2023.05.12(金)大会
【GPシリーズ 木南記念】大会レポート:坂井隆一郎がGP2連勝!桐生祥秀が予選で今季アジア最高10秒03、寺田明日香/田中佑美がともに12秒台で自己記録を更新するなど、10種目で大会新が出た活況の大会に
日本グランプリシリーズのグレード1「第10回木南道孝記念陸上」が5月6~7日、大阪市のヤンマースタジアム長居で開催されました。4月8日の金栗記念選抜陸上からスタートした日本グランプリシリーズ2023の第9戦となり、ワールドアスレティックス(WA)が世界で展開する「WAコンチネンタルツアーブロンズ」を兼ねています。ゴールデンウイーク最後の休日となった土・日での開催でしたが、天候は下り坂傾向で、2日目は、朝から断続的に雨が降るなかでの実施となりました。
男子100mは、坂井が10秒12で出雲に続きV
予選では桐生が10秒03の今季アジア最高!
「週末は雨」の予報が少しずれたことで、大会1日目は、やや蒸し暑さはあったもののホームストレートが追い風基調となる、まずまずのコンディション。男子100mでは、見応えのあるレースが繰り広げられました。
まず、会場のムードを一気にヒートアップさせたのが、予選2組目に入った桐生祥秀選手(日本生命)でした。中盤を過ぎるあたりで、ぐんとリードを奪っていく、桐生選手らしい力強い走りを披露し、フィニッシュラインを駆け抜けたのです。タイムは、今季アジア最高で、ブダペスト世界選手権参加標準記録(10秒00)にも0.03秒と迫る10秒03(+0.7)。休養明けとなった3月のレース復帰から100mとしては今大会が4戦目、各大会のラウンドを含めると6レース目での快走でした。
記録と勝負の行方が注目された決勝では、昨年10秒02をマークし、オレゴン世界選手権では準決勝進出も果たすなど、著しい進境を見せた坂井隆一郎選手(大阪ガス)が、力のあるところを示しました。序盤でリードを奪うと、そのまま逃げきって10秒12(-0.2)で優勝。中盤までに坂井選手に突き放される形となった桐生選手は、終盤で順位を上げて10秒26でフィニッシュし、楊俊瀚選手(チャイニーズタイペイ)を100分の1秒抑え、2位で続く結果となりました。
決勝を終えて、「今日は、10秒1台を狙うつもりだったので、予想以上」と笑顔を見せた桐生選手にとって10秒03は、日本人初の9秒台となった9秒98(2017年)の自己記録、3回マークしている10秒01に続き、自己5番目となる好タイム。練習では、まだ100m全体をまとめきる段階まで至っていないそうで、「(予選・決勝と10秒29で揃えた)織田記念では60mまでできて、今日(の予選)は80mまでできたが、あと20(m)は、走りながら“どうやって走ったんだっけ?”と思った」と言います。決勝については、「坂井くんが(序盤で)前にいることも予想していたが、走り終わってみて、“でしょうね”という感じ。ラウンドを重ねる経験が抜けていることもあるが、正直、予選で今日の目的を達成して満足してしまった面があった。もちろん、勝てれば一番良かったのだろうけど、この大会に関してはもう100点。それも悪くはないかなと思っている」と振り返りました。
写真提供:アフロスポーツ
最前線へ返り咲く記録をマークしたものの、シーズン前から定めていたパリオリンピックに照準を合わせる方針に変更はなし。これまでと同様に、「(資格獲得有効期間スタート後の)8~9月に、パリオリンピックの参加標準記録10秒00を突破する」という当初からの目標に向かって取り組んでいくと言います。「本当に、最近充実している」と、晴れ晴れとした表情で声を弾ませた桐生選手。今後の動向が、ますます楽しみになってきました。
一方、雷雨中断など大荒れのコンディションとなった出雲陸上を10秒35(-0.9)で制して以来のレースだった坂井選手は、きっちりと勝ちきって、これでグランプリ2勝目。予選は、「日本選手権の予選や準決勝をイメージして、中盤までしっかり走り、あとは余力を残す走り」ながらシーズンベストの10秒22(+1.3)で通過、決勝は「しっかり序盤でリードをとって、それを維持するプラン」で、10秒12(-0.3)まで記録を上げました。桐生選手の10秒03をどう感じたかという問いには、「正直、めちゃくちゃ意識した」と苦笑いして本音を明かしつつも、それでも決勝は「自分の走りを、しっかりやろうという気持ちで臨んだ」と集中して臨むことができました。この日の2本を振り返って、「欲を言うなら予選は流しても10秒1台で、決勝は10秒0台で走りたかったが、限りなくそれに近いタイムが出せたので、収穫は大きいと思う」と評価しました。
写真提供:アフロスポーツ
坂井選手の持ち味といえる低い姿勢を維持して前半で大きくリードを奪う局面の走りは、「しっくり来ていない部分があるので、まだまだ磨かなければならない」という段階。また、スピード練習自体も、これから本格的に取り組んでいくということで、「セイコーゴールデングランプリや日本選手権までには、もっとキレやスピードが出てくると思う」と言います。次戦は、5月21日のセイコーゴールデングランプリ。オレゴン世界選手権男子100mを制したフレッド・カーリー選手(アメリカ)のエントリーが決まっています。「昨年、世界選手権の準決勝で一緒に走ったカーリー選手との差がどれだけ埋まっているか確かめるのが楽しみ」と坂井選手。ここから出力レベルを一段階引き上げて、世界トップスプリンターに挑む計画です。
男女スプリントハードル、今年も好記録に沸く!
男子・泉谷は13秒25、女子は寺田と田中が自己新
木南記念は、男子110mハードルの日本記録や1952年ヘルシンキオリンピック出場など、日本陸上界の草創期にハイハードルの第一人者として活躍し、その後も陸上界の発展に貢献した木南道孝氏の功績を記念して創設された大会です。大会2日目に組まれた男女スプリントハードルでは、朝から雨模様の悪コンディションとなったにもかかわらず、今年も、その「冠」にふさわしいパフォーマンスが誕生しました。写真提供:アフロスポーツ
男子は、13秒06の日本記録を持つ泉谷駿介選手(住友電工)が、向かい風0.3mのなか13秒25で快勝。昨年9月に、ドイツで13秒26(+0.6)をマークして、すでに突破済みのブダペスト世界選手権参加標準記録(13秒28)を再び上回るとともに、今年3月に大学の後輩に当たる村竹ラシッド選手(順天堂大)がオーストラリアでマークした今季日本最高に並ぶ、今季世界5位タイの好記録で、2023年シーズンをスタートさせました。
冬期練習で、何度かハムストリングスに筋膜炎を起こしていた影響もあり、今年は室内レースへの出場も見送り、スピード練習がしっかりできるようになったのは3月末あたりからと、スローな出足となりました。その後は木南記念に向けて、順調にトレーニングを進めることができていましたが、「休みを多めに入れて調整したら、(疲労を)抜きすぎた状態になってしまった」そうで、「前日練習やウォーミングアップでは調子が悪いかなと思っていた」という感触だったと言います。予選を13秒51(-0.4)で通過して臨んだ決勝は、2台目を越えたあたりで前に出ると、中盤以降で後続を突き放すレースを展開。「スタートであまり出られなかったが、その代わりに中盤以降のリズムアップが良かった」と振り返り、「初戦でこれなら、良いタイムかなと思う」と評価しました。
「このままケガなく練習できればタイムはついてくる」と考えているそうですが、具体的な目標タイムを問われると、「そろそろ13秒1台が出したい」とコメント。2021年の日本選手権決勝でマークした13秒06は、その時点では13秒30からの大幅な自己新記録。13秒2台は、その後、今回も含めて6回マークしています。この安定感を、13秒1台に引き上げることができれば、東京オリンピック、オレゴン世界選手権とも準決勝で阻まれた決勝進出は、ぐんと近づいてくるはず。「ハードリングが浮いている感じがあるので、そこをもう少し“刺す”ようなイメージで。あと、前半がまだまだなので、しっかり上げていきたい」と泉谷選手。ブダペスト世界選手権に向けたその道すじは、すでに明確に見えているようです。
写真提供:アフロスポーツ
女子100mハードルでは、織田記念を予選(13秒04)で終えていた寺田明日香選手(ジャパンクリエイトグループ)が、激しく雨が打ちつけるなかでのレースとなった予選を13秒09(±0)で通過すると、決勝では、2021年のこの大会の予選で日本人初の12秒8台突入を果たした際にマークした12秒87の大会記録を塗り替える12秒86(+0.7)でフィニッシュ。自己記録を0.01秒更新し、青木益未選手(七十七銀行)に並ぶ日本歴代2位タイに浮上しました。
「1・2台目はまあまあだったが、3~5台目でリズムが崩れ、(身体が)浮いたと感じた。後半は許容範囲のところでは走れたけれど、最後まで“拍が遅い”というか間延びして(ハードリング動作から)降りていた」と、レース自体は満足のいくものではなかったものの、「(12秒)87を出したときに比べると、すごく余裕があった。まだまだ行けると思った」という貴重な手応えも。「今日のコンディションのなか、この感じで(12秒)86なら、まあ、いいかな」と笑顔を見せました。
寺田選手は、2019年に現役復帰を果たすと、「怒濤」という言葉がぴったりの勢いで、日本女子ハードル界の歴史を次々と塗り替え、念願の東京オリンピックに出場。本番では、準決勝まで駒を進める活躍を見せました。「オリンピックが終わって、“疲れたな”というのがどうしてもあった」ことから、昨年は、いくつかレースには出場したもののトップ戦線からは離れてリフレッシュ。「休んだことで、“もう一度走りたい”という気落ちが湧いてきた」と、心身ともに充電した状態で冬期練習に臨み、スプリントに重点を置いたトレーニングを積んで今シーズンを迎えました。女子100mハードルのブダペスト世界選手権参加標準記録は12秒78ですが、寺田選手の目線は、「前半からのいいリズムを3~5台目までつなげて、後半も刻んでいくことができれば、12秒6~7は出せる。今年中に、12秒65とかで走って、あとは12秒7台で安定するようにしたい」と、そのレベルをはるかに超える高みに向けられています。
なお、この日の決勝では、織田記念で日本人4人目の12秒台となる12秒97を出した田中佑美選手(富士通)が、最後まで寺田選手に食らいつき、自己記録を12秒91へと更新。また、アジア室内に出場した清山ちさと選手(いちご)も、予選で2.2mの追い風参考ながら昨年出した自己記録に並ぶ13秒02、3位となった決勝ではセカンドベストの13秒05をマークしています。夏に向けて、さらに戦いの激化が進みそうです。
男子やり投で﨑山が日本歴代5位の83m54
女子も、北口、斉藤、長が好投
ディーン元気選手(ミズノ)が、会期の重なったダイヤモンドリーグドーハ大会に出場したため不在となった男子やり投は、﨑山雄太選手(愛媛陸協)がグランプリ初優勝。1回目に、大会記録(82m43)のラインを大きく越える83m54を投げて、昨年のゴールデングランプリで出した80m51の自己記録を一気に3m以上更新し、日本歴代でも10位から5位へとジャンプアップしました。技術面では「(助走で)やりが上下運動をするのを抑えること、クロスステップで左足を強く蹴りすぎないようにすることと、8割くらい(の力感)で投げること」を意識し、また「試合前に、1投目に必ず投げることと、やりをどこに投げるか、どんな軌道で、どう飛んでいくかまで鮮明にイメージした」と言います。そうして臨んだ最初の試技が、「理想通りに入れて、投げた瞬間に“行ったと思った”」という会心のパフォーマンスとなりました。
写真提供:アフロスポーツ
﨑山選手は、奈良県の出身。姉の影響で高校から陸上を始め、大阪・関西創価高から日本大へ。大学時代は1年時に74m11 、4年時に75m61を投げているものの、実績面では、4年時の2018年日本インカレ2位が最高成績でした。卒業後は、縁あって愛媛県競技力向上対策本部に所属して競技を続けることに。その1年目となる2019年国体で、初めて80m台に乗せる80m14を投げて全国タイトルを獲得しています。身体能力を含めた資質の高さは、学生時代から注目を集めていたものの、ケガが多く、継続した強化ができなかったことが能力の開花を妨げていました。この冬、ようやくケガなくトレーニングを積めたことで技術面が安定。それが今回のビッグスローに繋がったと言います。
「年齢的にも、もういい時期なので、チャンスをものにしたい。この記録に満足せずに、85m台や日本記録(87m60、溝口和洋、1989年)を見据えながら、世界を狙っていきたい」ときっぱり。4月27歳の誕生日を迎えたばかり。「2028年のロサンゼルス(オリンピック)くらいまで競技が続けられるような選手を目指したい」と、強い意欲を見せていました。
女子やり投では、織田記念で今季世界最高の64m50を投げて、ブダペスト世界選手権の代表に内定した北口榛花選手(JAL)が、64m43で快勝。この日は、1回目から63m72と、昨年のゴールデングランプリの1回目(63m93)に次ぐ“1回目セカンドベスト”でスタートすると、2回目に64m43へと記録を伸ばし、自身最初の日本記録となった2019年木南記念で残した大会記録(64m36)を書き換えました。3回目以降は記録を伸ばせず、この記録が決勝記録に。ミックスゾーンで、「1・2回目がいい流れだったので、もうちょっと記録を出したかった」と振り返った北口選手は、「(日本記録の更新は)またお預けということで…」と朗らかに笑いました。
写真提供:アフロスポーツ
今大会は、大会前夜にチェコから日本に到着したディヴィッド・シェケラックコーチがスタンドで見守り、投てきを終えるたびにディスカッション。北口選手は、「もっと速く」というシェケラックコーチからの指示に応えて、速い助走のなかで、ベストとなるやりをリリースするタイミングや位置、両足の着き方を模索するのと並行して、使用するやりを硬い種類に変えて、感触を確かめるなど、今後、世界で戦っていくために必要となる事柄も試しながら、試技を重ねていきました。
「まだスピードに対して、身体がうまく反応できていないところがある」としながらも、「うまく投げられれば、いつかは飛ぶ」とコメント。次戦となる2週間後のセイコーゴールデングランプリを見据え、「強い選手がたくさん来るので楽しみ。日本記録(66m00)に近づけるような記録を目指したい」と抱負を語りました。
このほか、女子やり投では、織田記念で62m07のセカンドベストを投げている斉藤真理菜選手(スズキ)が、この大会でも61m63を筆頭に3回の試技で60mオーバーを果たして好調を維持。また、ダイヤモンドアスリート修了生の長麻尋選手(国士舘クラブ)も、最終投てきで日本歴代8位となる61m10をマーク。昨年のこの大会で出した59m37を大きく更新し、60mスローワーの仲間入りを果たしています。
男子400mは中島が45秒39で優勝
女子三段跳・森本はサードベストの13m80でGP2連勝
3組タイムレース決勝で実施された男子400mは、3組目で1着を占めた中島佑気ジョセフ選手(東洋大)が、5月3日の静岡国際でマークしたばかりの自己記録(45秒46、2位)を再更新する45秒39で優勝。この種目では、静岡国際を制した佐藤拳太郎選手(富士通、45秒55、2位)を含め、6選手が45秒台でフィニッシュする活況でした。男子200mは、静岡国際で追い風参考(+2.6)ながら20秒10の好記録を叩きだした鵜澤飛翔選手(筑波大)が20秒44(+0.6)でグランプリ2連勝。2位には、ベテランの飯塚翔太選手(ミズノ)が、5位に終わった静岡国際での課題をきっちりと修正し、20秒57で続きました。
女子三段跳は、森本麻里子選手(内田建設AC)が、自己記録に4cmまで迫るサードベストの13m80(-0.2)で織田記念に続いてV。3cmほどのファウルだったという3回目の試技では、織田記念の5・6回目と同様に、14mオーバーの跳躍を見せました。なお、この種目では、「またシルバーコレクターになってしまった」と悔しがった2位の髙島真織子選手(九電工)も好調を維持。5回目の試技では、「ステップで潰れてしまった」にもかかわらず、日本歴代4位に浮上する13m75(-0.5)をマーク。初戦(13m56)、織田記念(13m64)に続き、今季出場3試合のすべてで自己記録を塗り替える快進撃を見せています。
ドーハ世界選手権・東京オリンピック代表の津波響樹選手(大塚製薬)と城山正太郎選手(ゼンリン、日本記録保持者)、オレゴン世界選手権代表の山川夏輝選手(佐賀スポ協)と、“代表経験者”が顔を並べた男子走幅跳は、最終跳躍で、アジア室内金メダリスト(8m02)の林昱堂選手(チャイニーズタイペイ)が、屋外で初めて自己記録を8m台に乗せる8m12をマークして逆転優勝。4回目に追い風参考(+2.2)で8m00をマークしていた津波選手が2位、城山選手(7m94)・山川選手(7m91)が3・4位に続く結果となりました。
このほか、女子400mハードルは、山本亜美選手(立命館大)が57秒32でV。2日目の雨で、後半種目が悪条件下での戦いを余儀なくされた混成競技は、男子十種競技は田上駿選手(陸上物語)がセカンドベストの7674点で優勝、女子七種競技は山﨑有紀選手(スズキ、日本記録保持者)が5683点で制しています。
文・写真:児玉育美(JAAFメディアチーム)
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