第25回アジア陸上競技選手権大会が、7月12~16日の日程で、タイの首都、バンコクにあるスパチャラサイ国立競技場において開催される。この大会は、原則として隔年開催で実施されてきたが、2021年5月に中国・杭州で予定されていた第24回大会は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けて中止を余儀なくされた。このため、2019年4月にカタール・ドーハで行われた第23回大会以来、4年ぶりの開催となる。
※7月10日、男子棒高跳に出場予定だった山本聖途(トヨタ自動車)が怪我のため辞退となったため、代表選手は全76名(男子38、女子38)となった。
今回、日本は、全77名(男子39、女子38)が代表選手としてエントリー。8月に開催されるブダペスト世界選手権、さらには来年のパリオリンピックに向けても強い影響を及ぼす「大一番」に挑む。本稿執筆段階(7月6日)で大会のエントリーリスト自体がまだ発表されていないため、他国の出場状況は不明だが、ここでは期待も込めつつ日本代表選手の見どころを紹介していこう。
※エントリー状況のほか、記録・競技結果、ワールドランキング等の情報は7月6日時点で判明している情報により構成。同日以降に変動が生じている場合もある。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:アフロスポーツ、フォート・キシモト
男子日本選手編
今年8月に開催されるブダペスト世界選手権の出場資格は、ワールドアスレティックス(WA)が設定した参加標準記録の突破者と、各種目のターゲットナンバー(出場枠)を満たすまでのWAワールドランキング上位者に与えられる。エリアチャンピオンシップスであるアジア選手権は、実は、このWAワールドランキングにおいて、世界大会(オリンピック、世界選手権)やダイヤモンドリーグに次ぐ水準の大会カテゴリーに位置するハイグレードの競技会。その結果には、高い順位スコア(Placing Score)が加算されるため、ワールドランキングの順位を大きく押し上げることが可能となる。また、エリアチャンピオン(優勝者)は参加標準記録を満たしたとみなされ、同じエリア内から当該優勝者より高いワールドランキングに位置する競技者のエントリーがない場合は、世界選手権の参加資格が与えられることにもなっている。さらに7月1日からは、来年8月に行われるパリオリンピックの参加資格獲得有効期間も全個人種目においてスタート。大きなポイント獲得に直結するアジア選手権での好成績は、「パリに向けた戦い」という視点でも、非常に大きなアドバンテージとなる。パリオリンピックの参加標準記録は、高くなったことでクリアが難しくなっている今年のブダペスト世界選手権を、さらに上回る記録が設定されているだけに、少しでも有利となる結果を狙って、この大会に挑んでくるはずだ。
男子は、当初、昨年のオレゴン世界選手権に出場した12名を含めた40名がエントリーリストに名前を連ねたが、7月6日の段階で、走幅跳の橋岡優輝(富士通)がケガにより出場を辞退し、全39名となった。このうち、ブタペスト世界選手権への出場が決定しているのは、男子110mハードルの高山峻野(ゼンリン)のみ。残る選手たちは、ブダペスト世界選手権参加標準記録の突破、あるいはWAワールドランキングにおいて、確実にターゲットナンバー内で出場権を獲得できる順位を目指して、戦っていくことになる。
◎男子短距離
日本勢の連覇と9秒台を狙う坂井&栁田
100mは、日本選手権1・2位の坂井隆一郎(大阪ガス)と栁田大輝(東洋大学、ダイヤモンドアスリート)が出場する。坂井は、昨年10秒02まで自己記録を更新して、オレゴン世界選手権100mに初出場。準決勝まで駒を進めた。スタートからの立ち上がりで大きくリードを奪い、そのまま走り抜けるレースを得意としている。高校時代からエース候補生として期待をかけられてきた栁田は、昨年はオレゴンからの転戦となったU20世界選手権100mで6位に入賞。今季は、10秒13の自己新記録を2回マークしたのちに、アジア選手権直前のレースとなった7月1日の実業団・学生対抗で、10秒10へと更新している。ともにブダペスト世界選手権参加標準記録10秒00(パリオリンピックも同じ)を狙ってのレースとなるが、実現すれば、2019年ドーハ大会における桐生祥秀(日本生命)に続く日本勢の連覇やワン・ツーフィニッシュも夢ではない。2人のWAワールドランキング(ターゲットナンバー48)は、現段階で坂井が28位で栁田は43位。栁田は、ここで安全圏へジャンプアップしておきたい。2人は、この大会のあと、男子4×100mリレーでロンドンダイヤモンドリーグに出場する。リレーの出場権獲得に向けて、勢いを加速させるような好走をバンコクで見せてほしい。
200m・400mも、ブダペスト・パリともに同じ20秒16、45秒00の参加標準記録突破を見据えながらの戦いとなりそうだ。200mには、鵜澤飛羽(筑波大学)と上山紘輝(住友電工)が、400mには、佐藤風雅(ミズノ)と佐藤拳太郎(富士通)が出場する。上山と佐藤風はオレゴン世界選手権で準決勝に進出。佐藤風は男子4×400mリレーにおいてもアジア新記録での4位入賞に貢献したが、現段階ではターゲットナンバー(48)圏外。今季著しい進境を示している鵜澤、日本のエースとして復調しつつある佐藤拳ら、すでに圏内に位置する選手にどこまで迫ることができるか。なお、200mの鵜澤・上山は、現時点で今季アジアリストの1・2位を、400mの佐藤風・佐藤拳は、日本選手権を制した中島佑気ジョセフ(東洋大、45秒15)に続き今季アジア2・3位を占めている。100m同様に上位独占が狙える状況だ。400mの2人は、リレーで初の代表入りを果たした今泉堅貴(筑波大学)とともに、混合4×400mリレーでもタイムを狙っていく。
◎男子中・長距離
カギとなるのはメダル争いに絡むこと
参加標準記録が日本記録よりも高い中距離種目は、ワールドランキングにおいてもブダペストのターゲットナンバー圏内には、少し遠いと言わざるを得ない。800m・1500mともに、来年のパリオリンピックを視野に入れての戦いとなってきそうだ。今季のアジアリストでは800mの川元奨(スズキ、日本記録保持者、1分45秒75、2014年)が3位に、1500mに出場する河村一輝(トーエネック、日本記録保持者3分35秒42、2021年)と高橋佑輔(北海道大学大学院)が1・2位を占めている。同じく800m代表の金子魅玖人(中央大学)も日本歴代3位の1分45秒85の自己記録(2021年)を持つ実力者。タイムだけでなく、決勝でメダル争いを繰り広げることで獲得できるポイントも大きく変わってくる。
長距離も、ブダペスト世界選手権の参加標準記録をクリアするためには、日本記録の更新が必要な種目。5000mには塩尻和也(富士通)と遠藤日向(住友電工)が、10000mには田澤廉(トヨタ自動車)と今江勇人(GMOインターネットグループ)が代表に選出された。5000mでターゲットナンバー(42)圏内にいる塩尻(33位)と遠藤(35位)は、上位争いしながら少しでもランキング順位を押し上げたい。また、ターゲットナンバーが「27」の10000mで、日本人トップの田澤は現在32番目。田澤は現段階でのアジアリストトップに位置するが、田澤を筆頭にほとんどを日本勢が占める状況だけに、本番ではバーレーンやカタールなどから強豪が出場してくる可能性もある。メダル獲得となれば、順位スコアが大きく加算される。アジアチャンピオンの座を狙いながら戦うことで、ブダペストへの道は拓けてくるといえるだろう。
また、すでに日本記録保持者の三浦龍司(順天堂大学)がブダペストの代表に決まっている3000m障害物は、日本選手権で大幅に自己記録を更新する8分26秒36をマークして三浦に続いた砂田晟弥(プレス工業)と、東京オリンピック・オレゴン世界選手権と連続で出場している青木涼真(Honda)が、2・3枠目を狙ってのレースとなる。ターゲットナンバー36に対して、青木は32位、砂田は45位。アジアリスト1位の三浦が出場しないことは、ある意味、大きなチャンス。メダル獲得、アジアチャンピオンの座に挑んでほしい。
◎男子ハードル
ブダペスト・パリの標準記録を突破してアジア王者に!
110mハードルには、前述の通り、すでにブダペスト世界選手権出場が決まっている高山の走りに注目が集まる。ここまでタイ記録も含めて日本記録を4回樹立するなど、「男子トッパー」が大躍進を遂げる起爆剤となった選手の1人。今季はセイコーゴールデングランプリでマークした13秒25がシーズンベストだが、昨年8月には日本歴代2位の13秒10をマークしている。パリオリンピック参加標準記録(13秒27)の突破も、高山にとっては難しいことではなく、ブダペスト世界選手権参加標準記録のときと同様に、突破者第1号となる可能性が高い。2007年アンマン大会の田野中輔以来となるアジアチャンピオンの肩書きを手に入れて、ブダペストへ乗り込むことができるか。高山とともに出場する横地大雅(Team SSP)は社会人1年目で、これが初めての日本代表選出。今季は自己記録に0.01秒と迫る13秒46のセカンドベストで走っている。13秒2台、13秒4台前半の自己記録を持つ中国勢のエントリー状況にもよるが、メダル争いをするなかで自己記録を塗り替えていけるようだと、泉谷駿介(住友電工、日本記録保持者13秒04、世界選手権代表決定済み)、高山に続く「3枠目」の座に収まる可能性も見えてくる。
今季、著しい躍進ぶりで初の代表入りを決めた児玉悠作(ノジマT&FC、48秒77)と筒江海斗(STW、49秒35)のフレッシュコンビで挑むのが400mハードル。セイコーゴールデングランプリで、ブダペスト世界選手権参加標準記録に0.07秒まで迫った児玉は、ターゲットナンバーが40のこの種目で、ワールドランキングでも日本人最上位となる27位にいるが、セイコーゴールデングランプリでの走りを再現するようなレースがバンコクでできれば、参加標準記録のクリアとメダル獲得に近づくはずだ。筒江は、7月1日の実業団学生対抗を制した際に、48秒台を視野に入れつつ決勝進出を目標にしたいと話していた。ワールドランキングは、ターゲットナンバー内ながら日本勢3人目の黒川和樹(法政大)と僅差の4番手に位置する。世界選手権代表入りが十分に狙える位置にいる。
◎跳躍
赤松、城山にメダル獲得と標準記録突破の可能性
走高跳には、日本選手権で1・2位を占めた赤松諒一(アワーズ)と長谷川直人(新潟アルビレックスRC)が出場する。赤松は、今年に入ってからは日本選手権室内で室内自己最高の2m27、アジア室内で屋外の自己記録に並ぶ室内自己最高の2m28を跳んで、ともに優勝。6月の日本選手権でも、自己新記録の2m29を成功させて初優勝と、タイトルのかかった「ここ一番」での安定感と強さを印象づけている。バンコクでは、ブダペスト世界選手権参加標準記録の2m32、さらにはパリオリンピックの2m33への挑戦が見たいところだ。走高跳は、アジアにも強豪が多く、2m43のアジア記録を持つMutaz Essa BARSHIM(カタール)が戦線離脱を表明してはいるものの、今季世界リスト1位タイの2m33を跳んでいるWOO Sanghyeok(韓国)、2m32を跳んでいるWANG Zhen(中国)が参戦するか否かによって状況は大きく変わってくる。長谷川は、ターゲットナンバー36のこの種目において、日本勢4番手の38位にいる。自己記録は2021年にマークした2m26だが、2019年以降、すべての年で2m25を成功させている安定感が強み。この水準で上位争いに絡むことができれば、ランキング順位を大きく浮上させる可能性もある。
日本選手権で初優勝を果たした柄澤智哉(日本体育大学)が挑む棒高跳は、柄澤は8ポイント差で、ターゲットナンバーぎりぎりの36位に位置する山本聖途(トヨタ自動車)を追う位置にいる。柄澤の世界選手権初出場なるかは、バンコクでの結果が大きく影響してきそうだ。
大会連覇もかかっていた橋岡がケガで出場を辞退したことで、走幅跳は城山正太郎(ゼンリン)のみのエントリーとなった。ターゲットナンバーが36のこの種目において、城山は現段階で36番目。日本人としては5月に参加標準記録(8m25)を突破する8m26をマークしながら、日本選手権で10位にとどまった吉田弘道(神埼郡陸協、ランキング15位)、橋岡(26位)に続く3番手に位置する。この種目は、オレゴン世界選手権を制したWANG Jianan(中国)を筆頭に、高い自己記録を持つ中国・インド勢が存在するため、エントリー状況によっては厳しい戦いになることが予想されるが、対する城山も、スロースタート傾向にある例年に比べると、今季は春先から7m90台の跳躍で安定し、日本選手権では追い風参考ながら8m11(+2.1)をマークして初優勝と順調な滑りだしを見せている。2019年に樹立した日本記録の8m40を自己記録として持ち、同年ドーハ世界選手権では決勝に進出、2021年東京オリンピックにも出場と実績は十分。ブダペストの参加標準記録だけでなく、8m27に上がったパリオリンピックの参加標準記録も上回るようなビッグジャンプを期待したい。
三段跳には、日本選手権で1・2位の池畠旭佳瑠(駿大AC)と伊藤陸(スズキ)がエントリー。池畠は初代表、伊藤は今年のアジア室内(9位)に続く2度目の代表入りとなる。ワールドランキングでは、池畠50位、伊藤73位と、ともにターゲットナンバー(36)外にいるが、池畠については、ターゲットナンバー内にジャンプアップすることも夢ではない位置にいる。走幅跳同様に、インド・中国が上位にひしめくなか、どこまで食い込んでいくことができるか。三段跳17m00・走幅跳8m05の自己記録(ともに2021年)を持つ伊藤は、2年連続で春先のケガに苦しむ形となっている。回復すれば上位争いをできる力を持っている選手。パリオリンピックに向けたランキングに反映できる結果を残しておきたい。
◎投てき
ディーン&新井、待望の同級生参戦が実現!
投てき種目のうち、砲丸投(ブダペスト世界選手権参加標準記録21m40、以下同じ)、円盤投(67m00)、ハンマー投(78m00)は、今の日本勢にとって、参加標準記録のクリアは現実的に困難と言わざるを得ない種目。それぞれのターゲットナンバーは36だが、どの種目の日本人トップも圏内とは少し距離がある状態だ。日本選手権で日本歴代7位タイとなる18m42をプットし、初めてタイトルを獲得した奥村仁志(東京陸協)は、やはり初の日本代表として挑むアジア選手権で、19m台後半から21m台の記録を持つ選手たちに交ざって、思いきりのいいビッグショットでまずは日本記録(18m85、中村太地、2018年)に迫っていくことがターゲットとなるだろう。
一方で、円盤投とハンマー投は、現段階のアジアリストを見る限り、自己記録に迫るパフォーマンスが出れば、メダル争いに絡んでいくことが可能な状況にある。円盤投には、ともに62m台の自己記録を持つ堤雄司(ALSOK群馬、62m59=日本記録、2020年)、湯上剛輝(トヨタ自動車、62m16=元日本記録、2018年)が出場。ともにシーズンベスト(湯上59m31、堤58m28)を塗り替える投てきを見せてほしい。ハンマー投は、柏村亮太(ヤマダホールディングス)が5月に今季日本最高となる72m92をマークしていたが、日本選手権では日大の後輩に当たる福田翔大(日本大学大学院)が71m79を投げて、5回目の優勝を阻んだ。ともに自己記録更新中の波に乗って、バンコクでさらに大きな放物線を描いてほしいところ。現在、アジアリスト2位にいる柏村には、この大会のメダル獲得によって上積みできる順位スコアは、来年のパリオリンピックに向けて強力なプラズ材料となるはずだ。
参加標準記録(85m20)を突破した選手は不在ながら、投てき種目のなかで複数による世界選手権出場が見込まれているのはやり投。36のターゲットナンバーのなかに、4選手が名前を連ねている状況だ。アジア選手権には、日本選手権で1・2位を占めたディーン元気(ミズノ、自己記録84m28、2012年)と新井涼平(スズキ、自己記録86m83、2014年)がエントリー。同級生で、ともに世界水準の自己記録を持ちながらも、ケガなどの影響で今まで活躍する時期がずれていた2人にとっては、なんと今回が初めて日本代表として一緒にピットに立つ機会となる。ワールドランキングでは、13位のディーンはほぼ確実、25位の新井も安全圏といえる位置にいる。89m94の自己記録を持ち、今季は88m67(世界2位)を投げている東京オリンピックチャンピオンのNeeraj CHOPRAを筆頭に、強豪が揃うインド勢とのメダルを懸けた戦いに注目したい。
◎競歩&十種競技
競歩は住所と村山が中国勢に挑む。8000点突破を期す十種・丸山
男子20km競歩は、世界選手権2連覇を達成した山西利和(愛知製鋼)が優勝によるワイルドカードで参加資格取得済みのほか、3月までの選考レースにより、池田向希(旭化成)、高橋英輝(富士通)、 古賀友太(大塚製薬)が代表に決定。ブダペスト世界選手権の出場枠はすべて埋まっている。この種目のパリオリンピックの参加標準記録は1時間20分10秒となっているが、世界でのトップ水準にある日本の状況から、今回、代表に選出された住所大翔(順天堂大学大学院、オレゴン世界選手権8位)と村山裕太郎(富士通)は、パリオリンピックに向けた国内選考会を勝ち抜いていくための実力と経験を重ねる場として、アジア選手権に挑むことになりそうだ。トップウォーカーが集う中国から誰が出場してくるかにもよるが、厳しい暑さなかでのメダル争いが繰り広げられることになるだろう。
男子十種競技には、丸山優真(住友電工)と田上駿(陸上物語)の若手コンビがエントリー。2月のアジア室内七種競技で金メダルを獲得済みの丸山にとっては屋外では初めての、田上にとっては自身最初のナショナルチームとしての戦いとなる。日本記録(8308点)を大きく上回る8460点が参加標準記録となっている十種競技では、ワールドランキングでみてもブダペスト世界選手権の出場権獲得はかなり難しいと言わざるを得ないのが実情だ。しかし、6月の日本選手権を7816点の自己新記録で初優勝して勢いに乗る丸山は、この大会で日本人4人目となる8000点を上回っての金メダル獲得を目標に掲げている。優勝が実現すれば、右代啓祐(現国士舘クラブ)が金メダルを獲得した前回のドーハ大会に続く日本勢の連覇が達成する。田上は、今季は5月にセカンドベストをマークしていたが、日本選手権はケガにより途中棄権を余儀なくされた。活躍できるか否かは、その回復状況次第といえそうだ。
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