われました。スプリント種目の本格的な国内シーズン開幕戦という位置づけが定着し、長く実施されてきているこの大会。今年は、リレー種目におけるパリオリンピック出場権獲得の舞台となる世界リレー(バハマ・ナッソー、5月4~5日)の日本代表選手選考レースを兼ねての開催です。このため、例年より実施種目が増え、男子100m・200m・300m・400m、女子100m・200m・400mの計7種目が行われました。
大荒れの天候に苦慮した前年とは打って変わって今年は両日とも快晴に。やや風が回る傾向はあったものの、気温が初日は25.0℃、2日目には26.5℃まで上がるなど、初夏を思わせるコンディションに恵まれたなか、トップスプリンターたちがオリンピックイヤーのトラックシーズンをスタートさせました。
男子100mは、飯塚が抜群の修正力で若手を制す
200mは山路が優勝
男子100mは、2016年リオ五輪4×100mリレー銀メダリストで、200mを“本職”とする飯塚翔太選手(ミズノ)が、ベテランならではのパフォーマンスで、若手スプリンターたちを圧倒しました。今回は、予備予選からの出場となった飯塚選手ですが、初日は、1組目に登場したその予備予選が5着(10秒37、-0.6)でのフィニッシュとなったことで、「ここで姿を消すのか?」と、はらはらするひと幕も。しかし、通過者8名のうち5番手で駒を進めると、3組上位2着+2の条件で行われた予選では、10秒28(+0.6)へとタイムを上げ、2着で翌日行われるA決勝に進出しました。
1日目を終えた段階で、「(予備予選から)予選の間で、ある程度の修正ができた。あとはトップスピードになってから後半にかけての動き。予選では、スピードを上げる意識をしすぎてしまったので、そこを修正したい」と話していた飯塚選手ですが、翌日行われた決勝では、その言葉の通りに修正。1~6位が0.07秒差となる大混戦となったなか、同記録でフィニッシュした木梨嘉紀選手(筑波大学大学院)をわずかにかわして10秒30(+0.1)で先着しました。
100mでの国内主要大会で飯塚選手が勝つのは、タイムレース決勝で行われた2020年富士北麓ワールドトライアル以来で、ラウンド制のレースでは10秒08の好記録(現自己記録)をマークした2017年布勢スプリント以来のこと。両大会とも当時はグランプリとしての開催ではなかったため、100mでは今回が日本グランプリシリーズ初優勝となります。
レース後は、「(予備予選、予選、決勝と)3本走れて、1本1本修正する時間があったので、決勝は3本のなかで一番いい動きができた」と笑顔を見せた飯塚選手ですが、その一方で反省点として「1本目の精度が低かった」ことを挙げ、「こうやってラウンドを重ねていけば(状態を)上げることはできるのだが、周りの選手は1発目からしっかり走れている。レベルの高い試合だったら、そこ(1本目)で終わってしまうので、完成度を上げていくことが今の課題」と話しました。
今年6月には33歳となりますが、「常に自己ベストを狙って、練習でも常に“どうやって超えていこうか”と考えながらやっている」と言う飯塚選手。「その手応えはあるか」と問われると、「ありますね」と即答し、「今回のように修正するとか、新しいスパイクに合わせて動きを変えるなど、技術の面は確実に良くなってきているし、あとは気持ちを入れていく面…常に心を燃えたぎらせて競技生活を送っていくとか、勝ち負けにこだわるとか、そういった気持ちを大切にしている」とコメント。今年は200mで4大会連続となるオリンピック出場を狙ってのシーズンとなりますが、「去年(のブダペスト世界選手権)も本当に楽しかった。(世界大会に出るたびに)“こんなに速いんだ”と毎回思うし、終わったときにいつもモチベーションをもらって、いろいろ挑戦したり新しい練習をしたりするきっかけにもなっている。(パリオリンピックにも)出て、思いきり戦いたい」と、瞳を輝かせながら話してくれました。
近年では膝痛の不安をコントロールしながらの取り組みとなっていることもあり、世界リレーには臨まず、国内で調整を進めていく計画を組んでいます。次戦は、出身地で開催される静岡国際200mで、その後、セイコーゴールデングランプリに出場することが決まっています。「200mにつながっていく良いレースとなった」と飯塚選手。すでに200mでは、4月7日に20秒48(+1.1)の好タイムをマークしていますが、「常に狙っている」と前述した飯塚選手の自己記録は、オリンピック参加標準記録(20秒16)を上回る20秒11(2016年)。今後、さらにギアを上げていく走りが期待できそうです。
飯塚選手と同記録で2位となった木梨選手は、2月に行われた日本選手権室内60mのチャンピオン。順天堂大のユニフォームをまとって臨む最後のレースとなったこのときは、同タイム着差なしとなった岡崎隼弥選手(アスリートリンク)と優勝を分け合っています。筑波大学大学院に進学し、新ユニフォームで挑んだ今大会での勝利はかないませんでしたが、10秒30は昨年にマークした自己記録(10秒27)に次ぐセカンドベスト。順調な屋外シーズンへの移行を印象づけました。10秒31で3位に食い込んだ山本匠真選手(広島大学)は、予選で飯塚選手と同じ1組に入って10秒21の自己新で先着し、好調を示していた選手。同様に予選(2組2着)で10秒24(-1.2)の自己新をマークし、決勝では10秒34で4位となった三輪颯太選手(慶應義塾大学)を含めて、「予備予選出場組」が上位を占める結果となりました。
男子200mは、昨年20秒65まで自己記録を縮めてきた山路康太郎選手(Cynet)がセカンドベストの20秒74(±0)で優勝。2位には、昨年のアジア大会200m8位で、銀メダルを獲得した4×100mリレーのアンカーを務めた宇野勝翔選手(オリコ、自己記録20秒49)が20秒82で続いています。
男子300mは西が快勝、400mは吉津が制す
男子300mと同400mは、男子4×400mリレー、および男女混合4×400mリレーの選考レースとして行われました。男子300m決勝は、2組で行われた前日の予選を、それぞれ1着で通過した川端魁人選手(中京大クラブ、予選32秒61)と西裕大選手(MINT TOKYO、予選32秒77)の対決に。レースは、オレゴン世界選手権4×400mリレー4位入賞メンバーの川端選手が前半からリードを奪ってホームストレートに入りましたが、西選手が終盤で追いつき、フィニッシュ直前で逆転し、日本歴代7位となる32秒52で優勝。川端選手が32秒65、壹岐元太選手(京都産業大学)が32秒79で続く結果となりました。「最低限でも優勝を、と思っていた。(日本代表の)マイルメンバーに入るためにも日本記録(32秒21、藤光謙司、2015年)は出してアピールしなければと考えていたので、そこに届かなかったことは残念だが、川端さんはずっと格上の選手。300mという種目ではあるが、そこをしっかり倒せたことは大きいと思う」と勝利を喜んだ西選手は、早稲田大学4年の昨シーズンに、大きく躍進した選手。8月に中国・成都で開催されたワールドユニバーシティゲームズ(WUG)の男子200mで銀メダルを獲得したほか、アンカーを務めた4×100mリレーで5位に入賞しました。200mの自己記録はWUGの準決勝でマークした20秒43。日本インカレでも200mを制しています。
実は、西選手は当初、競技生活は大学までと決めていたため、就職活動を行って一般企業への内定を得ている状況でした。しかし、「オリンピックが夢から現実的な目標に変わったこと、あとは、ライバルの鵜澤飛羽(筑波大学、自己記録20秒23、アジア選手権優勝、ブダペスト世界選手権代表)に勝ちたい、もう一度勝負したいという思いがどうしても強くて…」(西選手)と、現役続行を決断。MINT TOKYOの所属で、これまでと同様に大前祐介早稲田大学監督の指導のもと競技に取り組んでいくこととなりました。
サポートを受けるMINT TOKYOへの感謝はもちろんのこと、「内定を辞退することになった企業からは、お詫びした際に、“その考えを尊重するし、むしろ頑張ってくれ”という言葉までいただいた。大変な迷惑をかけて決めたことなので、オリンピック出場にはこだわりたい。覚悟を持って、“結果を出さなければいけないんだ”という気持ちで取り組んでいる」と言う西選手。「今回の結果で、世界リレーの代表に選んでいただけたら、しっかりオリンピックの代表権を獲得できるようにしたい」と、リレーでの代表入りに思いを馳せるとともに、「個人種目の200mでもオリンピック出場を目指したい」と意気込みました。
男子400mでは、吉津拓歩選手(ジーケーライン)が躍進を印象づけました。東洋大出身で社会人3年目の昨シーズンに46秒07まで記録を縮めてきた選手ですが、今大会では予選から後続を大きく突き放すレースで自身初の46秒切りとなる45秒85の自己新記録をマークすると、その勢いは決勝でさらに加速。自己記録を45秒71へと更新し、昨年の全日本実業団に続く優勝を果たしました。
「45秒5台くらいは出せるかなと思っていたのだが、400mは今回が初戦ということもあって、うまくいかない部分があった。予選・決勝とベストを出すことができたけれど、内容は昨日(予選)のほうが良かった印象があるので、その反省を今後に生かしたい」と、レースを振り返った吉津選手。世界リレーの代表入りに向けては、「僕は、前半があまり速くないのが元々の走り方で、そこが世界を目指すうえで課題になっているけれど…」と前置きしつつも、2レース続けて45秒台での自己記録更新で「少しはアピールできたかな」という気持ちもある様子。1週前には200mで20秒99の自己新記録をマークしており、課題のスピード面も、この冬、取り組んできた強化の成果が現れてきています。
パリオリンピックについては、「個人で狙っていくには(WAワールドランキングの)ポイントも全然届かないし、タイムも(参加標準記録の45秒00には)まだ遠い。リレーで狙うのが現実的な状況」と言うものの、来年の東京世界選手権や2026年の名古屋アジア大会も視野に入っており、特に豊橋市出身の吉津選手としては、「愛知で開かれるアジア大会で、個人で戦っている飛躍の年にできたら…」という思いも。「ただ、そんなのんびりしたことも言ってはいられないので、まずは今年の日本選手権で(トップの)3人(佐藤拳太郎=富士通、佐藤風雅=ミズノ、中島佑気ジョセフ=富士通)にどう勝つかを目標としてやっていく。ひと筋縄じゃいかないとは思うけれど、45秒1台とかのあたりまで行けたらいいなと思う」と今季の展望を話しました。
400mで吉津選手に続いて2位を占めたのは、昨年のブダペスト世界選手権4×400mリレー代表で、アジア選手権男女混合4×400mリレーでは日本新記録(3分15秒71)で銅メダルを獲得している今泉堅貴選手(Team SSP)。予選(46秒32)からタイムをきっちり上げて、45秒81のシーズンベストでフィニッシュしています。
予選で好記録続出の女子100mは三浦が3連覇
女子200mは青野が優勝、400mは岩田が復調V
女子100mは、2023年日本リスト上位を占め、近年の日本チームには欠かせない顔ぶれとなっている君嶋愛梨沙(土木管理総合試験所)、鶴田玲美(南九州ファミリーマート)、兒玉芽生(ミズノ)の3選手がエントリーしたほか、日本インカレで表彰台を独占した藏重みう選手、岡根和奏選手、奥野由萌選手の甲南大学勢、インターハイ100m・200m2冠の山形愛羽選手(福岡大)、この大会2連覇中の三浦愛華選手(愛媛県競技力向上対策本部)など、実力者がずらりと顔を揃えてのレースとなりました。好記録が連発したのは1日目の予選です。2組上位3着+2の条件で行われましたが、まず第1組(+1.5m)で三浦選手が11秒45、山形選手がU20歴代2位タイとなる11秒46と、ともに自己記録を更新して大会新記録を樹立。第2組(+1.8m)では、鶴田選手が4年ぶりの自己新記録となる11秒44を叩きだして大会記録を更新したほか、2着の君嶋選手も11秒50の大会新記録をマークし、決勝に駒を進めたのです。
この4選手が接戦を繰り広げた翌日の決勝では、三浦選手が中盤で抜けだすと、ラストに強い鶴田選手の逆転を許さず11秒59(+0.5)で大会3連覇を達成。鶴田選手が11秒60、山形選手が11秒64、君嶋選手が11秒66で続きました。
この春から社会人となった三浦選手は、初戦として臨んだ出雲陸上で、いきなり11秒4台の自己新記録から今季をスタートさせることになりました。予選を終えた初日の段階では、「調整はしていて、ベストは出る予感があったなかで、(自己新が)出たという感じ。明日は11秒3台を出たらいいなと思う」と話していましたが、決勝は、全体的に初日よりも風が回る難しい条件下となったこともあり、タイムを落とすことに。三浦選手は「フィニッシュ手前10mくらいで失速してしまった。“前に出たい”という思いが出てしまい、力んでしまったかな」と苦笑い。しかし、その一方で、「このメンバーのなかで勝てたことは、すごく自信になるのでよかった」と声を弾ませ、「ここまで良い感じに仕上がっていて自己ベストも出たし、(世界リレーまでには)もう少し調整期間があるので、今よりもさらに走れるんじゃないかなと思う。選んでいただけるなら走りたいし、パリ(オリンピック)にもつなげたい」と世界リレーに向けて意欲を見せました。
一方、当然上位争いすると目されながら、予選4着(11秒74)にとどまり、B決勝に回る形となったことで状態が心配されたのが兒玉選手です。2日目の午前中に組まれたチャレンジレースを1本消化して臨んだB決勝も11秒97(+0.4)・5着でのフィニッシュとなりました。実は、これは大会1週間前のタイミングで、トレーニング中に腰を痛めてしまったことに起因するもの。すべてのレースを終えたあとに、兒玉選手は「予選を走ってみて悪化することもなかったので、次に向けて何かつかみたいと思い、今日(2日目)は2本走ることにした」と経緯を説明し、「レースに出たことで、加速の部分に課題だとわかったし、これからレースを重ねていくにつれて、きっかけがつかめそうな感触を得ることができた」と振り返りました。B決勝での走りは「思ったよりも走れなかったという印象はある」というものでしたが、「アップ(での動き)も含めて少しずつ変わっているので、そこをプラスに捉えたい」と前向きな発言も。「今季は、1戦1戦が自分にとってすごく重要になってくる。そこを外さないように準備していきたい」と、その視線はすでに次へと向かっていました。
女子200mでは、全体トップタイムとなる23秒90(+0.4)で予選を通過していた青野朱李選手(NDソフト)が決勝でも他を圧倒、昨年マークした自己記録(23秒42)に迫る23秒43で快勝しまいしたが、追い風2.7mということで参考記録となりました。
前日行われた予選以上に調子が良かったことから、記録が狙える予感を持って決勝に臨んでいたという青野選手は、「最低でも23秒3前半では走りたかったし、2.7mという追い風を考えれば、23秒2とかが出てもよかったと思う。この記録ではまだまだ物足りないなというのが正直な気持ち」と、ちょっぴり悔しそうな表情でレースを振り返りました。
この冬は、「大きく変えたことは特になく、今まで取り組んできたことの積み重ねでやってきたが、以前よりも筋力がアップしたことで出力が上がった」ことを実感できているそうで、その変化を特に感じているのがスタートの局面。すでに100mでは初戦の宮崎県記録会でセカンドベストの11秒58をマークしていますが、「スタートの部分での1歩1歩の質が上がってきたことが、もともと得意とする後半にうまくつながってきているのかなと思う」と言います。3月から使い始めた新スパイクにうまくアジャストしていることも追い風になっているようで、「春先でこのくらい走れていれば、日本選手権までにもっと上げられるのではないかと思うので、もっともっと頑張りたい」と言葉に力を込めました。
今季は、パリオリンピックで戦うことが最大目標。「100mの結果次第だとは思うが、もし、選んでいただけるのなら、全力で頑張りたい」という世界リレーの代表選考結果に応じて、2つのパターンを想定して日本選手権への道すじを計画しているそうです。
女子400mは、1日目の予選を全体トップタイムとなる53秒42で通過した岩田優奈選手(スズキ)が、2日目の決勝でも好調を維持。昨年のアジア選手権男女混合4×400mリレーメンバーとして、日本新記録を樹立して銅メダルを獲得した松本奈菜子選手(東邦銀行)・久保山晴菜選手(今村病院)らを抑え、53秒38の大会新記録で優勝しました。
社会人5年目となる岩田選手は、中央大学2年時の2017年に日本選手権400mで優勝した実績を持ち、2019年にはアジア選手権の女子4×400mリレーの代表に選出されて銅メダルを獲得。同年には日本(横浜)で開催された世界リレーでも、女子4×400mリレーのアンカーを務めています。社会人になってからは、度重なるケガで不振に苦しむ時期が続きましたが徐々に復調。この大会では、予選でセカンドベストをマークすると、決勝では2018年に出した自己記録53秒37に0.01秒まで迫り、完全復活を印象づけました。
「松本さんと久保山さんは、ずっとトップに立って世界の舞台で戦っている選手で、目標にしていた。その2人に勝たないと、私は日本代表として走れないと思っていたので、今日、勝つことができたことは本当に嬉しかった」と振り返った岩田選手。この冬、左足の接地を改善し、足の痛みが出なくなるようにしたことで練習の継続が可能となり、それが結果につながっていると言います。
「今季は、自己ベストは絶対に更新することと、ずっと出せそうで出せずにいた52秒台が目標。個人でのオリンピック出場はかなり厳しいので、(男女混合4×400m)リレーで目指していきたい。また、今回は女子のマイルは世界リレーへの派遣もないので、来年の東京世界選手権には女子のマイルで出場できるようにしていきたい」と力強く言い切りました。
2位には、ラストの猛追で、岩田選手をひやりとさせた松本選手が53秒42で続き、ここまでが大会記録を更新。3位には、今春、甲南大学を卒業して東邦銀行の所属となった井戸アビゲイル風果選手が、昨年出した54秒10の自己記録を大きく更新する53秒87をマークし、久保山選手(53秒90・4位)に先着する結果となっています。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)、写真提供:アフロスポーツ
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