日本陸連が2020年度より実施している「ライフスキルトレーニングプログラム」の第3期が、12月からスタートし、第1回全体講義が12月3日、オンラインで行われました。
スポーツ界や社会で活躍するリーダー育成を期して始まったこのプログラムは、総合人材サービス企業の株式会社東京海上日動キャリアサービスによる全面的なサポートのもと、大学生アスリートを対象に行っています。受講者が、競技面においても人生設計においても選択と集中が必要になってくる大学2年生というタイミングで、「自らの思考や置かれた状態を把握する方法」「常に最善の選択を行えるよう自身をコントロールしていくスキル」などを系統的に学び、活用できるようにトレーニングしていくことによって、より高い競技力の獲得や向上に繋げていくのと並行して、「自分の“最高”を引き出す技術」を持った人材として、競技以外のさまざまな場面でも活躍していけるようになることを目指しています。
今年度は、9月末から募集を行い、選考を経て、11月に9名の第3期生を選出。まず、2023年3月までの4カ月の間に、4回にわたる全体講義のほか、実際に社会で活躍する人物を招いてのワークショップや小グループあるいは個人でのコーチングが予定されています。
>>ライフスキルトレーニング 第3期受講生はこちら
1回目の全体講義は、2部構成で行われました。まず、株式会社東京海上日動キャリアサービスの田﨑博道顧問が、「皆さんの意気込みコメントを、しっかり読ませていただいた。皆さんの期待にお応えできるように、全力サポートしていきたい」と挨拶。プログラムをプロデュースするメンバーを紹介したのちに、講義を行うスポーツ心理学博士の布施努特別講師にバトンを渡す形でスタートしました。
布施特別講師は、大学卒業までは野球に打ち込み、商社に就職してからはビジネスパーソンとして、14年間、さまざまな業務に取り組んできた経歴の持ち主。その過程で、仕事を進める際に求められる能力と、野球で必要とされ、培われてきた能力との間に共通項があることに気づき、それが契機となって、より学術的・専門的な知識を身につけるべく、アメリカの大学院で最先端のスポーツ心理学を専攻。スポーツ心理学博士として活躍する現在に至っています。
布施特別講師は、ライフスキルとは、「今、自分が“生きている!”と実感できるような価値のあること(ライフ)に取り組んでいるときに、身につけることができる心の使い方(スキル)である」と述べ、自身の経歴や、スポーツ心理学博士として関わってきたさまざまな例を示しながら、
・スポーツで培ったライフスキルは、ビジネスやそのほかの場面で活用できる、
・ライフスキルを獲得し、高めていくトレーニングは、単なる経験値ではなく、科学的根拠に基づいたものであるため、競技種目やチーム・個人に関係なく、成果を上げることができる、
・実際にライフスキルトレーニングを経験した選手は、その後、チームを率いる立場となって活躍できるようになっている、
などを紹介。スポーツで獲得できると認知されているライフスキル(例:目的を達成するための柔軟な思考、自分を正しく評価する、決意してやり抜く、成功と失敗のハンドリング、答えのわからないなかでの問題解決、プレッシャーのなかでのパフォーマンスなど)を示したうえで、「ライフスキルを身につけるためには、“場”が必要だが、皆さんには、その“場”がある状態。“陸上を頑張っている”というライフに全力で取り組んでいる今だからこそ、スキルを身につけることができる」と述べ、さらに、これらはトレーニングによって、汎用性のあるものに変えていくことが可能として、「皆さんが社会に出たあとにも使える“ギフト”となる」と呼びかけました。
続いて、「なぜ、このトレーニングに参加しようと考えたのか。このトレーニングを通して得たいものは何か? ということを、自己紹介を兼ねて教えてほしい」と受講生たちに質問。各受講者が述べた経緯や課題に対して、さらに質問を重ねてやりとりするなかで、「情報の整理の仕方」「役割性格」「“自分の最高”を引き出すスタイルを探す」「ゴールのつくり方」「逆算して考えること」「自分の引き出しをどう増やすか」など、今後、ライフスキルトレーニングを進めていくなかで身につけられる要素が紹介されていきました。
そして、全体講義はいよいよ、この日の本題へ。布施特別講師は、ライフスキルトレーニングのベースとなっているスポーツ心理学を、「個人の“勘と経験”を“見える化(科学モデリング)”していく学問である」と述べ、個々の勘や経験を、トレーニングが可能な状態やイメージとして理解できる状態にしていくことで、“自分の言葉”で言語化し、それによって“使える自分の引き出し”を増やしていくことができると説明しました。
その過程で必要となる考え方として、「今の自分」に対して「将来のなりたい自分」を掲げ、その差を比較し、そこに到達するために逆算して、やるべきことを考えていく「縦型思考」の概念を紹介。さらに、「なりたい自分を目指していく過程で必要になる」として、目指すゴールから自分に必要な役割を見つけ、「こうなりたい自分」を役者のように演じることによって、目標に近づき達成していく、「役割性格」という方法があることを示しました。
その後、受講者たちは、それぞれに「こうなりたい自分」を書き出し、ペアとなってブレイクアウトセッションへ。
このブレイクアウトセッションでの実践を踏まえて、1週間後に予定されている少人数でのグループワークまでに、「自分のありたい将来像」を実現するために、どんな役割性格を演じればよいかを書き出すことが宿題として出されました。
また、布施特別講師は、同時に、 自分が目指すゴールに到達するまでの過程で非常に有効な考え方と して、目標をダブルで設定していく「ダブルゴール」 の概念も紹介。実践的な取り組みとして、「 将来なりたい最高の自分」を大きな目標とした際に、 それにつながる小さな目標を5~10個つくり、 それらの小さな目標をクリアするための、 最高目標と最低目標をそれぞれに設定することを、 次回までの宿題として課し、1回目の講義を終了しました。
短い休憩を挟んで行われた第2部は、スポーツに打ち込んだ経歴を持つとともに、現在、社会の第一線で活躍しているビジネスパーソンを招いての「仕事理解、社会理解のワークショップ」。ゲストとして、東京海上日動火災保険株式会社に勤める宮原良太さんが登壇しました。
宮原さんは、5歳から剣道を始め、中学・高校・大学と全国レベルでの実績を残してきましたが、大学卒業後は、ビジネスパーソンの道を選び、東京海上日動火災保険株式会社に就職。以降は、会社業務に主軸を置きつつ、剣道も継続している人物です。何度かの異動を経て、2019年には入社13年目の若さで管理職にあたるマネージャー職に昇進。剣道でも同年に七段への昇段を果たしました。34歳での七段昇段は、日本が起源である剣道の歴史において最年少となる快挙で、現在も唯一の存在です。
実は、この宮原さん、2年前に実施した第1期生に向けた講義においても、最初のゲストスピーカーを務めたのですが、そのときの内容が非常に好評であったため、再登板となりました。今年度で社会人16年目、37歳となった現在は、マネージャーとして約30名の社員を統括する立場となっている宮原さんは、まず、「トップアスリートの皆さんは、絶対に、ビジネスパーソンとして活躍できる」ときっぱり。スポーツに取り組むなかで身についた力は、仕事で目的を達成する際にも生かすことができると明言しました。
そして、トップアスリートの仕事における強みとして、「なりたい自分を描き、変革させることができる」「目的・目標から逆算して考えることができる」「個の力への強烈なこだわりがある」の3つをポイントとして提示。それぞれについて、剣道に打ち込むなかで培われていたことが、ビジネスの場面でどういう形で応用できたかを、自身の経験を例にとりながら、今後のライフスキルトレーニングにおいて学んでいくことになる「役割性格」「仮説思考」「縦型比較思考」「ダブルゴール」「自己決定能力」「獲得型思考」「オーソテリックパーソナリティ」などの概念を、わかりやすい言葉に置き換えて散りばめながら、話を進めていきました。
最後に、「トップアスリートの仕事における強みは、生まれ持った才能に近い。誰もが持っているわけでも、持てるわけでもなく、また、鍛錬をしないと身につかないもの。皆さんは、すでに、それを持っていて、このライフスキルトレーニングに取り組むことで、さらに高めていくことができる状況にある。社会に出ると、スタートラインはみんな同じ。自分のやってきたことに誇りを持って取り組んでほしい」と、受講者たちにエールを送って締めくくりました。
このスピーチを受けて、布施特別講師は、「宮原さんの話を聞いたことで、皆さんが今、陸上で頑張っていることは、ほかでも転用可能。むしろ同じかもしれないということに気づいてもらえたと思う。ライフスキルトレーニングで、これからやっていくことを、今回、宮原さんは、わかりやすい言葉を使って説明してくださったが、おそらく講義を受けて来年の3月くらいになると、自分に変化が起きて、“あれ、宮原さんも、会社でこれをやっていたのか”と、より実感できるようになっていると思う」とコメントしました。
最後に、宮原さんと受講生との間で、いくつかの質疑応答が行われましたが、そこでも、
・仕事をしていると「変わることが前提」となる。その際には、「求められる自分」を自分なりに解釈して「なりたい自分」を描く。そして自分の性格を考慮し、どう自分がモチベーション高く取り組んでいくかを考えたうえで、日々に落とし込んでいくことによって、変われない自分を変えていくようにしている、
・勝つことを考えた際、相手のことはコントロールできない。相手を知ることは重要だが、実際にその場に立ったときには「コントロールできる自分をどうするかに集中すること」が大切。相手ではなく、自分自身がどうなりたいのか。それは、「なりたい自分」を描くときのポイントになる、
など、受講者にとって、とても参考になる考え方が次々に示されました。
【第1回全体講義受講後:受講生コメント】
青山華依(甲南大学2年、100m)
このプログラムを受けることにしたのは、自分の足りないスキルを増やし、苦手とすることを克服したいと思ったから。私は、自分の考えを人に話したり、誰かとディスカッションをしたりすることを、とても苦手としていて、募集要項にそういう項目があったので興味を持ちました。陸上を通じて知っている人たちが応募してくるだろうから、いきなり知らない人たちを相手にするよりも話しやすいはず。そういう状況で、少しずつ話ができるようになれば、日常生活やほかの場面でもできるようになるかなと考えたんです。また、同年代のほかの人が、どんな意見を持っているかを聞いてみたいという気持ちもあって、応募しました。
実際に、第1回の講義を受けたわけですが、どれも初めて聞くことばかりだったので、正直、理解が追いつくかどうかで精いっぱい(笑)。でも、とても面白かったです。大学卒業後も、競技を続けていきたいと思っているのですが、そのうえで就職しなければいけないので、今回の「競技でやっていることが、そのまま仕事につながる」いう話は、とても励みになりました。
印象に残っているのは、豊田(兼)くんと組んで行った1対1でのディスカッションです。初めてのことだったのに、「なりたい自分」について、意外と思っていたことをきちんと話すことができました。そのことに対して、少し驚きがありましたし、豊田くんからは違った視点での話を聞くことができ、「ああ、そういう見方や考え方もあるのだな」と、とても新鮮に感じました。
すぐにやってみようと思ったのは、「仮説思考」です。今までは、試合も「実行-結果」で終わらせていて、動画をチェックして反省したり、次の課題を考えたりすることができていませんでした。また、練習においても先生が出してくださったメニューに沿って言われたことをやって、うまく感覚がつかめないときも、自分で考えることをせずに、先生に聞いてばかりいました。今回、教えていただいた「仮説思考」を使えば、もっと自分で考えて取り組んでいくような思考回路をつくることができるなと思いました。まずは、練習の場面で取り入れて、仮説思考のサイクルを自分で回していけるようになりです。(談)
文・構成:児玉育美(JAAFメディアチーム)
【ライフスキルトレーニング特設サイト】
>>特設サイトはこちら
■【ライフスキルトレーニングプログラム】第3期受講生が決定!
https://www.jaaf.or.jp/news/article/17205/
■【ライフスキルトレーニングプログラム】第3期募集要項
https://www.jaaf.or.jp/news/article/17099/
■受講生インタビュー
<Vol.1>福島聖:社会人として生かせているスキル、就職活動や競技面に繋がった経験を語る
https://www.jaaf.or.jp/news/article/17053/
<Vol.2>中島佑気ジョセフ:活躍の糸口となった経験、更なる飛躍に向けた想いを語る
https://www.jaaf.or.jp/news/article/17064/
<Vol.3>樫原沙紀:「なりたい自分」を見つめ直し、新たな一歩を踏み出す
https://www.jaaf.or.jp/news/article/17070/