2022.02.17(木)その他

【第3回ライフスキルトレーニング レポート&受講生コメント】~フローを生み出す自己決定能力の5ステップ~



昨年12月から第2期がスタートした日本陸連の「ライフスキルトレーニングプログラム」。株式会社東京海上日動キャリアサービスの支援を得て、大学生アスリートを対象に展開しています。2月5日には、第2期生( https://www.jaaf.or.jp/news/article/15632/ )に向けた3回目の全体講義が、オンラインで行われました。


スポーツ心理学博士の布施努特別講師による第3回の全体講義は、「復習」という位置づけで、前回の全体講義のあと、別途実施されたグループワークを振り返ることから始まりました。これは、第2回全体講義の最後に出た課題「仮説思考のサイクルを実際に回してみる」について、小グループに分かれて個々の取り組みを報告し合い、意見を交換するという内容でした。布施特別講師は、このときに各グループワークで報告した個々の取り組みを振り返って、「仮説を立てる前に、つい、たくさんのデータを集めようとしてしまいがちになる」ことを留意点としてピックアップ。「悪いことではないけれど、それではサイクルを回すのに時間がかかってしまう」と述べ、将棋の羽生善治九段や免疫学の世界的な権威として知られた石坂公成博士の言葉などを例示しながら、仮説思考のサイクルをうまく回していくためのポイント、それを実行し続けることのメリット、さらには立てた仮説を言葉にしていくことの大切さなどを説明していきました。



さらに、受講者たちは、過日行われたグループワークにおいて視聴したスティーブ・ジョブズ氏(注:米国Apple創設者の1人としてMacintoshやiPhoneなどを世に送り出した人物)のスピーチ(2005年に母校スタンドフォード大学の卒業式で行い、「伝説の名スピーチ」として知られているもの)について、2人1組となって話し手と利き手の役割を務めながら、互いの考えを伝え合うブレイクアウトセッションに取り組みました。そして、その後、受講者たちがその感想を発表したり、布施特別講師の視点が紹介されたりしていくなかで、
・挑戦(チャレンジ:C)と能力(スキル:S)のバランスを保ちながら高めていく「CSバランス」が重要である、
・物事のステージは、一気に上がるのではなくスパイラルで上がっていくものである、
・状況から判断して仮説をつくる「仮説思考」を用いた「創造的戦略」の対極にある考え方として、将来のなりたい自分から逆算して自分の方向性をプランニングしていく(縦型思考)を用いた「意図的戦略」がある。仮説思考と縦型思考は、「どちらか」ではなく「どちらも」必要な考え方である、
・何かをするときは、“すぐにできる”小さな一歩から始める(small to giant)とよい。ただし、それは自身がやりがいを感じるものであることが大切。そうであれば周囲の理解を得て(感情伝染)、波及していくことができる、
などを学びました。

そして、講義は、この日のメインに挙がっていた「自己決定能力の5段階」に関する話題へ。これは、「人が、“自分で物事を決める力(自己決定能力)”は、取り組んでいくことへの意識や経験が高まるにつれて、
・第1段階:コーチ(や誰か)に言われたから、やる
・第2段階:やらなければならないから、やる
・第3段階:自分にとって重要だから、やる
・第4段階:やりたいと思うから、やる
・第5段階:楽しいから、やる
と、5つの段階を踏んでいく」というものです。

ここでは、各段階における動機付けが一足飛びに上がっていくものではないこと、目指す際には1つずつ上の段階を意識するとよいこと、そして、「楽しい」をはじめとする第5段階にいる人の感覚は、第1段階にいる人にはわかりづらいこと、逆に、自分が第5段階まで達すると、各段階の違いがはっきりわかるようになってくることなどがレクチャーされました。
その説明を踏まえて、受講者たちは小グループに分かれて、「自己決定能力」について話し合う、10分間のブレイクアウトセッションを実施。終了後、グループごとに話し合った概要を発表し、全員で共有しました。その際、布施特別講師から「○○さんはどう思った?」「ここはよかったね」「こうすればもっと良くなると思うよ」と、質問や意見、アドバイスが投げかけられたことによって、受講者たちは、物事の捉え方や考え方を、さらに深める形となりました。

最後に、次回の全体講義で詳しく解説していくことになる「ピーキング」について、触りの部分が紹介されました。これは、第2回の全体講義でも触れられた「オリンピックメダリストに共通する5つの特徴」の1つでもあります。
布施特別講師は、目指す本番に自分のピークを合わせていくためには、「CSバランス」をとりながら、これまでにも紹介されてきた「ダブルゴール」を適切に設定しながら取り組んでいくことが重要になると改めて示したうえで、「ダブルゴールの考え方を利用したピーキングに挑戦すること」を次回までの課題として出しました。これは、実験的に1カ月くらいで達成できそうな大きな目標を立て、それを実現するための小さな目標を設けるとともに、その小さな目標をクリアしていく際の最高目標と最低目標を決めて、1つずつ実践していくという内容です。受講者たちは、「頂上を目指して高い山を登っていくのに似ている」と布施特別講師が喩えたその過程を、実際に取り組んでみたうえで、次回のレクチャーを受けることになります。
布施特別講師は、「これからみんながチャレンジすることには、成功と失敗が生じる。しかし、成功はチャレンジした先にあるもので、チャレンジがなければ、そもそも失敗しかない。どんなネガティブデータが出ても、やりきることが大事。まずは、やりきってみよう」と声をかけ、3回目の全体講義を終えました。



社会で活躍するゲストスピーカーを招いて行う第2部では、株式会社コーチ・エィ(COACH A)取締役執行役員の青木美知子氏が登壇し、「自身の最高のパフォーマンスを発揮する方法~セルフトークマネジメント・セルフコーチング~」と題するワークショップを行いました。

コーチ・エィは、日本で初めてコーチングの概念をビジネス界に導入し、20年以上にわたりビジネスにおけるコーチングに取り組んできた企業で、現在では、日本国内にとどまらず、ニューヨーク、バンコク、上海、香港にも拠点を置き、5言語に対応して、エグゼクティブを対象にしたコーチングを展開しています。
青木氏は、早稲田大学大学院を修了後、東京海上火災保険株式会社(現東京海上日動火災保険株式会社)に入社。中学から社会人5年目までバスケットボールの選手として活躍したほか、母校の体育会バスケットボール部のメンタルコーチを務めて、2回の日本インカレ優勝に貢献した経歴も持っています。2006年からは、コーチ・エィにおいて、エグゼクティブ・コーチとしてのキャリアをスタート。製造業や金融機関、サービス業といった様々な業種における経営トップへのコーチングを行い、その企業における組織改革を支援してきました。2017年からはアジア事業本部長として、バンコクで活躍。昨年3月に同社取締役に就任したのち、5月に東京本社へ帰任し、現在に至っています。

「アスリートがコーチをつけるのと同じように、組織のリーダーも、いわば“ビジネスアスリート”としてコーチをつけている」と紹介した青木氏は、ビジネスにおけるコーチングとスポーツにおけるコーチングの共通するところ、異なるところを紹介。さらに、具体例や研究成果を踏まえながら、「コーチとは」「コーチングとは」の考察を示していきました。そして、「コーチ(COACH)の語源は馬車。馬車は、大切な人を、その人の望むところに送り届けるもの。つまり、コーチングでは、“大切な人を、相手の望むところへ”がポイントとなる」と述べて、スポーツにおけるコーチでも、ビジネスにおけるコーチでも、キーワードとなるのは、対象となる“相手”を知るための「問い」であると説明しました。



受講者たちは、問う力の高い名コーチの事例を聞いたり、実際にブレイクアウトセッションで、コーチ役(質問する側)と選手役(答える側)に分かれて、5分間のコーチングを交替して行ったりするなかで、コーチングの場面では、相手が何を求めているのか、何をしたいのか、何に迷っているのかを、まず細かく深く聞いていくことの大切さを認識するとともに、その「問い」によって相手の内にある漠然とした考えや思いが引き出され、言葉として形になっていくことで、課題が明確になったり解決策を見つけたりできるということを学びました。

さらに、青木氏は、この「問い」の力は、他者へのコーチングだけでなく、自分自身に対する「問い」においても、非常に有効であるとして、「自分への問いを、いい問いに変えていくと、潜在能力を引き上げていくことができる」と述べました。
その具体例として紹介されたのが、ネガティブな感情を引き起こす「セルフトーク」(独り言)をコントロールする「セルフトークマネジメント」の方法です。これは、何かの刺激を受けて、理性を失う(ネガティブな感情にとらわれてしまう)のは、どういうセルフトークが原因となっているかを認識し、そのセルフトークを肯定的なものに置き換えることで、理性による対応へと変えていくというもの。青木氏は、「人は、“問われると考える”という素晴らしい能力を持っている。自分に対して、あるいは人に対して、どんな問いを投げかけるかで、思考の方向や行動の方向を変えることができる。ぜひ、いかに、いい問いを自分に投げかけるか、を心掛けてほしい」と呼びかけました。

この「セルフトークマネジメント」については、多くの受講者が強い印象を受けたようで、ワークショップの最後に、株式会社東京海上日動キャリアサービスの田﨑博道代表取締役社長が進行役を務めた質疑応答においても、感想や質問が次々と挙がり、関心度の高さを伺わせる形となりました。


【第3回全体講義受講後:受講生コメント】

杉林歩(大阪大学2年、20km競歩)



今日の布施先生の講義では、特に、仮説思考のサイクルを回していくときの話が心に残りました。私は、仮説を立てる前に、まずデータをたくさん集めて分析していて、しかも、それによって立てた仮説を5~6つくらい同時進行で回そうとしていました。情報があればあるほどいいと考えていたのですが、今日の講義を聞いて、そのことが混乱を招いていたのだということに気づきました。レースにおいても、すごくいろいろなことが気になってしまい、考えすぎて、そこでエネルギーを使ってしまうという点が同じだなと感じたので、今後、改善していこうと思っています。

また、私は、いろいろな悩みがあって、例えば、「陸上が好き」というだけで、それを仕事にすることまで持っていけるのかなと不安に思ったり、やる気にムラがあるのは自分だけなのかと思ったりしていました。しかし、グループワークやブレイクアウトセッションなどで自分の気持ちを話してみたら、意外と、みんなから「自分もそうだよ」という話を聞くことができました。受講生には競技レベルの高い人もいますが、そうした人たちも同じような悩みを持っているんだなとわかって安心しましたし、同じ悩みを持っている同士で意見交換するなかで、新しいアイデアが出てきて、いい解決案が見つかったりもしています。このプログラムを受講したことで、いい気づきや発見ができました。

改善点も見つかっています。このプログラムを受けるまでは自分でも気づいていなかったのですが、私は物事を受け止めたり考えたりする際に、「~しない」と否定形でとらえる傾向があり、考えもネガティブに向かいがちであるということです。今までは、何かダメなことがあったら、自分に対してマイナスのことを言っていたりしたのですが、このことに気づいてからは、そこで使う言葉を変えてみるようにしています。ちょっとずつではありますが、自分のなかで成長している気がします。(談)


鈴木碧斗(東洋大学2年、200m)



コーチングについて、自分は、今まで「誰かにしてもらうもの」という受け止め方をしていたのですが、今日、青木さんのセッションを聞いて、「してもらう」ではなく、まずは自分で目標を設定したり、その目標に向かってどうアプローチするかを考えたりできるようになることが必要なのだと気づきました。自分の視点がしっかりすれば、監督とかコーチとかから、自分とは異なる視点でアドバイスを示してもらうことができます。そういう在り方が、今後、僕のなかでの1つの目標になるなと感じました。

このプログラムを受けることで、これまで普段、自分でやっていたことが、うまく言語化されているなと感じています。自分のなかでも「腑に落ちた感じ」がすることがけっこうあって、再確認するというか、「そういう考え方でいいのだな」と、改めて肯定できる機会になっています。

昨年は、世界リレー、オリンピックと、いきなり大きな世界大会に出場することができました。そこで感じたのは、「どの選手も自分を強く持っている」こと。「これをすれば勝てる」という自信を持つ選手、「ここだけは」といった強い信念を持っている選手の姿を目の当たりにしましたし、そういう人たちを相手に、そのなかで戦っていくためには、自分もそうしたものを持たなければいけないという気持ちになりました。自分の信念を、より磨きのかかったものにするために、このライフスキルトレーニングプログラムにおいても、いろいろな物の見方や捉え方を学んで取り入れ、自分の意思をより洗練させていきたいと思います。(談)


田中宏祐(順天堂大学2年、三段跳)



もともとは誰かと意見を交換したり、自分の考えを人に伝えたりすることを苦手としていたのですが、ライフスキルトレーニングの講義を受けていくにつれて、ブレイクアウトセッションなどで、みんなとうまく話せるようになってきました、その変化は、日常生活でも起きていて、「自分から意見を伝えてみよう」と行動することができるようになってきています。今日の講義で心に残ったのは、自己決定能力の5段階に関するブレイクアウトセッション。自分の例を挙げたことがきっかけとなって、みんなが同じようなことを悩んだり考えたりしていると知ることができました。

また、第2部の青木さんのセッションでは、「セルフトークマネジメント」の話がすごく印象に残りました。僕は、三段跳をメインに跳躍種目をやっていて、競技をしているときにネガティブな感情にとらわれてしまうことがけっこう多いのですが、ブレイクアウトセッションでみんなと話したり、青木さんの話を聞いたりしていくなかで、自分では変えられないものに対してネガティブになっていることに気づき、「あ、ここでセルフトークを肯定的なものに変えれば、感情のコントロールができるかもしれない」と感じました。具体的に、コントロールにつながるセルフトークを見つけるのは、簡単なことではないかもしれませんが、まずは今日、そのことに気づけてよかったです。どうすればいいのか、これから考えて、試していこうと思っています。

この冬期練習では、「ダブルゴールをつくって取り組んでいくこと」「目標から逆算して自分に何が必要かを考えること」「小さな目標を立てて、それをコツコツやっていくこと」など、これまでに学んできたことを実践した取り組みができています。その変化は、いろいろな数値にも表れてきていて、少しずつ成長できていることを感じています。また、グループワークのときに、「ノートを書く」ということを自分で決めたのですが、その際にもらった「自分の不安な感情なんかも書いてみるといいよ」という助言を取り入れたで、自分がどんなときに不安に陥るのかということも、少しずつ見えてくるようになりました。こうした取り組みを今後も継続していくことで、自分の目標に近づいていけるんじゃないかと楽しみに感じています。(談)


文・構成:児玉育美(JAAFメディアチーム)


>>ライフスキルトレーニングプログラム 特設サイト

■ライフスキルトレーニングプログラム 第2期受講生決定
~競技においてもキャリアにおいても「自分の最高を引き出す技術」を習得する~
https://www.jaaf.or.jp/news/article/15632/

■ライフスキルトレーニングプログラム 第1回レポート&受講生コメント
~なりたい自分に近づくためのゴール設定と目標の使い方~
https://www.jaaf.or.jp/news/article/15699/

■ライフスキルトレーニングプログラム 第2回レポート&受講生コメント
~オリンピックメダリストに共通する特徴と成功するための行動~
https://www.jaaf.or.jp/news/article/15782/

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