日本陸連が、大学生アスリートを対象に、株式会社東京海上日動キャリアサービスの支援を得て展開している「ライフスキルトレーニングプログラム」。昨年12月からスタートした第2期も、ここまで順調にプログラムを進めてきました。3月5日には、全体講義としては最終回となる4回目の講義が行われ、第2期生10名( https://www.jaaf.or.jp/news/article/15632/ )が参加しました。
全体講義の最終回となった今回は、スポーツ心理学博士の布施努特別講師による講義のみで構成された内容となりました。布施特別講師は冒頭で、「みんな、話すことがとてもうまくなっている」と、第2期生たちに、過去3回の全体講義と、その間に実施された少人数でのグループワークを経たなかで生じた変化を伝え、「今回は、最終回ということで、みんながもっと話し合えるように、できるだけグループで話す機会を増やそうと思う」とブレイクアウトセッションを多く入れていくことを提示。その導入として、この講義が行われる前に受講生たちが視聴していた映像(2004年アテネオリンピックにおいて男子体操競技で日本が団体総合で金メダルを獲得したときのもの)の感想を述べ合う小グループでのブレイクアウトセッションを行ったのちに、各グループで出た内容を報告しあうことからスタートしました。
続いて、布施特別講師は、終了したばかりの北京冬季オリンピックで、3連覇を期待されるなか、史上初の4回転半ジャンプを含めて、敢えて自身が目指した高い難度のパフォーマンスに挑んだフィギュアスケートの羽生結弦選手の例を挙げ、羽生選手の演技を見た体操競技の内村航平選手(オリンピック4大会に出場して、個人総合2連覇を含む7つのメダルを獲得。本年1月に現役引退を発表)のコメントを紹介。そのうえで、「フィギュアスケートや体操などの競技は、一度のミスが大きな減点になり、勝敗を分けることになるシビアな競技です。なぜ羽生選手や内村選手は、大事な試合で勝つことができると思いますか?」という文面を出して、「皆さんに渡せる“データ”は、このパラグラフのみ。自分の経験値などとも照らし合わせて、この少ない情報から仮説をつくり、自分としての理由付けを行ってみて、それをグループで話し合ってみよう」と指示し、受講者たちは「オリンピックで連覇する人たちは、なぜ、大事な試合で結果を出せるのか」をテーマに、少人数で意見交換するブレイクアウトセッションに入りました。
このブレイクアウトセッションで挙がった各グループの話題を共有したうえで、布施特別講師は、
・競争によって、パフォーマンスが向上もしくは変化しない場合を「適応競争力」、低下する場合を「不適応競争力」と呼ぶ。「適応競争力」は、ここまでに学んだ「仮説思考」「CSバランス」「ダブルゴール」を使いこなせるようになることで高められる、
・物事に向かう際の思考は、「獲得型」と「防御型」の2つに分かれる。スポーツにおける競争を例にすると、「勝つためにプレーする」というのが獲得型で、「負けないためにプレーする」というのが防御型。目指したいのは獲得型で、この「獲得型思考」で取り組むことによって、チャレンジングな姿勢、「心地よい」「いつも通り」の状態を維持できる自動的な(速い)意思決定、チャンスを自ら見つけにいける積極性などを得ることができる、
といったポイントを解説。本当に強い選手は、窮地に立っても、その置かれた状況のなかでベストの選択をして、最大の成果を残せること、また、課題・目標とスキル・実力が常に適合した状態、つまりCSバランスが高度に保つことができていて、それによって成功を掴むまで、失敗しても何度も立ち上がってチャレンジできていることを示し、その点が、これまでの全体講義において紹介してきた「オリンピックメダリストに共通する5つの特徴」のうちの1つである「『内発的モチベーション』に焦点をあてる」という特徴に繋がっていると説明しました。
15分ほどの休憩を挟んで行われた後半では、講義のまとめに向かって、まず、改めて「ライフスキル」とは何かについて考えていきました。ライフスキルとは、自分が「生きている!」と実感できるような価値のあること(ライフ)のために、どう心を使うかの技術(スキル)を指していて、これらは、後発的に(トレーニングすることによって)獲得できることが改めて説明されたうえで、布施特別講師は、「皆さんは、今、実際に陸上競技の現場で試行錯誤しているわけだが、そこで獲得できるライフスキルほど重たいものはない」とコメント。この講義において、それらがフレームワークされたことによって、汎用性がより高まると述べました。
ここで、再びブレイクアウトセッションの時間がとられました。内容は、「ライフスキル」をテーマに、各自が全員で共有しておきたいと考えたことを話すというものです。その後の発表では、「普段思っていた“心の声”みたいなものを、言語化する機会が多くあったことが新鮮だったし、整理されて使いやすくなると感じた」「トップになればなるほど、考え方や精神的なところなど、競技以外にも大切なことが見えてくる。そのために必要となる役割性格や縦型思考などの方法を学べたことで、トップ選手に近づけたように思う」「仮説を立てて行動することが面白くなってきた。失敗しても“いいデータだったな”と思えるようになったし、行動する前に考えることの大切さを知ったり、振り返りに役立ったりしている。これは、競技以外の場面でも使えると感じているので、今から、いろいろなデータを集めるクセをつくろうとしている」といった声が上がってきました。
こうした声に対して、布施特別講師は、「(ライフスキルを高める)それらの体験は、まさに今やっておいてもらいたいこと。今はうまく使えなくても、それらをスキルとして持っていると、いつか自分が最もやりたいことに出合ったときに、必ず自分へのギフトとなる」と述べました。さらに、
・自分が何かに挑戦していく際に、表現しがたい経験をアウトプット(発言する、言葉にする)して暗黙知を経験値に変えていくこと、
・チームとして、経験を共通言語にして、本質を理解していくこと、
・将来を予測して、自分のステージを上げるためのチャレンジや探索を続けること、
が大切で、これをチームとして取り組んでいくことによって、「メンバーの関係の質が高まれば、思考が変わる。思考の質が高まれば、行動が変わる。行動の質が高まれば、結果が変わる。結果の質が高まることで、関係の質がさらに高まる」という「勝ち続ける組織・選手のサイクル」ができると説明。「皆さんの関係の質は、このプログラムを受けてきたなかで上がってきている。この関係の質を、これからも大切にしてほしい」と呼びかけました。
そして、こうしたライフスキルを高めていくことによって得ることができる「最強の役割性格」として、「オートテリック(自己目的的)パーソナリティ」という概念が紹介されました。これは、結果を出すことよりも、取り組んでいる活動それ自体に興味や喜び、楽しみを見いだせる性格のことです。布施特別講師は、このオートテリック獲得の条件として、
1)挑戦のレベル:高度な「CSバランス」や「仮説思考」ができた状態で挑戦している、
2)目標の明確さ:「ダブルゴール」「縦型比較思考」を利用して、目標を明確に設定できている、
3)役割性格:「セルフアウェアネス」や「右手と左手」の概念を理解し、役割性格を活用できている、
4)自己決定能力:「外発的動機付けと内発動機付け」「認知評価理論」を理解したうえで、自分で決断して行動を起こせる、
5)獲得型思考:思考に「獲得型・防御型」があることを認知して、獲得型思考で物事に取り組めている、
の5つを提示。これらの条件を意識しながらトレーニングしていくことによって、「気づいたときには、オーソテリックパーソナリティが獲得できている」と述べ、「オーソテリックパーソナリティが身につくと、やっていること自体を楽しめるし、さらに“こうなったら楽しいな”という視点で、自分の未来像を描くことができるようになる」と、ライフスキルトレーニングによって目指したい到達点を示し、講義を締めくくりました。
【第4回全体講義受講後:受講生コメント】
出口晴翔(順天堂大学2年、400mハードル)
「仮説を立てることが好きで、最近、意識してやっている」と、今日の講義でも話しましたが、このライフスキルトレーニングを受けるようになってから、「今まで日常生活を本当に何も考えずに過ごしてきたんだな」ということを痛感しています。また、それと同時に、「やるべきことが、まだこんなにあったんだ」と知ることもできました。毎回、講義のたびに新しいことに出合えるので、ワクワクしながら受講していました。
僕は、これまで陸上しかやってこなかったので、このプログラムに応募したとき、「陸上で得たことが社会に出ても使えるのか」という不安を持っていました。でも、布施先生の話や、先生が指導された方々の例を聞いていくなかで、「スポーツから学んだことって、社会でも生かせるのだな」と実感することができ、最初に抱いていた不安は消えて、今は、「僕の場合も大丈夫なんじゃないかな」と思えるようになっています。ZOOMを用いたオンライン形式の講義は、なんか緊張してしまい、やりとりを難しく感じることもありましたが、それも良い経験になりました。もともとコミュニケーション能力は高いほうだと思うので、将来、リアルでやりとりする場合は、もっとうまく対応できると思います。
ここで学んだことは、競技の場面でも、すべてを生かせるだろうと思っています。また、春からは3年生、そして来年は4年生になりますが、これから自分がチームのなかで年長者になるにつれて、チームを引っ張っていくために、素の自分とは異なる役割を演じなくてはならない場面も出てくるはず。そういう意味でも「役割性格」について、系統立てて学べたことは、とてもよかったです。
手塚麻衣(富山大学2年、100mハードル)
ライフスキルトレーニングプログラムを受講したことで、今まで思いもしなかったような考え方や、ほかの選手のいろいろな考え方を聞くことができ、すごく収穫がありました。これから取り入れていきたいなと思うことがたくさんあり、とても充実した時間となりました。
私は、これまで、なかなか自信を持つことができなくて、受講に応募した段階で、「自己決定ができない」という点を課題として挙げていました。それもあって、この講義を通じては、特に「役割性格」という考え方がけっこう響きました。物事を選択するときに、自分のなかで、「なぜ、こういう行動を選択するのか」を明確にしたうえで、「自信をもって選択できる人」という役割性格を演じることで、選択したことにも自信が持てるようになってきたように思います。
ずっとやっているわけではないので、「今までとは違う考え方をする“違う自分”になる」というのは、まだうまくいかないときもありますが、少しずつ自分のものにしていきたいと考えています。
また、「理想とする自分」になるために、ある役割を演じるということは、実際の競技場面においても役に立つのではないかと考えています。オリジナルの自分も大切だけど、それとは別の自分を演じる方法を身につけた状態で迎える来シーズンが、とても楽しみです。
中島佑気ジョセフ(東洋大学2年、400m)
「縦型思考」「ダブルゴール」「CSバランス」などは、ライフスキルトレーニングプログラムを受ける前までにも、自分で気づかずにやっていたことではありました。ただ、今回の講義で、そうした手法を、名前とともに正しく認知できたことは、本当によかったです。
「縦型思考」などについては、もっともっと追求していけるのかなと感じています。実際の競技の場面では、ライバルとか実際にすぐ隣で走っている人とか、つい「横型」で比較してしまいがちです。もちろん、勝負の世界なので、その要素を完全に捨てることはできないとは思いますが、「将来のなりたい自分から逆算して今の自分を捉える」ために、「仮説思考」や「CSバランス」などの考え方を活用しながら、自分のパフォーマンスを最大化することにフォーカスするような姿勢が、まだまだ自分には足りていません。今後、その点を、さらに高めていきたいです。
また、僕は、日本だけでなく、海外のトップ選手がどういう考え方をするのかという点に関心があったのですが、こうしたことについても、「メダリストに共通する特徴」のところで、しっかり学ぶことができました。メダリストに共通していることと比較して、自分は何ができていて、何が足りないかを模索することができたのは、とても楽しかったです。
文・構成:児玉育美(JAAFメディアチーム)
>>ライフスキルトレーニングプログラム 特設サイト
■ライフスキルトレーニングプログラム 第2期受講生決定
~競技においてもキャリアにおいても「自分の最高を引き出す技術」を習得する~
https://www.jaaf.or.jp/news/article/15632/
■ライフスキルトレーニングプログラム 第1回レポート&受講生コメント
~なりたい自分に近づくためのゴール設定と目標の使い方~
https://www.jaaf.or.jp/news/article/15699/
■ライフスキルトレーニングプログラム 第2回レポート&受講生コメント
~オリンピックメダリストに共通する特徴と成功するための行動~
https://www.jaaf.or.jp/news/article/15782/
■ライフスキルトレーニングプログラム 第3回レポート&受講生コメント
~フローを生み出す自己決定能力の5ステップ~
https://www.jaaf.or.jp/news/article/15833/
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