2023年春、史上最強と謳われた侍ジャパンが14年ぶりに世界一に輝き日本中を熱狂されたことは記憶に新しい。そして2024年シーズンもパリで開かれた祭典で数多くの種目でメダルを獲得するなど大活躍を見せ、スポーツ大国ニッポンを全世界へとアピールした。そのスポーツにおいて選手のパフォーマンスの基礎、土台となっているのが陸上競技の核となる動き「走る」「跳ぶ」「投げる」であることは言うまでもない
12月7日、公益財団法人筒香青少年育成スポーツ財団が運営する総合スポーツ施設「TUSUTSUGO SPORTS ACADEMY」(和歌山県橋本市)で、同財団の少年野球チーム「和歌山橋本Atta Boys」に所属する球児(小学生約60人)たちを対象とした陸上教室が開催された。「走る」ブロックの講師には、先日、現役を引退したばかりの地元・和歌山県出身でロンドン2012オリンピック男子4×100mリレー日本代表のスプリンター・九鬼巧さん、「跳ぶ」ブロックは東京2020オリンピック男子走高跳日本代表の衛藤昂選手(神戸デジタル・ラボ)が担当。それぞれ“速く走る”ためのコツや、守備やバッティングでパワー、瞬発力を発揮する際のポイントともなる“ジャンプ”について実演を交えながら指導にあたった。
同財団は自らの希望でもあったメジャーリーグでもプレーし、現在も現役のプロ野球選手として活躍する筒香嘉智選手が出身地の橋本市に2023年に設立。筒香選手の実兄である裕史さんが理事長を務め、少年野球チームなどスポーツ教室の運営に当たっている。チーム名にも採用されている「Attaboy」は「よくやった!」「いいぞ!」「その調子だ!」という意味の英語で、アメリカのボールパークではよく耳にする掛け声となっている。スポーツ、野球を通じ、「自分で考えて、決断し、行動する」という子どもたちの“生きる力”を育てることが同財団の理念。「Attaboy」のチーム名が示す通り、挑戦したことを褒めてもらった子どもたちは自信を深め、さらに次のチャレンジへの意欲をかき立てられる。「子どもたちが日々の暮らしのなかで困難に直面した際、人に頼るだけはなく、まずは自ら突破口を考え、行動に移す。そうした習慣は野球をはじめスポーツに取り組む選手に限らず、生きていく上で大きな力、財産となります。私たちはスポーツを通じ、将来社会で活躍するための基礎を育むことを目指し活動しています」と裕史さんは力を込める。
今回の企画は「子どもたちに実際に自分たちの目と身体で本物を体験してほしい」という筒香選手をはじめ裕史さんの思いと、「マザー・オブ・スポーツ」として、陸上で身体能力を高めた選手が他のスポーツでも活躍する未来を描いている『RIKUJO JAPAN』プロジェクトのコンセプトがマッチしたことで実現。当日は子どもたちに加え筒香選手をはじめ冬季の自主トレーニングに励むプロ野球選手も参加。共に汗を流し有意義な時間を過ごした。
会場となったTSUTSUGO SPORTS ACADEMYは、北は金剛山系、南は高野山を望む約3万㎡の広大な敷地に、両翼100m・中堅120mの天然芝の野球場をはじめ、サブグラウンド、さらに625㎡の室内練習場を有する施設。野球場は内外野ともに米大リーグのエンゼルス、ドジャースの本拠地と同じ天然芝を使用。地元のスポーツの聖地として、普段は所属する子どもたちを中心に、国内でもめっきり少なくなった天然芝の上を駆け回っている。
「芝生は安心感もありますし、子どもたちの動きも自然とダイナミックになっていると感じています」と裕史さん。維持するのに人工芝の何倍も手間はかかるが、それ以上に子どもたちに多くの刺激を与えていることはトレーニングに打ち込む子どもたちの無邪気な姿からもうかがい知ることができた。
今回のイベントでは、室内練習場でJARTA代表の中野崇さんの「体の使い方」を意識したウォーミングアップに続き、九鬼選手が「走」、衛藤選手が「跳」のレッスンを担当。実演を交えつつ子どもたちやプロ野球選手と共に汗を流した。
参加した子どもたちからは「走り方を教わったのは初めてでとても楽しかった」「ジャンプの仕方を教えてもらって、動きが良くなった」「走るのが苦手でしたが、速くなれそうな感覚をつかめたので、今後も続けて練習していきたい」「本物の陸上選手は歩幅も広くすごく速くてびっくりした」「あんなに高く跳ぶのを見たのは初めて。教わったことを繰り返して練習すれば、自分もジャンプ力が向上すると感じました」などの声が聞かれた。チームのキャプテンを務める6年生の窪井大智くんは、「有名な陸上選手に教えてもらってとても楽しかった。これまでは歩幅が小さい走り方をしていましたが、今回ふたりに教えてもらって、少しだけ大きく速い動きができるようになりました。今日、教わったことを家でも練習して、走塁や守備に生かせるよう頑張りたい」と笑顔で話す。
普段、子どもたちの指導にあたるチームのコーチ陣からも「子どもたちも、野球選手以外のトップ選手の本物の動きを間近で見ることはないので、興味深く取り組んでくれていた。説明もわかりやすく、勉強になることが多かった。身体の使い方など野球に生かせることもたくさんあり、今後のプレーにつなげていってほしい。これからもこういった機会を通じて子どもたちの可能性を引き出していければ」と話していた。
TSUTSUGO SPORTS ACADEMYでは、普段の練習から、国内外のプロ野球選手や陸上選手が実践するエクササイズをはじめ、バドミントンやドッチボールなど取り入れているという。また、国内外の様々なチームとの交流も深めており、今回のイベントも含め「このような経験がお互いに視野を広げ、子どもたちの成長はもちろん、それぞれの競技の発展につながっていけば…」と裕史さん。こうしたスポーツ間の交流の広がりが、ニッポンの未来へとつながっていく。
「普段は決して見ることのできないスプリント、ハイジャンプの世界で活躍されてきた選手の動きを実際に間近で見ることができ、私自身、夢のようなワクワクする時間を過ごすことができました。これは子どもたちの表情などを見ていても、私と同じように感じていたと思います。個人的には陸上のトレーニングを個人的に行った経験はありますが、これほどハイレベルな方々に来ていただき、実際にトレーニングをしたのは初めてでした。今回教えていただいたことは陸上選手にとっては初歩的なことかもしれませんが、野球はもちろん、どんなスポーツ、競技にも通じる大切な部分だと感じました。共に参加した他のプロ野球選手とも話しましたが、今回のトレーニングをやってみて、実際にバッティングの際の脚の乗る感覚がよくなったとか、一歩目の出方が変わったなどの声が聞かれるなど、陸上には野球においてもいろんなヒントが隠れており、学ぶことが多いと感じました。今後もこうした機会を設け、互いに競技力向上を図っていければと考えています」
「陸上選手以外にも小学校の“かけっこ教室”などで指導したことはありますが、少年野球の子どもたちに教えるのは初めての経験でした。どういうカテゴリーの人に教える場合でも大切にしているのは分かりやすく丁寧にというところです。加えて常に“本物”を見てほしいと考えているので、全力で走る姿はもちろん、ドリルやジャンプ系の運動なども、さすがだなと思ってもらえるような動きを体感してもらえるよう意識して行っています。今回は野球に打ち込んでいる子たちでしたが、陸上競技の走る、跳ぶ、投げるという動きは、どんなスポーツにもつながっていると思います。その一つ一つを突き詰めて0.01秒、1cmを競うのが陸上競技です。僕もそうでしたが、決して才能をもった人だけが速く走るわけではなく、苦手な人でも、取り組み方、工夫ひとつで速くなることができます。野球でも速く走れるようになるのは、とても大切な要素だと思います。そうした子どもたちに走る楽しさ、速くなる喜びを少しで味わってもらい、走ることの大切さを意識してもらえるようなれば…と思って取り組んでいます。今回、プロ野球選手も子どもたちに交じって参加されていました。以前からサッカー選手などと合同練習をさせてもらった経験がありますが、そうした各競技のトップクラスの方々との交流は、とても刺激になりますし、互いにプラスに働くいい機会だと感じています。今後もこうした競技の垣根を越えた交流が深まっていくことを願っています」
「少年野球の子どもたちを対象に指導したのも、野球場の芝生を使っての講習会も初めての経験でした。直線が引かれている陸上競技場や土のグラウンドとは異なりマークやコーンを並べるのに少し苦労しましたが、広大でよく整備された芝生の上でドリルや走高跳をすることができてとても気持ち良かったです。野球とジャンプ系の動きはなかなか結び付きにくいとは思いますが、バッティングや守備の際に踏ん張ったりパワーを発揮する部分は共通しているので、そうしたことを意識してもらえるよう指導にあたりました。野球は見るのが専門で、野球場に入ることもほとんどなかったので、陸上競技場とはまた違う雰囲気で僕自身、とてもいい経験になりました。今回、プロ野球選手も子どもたちに交じって参加されていました。陸上の他の種目の選手と交流することはあっても、野球など異なる競技のトップ選手と交流する機会はなかったので、とても刺激になりました。陸上のジャンプ系の動きは、野球でも基本になる部分だと思いますので、今後もこういう交流の機会を増やし互いに刺激し合い、高め合っていければと思います」
文・写真:曽輪泰隆
公益財団法人筒香青少年育成スポーツ財団理事長 筒香裕史さんコメント
「子どもたちの目を見ていて、今回の企画を開催していただき本当によかったと感じています。テレビや動画などでは陸上選手のことを見たことはあっても、画面で見るのと実際に見て、その速さや跳躍力の凄さを体験するのは初めてのことで凄く刺激になったと思います。教えてもらったことをやってみて、子どもたちの動きもとても良くなっていましたし、それぞれに新しい発見があったと思います。こうした経験は、野球はもちろんのこと、今後の普段の学校生活などにも生きてくると感じています。また、今回はプロ野球選手も参加しており、そうしたトップアスリート同士の交流、コラボレーションというのも普段はあまり行われていないようなので、今後もこうした機会を定期的に設けられればと考えています。選手同士も子どもたち以上に刺激を受けているようでしたし、お互いを高め合うことができる、いいきっかけになったのではないでしょうか。競技をクロスさせることが有効だということが今回確認することができましたので、指導する私たちも、実際に交流した子どもたちも体感できたことはよかったと思います。こうした交流の輪が広がっていくことを願っていますし、広げていかなければいけないと強く感じました。これからも陸上競技の動き、トレーニングを日ごろの野球の練習にもどんどん取り入れていきたいと考えていますし、今後もいろいろなコラボレーションを通じ、子どもたちの成長に役立てられればと思います」