2020年東京オリンピックに向けた強化体制のなかで、最高ランクとなる「ゴールドターゲット」にカテゴライズされている男女競歩。2015年北京世界選手権男子50km競歩で銅メダル、2016年リオデジャネイロ五輪男子50km競歩で銅メダル、男子20km競歩で7位入賞、そして、2017年ロンドン世界選手権男子50km競歩では、銀メダル、銅メダル、5位入賞と、至近の世界大会において3年連続でメダルを獲得する実績を残しています。
2018年は、8月にジャカルタで開催されるアジア大会で、前回の2014年仁川大会(20km競歩銀メダル、7位;50km競歩金メダル)を上回る成績が期待されるなかでのシーズンインとなりましたが、その日本競歩陣が、まずチームジャパンとして挑むのが5月5~6日に中国の太倉で開催される世界競歩チーム選手権。男子20km競歩、同50km競歩に各5名、女子20km競歩に4名、U20男子10km競歩、同女子10km競歩に各3名、計20名がエントリーし、個人での上位とともに、団体戦でのメダル獲得を目指します。
今回は、男女競歩を率いる今村文男オリンピック強化コーチにインタビュー。間近に迫った世界競歩チーム選手権にかける思いや、2020年に向けた強化状況について、話を伺いました。
文:児玉育美/JAAFメディアチーム
写真提供:フォート・キシモト
世界競歩チーム選手権で、「チームジャパン」が得たいこと
――今回の世界競歩チーム選手権は、競歩の強化戦略上で、どう位置づけているのでしょうか?
今村:2018年はオリンピックや世界選手権が行われませんから、この世界競歩チーム選手権がインターナショナルの重要な大会となってきます。まず、この大会で、国際陸連のレベルⅢ(国際競歩審判員:国際陸連が認定する審判の最上位に位置する)のジャッジを受けられること。これは、選手たちの歩型が国際審判員の目を通しても問題がないかを確認する上で非常に大切です。また、2016年リオ五輪から2020年東京五輪に向けた中間年であるため、他国の強化の状況や2020年に向けた強化の方針などが非常にわかりやすいことから、そういった情報収集を行えると考えています。あとは、私たち日本勢の2020年に向けた強化の進捗状況を確認することですね。男子の50kmに関しては世代交代も起こりつつあるのでその状況も踏まえながら、世界でのメダル獲得や入賞が常に期待されながら達成できていない男子20kmに関しては、地力をつけていくステップの大会になればいいと思っています。
――この大会は、前回から「世界競歩チーム選手権」と名称が変更されましたが、「ワールドカップ競歩」として実施されていた時期も日本選手はずっと複数が出場しています。今村コーチが現役時代に男子50kmで日本人として初めて4時間を切ったのもこの大会(1991年)でした。この大会に、「チームジャパン」として挑むことに、どんな効果があると考えますか?
今村:昨年の世界選手権もそうですが、特に男子の50kmは、ようやくトップ8のなかに(エントリーした)全員がフィニッシュすることができる状況になってきました。そういった意味では、個人戦と団体戦があるということで、互いに強化するなかでチームとしての士気を高揚できるという面があると考えています。そのなかで得た順位やメダルの色によって個人戦とはまた違う形で全体強化の進捗も感じることができるでしょうし。何よりも同じ目標に向かって戦うことで、世界選手権やオリンピックにはないものを得られるのではないかと期待しています。
男子の20kmに関しては、ここ近年の世界大会では、限られた選手が同じように日本代表として出場しています。しかし、今回は派遣選手の幅が5人ということで、若手の選手たちにとっては、世界選手権、オリンピックに向けた、よいシミュレーションになるのではないかと思っています。また、こうしたなかで合宿参加など、競歩としての一連の強化の流れに身を置くことで、彼らの経験知を高め、世界選手権やオリンピック本番に向けた緊張感の緩和にも役立つのではないかと考えているので、できれば今後も若手と主力の双方をうまく派遣できるようなメンバー編成ができればと思っています。
――みんなの経験知を高めておきたい?
今村:はい。私が2020年に向けて重要視したいのは、日本代表としての初レースが世界選手権やオリンピックでないようにしたいということ。少なからずそこまでにU20世界選手権やユニバーシアード、アジア選手権などで、日本代表として出場することを経験しておいてほしいと思っているのです。そういった意味では、団体で戦うことのできるこの世界競歩チーム選手権、あるいはIAAF競歩チャレンジなどで研鑽しながら、場に慣れていくことはとても意義があって、自分の目標を明確にしたり、時差調整や食事なども含めて異国の地で自分が何を準備すべきかに気づいたりできる絶好の機会といえます。今回はアジア圏で開催されますが、そういったマインドを、チームとして醸成できればいいなと思いますね。
――世界競歩チーム選手権での具体的な目標をお聞かせください。
今村:個人というところでは、男子の50kmでは1ケタ台(の順位)に3人は入ってほしいと思っています。他国の選手の状態や今年の傾向がまだ見えていませんし、気象条件にも左右されるので、具体的にどのくらいの記録を見込めるかはわからない状況ではあるのですが、団体戦では男子50kmが一番金メダルのチャンスがあるのかなとは思っています。
――男子20kmはいかがでしょうか?
今村:先頭集団でレースをするなかで、個人の目標、順位、記録を狙っていくということになると思います。各選手がそれぞれに1つの順位でも1秒でも前で、レースすることを心がけてほしいです。そうして最後まであきらめることなく戦ってくれることで、次のレースにつながる選手もいるでしょうし、また、結果として個人の順位、または団体戦の成績にもつながってくると思います。
――顔ぶれを考えると、十分に団体戦でも戦える陣容だと思います。
今村:そうですね。あとはコンディションでしょうか。開催地の太倉は上海に近いのですが、上海の辺りも日中の気温が25℃前後あるということですので、記録よりも勝負になる可能性があります。現地に出発する前の時期は日本も暑くなる予報が出ているので、そういった部分はシミュレーションしておくことができれば…と思っています。
――U20の10kmのほうも期待ができそうです。
今村:はい。この間の輪島(4月14~15日:全日本競歩輪島大会)の10kmにも多くの選手が出ていました。気象条件やレース展開によってタイム差は出ると思いますが、男女ともに自己記録を目標に挑んでほしいですね。前回大会で団体の銅メダルを獲得している男子は、今回も十分に狙えると思っています。こちらもやはり、個々が最後まであきらめない気持ちで順位と記録を1つでも1秒でも上げていくことを目指して、レースに取り組んでくれることを期待しています。
――女子20kmはいかがでしょうか?
今村:女子は個人に競技力の差があるので、まず全体強化として持久力、フィジカル面のアップを図っている段階ですが、その中で柱となっているのは、やはり岡田久美子(ビックカメラ)になります。こうした大会に出場し、経験を積むなかで、彼女に続く選手が出てきてほしいですね。
――実際に、どのくらい戦えるかは、エントリーリストが出てこないとわからない面も多いですね。
今村:そうなんです。現在は、これまでに各国で実施された競技会のリザルトに基づいた世界ランキングを見て、どんな状況かということを想像しながら、レースに向けた準備をしています。でも、荒井広宙(自衛隊体育学校)や丸尾知司(愛知製鋼)なんかは、日本記録(3時間40分12秒、2009年)に近いレベルの準備はできていると思っています。
定期的な短期合宿による男子20kmの強化
――特に20kmで顕著なのかなと思うのですが、国内でよく見られる高速レースと、インターナショナルな大会でナンバーワンを決めるレースとでは、展開自体が違ってきます。急なペースチェンジや揺さぶりのあるという点は、長距離やマラソンのレースにも通じるものがあるように思いますが、こうした点の対応については、どう考えていますか?
今村:昔は、20kmだとジェファーソン・ペレス(エクアドル)であったり、50kmであればロベルト・コジェニョフスキー(ポーランド)であったりと、その種目の“絶対王者”といわれるようなスペシャリストがいたのですが、今は混沌としています。特に、男子20kmは競歩で最初に行われる種目ということもあって、選手も審判も緊張感を持っているなかでのレースとなることから慎重になりがちで、「記録より勝負」になるのも必然なのかなと思います。
ただ、20kmの場合、スローな入りから中盤でペースが上がって、残り5kmで鎬を削る展開になるというレースの傾向は、もうすでにわかっているわけで、そういう展開のなか10kmくらいで気持ちが疲弊してしまって、自分にとっての“勝者のパターン”にはまった自分本来のレースができないというのが、日本選手の現状といってよいと思います。一方で、リオ五輪で7位入賞を果たした松永大介(東洋大、現・富士通)のように、積極果敢に攻めていくレースもあります。ああいったレースは動きがきちんとできていないとなかなかできません。そういった意味では動きの精度を高めていく、競歩技術を高める日本のスタイルというのは、変わらず大切にしながらやっていかないといけないと思っています。
――4月初旬に行われたメディアに向けた強化方針説明会で、男子20kmについては、戦略・戦術をしっかり立てて、定期的に短期の合宿を組み、年間を通した強化を図っていきたいと述べていました。2泊3日で実施している今回の合宿が、その第一弾ということでしょうか?
今村:はい。チームとしてどう戦うか、個人としてどう結果を残すか。このあたりを柱としながら、特に過去のレースと傾向、勝者のパターンの分析などを示して、考える時間を設けています。あとはよく用いられる「自分のレースができれば」という言葉の、「その自分のレースとは、どんなものか?」とか「それをやったとして本当に勝てるのか?」というところも含めての検討ですね。具体的にどうしたらいいのか、さらには“世界大会の傾向”に合わせた自分のレースパターンも準備しておくべきではないかといったことを、みんなで意見交換したりディスカッションしたりすることが目的となっています。
――具体的に、選手たちが何か「気づき」を得たことは?
今村:今まで自分たちが「メダル」とか「入賞」とか言っていたことが漠然としたもので、例えば、レースの傾向についても、「先頭にいる」とか、「後半ペースを上げる」とか言っていても、それが可能な準備やプロセスが踏めていなかったということでしょうか。どの時期にどういう強化をするか、またはレースに向けた準備をどういうふうにやっていくかということも含めて、今までにないパターンを、選手個々に改めて考えるようになったのではないかと思います。
――国際大会におけるレースの展開やライバルがどうとかだけではなく、準備の段階も含めてトータルで見ていくということですか?
今村:そうですね。自分自身のコンディショニングというのは非常に重要だと思いますし、レースのなかでは相手がどうこうというのも大切な要素になってきますが、まず、自分の準備をどうするかということを含めて考えていかなければいけないと思っています。
暑熱に対するアプローチ
――東京オリンピックに向けての強化戦略では、2018年からは暑さ対策という面についても重視していくと以前から仰っていました。この夏、ジャカルタで行われるアジア大会、来年のドーハ世界選手権、そして2020年の東京オリンピックと、いよいよ酷暑のなかでのレースに向かっていくことになりますが、どのように進めていきますか?
今村:そうですね。今年は、暑さの経験、暑熱のなかで練習をするという経験値を残しておく年にできればと思っています。特に、発汗量であったり心拍数の違いだったり。例えば、選手たちはハートレートモニターをつけているので、心拍数を基準に考えたときに、冬と夏とでどのくらいの違いが出るのかとか、そこから記録を推定できるかといった点を検証することを目論んでいます。
――暑熱対策といえば、深部体温を上げないことや脱水の問題なども重要と聞きます。
今村:科学委員会の助言では、今、言われた深部体温を上げないこと、そして脱水の問題、あとは発汗によりナトリウムやカリウムなどのミネラル分が失われないこと、ですね。深部温度を上げないというところでは、水をかぶるなどのクーリングもそうですし、給水の温度なども関係してきます。一方、理想ばかりを追っていると、内臓の疲労や冷えの問題、さらには、身体が水分を受けつけるか受けつけないかなど、非常にデリケートな問題も出てきます。
――水分を摂ればいいというわけではないのですね。
今村:そうなんです。失った水分量と摂取する水分量は常に同じではないので、失われても2%、最大でも4%以内でフィニッシュするということを、20kmでも50kmでも目指しています。当然、歩く距離や時間が長ければ汗の量も増えてきますので、それを補うのが給水なのですが、選手の経験や勘によるといえばいいのか、1回の給水で飲む量は選手によって異なります。
――そこは指導されてのものではない? それも一種のセンスなのでしょうか?
今村:そうかもしれませんね。荒井などは、失われる水分量に対して、このパーセンテージを非常に厳密に守れます。科学委員会の杉田(正明)委員長も驚いていたほどです。
――そういった勘の部分も、みんなのなかでうまく共有されるといい?
今村:ただ、こればかりは個々の自己対応力にもよりますから…。「言われて飲んだけれど、おなかの調子が…」とかいうこともあり得ますので、細心の注意を払う必要もありますね。
「速く歩く」だけでなく、「ゆっくり正確に歩ける」技術を高める
――強化を進めていくうえで、現在、重視しているところは?
今村:我々は、(世界大会では)ペースが遅くなることを踏まえて、今、フィジカルの部分を重要視しています。気温が高いなかでのレースでは、当然、ペースが遅くなるわけですが、速く歩くときの技術とゆっくり歩くときの技術は似て非なるものなので、そこを見越して「ゆっくり正確に」をキーワードに歩型をつくっていくことを意識しています。速く動いてごまかすことをしないということですね。もともと身体の柔軟性や可動性、安定性などをストレッチや動きづくりの補助トレーニングで高めることや、また、その動きづくりを可能にするためにウエイトトレーニングやバランストレーニング、スタビリティトレーニングなどを複合的に行う取り組みは、もう2年くらい前から着々と進めてきたのですが、これまでは「速く歩くために」用意してきたことを、今は逆に「低速になったときにしっかり支持できるように」という点にシフトして、そこに意識を置きながらやっている状況です。
――世界で戦うとなると、どんなペースにも変幻自在に身体が対応できるようにしておかなければ…。
今村:はい。勝利にはつながっていかないですからね。私は、ペースの上げ下げを、時計を見てではなく、動きを調整しながら変えていけることがポイントになると思っているんです。例えば、(1km)4分のペースを遅くしようとしたとき、どこをどう動かせばよいのか。支持する時間がゆっくり長くなれば当然ストライドが伸びながら移動するので、ただ単に歩幅を狭めればいいというわけじゃないことや、速い動きの感覚のままペースだけ遅くすると上下動が出てくるといったことなどを理解させながら、身体の使い方や力の伝え方というところを丁寧に身につけさせたいと思っています。ただ、こうした点は言葉だけでは理解できないことだし、どうしても速く歩くことに集中しがちですから、なかなか難しいところではあるのですが。
――20kmの選手が50kmに距離を延ばす際、最初は、ペースを抑える必要があるために、ゆっくりであるはずの50kmのペースで歩くほうが、かえってつらく感じると聞いたことがあります。
今村:はい、つらいですね。
――では、20kmから50kmに距離を延ばしていくなかで、遅いペースで歩ける感覚を、身体でつかんでいくことができているのでしょうか。それが、もしかしたら、現在の50kmの皆さんの強さの秘密になっている?
今村:その側面はありますね。最近でいえば、丸尾もそうですし、この前、輪島で優勝した野田明宏(自衛隊体育学校)なんかもそうですね。そういった選手が、自分の身体の使い方を覚えてくれば、より強みになると思います。
――では、同様に、20kmの選手がそれを身につけることができたら…。
今村:マスターしてくれると、夏場のレースには非常にプラスになると思います。速く歩く技術とゆっくり歩く技術の両方をマスターしておくことで、ペースの幅が非常に広がっていきますから。
――そして、そのペースを、動きや力の伝え方でコントロールできるようになれば…ということですね?
今村:はい。とても難しいし、かなり専門的なところになってきますが、そういった目に見えない部分を調整していけば、目標を達成することができると考えています。
――2020年に向けて取り組んでいかなければならないことはたくさんありますね。まずは、世界競歩チーム選手権。今後に向けて弾みのつく結果とともに、さまざまな収穫が得られることを祈っています。
(2018年4月20日収録)
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