写真:アフロスポーツ
日本陸連は、日本や世界の頂点に挑み続ける競技者のパフォーマンス向上とキャリア自立を両立する「ライフスキルトレーニングプログラム」を2020年から展開しています。これは、総合人材サービス企業として高い実績を持つ株式会社東京海上日動キャリアサービスのサポートを得て、学生競技者を対象に行われているもの。アスリートがもともと備えている「ライフスキル」(自分の「最高」の引き出す技術)を知識として身につけ、さらに自身の目的に応じて使いこなせるようにトレーニングすることによって、競技力の向上と並行して、人生のさまざまな場面で自身の可能性を最大限に引き出して活躍していける人材を育てていくことを目指しています。
2020年は第1期生として14名の、2021年には10名の学生アスリートが選抜、受講者たちは、さまざまなプログラムを受けるなかで自らのライフスキルを高めてきました。その成果は、競技成績だけでなく、さまざまな場面でアスリートたちに大きな変容をもたらしています。
ここでは、第1期生、第2期生のなかから、3名の受講者にインタビュー。ライフスキルトレーニングによって、自身に起きた変化を振り返っていただきました。
第2期受講生:樫原沙紀(筑波大学)インタビュー
自分に何が必要なのか、何を成し遂げたいのかを見つめ直したかった
―――樫原選手は、ライフスキルトレーニングを申し込んだ理由として、「競技と向き合う意義を見つめ直すこと」を挙げていました。メンタルや記録に波があることが課題で、まず自分に何が必要なのか、何を得たいのか、何を成し遂げたいのかを見つめ直す機会にしたいと仰っていました。樫原:きっかけとしては、それが大きかったですね。今後のことを考えていくうえで、自分自身のなかで「何かしっくりくるものが欲しいな」と思ったんです。
―――それは、「競技を続けていくかどうか」も含めてのことだったのですか?
樫原:はい。その段階でも「続けよう」とは思ってはいたのですが、「絶対に!」というような強い意志があったわけでなかったんですね。「たぶん続けるんだろうな」というような、ふわふわとした感じの気持ちしかなくて、そこが弱いと感じていました。「そんな考え方では、大学を出て続けたとしても、結果なんて出せずに終わってしまうだろうな」と思い、そこをしっかりさせたいという気持ちで応募しました。
大きな影響を受けたのは役割性格と目標のつくり方
―――実際に講義を受けてみて、ご自身に大きく影響した内容はありましたか?樫原:「役割性格」でしょうか。これは、全体講義が終わってからも、ずっと意識しています。役割性格の考え方を活用することによって、今までの自分だったら挑戦できなかったようなこともできるようになりました。
―――「なりたい自分を役割として演じる」ことで、自身の取り組みを、目指す方向へて進めていけるようにする方法ですね。
樫原:講義のときに、「なりたい自分を憑依させるような感じで」と教えていただきましたが、それを意識するようになって、思いきった挑戦ができるようになったんです。もちろん失敗もしているけれど(笑)、今シーズンは、得たもののほうがたくさんあって、そこが昨年とは格段に違うシーズンとなっています。
―――目標を立てる際に有効な「ダブルゴール」について学んだとき、大きな目標として「信頼される人になる」ということを挙げたのも印象に残っています。
樫原:実は、今年の1月1日に、2022年の目標として、自分で「信頼される人になる」という言葉を掲げていたんです。それを発表しました。ライフスキルトレーニングを受ける前は、どうやれば信頼される人物になることができるのかわからなかったのですが、講義のなかで、具体的に、どうしていけばよいのかを教えていただけたことで、立てた目標を実際の行動につなげていく方法が、だんだんわかってきました。
―――受講生の皆さんが、わりと苦労していた、「大きな目標と小さな目標の立て方」のコツですね。
樫原:これまでも目標自体は立てていました。でも、「この大会で優勝する」とか「ここでタイムを出したい」とか区切られたなかでのことで、競技生活を通しての一貫性のある大きな目標というのが、私にはなかったんです。今は、競技面では「世界で戦う選手になる」を大きな目標として置いているのですが、ライフスキルトレーニングをやったことで、そういう大きな目標を口にできるようになりましたね。以前は、「どうせ無理だろう」と口にすることもなかったのですが、実はそのせいで、強い決意に欠けていて、意識が目先の目標だけに向かっていたことで、取り組み方も曖昧になっていたのだということに気づくことができました。そういう意味では、「大きな目標」をつくることの大切さを知り、それを実現させるための小さな目標をつくっていけるようになったことは、とても大きいと思います。
「なりたい自分」を憑依させて、レーススタイルの変更に挑戦!
写真:アフロスポーツ
―――競技面では、全体講義でのワークショップの際に、ご自身の課題として「攻めるレースをしたことがない」という点を挙げていましたが、今季のレースを拝見する限り、果敢に前に出る展開が多くて、その課題をどんどんクリアしていったように感じられました。意図的に実践していたのですか?
樫原:そうですね。「攻めるレースをしたい」というのも、ライフスキルトレーニングの場で、初めて人前で口にしたことでした。もともと「攻めるレース」ができる選手には決意のようなものがあると感じていて、「きっとレースに対しての意識が私とは違うんだろうな。具体的にどんなことなんだろう」と考えてはいたんです。でも、「自分には無理。自信がない」と思っていたので、前半はついていって、ラストで抜かしていくのが、これまでの私のレーススタイルになっていました。ただ、「競技を通して何を得たいか」とか、そういうことをどんどん明確にしていくなかで、「攻めていくレースは、今後、自分が成長していくうえでは確実に必要になる」と思ったので、「今シーズンはやってみよう」と決めて挑戦したわけです。レースで先頭に出るなんて、自信は全くなかったけれど、走る直前に、それこそ自分自身に「先頭に出ていける積極的な選手」とか「“自分、できるぜ”みたいな選手」とかを憑依させて(笑)、スタートラインに立つことをやっていました。
―――「役割性格」を演じたのですね。演じきれましたか?
樫原:関東インカレはできたのですが、一番やりたかった日本選手権で、思いきりコケまして…(笑)、まだまだだなあ、と。実は、日本選手権は、大学に入ってから今年まで3年連続最下位をやってしまっているんです。でも、その毎回のコケのなかでも、これからの自分には意味のあるものであったのかなと感じています。
―――関東インカレは、中学生のときに全日中を制して以来となる主要大会での優勝で、しかも大会新記録での勝利でした。展開自体も、やりたいレースができていたのでしょうか?
樫原:はい。普段は着けない時計も着けて、ありとあらゆるレースパターンを考えてプランを練って、誰がどう来ても対応できるようにして臨みました。対校得点も必要だったし、優勝もかかっていたので、「自分のやりたいレースを体現したい」という思いがより強かったんですね。初めて自分の思い描いたレースをすることができたと思います。
―――その一方で、日本選手権は、800mでは自己新記録をマークして3位の成績を残すことができたものの、メインに据えていた1500mが失敗のレースになってしまったわけですね。想定とは違うレースになってしまったのでしょうか?
樫原:全く想定していなかったレースになってしまいました。世界選手権の代表選考がかかっていたし、日本選手権はワールドランキングのポイントも高いから、ターゲットナンバーで出場を狙う方々は、きっと攻めていくレースをするはずだと、自分のなかで、そういう想定一択しかしていなかったんです。1周目で自分が前に出て引っ張れば、2周目以降もファストな展開で進んでいくと考え、自分は2~3周目は少し下がって、その速い流れに乗って走らせてもらおうというプランでした。なぜ、そうしようと思ったかというと、日本選手権でずっと先頭に立ち続けて勝ちきることができるほどの力はまだないと分析していたから。それで1周目で前に出たら、いったん下がって、そこで力を溜めようと考えていました。あわよくばベストを狙ってやろうと思うくらいに調子もよかったのに、そのなかで2周目、3周目と通過タイムが思い描いていたものよりも、どんどん遅くなっていって…。「このレース、思っていたのと全然違う」と思った瞬間に、気持ちがぷつんと切れてしまいました(笑)。立てていた戦略がここまで外れるというか、一つも頭になかったような展開になったレースというのは初めてでした。
―――その結果を踏まえて、何か新たな取り組みは?
樫原:あまりに悔しすぎて、思い出すとそれが込み上げてきて、気持ちの整理はまだついていないというのが正直なところです(笑)。ただ、レースのなかで思い通りにならないことは、これから先もたくさん出てくると思うので、そうなったときに、何か対応していけるようになることが絶対に必要だなと感じて、ペースを上げ下げするなかで走る練習とか、タイムを決めすぎない練習、自分が先の展開を読めない状態で走る練習などを取り入れるようになりましたね。あとは、今回の経験で、ちょっとやそっとのことでは崩れないくらいのメンタルにはなったかなと思います。
極めることの面白さを知り自分が変わるきっかけに
―――講習では、ゲストスピーカーとして登壇された方々からも、貴重な話を聞くこともできました。山崎一彦強化委員長が、世界を目指して、人とは違う取り組みをしたと、現役時代のことを話してくださいましたが、そこから学んだことも多かったのではないでしょうか?樫原:「自分の道を行くタイプの選手だった」という山崎先生の話は、とても刺激になりましたね。私自身は競技に対して曖昧な気持ちを抱えているタイプの人間だったし、そうやって自分で競技に向き合って、極めることの面白さや楽しさを経験した方の話を聞いたのは初めてだったので。
―――自分の取り組みや考え方に変化はありました?
樫原:これまでは、前もって決めていた練習メニューを、とりあえずやって帰るといったようなところがあったのですが、最近は、流しをやるにしても、フォームを撮影して動きを見て、おかしいと感じたところや気に入らないと思ったところを修正するようになりました。前よりも「自分の走りを極めよう」とする意識が高くなったと思いますね。
―――そういう取り組みができるようになったことで、陸上競技が一段と面白くなってきたのではないでしょうか?
樫原:はい、そう思いますね。
―――世界で戦っていくという大きな目標を、明確に口に出せるようになったということですが、今、1500mをはじめとして中距離は、国内のレベルがどんどん上がってきています。そんななかで、樫原さんが目指していることをお聞かせください。
樫原:一番の大きな目標は、世界で戦える選手になることです。そして、そこへ至る流れのなかで、学生で日本ナンバーワンをとることですね。それに加えて応援される選手になることです。
―――まもなく第3期の受講生の募集が始まります。応募を考えている学生の皆さんに、メッセージをお願いできますか?
樫原:競技において悩んでいることがある人、キャリアについて悩んでいることがある人、人それぞれに悩みがあると思いますが、現状を変えたい、もしくは自分を変えたいと思っている人は、ぜひこのプログラムに応募してみてください。自分が変わるきっかけがつかめると思います。
―――心強いメッセージを、ありがとうございました。ライフスキルトレーニングを通じて、樫原選手が競技に対する向き合い方をしっかりと見つめ直し、掲げた目標に向かって取り組めていることが、よくわかりました。さらなる活躍を楽しみにしています。
(2022年9月3日収録)
取材・構成:児玉育美(日本陸連メディアチーム)
樫原選手から新規受講生へのメッセージ
樫原選手より、応募を考えている皆様へメッセージをいただきました。是非ご覧ください!第3期受講生は2022年9月末より募集開始予定です。
>>ライフスキルトレーニングプログラム特設サイト
2022年9月末 第3期受講生募集開始!
>>受講生インタビューVol.1 福島聖
社会人として生かせているスキル、就職活動や競技面に繋がった経験を語るhttps://www.jaaf.or.jp/news/article/17053/
>>受講生インタビューVol.2 中島佑気ジョセフ
活躍の糸口となった経験、更なる飛躍に向けた想いを語るhttps://www.jaaf.or.jp/news/article/17064/
>>第1期受講生 伊藤選手×松尾コーチ×田﨑社長 インタビュー
<Vol.1>大きな飛躍の裏側にあった変容や学びhttps://www.jaaf.or.jp/news/article/15564/
<Vol.2>物事を素直に受け止めること、自分を冷静にみることの大切さ
https://www.jaaf.or.jp/news/article/15565/
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