第102回となる今回の日本選手権では、1週前に別開催された男女混成競技を除く36のトラック・フィールド種目において、「日本一」が競われるとともに、8月末にジャカルタ(インドネシア)で開催される第18回アジア競技大会(以下、アジア大会)の代表選考会も兼ねて行われる。
オリンピックも世界選手権も中間年にあたる2018年シーズンに「チームジャパン」が最重要国際競技会と位置づけているのが、このアジア大会。中国や中東諸国等でワールドクラスの競技者が増えているため、非常に厳しい戦いとなることが予想されているが、そのなかでいかに日本勢が存在感を示していけるかは、2年後に迫った東京オリンピックに向けて大きな意味を持つ。「アジアを制して、2019年世界選手権、2020年オリンピックへ」という青写真を描くアスリートも多いはずだ。
このアジア大会の代表選考要項は、2020年東京オリンピックに向けた強化体制のなかですでに決められている(http://www.jaaf.or.jp/news/article/10201/)が、その選考基準は、強化カテゴリーごとに異なり、また、資格記録や選考競技会、内定条件、条件内の優先順位等も細かく分かれているため、ひと言で説明するのは困難というのが正直なところ。
ただし、今回から導入された日本選手権前に即時内定を得るケースは生じなかったので、日本選手権の結果で内定するケースと、大会終了後に選考会議で決定し、翌日の理事会において承認されるケースの2つとなる。これらの基準の詳細は、上記サイト内の「トラック・フィールド種目日本代表選手選考要項」および「トラック・フィールド種目 カテゴリー・種目別選考基準」をご参照いただきたい。
アジア大会の代表枠は1種目1国最大2名ということもあり、記録水準の高い種目では、実は代表争いが世界大会(最大3名)よりも熾烈となるケースも。大会期間中、「維新みらいふスタジアム」の各所で、代表入りを目指す競技者たちのハイレベルかつスリリングな戦いが繰り広げられることを期待したい。ここでは、激戦が予想される種目を中心に、「トラック編」「フィールド編」の2回に分けて、大会の見どころをご紹介していく。
(記録、競技会の結果は、6月18日時点の情報で構成)
戸邉自身は、世界チャンピオンのバルシムを筆頭に世界大会並みのハイレベルが必至となるアジア大会で戦うために、「どこまで2m40に近づけるか」を目指している。日本選手権では、2014年にマークした2m31の自己記録(日本歴代3位タイ)、さらには2m33(2006年)の日本記録を更新する可能性も十二分にありそうだ。
戸邉とともに、この高さに挑める力を持っているのが、2連覇中の衛藤昂(味の素AGF)。好調だった昨年には2m30の自己記録を2回クリアしている。シーズン終了直前に膝を痛めた影響で、今年はややスローな滑り出しだったが、中部実業団では2m28を跳ぶ状態まで戻ってきている。
走幅跳では、DAの橋岡優輝(日本大)が連覇に挑む。今季のベストはGGPでマークした7m83(±0、3位、日本人トップ)だが、強い追い風となったなか、上位4選手が8m台となった関東インカレでは、8m30(+3.4)をマークしている。公認でこの記録を跳ぶことができれば、ずっと目標にしてきた師である森長正樹コーチが持つ日本記録(8m25、1992年)更新も実現することになる。
昨年、日本リスト1位の8m09を跳んで日本インカレを制した津波響樹(東洋大)、さらには、橋岡と同じく森長門下生で、今春から社会人となった山川夏輝(東武トップツアーズ、8m06)・小田大樹(ヤマダ電機、8m04)も、優勝争いに加わる力は十分にある。
もう一人、要チェックなのが、前述の関東インカレで8m31(+4.7)の大跳躍を見せ、橋岡を逆転した酒井由吾(慶応義塾大)だ。大学1年生の酒井は、昨年のインターハイ、国体チャンピオン。インターハイで自己タイ記録の7m68をマークして優勝している。今季の公認ベストは7m61だが、6月上旬のアジアジュニアではシーズンベストタイの7m61(-0.1)を跳んで、アジアジュニアチャンピオンにも輝いた。もともと魅力的な素材として関係者の注目を集めていた選手。日本選手権では、その実力が試されることになる。
走幅跳の日本選手権時の内定基準は、東京オリンピックメダルターゲット記録(スタンダード)の8m15をマークしての日本選手権優勝。上位選手が8m台で競り合うような展開を、ぜひとも実現させてほしい。
男子三段跳では、今春から社会人となった山本凌雅(JAL)が連覇に挑戦するが、16m87まで記録を伸ばした昨年ほど調子が上がっていない。逆に、2016年に16m85を跳んでリオ五輪代表にも選ばれた山下航平(ANA)が復調の兆しを見せており、アジア大会出場と父である山下訓史さんの持つ日本記録(17m15、1986年)更新に意欲を見せている。とはいえ今季のベストは16m42。両選手ともに、まずは自己記録に迫る跳躍が必須だ。
昨年、U20アジア記録となる5m65を跳んで、日本リストでこの2人に続いたダイヤモンドアスリートの江島雅紀(日本大)は、屋外初戦のマウントサックリレーで脚を痛めて計画に遅れが生じていたが、GGP、関東インカレ(ともに5m50)を戦って不安は解消できている。前回は、日本大で指導を仰ぐ日本記録保持者(5m83)の澤野大地(富士通)と2位を分け合い、以降、どの大会でも2番手が続いた。「今度こそ」の思いでタイトル奪取を狙っているはずだ。
ベテランの澤野も元気で、織田記念は荻田に次いで2位(5m40)、GGPではスコット・ヒューストン(アメリカ)と同記録(5m50)の2位となり、若手を一蹴して日本人トップに収まった。長年の数々の経験によって平常心が磨かれ、どんな状況下でも「普段通り」でいられるのが強みになっている。その澤野が初めて5m70を成功させたのが2003年の日本選手権(5m75で優勝)。15年目となる今大会で、その水準に仕上げていくことができれば、12回目の優勝も見えてくる。
この4選手の戦いに、今年の関東インカレで自己記録を一気に30cm更新する5m60をクリアして江島を下した竹川倖生(法政大)、6月9日の中京大記録会で5m60をクリアした松澤ジアン成治(新潟アルビレックスRC)、昨年の日本インカレを5m60で制した鈴木康太(日本体育大)、昨年の関東インカレで5m55をクリアした来間弘樹(ストライダーズ)らが、どこまで加わっていけるか。竹川は記録こそ5m40にとどまったものの、6月16日には日本学生個人選手権を制し、タイトルを獲得している。飛び抜けた記録は出ていないものの、5m50以上の自己記録を持つ者が12人出場する状態は、間違いなく過去最高レベル。全体の競技レベルが高まっているだけに、ベテラン勢の調子が上がってこない場合は、大混戦となる可能性もある。
女子棒高跳の我孫子の4m20は、2月のU20日本室内(オープン種目)での記録。このときは、4m20を1回で跳び、その後、自身が2013年にマークした室内日本記録(4m33)を2cm上回る4m35に挑戦している。しかし、織田記念で競技前に負傷して棄権して以降、競技会に出場していない。その回復状況が気になるところだ。
女子走幅跳は、同じ兵庫の出身で、U20日本記録・高校記録である6m44を自己記録に持つ中野瞳(和食山口)と高良彩花(園田学園高)の対決か。高校2年時の2007年にこの記録を樹立している中野は、兵庫リレーで6m43をマーク。11年ぶりの自己記録更新が見えてきた。
一方、昨年、高校2年で日本選手権を制した高良は、6月9日のアジアジュニア選手権でこの記録をマーク。セカンド記録でも従来の自己記録(6m26)を上回る6m27を跳び、1cm差で中国選手との同記録勝負を制した。アジアメダル期待記録は6m46。2人でこれを上回る戦いを繰り広げ、新記録をアナウンスさせてほしい。
女子走高跳は、昨年、初優勝を果たした仲野春花(早稲田大)に連覇がかかる。昨シーズンは、各大会で優勝を果たしながら、自己記録を少しずつ更新して、昨年1m83まで伸びてきた選手。勝負強さを見せる試合が多いだけに、もうワンランク高い記録水準へステップアップしたい。
ワンランク高い記録水準へ、という点は、女子三段跳で3連覇に挑む宮坂楓(ニッパツ)にも同様のことがいえるだろう。自己記録では2016年に日本歴代2位となる13m52まで記録を伸ばしてきた。アジアメダル期待記録の13m84を跳べば、現在上位10位をすべて日本記録保持者の花岡麻帆(14m04、1999年)が占めているパフォーマンス日本歴代リストの2番目にジャンプアップすることができるが、今季は13m09がベストと、今ひとつ精彩に欠ける。このあたりの記録で優勝争いが繰り広げられるようだと、追い風参考(+2.2)ながら13m17を跳び静岡国際を制した森本麻里子(内田建設AC)、13m09(+1.8)で関東インカレに勝った剣持クリア(筑波大、13m09)なども優勝争いに絡んでくる可能性が出てくる。
また、この種目では、6月18日のインターハイ四国地区大会で、昨年のU18日本選手権覇者(12m62)の河添千秋(松山北高)が、12m96(+0.9)の高校新記録を樹立している。U20日本記録の13m01(1997年)は室内大会でマークされたもの。日本選手権でこの記録を更新できれば、屋外ではU20年代初の13m台突入となる。
その筆頭となるのが、男子砲丸投。回転投法を用いる中村太地(チームミズノ)が、GGPで18m85をマーク。日本記録保持者の立場で日本選手権に臨み、この大会6連勝中で今回7年連続12回目の優勝に挑む前日本記録保持者(18m78)となった畑瀨聡(群馬綜合ガード)と対戦する。
中村は昨年も春に18m55の好記録をマークし、タイトル獲得を狙ってこの大会に出場したが、その意気込みが裏目に出て5位に沈むという苦い経験を喫している。また、第一人者として長年砲丸投界を引っ張ってきた畑瀨も、日本選手権にはぴったりと照準を合わせてくるはず。投法の異なる2人が、日本人初となる19m台で優勝争いを繰り広げれば、さぞかし迫力に満ちた光景となるだろう。アジアメダル期待記録は19m52で、記録的にはまだ少し距離がある。戦いの場をアジアへ広げていくためにも、まずは日本記録を19m台に乗せることが目標になってくる。
オリンピック種目のなかで最古となっていた日本記録60m22(1979年)が、昨年、堤雄司(群馬綜合ガード)によって60m74へと更新された男子円盤投でも、熱い戦いが繰り広げられそうだ。63m台を目指す堤に加えて、今季は5月に59m30の自己新記録を投げ、昨年自身がマークした日本歴代4位記録を6cm更新した湯上剛輝(トヨタ自動車)に勢いがあり、60mラインを越える投てきが期待できる状況となっている。アジアメダル期待記録61m13。砲丸投同様に、この記録を複数で上回っていく活況を見たい。
勢いがあるのは勝山で、今季は初戦で64m07を投げて、2016年にマークした自己記録63m82(日本歴代4位)を更新。渡邊が65m24で優勝した静岡国際でも64m57の自己新をマーク(2位)した。さらに、6月3日の田島記念では65m32まで記録を伸ばし、渡邊(64m65)を抑えて優勝。ベスト記録でも渡邊に迫りつつある。この種目の日本記録は、室伏由佳(ミズノ)が2004年にマークした67m77。2人による優勝争いから、70mラインに近づく投てきが飛び出すことを期待したい。
男子ハンマー投は、第100回大会の2016年から連覇している柏村亮太(ヤマダ電機)が3連覇を懸けて挑む。自己記録は昨年の日本選手権でマークした71m36で、エントリーしている選手のなかでトップだが、今季は67m92が最高記録と今ひとつ元気がなく、昨年70m06をマークした木村友大(九州共立大)や70m05をマークした墨訓煕(小林クリエイト)、さらには70m46の自己記録(2015年)を持つ保坂雄志郎(群馬綜合ガード)に上位を奪われる試合が多かった。これらの選手とともに、アジアメダル期待記録71m88を狙いながらの優勝争いが繰り広げられそうだ。
また、円盤投では、4月末に、郡が持っていた高校記録(51m25)を大幅に更新する52m38をマークした齋藤真希(鶴岡工高)の記録更新にも期待がかかる。齋藤は、U18日本記録(49m65)も保持している選手。次に目標となってくる記録は、U20日本記録の54m12あたりだろう。
男子は、86m83(日本歴代2位)の自己記録を持つリオ五輪ファイナリストの新井涼平(スズキ浜松AC)が、首を痛めた影響で精彩を欠いた昨年の不調から脱しつつある状況だ。静岡国際、GGPと79m台が続いていたが、田島記念で80m60をマークし、アジアメダル期待記録(80m42)を上回った。復調すれば、東京オリンピックターゲット種目(スタンダード)の83m00はもちろん、それ以上の記録も十分にマークできる力がある。5連覇に挑むことになる日本選手権で、久しぶりとなる会心の投てきを期待したい。
女子やり投は、長年この種目を牽引してきた日本記録保持者(63m80)の海老原有希(スズキ浜松AC)が昨年度で一線を退いた。ここ近年、全体の水準が上がってきていることもあり、ベテランの宮下梨沙(大体大T.C)、昨シーズン大きな成長を見せた学生記録保持者(62m37)の斉藤真理菜(スズキ浜松AC)、そしてU20日本記録保持者(61m38)でDA修了生の北口榛花(日本大)あたりを中心に、当面は群雄割拠の時代が続きそうだ。
今季は、宮下が日本人トップの4位となったGGPでマークした60m71が日本リスト1位。これに斉藤が59m60、北口が58m62で続いている。持ち記録で考えると、斉藤と北口には物足りなさがあることは否めない。この2人が自己記録に迫る投てきができる状態まで仕上がっているかどうかで、優勝記録にも差が出てきそうだ。自己記録が60m86(2016年)の宮下は、まずは、東京オリンピックターゲット記録(スタンダード)の61m40をクリアすることが格好の目標となる。これが達成すれば、海老原の連覇を阻止した2011年、2016年に続く3回目の優勝も、ぐんと現実味を帯びてくるはずだ。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:フォートキシモト
オリンピックも世界選手権も中間年にあたる2018年シーズンに「チームジャパン」が最重要国際競技会と位置づけているのが、このアジア大会。中国や中東諸国等でワールドクラスの競技者が増えているため、非常に厳しい戦いとなることが予想されているが、そのなかでいかに日本勢が存在感を示していけるかは、2年後に迫った東京オリンピックに向けて大きな意味を持つ。「アジアを制して、2019年世界選手権、2020年オリンピックへ」という青写真を描くアスリートも多いはずだ。
このアジア大会の代表選考要項は、2020年東京オリンピックに向けた強化体制のなかですでに決められている(http://www.jaaf.or.jp/news/article/10201/)が、その選考基準は、強化カテゴリーごとに異なり、また、資格記録や選考競技会、内定条件、条件内の優先順位等も細かく分かれているため、ひと言で説明するのは困難というのが正直なところ。
ただし、今回から導入された日本選手権前に即時内定を得るケースは生じなかったので、日本選手権の結果で内定するケースと、大会終了後に選考会議で決定し、翌日の理事会において承認されるケースの2つとなる。これらの基準の詳細は、上記サイト内の「トラック・フィールド種目日本代表選手選考要項」および「トラック・フィールド種目 カテゴリー・種目別選考基準」をご参照いただきたい。
アジア大会の代表枠は1種目1国最大2名ということもあり、記録水準の高い種目では、実は代表争いが世界大会(最大3名)よりも熾烈となるケースも。大会期間中、「維新みらいふスタジアム」の各所で、代表入りを目指す競技者たちのハイレベルかつスリリングな戦いが繰り広げられることを期待したい。ここでは、激戦が予想される種目を中心に、「トラック編」「フィールド編」の2回に分けて、大会の見どころをご紹介していく。
(記録、競技会の結果は、6月18日時点の情報で構成)
【跳躍】
◎男子走高跳
日本記録を上回る高さでの戦いを期待できそうなのが男子走高跳。今季は、戸邉直人(つくばTP)が好調で、屋外初戦で2014年9月以来となる2m30の試技に成功すると、静岡国際(2m28)、GGP(2m30)を2連勝。5月末にヨーロッパに渡り、スペイン(1日)、フィンランド(5日)、ポーランド(8日)と3連戦し、雨の中で行われた3戦目のポーランド・ホジュフの競技会で、今季3度目となる2m30を1回でクリアして優勝。さらに6月13日には、オストラバ(チェコ)で開催されるワールドチャレンジ第5戦のゴールデンスパイクにも急きょ出場し、ロンドン世界選手権の金・銀・銅メダリストのムタズ・エッサ・バルシム(カタール)、ダニル・ルイセンコ(ロシア)、マジェド・アルディン・ガザル(シリア)の3選手と対戦。2m25を跳んで、3位のガザルと同記録の4位という結果を残して、高いレベルの安定感とタフさに磨きがかかっていることを印象づけた。戸邉自身は、世界チャンピオンのバルシムを筆頭に世界大会並みのハイレベルが必至となるアジア大会で戦うために、「どこまで2m40に近づけるか」を目指している。日本選手権では、2014年にマークした2m31の自己記録(日本歴代3位タイ)、さらには2m33(2006年)の日本記録を更新する可能性も十二分にありそうだ。
戸邉とともに、この高さに挑める力を持っているのが、2連覇中の衛藤昂(味の素AGF)。好調だった昨年には2m30の自己記録を2回クリアしている。シーズン終了直前に膝を痛めた影響で、今年はややスローな滑り出しだったが、中部実業団では2m28を跳ぶ状態まで戻ってきている。
◎男子走幅跳・三段跳
男子走幅跳・三段跳は、どちらも昨年に比べると記録の水準が今一つ。アジア大会の代表権を得るためには、少なくともアジアメダル期待記録の7m95(走幅跳)、16m76(三段跳)が必要となるのに、ともに突破者がまだ現れていないのだ。日本選手権では、これら資格記録の突破を目指しつつ、優勝争いを繰り広げていくことになる。公認される好記録が出るように、とにかく気象条件に恵まれることを祈りたい。走幅跳では、DAの橋岡優輝(日本大)が連覇に挑む。今季のベストはGGPでマークした7m83(±0、3位、日本人トップ)だが、強い追い風となったなか、上位4選手が8m台となった関東インカレでは、8m30(+3.4)をマークしている。公認でこの記録を跳ぶことができれば、ずっと目標にしてきた師である森長正樹コーチが持つ日本記録(8m25、1992年)更新も実現することになる。
昨年、日本リスト1位の8m09を跳んで日本インカレを制した津波響樹(東洋大)、さらには、橋岡と同じく森長門下生で、今春から社会人となった山川夏輝(東武トップツアーズ、8m06)・小田大樹(ヤマダ電機、8m04)も、優勝争いに加わる力は十分にある。
もう一人、要チェックなのが、前述の関東インカレで8m31(+4.7)の大跳躍を見せ、橋岡を逆転した酒井由吾(慶応義塾大)だ。大学1年生の酒井は、昨年のインターハイ、国体チャンピオン。インターハイで自己タイ記録の7m68をマークして優勝している。今季の公認ベストは7m61だが、6月上旬のアジアジュニアではシーズンベストタイの7m61(-0.1)を跳んで、アジアジュニアチャンピオンにも輝いた。もともと魅力的な素材として関係者の注目を集めていた選手。日本選手権では、その実力が試されることになる。
走幅跳の日本選手権時の内定基準は、東京オリンピックメダルターゲット記録(スタンダード)の8m15をマークしての日本選手権優勝。上位選手が8m台で競り合うような展開を、ぜひとも実現させてほしい。
男子三段跳では、今春から社会人となった山本凌雅(JAL)が連覇に挑戦するが、16m87まで記録を伸ばした昨年ほど調子が上がっていない。逆に、2016年に16m85を跳んでリオ五輪代表にも選ばれた山下航平(ANA)が復調の兆しを見せており、アジア大会出場と父である山下訓史さんの持つ日本記録(17m15、1986年)更新に意欲を見せている。とはいえ今季のベストは16m42。両選手ともに、まずは自己記録に迫る跳躍が必須だ。
◎男子棒高跳
記録の水準がやや低いという点で共通するのが男子棒高跳。例年であれば、ワールドクラスとなる5m75(東京オリンピックターゲット記録:BEST8) 、あるいは5m70(同スタンダード)といった記録がリストに並ぶが、今年は5m60台にとどまっている。これは、昨年の世界選手権代表コンビの山本聖途(トヨタ自動車)と荻田大樹(ミズノ)の仕上がりが遅れ気味であることも理由の一つ。しかし、ともに課題克服の道筋は見えており、本番では確実に調子を上げてくるだろう。昨年、U20アジア記録となる5m65を跳んで、日本リストでこの2人に続いたダイヤモンドアスリートの江島雅紀(日本大)は、屋外初戦のマウントサックリレーで脚を痛めて計画に遅れが生じていたが、GGP、関東インカレ(ともに5m50)を戦って不安は解消できている。前回は、日本大で指導を仰ぐ日本記録保持者(5m83)の澤野大地(富士通)と2位を分け合い、以降、どの大会でも2番手が続いた。「今度こそ」の思いでタイトル奪取を狙っているはずだ。
ベテランの澤野も元気で、織田記念は荻田に次いで2位(5m40)、GGPではスコット・ヒューストン(アメリカ)と同記録(5m50)の2位となり、若手を一蹴して日本人トップに収まった。長年の数々の経験によって平常心が磨かれ、どんな状況下でも「普段通り」でいられるのが強みになっている。その澤野が初めて5m70を成功させたのが2003年の日本選手権(5m75で優勝)。15年目となる今大会で、その水準に仕上げていくことができれば、12回目の優勝も見えてくる。
この4選手の戦いに、今年の関東インカレで自己記録を一気に30cm更新する5m60をクリアして江島を下した竹川倖生(法政大)、6月9日の中京大記録会で5m60をクリアした松澤ジアン成治(新潟アルビレックスRC)、昨年の日本インカレを5m60で制した鈴木康太(日本体育大)、昨年の関東インカレで5m55をクリアした来間弘樹(ストライダーズ)らが、どこまで加わっていけるか。竹川は記録こそ5m40にとどまったものの、6月16日には日本学生個人選手権を制し、タイトルを獲得している。飛び抜けた記録は出ていないものの、5m50以上の自己記録を持つ者が12人出場する状態は、間違いなく過去最高レベル。全体の競技レベルが高まっているだけに、ベテラン勢の調子が上がってこない場合は、大混戦となる可能性もある。
◎女子棒高跳・走高跳・走幅跳・三段跳
すべてが「ワールドチャレンジ」の強化カテゴリーに属する女子跳躍では、現状で、「アジアメダル期待記録」を突破しているのは棒高跳の我孫子智美(滋賀レイクスターズ、4m20)のみと寂しい状況だ。各種目ともに、まずはアジアメダル期待記録を突破することが第一段階となる。女子棒高跳の我孫子の4m20は、2月のU20日本室内(オープン種目)での記録。このときは、4m20を1回で跳び、その後、自身が2013年にマークした室内日本記録(4m33)を2cm上回る4m35に挑戦している。しかし、織田記念で競技前に負傷して棄権して以降、競技会に出場していない。その回復状況が気になるところだ。
女子走幅跳は、同じ兵庫の出身で、U20日本記録・高校記録である6m44を自己記録に持つ中野瞳(和食山口)と高良彩花(園田学園高)の対決か。高校2年時の2007年にこの記録を樹立している中野は、兵庫リレーで6m43をマーク。11年ぶりの自己記録更新が見えてきた。
一方、昨年、高校2年で日本選手権を制した高良は、6月9日のアジアジュニア選手権でこの記録をマーク。セカンド記録でも従来の自己記録(6m26)を上回る6m27を跳び、1cm差で中国選手との同記録勝負を制した。アジアメダル期待記録は6m46。2人でこれを上回る戦いを繰り広げ、新記録をアナウンスさせてほしい。
女子走高跳は、昨年、初優勝を果たした仲野春花(早稲田大)に連覇がかかる。昨シーズンは、各大会で優勝を果たしながら、自己記録を少しずつ更新して、昨年1m83まで伸びてきた選手。勝負強さを見せる試合が多いだけに、もうワンランク高い記録水準へステップアップしたい。
ワンランク高い記録水準へ、という点は、女子三段跳で3連覇に挑む宮坂楓(ニッパツ)にも同様のことがいえるだろう。自己記録では2016年に日本歴代2位となる13m52まで記録を伸ばしてきた。アジアメダル期待記録の13m84を跳べば、現在上位10位をすべて日本記録保持者の花岡麻帆(14m04、1999年)が占めているパフォーマンス日本歴代リストの2番目にジャンプアップすることができるが、今季は13m09がベストと、今ひとつ精彩に欠ける。このあたりの記録で優勝争いが繰り広げられるようだと、追い風参考(+2.2)ながら13m17を跳び静岡国際を制した森本麻里子(内田建設AC)、13m09(+1.8)で関東インカレに勝った剣持クリア(筑波大、13m09)なども優勝争いに絡んでくる可能性が出てくる。
また、この種目では、6月18日のインターハイ四国地区大会で、昨年のU18日本選手権覇者(12m62)の河添千秋(松山北高)が、12m96(+0.9)の高校新記録を樹立している。U20日本記録の13m01(1997年)は室内大会でマークされたもの。日本選手権でこの記録を更新できれば、屋外ではU20年代初の13m台突入となる。
【投てき】
◎男子砲丸投・円盤投
男女やり投以外は、「ワールドチャレンジ」のカテゴリーにある投てき種目だが、今年は、これらの種目において「日本新記録誕生」のアナウンスを多く聞くことができるかもしれない。その筆頭となるのが、男子砲丸投。回転投法を用いる中村太地(チームミズノ)が、GGPで18m85をマーク。日本記録保持者の立場で日本選手権に臨み、この大会6連勝中で今回7年連続12回目の優勝に挑む前日本記録保持者(18m78)となった畑瀨聡(群馬綜合ガード)と対戦する。
中村は昨年も春に18m55の好記録をマークし、タイトル獲得を狙ってこの大会に出場したが、その意気込みが裏目に出て5位に沈むという苦い経験を喫している。また、第一人者として長年砲丸投界を引っ張ってきた畑瀨も、日本選手権にはぴったりと照準を合わせてくるはず。投法の異なる2人が、日本人初となる19m台で優勝争いを繰り広げれば、さぞかし迫力に満ちた光景となるだろう。アジアメダル期待記録は19m52で、記録的にはまだ少し距離がある。戦いの場をアジアへ広げていくためにも、まずは日本記録を19m台に乗せることが目標になってくる。
オリンピック種目のなかで最古となっていた日本記録60m22(1979年)が、昨年、堤雄司(群馬綜合ガード)によって60m74へと更新された男子円盤投でも、熱い戦いが繰り広げられそうだ。63m台を目指す堤に加えて、今季は5月に59m30の自己新記録を投げ、昨年自身がマークした日本歴代4位記録を6cm更新した湯上剛輝(トヨタ自動車)に勢いがあり、60mラインを越える投てきが期待できる状況となっている。アジアメダル期待記録61m13。砲丸投同様に、この記録を複数で上回っていく活況を見たい。
◎男女ハンマー投
女子ハンマー投では、66m79の自己記録(日本歴代3位、2016年)を持つ前々回のチャンピオン渡邊茜(丸和運輸機関)と、前回覇者の勝山眸美(オリコ)との戦いが激化している。勢いがあるのは勝山で、今季は初戦で64m07を投げて、2016年にマークした自己記録63m82(日本歴代4位)を更新。渡邊が65m24で優勝した静岡国際でも64m57の自己新をマーク(2位)した。さらに、6月3日の田島記念では65m32まで記録を伸ばし、渡邊(64m65)を抑えて優勝。ベスト記録でも渡邊に迫りつつある。この種目の日本記録は、室伏由佳(ミズノ)が2004年にマークした67m77。2人による優勝争いから、70mラインに近づく投てきが飛び出すことを期待したい。
男子ハンマー投は、第100回大会の2016年から連覇している柏村亮太(ヤマダ電機)が3連覇を懸けて挑む。自己記録は昨年の日本選手権でマークした71m36で、エントリーしている選手のなかでトップだが、今季は67m92が最高記録と今ひとつ元気がなく、昨年70m06をマークした木村友大(九州共立大)や70m05をマークした墨訓煕(小林クリエイト)、さらには70m46の自己記録(2015年)を持つ保坂雄志郎(群馬綜合ガード)に上位を奪われる試合が多かった。これらの選手とともに、アジアメダル期待記録71m88を狙いながらの優勝争いが繰り広げられそうだ。
◎女子砲丸投・円盤投
女子砲丸投と円盤投では、昨年、砲丸投を初優勝した郡菜々佳(九州共立大)が、ともに今季日本リスト1位。砲丸投の連覇とともに、この2種目での2冠を狙える状況にある。ベスト記録は砲丸投は昨年マークした16m57(日本歴代4位)、円盤投は今年3月に更新した54m26(日本歴代5位)。アジアメダル期待記録(砲丸投17m01、円盤投58m01)にどこまで迫っていくことができるか。また、円盤投では、4月末に、郡が持っていた高校記録(51m25)を大幅に更新する52m38をマークした齋藤真希(鶴岡工高)の記録更新にも期待がかかる。齋藤は、U18日本記録(49m65)も保持している選手。次に目標となってくる記録は、U20日本記録の54m12あたりだろう。
◎男女やり投
メダルターゲットに位置している男女やり投は、近年、アジアのレベルが非常に高くなっていて、アジア大会でも厳しい戦いが予想される種目。男子は、86m83(日本歴代2位)の自己記録を持つリオ五輪ファイナリストの新井涼平(スズキ浜松AC)が、首を痛めた影響で精彩を欠いた昨年の不調から脱しつつある状況だ。静岡国際、GGPと79m台が続いていたが、田島記念で80m60をマークし、アジアメダル期待記録(80m42)を上回った。復調すれば、東京オリンピックターゲット種目(スタンダード)の83m00はもちろん、それ以上の記録も十分にマークできる力がある。5連覇に挑むことになる日本選手権で、久しぶりとなる会心の投てきを期待したい。
女子やり投は、長年この種目を牽引してきた日本記録保持者(63m80)の海老原有希(スズキ浜松AC)が昨年度で一線を退いた。ここ近年、全体の水準が上がってきていることもあり、ベテランの宮下梨沙(大体大T.C)、昨シーズン大きな成長を見せた学生記録保持者(62m37)の斉藤真理菜(スズキ浜松AC)、そしてU20日本記録保持者(61m38)でDA修了生の北口榛花(日本大)あたりを中心に、当面は群雄割拠の時代が続きそうだ。
今季は、宮下が日本人トップの4位となったGGPでマークした60m71が日本リスト1位。これに斉藤が59m60、北口が58m62で続いている。持ち記録で考えると、斉藤と北口には物足りなさがあることは否めない。この2人が自己記録に迫る投てきができる状態まで仕上がっているかどうかで、優勝記録にも差が出てきそうだ。自己記録が60m86(2016年)の宮下は、まずは、東京オリンピックターゲット記録(スタンダード)の61m40をクリアすることが格好の目標となる。これが達成すれば、海老原の連覇を阻止した2011年、2016年に続く3回目の優勝も、ぐんと現実味を帯びてくるはずだ。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:フォートキシモト