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2004年アテネオリンピック女子マラソンで金メダルを獲得した野口みずき選手を筆頭として、数多くのトップアスリートを輩出している三重県は、人口や面積ともに全国で中規模県に位置しますが、古くから、小学校・中学校・高校年代の各指導者が良い連携を保ち、子どもの指導・育成に取り組んでいることで知られています。近年では、地元企業の支援を受けてリレーを使った新たなイベントを実施したり、陸上経験のない子どもを対象とする陸上教室を開催したりするなど、地方陸協ならではの特徴や強みを生かして、陸上と地域の活性化に取り組んでいます。
今回は、仕掛け人として、こうしたプロジェクトを推進している三重陸協普及委員長の三輪亮介さんにインタビュー。三重陸協で実際に行っている活動や、それらを支えている普及・育成の考え方を伺いました。

三輪亮介 みわ・りょうすけ一般財団法人三重陸上競技協会理事、普及委員会委員長
1980年12月生まれ。三重県出身。中学・高校と陸上競技部でハードルに取り組んだのち、三重大学進学後は、杉田正明教授(現:日本体育大学教授、日本陸連科学委員会委員長)の研究室で、スポーツ科学を専攻。インターハイやスーパー陸上等、さまざまな競技会における測定や分析活動に取り組む。卒業後は、中学校の保健体育教諭として勤務するとともに、陸上競技部の指導に従事。その後、三重県中体連陸上競技部の専門委員長として、2020年全日本中学校選手権(中止)の実行委員会で開催の準備を担当した。その後、伊勢市に所属し2021年三重国体(中止)の陸上競技を担当した。2023年から三重陸協の普及委員長に就任。現在は、日本陸連の指導者養成委員会の委員を務めるほか、強化委員会強化育成部委員としてU16大会事業担当も兼任。普及・指導者養成・育成年代の指導等に取り組んでいる。
――三輪さんは、三重陸上競技協会普及委員長のほか、日本陸連の指導者養成委員会委員と、強化委員会強化育成部U16大会事業担当を兼任しておられます。日常は、伊勢市教育委員会に勤務しているそうですが、陸上との縁は?
三輪:もともとは中学校の教員として陸上競技の指導をやってきました。三重県では、2020年に全中(全日本中学校選手権大会)が開催されることになっていて、そのころは県中体連の専門委員長をやっていたので、最初は三重全中に向けて取り組んできたのですが、それがコロナ禍で中止になり、その後は三重国体(2021年)の担当になりました。
――しかし、その国体も残念ながら中止に…。なんと2つの全国大会がコロナ禍のあおりを受けてしまったのですね。
三輪:そうなんです。そうしたこともあり、コロナ禍を機に行うことになったU18/U16陸上競技大会なら開催できるのではないかと考え、誘致活動をして実現することができました。

――U18/U16大会が三重県で開催された背景には、そんな経緯があったのですね。三重県といえば、小学生の所属するクラブチームから中学・高校年代までの連携ができていて、日本陸連の競技者育成プログラムなどでも、その取り組みを、すでに2008年ごろの段階で地方のロールモデルとして紹介していました。普及と強化の両輪が、いい形で回っている印象を持っています。三輪さんご自身は、中学・高校ではハードルに取り組んでいたそうですが、ご自身が陸上をやっていたころや、教職に就いて中学校で指導していたころを含めて、三重にはどんな土壌があると感じていますか?
三輪:三重県って、そんなに人口が多いわけではないし、地方でも田舎と呼ばれるほうだと思うのですが、国スポや全中、インターハイなどでは、毎年、上位の成績を残す選手が複数出ています。また、シニアになってから日本代表としてオリンピックや世界選手権に出場する選手も育っています。それが実現できているのがなぜかを考えると、そこには今おっしゃってくださったように、普及と強化の両輪がうまく回っているからだと思いますね。
――それを目指すことは、県陸協のなかで共有されている?
三輪:はい。普及の上に強化があるということは、まあ、すごく当たり前の考え方なのですが、三重県のなかでは「強化だけでは絶対に成り立たない。まず普及があってからこその強化なんだ」という考え方は浸透できていると思います。それこそ代々の強化委員長が、常にスタッフに言い続けてきたことですから。もちろんどちらも大切なのですが、土台としての普及が一番大事。根底となるその土台の幅が大きくなればなるほど、ピラミッドも高くなるという考え方のもと、普及も強化も一体となって取り組んでいることが大きいと思います。
――そこが反映されている取り組みはありますか?
三輪:大会運営では、競技人口が多く、チームを持つ中学校や高校が多い他県では、高校の試合は高校の先生方が中心で、また、中学校の試合では中学の先生方が中心となって、あとは引退された年配の方々が加わって実施しているというケースをよく聞くのですが、三重の場合は、どのカテゴリーの大会でも、すべてのカテゴリーの先生方が来て、みんなで運営しています。そのなかで、シフトを組んで、みんながうまく休みもとれるようにしています。
――何かメリットはありますか?
三輪:何がよいかというと、自分たちが指導しているカテゴリーとは異なる選手も見られること。また、カテゴリーの異なる指導者が同じ場所に集まることで、コミュニケーションが生まれます。それが密になって、いろいろな相談ができ、「ちょっと練習を見に行っていいですか?」とか「この選手を連れていっていいですか?」とかいう話にもなります。そういう広がりが強化にうまくつながって、最終的にシニアで日本を代表する選手が育っているように思います。

――陸上をやる子どもたちを、みんなで大事に育てていこうという感じですね。中学生年代の指導についても、明確に方針を掲げていると伺いました。
三輪:そうですね。私が普及委員長になったときには、「中学生には強化をしない」ということを打ちだしました。当時は中学生も強化部があったのですが、それを「育成部」という名称に変えました。とにかく中学生は、「強化」ではなく、「育成する…育て上げて、送りだすんだ」という考え方を、全員の認識にしたかったんです。なので、現在は、シニアとなった姿まで長い目で見て、今の中学生の時期を大切に育てていくんだという意識で取り組んでいます。練習内容とか、試合とかが大きく変わったわけではないのですが…。
――取り組みの意識として、勝利や頂点を目的としないというスタンスに変えたわけですね。
三輪:「言葉だけじゃないか」と思われてしまうかもしれませんが、「全中で勝つことが全て」という考え方をやめました。中学校期は大切に育てる期間。中学生には強化をしないという取り組みの姿勢です。
――とても大切な観点だと思います。
三輪:「長い目で見て、息の長い選手を育てよう」という共通認識が、だいぶ根づいてきたように思いますね。
――なるほど。今日、お聞きするイベントや教室が、まずは、そうした三重陸協としての認識が明確にあるうえでのことなのだとわかりました。ここからは1つずつお聞かせください。まずは、コクリコルージュカップのお話を。要項等を拝見すると、「ザ・エキシビジョンリレーマッチ 〜最速のバトンパス王決定戦〜」という記載がありますが、リレーの競技会ですか? それともイベント? 2×50mリレーという種目で実施しているのですか? 「コクリコルージュカップ」と命名されていますが、何か由来や経緯があるのですか?
三輪:「コクリコルージュ(COQUELICOT ROUGE)」というのは、実は地元のパン屋さんの名前なんです。
――ああ、冠スポンサーとして、支援をいただいているわけですね。
三輪:はい。お金のほかに、上位者に贈る副賞の提供もいただいています。私たちのような地方の競技団体が、地域の企業とタイアップするモデルケースになると思っています。

――大会自体は、2×50mリレーという種目を、U18/U16三重県大会のサブイベントとして実施しているという構造ですか?
三輪:そうです。本当は、単独でやってみたい思いもあるのですが、そうなると会場の問題や審判員のこと、運営のことなど、いろいろと負担が大きくなってきてしまうんですよね。何かの大会と併催したほうが、よりシンプルにできるというのがありました。私が中学校カテゴリーのほうが動きやすいというのもあって、まずは試しにU18/U16三重県大会でやってみようということで実施したのが第1回大会です。
――それが2022年のことだったのですね。直線で実施する「2×50mリレー」という発想、動画で拝見して、「なるほど!」と思いました。どういうレースかご紹介ください。
三輪:2人がチームを組み、100mの直走路を使って行います。第1走者がスターティングブロックからスタートし、40m地点に待機する第2走者とバトンパスを行って、100mを駆け抜けてタイムを競うレースです。
――バトンパスのゾーンは、どうなっているのですか?
三輪:40mから70mをテイクオーバーゾーンに設定しています。1年目は30~60mでやってみたのですが、「さすがに1走が短すぎる」ということになり(笑)、現状に落ち着きました。もしかしたら、もう少し後ろにしてもいいのかもしれないなと思いつつも、今のところこの区間で実施しています。
――通常、チームで行う4×100mリレーのバトンパス練習は、2人組での分習法がとられますから、普段の練習が、そのままレースになるのだなと思いました。
三輪:陸上としての練習もそうですが、実は体育の授業でも用いる方法なんですよ。私もそうですが、リレーの授業をするときには、だいたいの先生がやっておられます。しかも、やろうと思えば、競技場の外でも実施できるし、異なる年代同士でもできるし、面白いな、と。発想がどんどん広がって、競技会でやったら面白いんじゃないかなと思ったのが、きっかけです。
――「2×50m」という発想は、どういうところから?
三輪:4×100mリレーにおけるバトンパスは、100m走のスピード曲線で考えると、絶対にスピードが落ちる局面なんですよね。4×100mリレーは面白いけれど、どんなトップ選手でもトップスピードでのバトンパスはできません。また、各バトンパスの瞬間は、正面スタンドからは遠いし、見えづらい角度から観戦することになるので、ほとんどの方が、コーチングの場面で私たちが間近で目にするようなバトンパスを見たことはないと思うんです。トップスピード同士の走者によるバトンパスが、「バチッ!」と決まった瞬間は、走っている本人たちもそうでしょうが、見ていてすごく気持ちがいいもの。そういう場面を、たくさんの方に目の前で見てもらいたいなと思いました。
――スカッとしそうです!(笑) ホームストレートで完結すると運営もしやすそうですね。一度に最大9チームで競える…?
三輪:いいえ、1つのレーンを2人で走る局面があるので、接触の危険を避けるために、1・3・5・7・9レーンで、最大5チームを入れて実施しています。
――なるほど。100mの距離での実施なら、レースの進行も早そうですね。組数が多くなっても実施できそうです。実際に、どのくらいの記録が出ているのですか?
三輪:公認にはならないのですが、通常の100mと同様に追い風2.0mまでの最高タイムを大会記録として残していて、男子は11秒27、女子は12秒31です。出場する子どもたちには、「2人の100mベストタイムを足して2で割った記録が目標だよ」と言っています。男子であれば、10秒台同士の選手がペアを組め10秒台は出るはずですが、中学生年代ですし、この大会ではそこまで行っていない状況ですね。

――レースは、U18/U16三重県大会のどのタイミングで実施されるのですか?
三輪:2日間で行われる大会の最後に組み込んでいます。1日目の最後にタイムレースで予選を行い、2日目の最後に決勝を実施する形です。
――今年は、どのくらいの参加があったのですか?
三輪:男子は75チーム、女子は60チームがエントリーし、当日の欠場もあって、実際は男子が64チーム、女子は55チームが出場しました。
――そうすると、決勝は5チームで争う?
三輪:2日目の決勝は、B決勝とA決勝の2レースを行うので、10チームが2日目も走ることになります。
――大会の雰囲気や反響はいかがですか?
三輪:とにかく参加する子どもたちが、本当に楽しそうに取り組んでいますね。通常の競技会って、次のラウンドや上の大会への進出が懸かっているせいで、どうしてもピリピリした感じがあるのですが、そこから解き放たれているというか…(笑)。
――特にリレーだと、「自分のところでの失敗は許されない」という緊張感もあるでしょうから…。
三輪:そうなんですよ。でも、この競技会の場合は、「次」が懸かっているわけでなく、副賞の「パン」を懸けての勝負となります(笑)。
――先ほど話していた「副賞」は、コクリコルージュさんのパンなのですね!
三輪:はい、A決勝に進んだチームに贈呈されます。このコクリコルージュのパンは、厳選させた素材を使ってカラフルなビジュアルに焼き上げていることが広く知られていて、なかでもクロワッサンはとても人気のある商品で、けっこう高価なんです。それがもうドサドサ入っていて、普通に買えば、かなりの値段になるほどの数を詰めた袋を準備してくださるんですよ。
――今、思わず、写真を検索してしまいました。これが詰め合わせられているなんて、ものすごく豪華ですね。出場する選手たちもそうですが、副賞でもらえたら、ご家族も喜びそうです。
三輪:そうなんですよ。そのパンを懸けての戦いなので気合も入る。その気合も、変な気合でなく、楽しい気合、ポジティブな気合なんですね。さらに人気のJ-POPをガンガン流して実施するので、子どもたちはもうノリノリで臨んでくれますし、観客の皆さんとも「こんなの、見たことない。日本初なんじゃない?」「初なんですよ!」といったやりとりがあるなど、もう、会場が一体となって楽しむ雰囲気になります。審判員の方々には、余分な仕事をお願いすることになってしまうのですが、それを差し引いてもプラスの効果というのはすごく出ていると思いますね。

――InstagramやTikTokで動画を拝見しましたが、すごく楽しそうな様子が伝わってきたのと同時に、発信にSNSをうまく使っているなという印象を持ちました。そこは意図的に展開している?
三輪:せっかくこういう楽しいことをやっているのに、一部で盛り上がるだけではもったいないですし、よりたくさんの人に見てもらったり、興味を持ってもらえたりするように、SNSを使おうとしています。今年度から普及委員会の中に広報部を設置して、発信専門の部署をつくり、縦動画を撮ってTikTok、X、Instagramで発信しています。また、日本陸連の「RIKUJO JAPAN」とも連携して、互いに発信していこうとしている感じですね。
――そして、この2×50mリレーは、今後、さまざまな展開が可能な種目だと感じました。先生が先ほど仰ったように競技場の外でできそうですし。すでに行われているストリート陸上などとのコラボレーションも可能だな、と。親子でチームを組んで競っても面白そうですよね。
三輪:そうなんです。現在は、併催大会との兼ね合いで、U16年代が対象となっていますが、いろいろなアレンジができると考えています。例えば、先ほど話したように、より高いスピード感を求めて実施したら絶対に面白くなるはず。一流のトップ選手同士による最高速でパスが決まったら、ものすごくかっこいいだろうなと思いますね。
――迫力がありそうですね。デモンストレーションでもいいので見たみたいです! そういう意味では、単独イベントとしての開催も可能な、魅力あるコンテンツだと思います。
三輪:日本陸連さんでやっているリレフェス(みんなでつなごうリレーフェスティバル)に近いかなと考えています。日本人って、やっぱりみんなリレーが大好きなんですよ。なので、その人気のあるリレーを、うまくアレンジしながらやっていくことが大事かなと思いますね。中央競技団体がリレフェスという素晴らしいイベントを成功させているわけですが、中央でこれを単発でやっているだけではもったいないです。その魅力的な要素を、地方でも自分たちの状況に応じて、うまく組み入れることで、より多くの子たちに実際に体験してもらえるようにしたい。そういう場をつくれたらいいなと思います。
――トレーニングの延長線上にあるというのもいいですね。
三輪:短距離の先生方ともよく話すのですが、2×50mリレーの練習をすることで、単調になりがちな短距離のトレーニングに刺激を与えることができるし、トレーニングの幅を広げることにもつながるね、と。また、ここで体感できる「速いバトンパス」は、子どもたちが中学校から高校に進んで、より速く走れるようになったときのバトンパスの感覚に近いものだと思うんですよ。それを経験しておくことで、将来的にプラスに働いてくれることも狙いとしてありますね。
――三重陸協の普及委員会では、ずいぶん前から小学生に陸上競技の楽しさを伝えることを目的として、県内各地の小学校を訪問して走・跳・投のデモンストレーションや走り方のレッスンを行う「キッズアスリート陸上教室」を、毎年複数の会場で実施していますが、近年、「レガシープロジェクト」として、それとは異なるタイプの陸上教室も開催されているそうですね。
三輪:2021年に予定されていた三重国体は、新型コロナウイルス感染症の影響で中止となってしまいましたが、スポーツの振興を止めないために、この大会に向かうなかで培われた多くのレガシーを継承していこうと、県が補助金による支援を行っているんです。三重陸協では、それを活用して、陸上経験のない小学生4~6年生を対象とした陸上教室を、2022年度から開催しています。

――なぜ、陸上教室を?
三輪:子どもの数が減っているなかで、これからは、言い方が悪いかもしれないけれど、ほかのスポーツとの奪い合いになると思っていて、例えば、サッカーとか野球とかにとられてしまわないように、逆に奪うようなことができないのかなと考えていました。陸上には、「運動会」という、ほかの競技にはない“武器”があります。運動会には絶対にかけっこがあり、子どもも親も「速く走りたい」という願望が強くなる、すごく貴重な機会なんですよ。もちろん、その全員が陸上に来るわけではないけれど、でも、「速く走りたい」という願望は必ずある。ということで「陸上競技のプロ集団が、運動会で輝く方法、教えます。」というキャッチフレーズの陸上教室を開くことにしました。
――「運動会で輝く方法」なのですね。陸上に興味がなくても、関心を持つ人がいそうです。
三輪:このキャッチフレーズを記載したチラシをつくって、三重県中の小学校や教育委員会に協力いただいて、子どもたち全員に行き渡るように配布したのですが、すごい反響でしたね。1回目のときは申し込みを開始して10分経つか経たないかで500人が集まって、すぐに打ち切らなくてはならないほど。需要の大きさを感じながらのスタートとなりました。
――指導に当たるのは、どういう方々が?
三輪:公認コーチなど、コーチ資格をきちんと持っている指導者です。あとはトップで活躍している、あるいは活躍していた一流選手を招いて実施しています。三重県の宇治山田商業高校時代からトップスプリンターとして活躍し、100mで日本選手権優勝の実績も持つ世古和さんなど一流選手に来てもらって、あとは豊富な指導経験を持つ公認資格を持ったコーチ、つまり、陸上競技の「指導のプロ集団」ですね。そうした指導者が教えますよ、ということで行いました。
――指導は、普及委員会の先生方で?
三輪:いいえ、委員会とかではなく三重陸協を挙げてという形です。小・中・高のカテゴリーを超えて70名前後の指導者が集まりました。
――陸協を挙げての実施なのに、対象は「陸上未経験者」に限定しているのですね?
三輪:実は、そこがミソなんです。もちろん、陸上をやっている子どもたちは、こういう機会があったら参加したいと思ってくれます。ただ、いろいろな子たちに門戸を広げることを考えると、それがネックになってしまうんですね。足が速い子、陸上を本気でやっている子がたくさんいるなかだと…。
――走ることに苦手意識のある子どもは、気後れして、楽しく取り組めなくなってしまいますね。
三輪:そうなんです。そんな子たちに門戸を開くために、あえて陸上のクラブチームに入っていない子限定としたわけです。終了後の感想でも、「明らかに速そうな陸上をやっている子がいなかったので自信を持って取り組めた」という声がありました。また、サッカーをやっている子どもが、「自分が足が速いことはわかっていたけれど、陸上をやっている子と競うのは嫌だと思っていた」と話していたと聞きました。その子はその後、学校の運動会で1番になって、中学校では陸上部に入ったそうです。そんな話を聞くと、一定の効果はあったのかなと思いますね。
――「運動会で輝く方法」だと走ることだけではない? どんなプログラムなのでしょう?
三輪:時間が足りなくて、どうしても「走る」に寄ってしまうという側面はあるのですが、「ただ走る」ではなく、遊びに近い運動を進めていくなかで、頭と身体を連動させて、全身を使って動いていけるようにして、最後に走りへつなげていくことを意識しています。500人が参加して行われた1回目のときは、ウォーミングアップとして、競技場の真ん中に朝礼台を置いて、そこで私がエアロビクスを行いました。なかなかに壮観な光景でした。

――遊びのなかで身体能力を高めて、徐々に陸上の動きにつなげていく方法ですね。これは年に何度か実施している?
三輪:1年目は、同じ子どもたちを対象に全4回のプログラムで始めたのですが、そうするとスタッフの負担が非常に大きいことがわかったんですね。指導する側はほとんどが小・中・高校の先生で、それぞれ自分の指導するチームも持っていますし、競技会では審判も務め、そして家族もある状況ですから…。どんなに良い取り組みであっても、個々に過剰な負荷がかかるのは良くないし、継続できなければ意味がないということで、2年目からは仕組みを変えました。三重県は縦に長いので2つに分けて、別の日に2会場で開く方法を採っています。
――今後は、どのように展開していくことをイメージしていますか?
三輪:来年の2026年度で、一応5回を迎えるので、そこでいったん区切りをつける予定です。本当に大事なことは何で、何が良いのか、どうすればもっと良くなるのか。実際にやってみてわかってきた面もたくさんあるので、そういったことを一度立ち止まってきちんと検討したうえで、リニューアルする、あるいは新しいプロジェクトを立ち上げるなど進化させたいと考えています。
――参加された方からの要望などで、気がついたことはあるのですか?
三輪:参加した小学生と、その保護者の両方にアンケートをとっていて、そこで、いろいろな感想をいただきました。「走ることが好きになった」「中学では陸上部に入ります」といったように肯定的な声が多かったなかで、難しいなと感じることも出てきました。小学生と保護者の間で、満足度に違いがあったんです。子どもたちが「楽しかった!」と答えた理由には、内容がほとんど遊びに近い形だったことがあります。一方で、それを見ていた保護者の皆さんは、「え、これで本当に足が速くなるの?」という印象を持たれた方もいて…。
――ああ、技術とかドリルとか、そういうものをきっちり教えてもらえるイメージだったわけですね。
三輪:そうなんです。親御さんとしては、「がっつりやってほしい」という考え方。でも、子どもは、そういうものより楽しくできるものがいい。そして、私たちとしても、育成年代の指導で一番大切な「楽しかったという思いを持ち帰って、次につなげてほしい」という観点で、子ども寄りの内容を提供していたわけです。それによって親子の満足度に違いがありました。そこは、今後の課題といえますし、クリアするとなると、けっこう難しいところだなと感じていますね。
――子どものころに、同じ型に当てはめて、決まったドリルで全員が同じ動きをするよりも、遊びのなかで全身の運動能力をバランスよく高めて、楽しみながら走るための要素を身につけていったほうが、将来の大きな飛躍につながることを、基礎的な知識として根付かせなければならないということですね。
三輪:本当にそう思います。そして、その課題は、実は、以前から存在していた課題でもあるんですよね。育成年代の指導という点で、正しい認識を広めていくことは本当に大切だと思いました。
――日本陸連では、今、陸上が地域や社会に対して物事を良い方向に進めていく力になること、そういうところに陸上の価値が見いだされるようになることを目指して、「RIKUJO JAPAN」をはじめとして、さまざまな形のアクションを起こしています。三重陸協として普及を進めているなかで、意識していることはありますか?
三輪:リレーのところで紹介したパン屋さんの例がそうなのですが、陸上と地域を結ぶ役割は、私たち地域の競技団体しかできないことだと思っています。協賛をお願いするにしても、ただお金を出してもらうという以外にも、いろいろなことができるはず。そして、地域を支えている企業の方々と一緒になって取り組むことで、できることの幅はぐんと広がると思うんですよ。例えば、三重陸協では、毎年、私たちの取り組みに協力し、一緒に考えてくださるスポンサーを募って、その企業名やロゴを入れたTシャツをつくり、原価に近い価格で販売しています。そして、競技会などのときに、「このTシャツを着て、みんなで陸上を盛り上げよう!」ということを呼びかけています。今年は、黒地にピンクをアクセントとしたデザインにして、企業名やロゴを白色で入れたものを、2000枚ほどつくりました。
――ウエア戦略ですね。県内の大会のときには、それを着て来場する方が多いのですか?
三輪:同じTシャツを着ているだけで、なんか一体感が出てくるんですよね。購入してくれた小・中・高校で陸上をやっている子どもたち、その保護者の皆さん、そして企業の方々が一つになるというか…。特に「必ず着てほしい」と言っているわけではないのですが、会場では、けっこう着てくださっている方が多いですよ、大人も子どもも。
――所属チームなどが違っても、「チーム三重」でつながることができるわけですね。
三輪:特に地方では、財政的に厳しい陸協さんも多いと思うのですが、こういう形をとれば資金を集めることができます。三重陸協の場合は、そうした資金を審判員や選手に還元することで、うまく回っています。ですから、今、質問いただいたRIKUJO JAPAN的な取り組みの答えを言うなら、「地域と一緒に陸上を盛り上げたいという思いでやっている」になるでしょうか。三重陸協としては、地域の社長さんたちに、陸上の魅力や可能性を知ってもらって、お金だけじゃない応援をしてもらって、陸上とともに地域を盛り上げようという取り組みを進めています。
――競技会をやるにしても、イベントを立ち上げるにしても、まず「財源をどうするか?」は大きな課題になってきますから…。
三輪:確かに、そこが壁になってしまうと、良いアイデアがあっても全部潰れてしまうので…。でも、個人的には、その壁を取り払うこと…資金を集めることは、そんなに難しいことだとは思わないですね。地域と一緒に盛り上げていける仕組みをつくって、地域の多くの方々を巻き込んでいくことができれば、いろいろなやり方ができると思うので。
――陸上関係者だけでなんとかしようとすると難しくても、陸上を使って地域全体を活性化していけるような形であれば、一緒に取り組めることが増えてくるわけですね。そう考えると、審判員とか指導するスタッフとか、スペシャリストの確保のほうが課題としては大きいのかもしれせん。資金が集まったとしても、人手が足りないと個々にかかる負担が大きくなってしまいますから…。
三輪:そう思います。人材を確保し、育成するほうが時間もかかるし、難しいことだと思うので、なおさら、多くの人が加わっていきやすい環境や条件を整えることは大切だと思いますね。
――「RIKUJO JAPAN」では、2040年の日本が、陸上を通じて、もっと活気に満ちたワクワクする社会の実現を目指しています。現在、小学生年代の子どもたちが陸上好きのまま育ち、日常生活のなかで陸上を楽しむような2040年にしていくためには、何が必要になってくると思いますか?
三輪:ひと言でいうなら「とにかく地方の陸上が盛り上がること」。そこに尽きると思います。私は、中央競技団体ができることは限られていると思っているんです。日本陸連が何を持っているかと考えたときに、陸上競技場もないし、選手を抱えているわけでもない。発信をすることはできても、できることには限りがあると思うんですね。じゃあ、何ができるかというと、中央の発想で、地方が動くこと。地方陸協が活性化することが必須なのかなと思っています。とにかく地方が盛り上がらないと、絶対に中央は盛り上がらないので…。

――そうなればなるほど、先ほど紹介してくださったスポンサーの話などは、すごく大きいですね。賛同して応援してくれる人々をどう増やしていくか、どう巻き込んで一緒にやっていくかといった…。
三輪:そのノウハウは、ぜひ、資金繰りに苦労しておられる地方の陸協さんと共有できたらいいなと思いますね。偉そうに聞こえてしまうかもしれないけれど、そんなに難しいことではないし、ちゃんと伝えれば、絶対に賛同してくれる企業さんはいっぱいあります。三重でもこれだけあるのですから、ほかでも絶対にあると思いますよ。
――今回は、普及や育成年代の指導に関することだけでなく、財源やスポンサーのこと、イベントを展開するに際しての人材確保や配置の問題など、幅広く、とても貴重な話を伺うことができました。ありがとうございました。
取材・文:児玉育美(JAAFメディアチーム)