2017.07.15(土)委員会

【Subject3】東京2020オリンピックマラソン強化キックオフミーテキング報告

Subject3 学生アスリートを、どう強化するか

2020年東京五輪やその後も視野に入れて陸上界を活性化させるために、学生アスリートの年代にあたる18~22歳世代の競技者育成に力を入れるべきだと言う原監督は、自身が分析した箱根駅伝出場チームのデータをもとに、関東における学生長距離競技者の傾向を紹介するとともに今後の方向性を示唆。そして、実際に活躍している学生競技者の声を、シンポジストの3氏にダイレクトにぶつけました。

◎原監督による考察と意見:学生アスリートの強化(要旨)
 2020年東京だけでなく、今後の陸上界のために、今、重点的に強化すべきは18~22歳の世代。このポジショニングの選手をどう育成するかを、大学の指導者、実業団の指導者、高校生の指導者がみんなで、よく議論していかなければならない。
 箱根駅伝に出る関東の大学に所属する選手の出身地を調べてみると、約7割が地方から関東に来ている。また、箱根駅伝に出場した選手について、10年前の第83回大会(2007年)と、第93回大会(2017年)とでデータを比較すると、チームでみるとエントリー選手上位10人の10000mの平均タイムには成長がみられる。しかし、個人の記録をみると、上位選手の差はそんなになく、逆に10番目の記録は大きく上がっている。
 この大学生世代が実業団へ行くわけだが、この10年間は、大学から実業団への移行で、「トラックからトラックへ」と進み、28歳を過ぎたあたりからマラソンをそろそろやろうかという流れがあった思う。この「トラックからトラックへ」という傾向から、「トラックからマラソンへ」、さらには大学時代に2時間10~15分で走ったうえで実業団へ進み、2時間10分を切って8分、7分へと成長させる(マラソンからマラソンへ)という流れに変えていかなければならないのではないか。
 ここで(その当事者となる)学生アスリートからの声を紹介したい。先日行われた関東インカレを中心に、今、一番旬な若者たちに協力をいただいたので、ご意見をいただきたい。

#1 関谷夏希(大東文化大2年)

「2020年東京五輪はトラックで、2024年以降はマラソンで勝負したいと思っていますが、アドバイスをお願いします」

原:山下さん、助言をお願いします。

山下:(トラックとマラソンの)どちらのほうに思いが強いのかなと思いますが、例えば、1つの方法としては、もう距離を踏み始める。そういうなかで生まれるスピードもあると思うので、トラック種目に取り組むけれど、30km走をやってみたり120分走をやってみたりする。そうしながらでも、十分にスピードはつきますのから。関谷選手のことはよく存じ上げませんが、今だったら、そういうアドバイスをするかもしれません。

#2 鈴木健吾(神奈川大4年)

「マラソンを取り組むうえで、学生時代にやっておいたほうがよいことがあったら教えてください」

原:これは坂口さんに答えていただきましょう。

坂口:鈴木くんは、ニュージーランド合宿に参加して、瀬古さんもいらしていたので、一緒に見ているのですが、よく練習する選手です。時間があれば走っているような選手で、マラソンに向いていますね。瀬古さんの話もよく聞いていました。大学時代にやっておくことは、練習を考えてやることですね。マラソンは自分で感覚を組み立てていかなければならないので、ただ練習しているだけじゃものにならない。考えてやることが必要です。もう1つは、箱根駅伝の選手というのは非常に注目されます。トップになれば箱根駅伝で人間が一番欲しいものが手に入るわけです。そうしたら、それ以上のものがない状態に陥ってしまうのではないかと僕は懸念します。やはり、学生時代から「自分はマラソンで成功するんだ」という強い意志を持って、日々、取り組んでいってほしいと思います。

原:我々、大学の指導者も心しなくてはなりません。やはり「箱根だけじゃないんだ、マラソンを走るんだ」というのがものすごく大切なんですね。ところで、先ほど話した「トラックからトラックへ」という傾向からの変化についてですが、Hondaの設楽悠太くんなどは、卒業後すぐにマラソンに取り組んできた印象があります。Hondaの大澤監督、彼の意識はどんな感じだったのでしょう?

大澤陽祐:当人は、入社した段階で、2年目の世界選手権、3年目のリオ五輪に(トラック種目に)出てからマラソンに挑戦すると言っていました。箱根駅伝でもあれだけ走っていましたし、すぐにマラソンで行けるとも考えましたが、本人がそういうプランを立てていたので、それに沿って進めました。ここまで自分で決めたことを実行してきていますし、東京五輪はマラソンで目指したいと言っていますので、そういった強い意志で取り組んでくれるんじゃないかと思っています。

原:ようやく、若くしてスピードランナーがマラソンに行こうとしているような雰囲気があるように思うのですが、実業団監督の皆さんはどう思われますか? 富士通の福嶋監督は?

福嶋正:マラソンへの取り組みについては、東京にオリンピックが来るということで、若い選手たちの意識は確実に変わってきていると思います。まして、今回、選考方法が新しく明確になりました。初マラソンではなく、いくつかの過程を踏んで代表を決めていくというシステムになったので、そこを目指す選手は、学生のうちに1回とか、実業団に来てもすぐにやるとかというような形に、逆に言うと変わっていくような気がします。

#3 一色恭志(GMOアスリーツ、青山学院大OB)

「①東京五輪に向けてやるべき暑さ対策はどんなことでしょうか? ②瀬古さんのようなラストスパートを磨くための練習法を教えてください」

原:これは瀬古さんに答えていただきましょう。まず暑さ対策について。

瀬古:(1984年の)ロス五輪で、暑さで失敗した瀬古さんに聞くのもヘンだよね。でも、失敗したから言えることもあるんだよ(笑)。
当時は、今のように医科学と一体になってやっていない時代でした。暑いロサンゼルス(での開催)だから、暑さに慣れろということで、冬はグアムに行って33℃の気温のところで40kmを走ったり、暑い時期も涼しいところへ行かずに東京でやったりしました。これは失敗しました。もちろん暑い所でも走らなければならないのは確かです。しかし、暑い所で無理してばかりいると、どんどん疲れが溜まってきます。やはり暑いところでのポイント練習は避けたほうがいいと、今は思います。

原:前田和浩選手が所属する九電工の綾部監督、暑さ対策はどうしておられましたか?

綾部健二: 2013年のモスクワ世界選手権のときは、涼しい環境のなかで体調を整えてやりましたが、入賞はできませんでした(17位)。次の2015年北京世界選手権では、少し暑いところでやることを試したのですが、先ほど瀬古さんも言われたように、疲労が残って体調が上がらず、結果としてはモスクワよりもできませんでした(40位)。やはりコンディショニングをしっかりやっていったほうがいいのかなと考えています。

瀬古:1991年の東京世界選手権で谷口くん(浩美、当時旭化成)が金メダルを取ったのだけど、あれは、宗さん(茂・猛兄弟、旭化成)や僕らが暑いところで失敗したことを、ちゃんと生かしたおかげだと思います。

原: 2つめの質問、ラストスパートについては?

瀬古:これは練習してできるものではないですね。100mスパートできるだけのスタミナを残しておくことです。だって、(スパートする100mは)13秒でしょ? 一色くんも13秒だったら走れるでしょ? 

原:いかに余裕をもって最後に入るかということですね。

#4 細田あい(日本体育大4年)

「外国人選手の急激なペース変化に対応できるようになるために、海外でのレースを経験したいと思っているのですが…」

原:山下さん、海外のレースを経験したいというコメントです。いかがでしょうか?

山下:世界ハーフマラソンなどがあるので、そういうレースにどんどんチャレンジしていただきたいですし、若い選手は、戦えなくても行くだけで得ることがあるので、行ったほうがいいと思います。ただ、何度か海外に行っているのに、さらに海外へ海外へというのは、私はあまりいいと思いません。しっかり準備して(世界で)戦える状況にして行くのは、単に海外へ行くのと全く違う緊張感があります。ある段階からはちゃんと準備して戦う態勢で行くべきだと思います。

#5 下田裕太(青山学院大4年)

「要望です。U23の選手に対するMGCレースへの出場緩和措置を設けることはできませんか?」

原:なんか原監督が言わせたようなコメントです(笑)。伸びしろ抜群の大学生選手がマラソンに取り組んでいくために、MGCレースへの出場権緩和をぜひ、検討してほしいということです。これは河野ディレクターにご意見いただければと思います。

河野:日の丸を掲げるために年齢は問いたくないので、はっきり言えば、「優遇措置はなし」です。でも、瀬古さんが学生時代のうちからマラソンに取り組んでいた(注:学生時代の間に2時間10分台に突入するとともに、当時世界最高水準と評価されていた福岡国際マラソン優勝、ボストンマラソン2位などの実績を残し、国際的にも第一線に躍り出た)というケースもあります。そして、若いからいいとか悪いとかということではないのです。マラソンをやるにあたっては、きっちりと練習してつくっていってほしいな、と思います。若い年代でチャレンジして、その後、故障して、2回目、3回目がうまく行かずに悩む選手もたくさんいますし、また、そういう経験から這い上がって、トップに戻ってくるために、たくさんの年月を費やした選手もいました。だから、マラソンをやるのに年齢は問いませんが、一番大事なのは、肉体的にも精神的にもしっかり準備するという覚悟を持って臨んでほしいということなのです。そして、そういったなかで代表レースを勝ち抜いてほしい。MGCレースというのは、出るのが目的ではありません。そこをあっさりとスルーして、東京五輪でメダルを取るというような選手を少なくても3名揃えたいと思って設置しているのだということを、この場を借りて言わせていただきます。

瀬古:原さん自身が緩和してほしいと思っているんでしょ? 学生のために。それは甘いよ。

原:すみません。下田の意見でなく、私の意見ですね(笑)。

 
取材・構成:児玉育美(JAAFメディアチーム)

【Subject1】マラソン界の現状
【Subject2】日本マラソン界の課題と本質の洗い出し
【Subject4】強化体制を考える
【Subject5】質疑応答

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