2021.10.14(木)その他

【ライフスキルトレーニング】インタビューVol.2 伊藤陸×松尾大介コーチ×田﨑博道社長 ~物事を素直に受け止めること、自分を冷静にみることの大切さ~



日本陸連では、昨年度に引き続き、株式会社東京海上日動キャリアサービスのサポートのもと、日本や世界の頂点に挑み続ける陸上競技者のパフォーマンス向上とキャリア自立を両立する「ライフスキルトレーニングプログラム」の実施を本年度も計画。現在、第2期生の募集を行っています。
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ライフスキルトレーニングは、アスリートがもともと備えている「ライフスキル」(自分の「最高」を引き出す技術)を、言語化して知識として定着させ、さらに自分の目的に応じて使いこなせるようにトレーニングすることによって、競技力の向上はもちろんのこと、並行して人生のさまざまな場面で自身の可能性を最大限に生かせる人材を育てていくことを目指す、学生アスリート年代を対象とするプログラム。2020年11月にスタートした前回は、第1期生として14名の受講生が参加。自身の「ライフスキル」を認識し、競技生活や社会人としてのキャリアの場面で生かせるようなトレーニングに取り組んできました。
今回、ライフスキルトレーニングプログラムの第1期生の学びや成長を、受講生・受講生の指導者・主催者という3者の視点で振り返る対談を企画。第1期生の代表として、9月の日本インカレにおいて、走幅跳で8m05、三段跳では日本歴代3位となる17m00の好記録をマークして2冠獲得を達成した伊藤陸選手(近畿大工業高専)と、伊藤選手の指導にあたる松尾大介先生をお招きし、このプログラムを開発・提供する東京海上日動キャリアサービスの田﨑博道代表取締役社長とともに、お話を伺いました。
大きな飛躍を見せたアスリートの変容を、さまざまな視点から伺うことができる、とても貴重な機会となりました。

進行・構成:児玉育美(日本陸連メディアチーム)


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「自分のなりたい姿」を、どれだけ明確に描けているか

―――昨年のシーズンオフの期間にプログラムを受けて迎えた今シーズン、競技面でも大きく記録を伸ばされたわけですが、ライフスキルトレーニングプログラムで学んだことを踏まえて、改めて振り返ると、どう感じていますか?
伊藤:そうですね。ライフスキルトレーニングの全体講義で出てきた言葉に「CSバランス」(自分の最高の状態と現在の状態を比較して、最高に導くためのチャレンジ<C>とスキル<S>のバランスを保つこと)というのがありましたよね。今年の僕は、本当にそこがいい感じの状態だったのかなと思っています。練習が退屈だとか、難しくて無理だなと思うことがあまりなくて、自分自身がしっかりと「この技術を身につけないといけない」とか「今、いい技術を学んでいるな」とか、本当に意欲的に取り組むことができていて、「いい状態の自分」でいられたんじゃないかと思うんです。もちろん練習のなかでは、ときには「今日はしんどいな」という日もあるけれど、その波が昨年までに比べると、今年はすごく少なかったように思います。

―――松尾先生、練習場面では、そうした傾向はみられたのでしょうか?
松尾:もともと練習することに消極的な選手ではなく、指導者目線、コーチ目線で見たときには、非常に教えやすい選手です。例えば、トレーニングの過程で負荷が強くなったり、精神的にハードな練習が入ったりすると、表情に出る選手あるいは指導する側が気を遣いながら教える必要がある選手もいますが、伊藤に関しては、そこがもともと少ないですね。また、先ほど少しした「コミュニケーションの質が変わった」という話に繋がるのかもしれませんが、これまでよりも私の持っているもの…つまりコーチの知識を引き出ことがうまくなってきたな、という印象を持っています。伊藤自身の質問も鋭くなってきているので、私のほうもしっかり勉強して、もっと違う知識を持って、それを出していかなければならないな、と感じているところです。

―――伊藤選手、日本インカレの三段跳のときの話を聞かせてください。4回目に17m00を出したあと、5・6回目は跳躍をまとめられずに終わったわけですが、あのとき、全試技を終えて写真撮影に入ったとき最初に発したのが「悔しい」という言葉だったことが、とても印象に残っています。あのときは、うまく自分をコントロールしきれなかった悔しさがあったのでしょうか?
伊藤:そうですね。そこがまだ甘いな、と。年相応というか、まだジュニアを抜けたばかりの大学生のレベルだったのかなと思いましたね。あのときは本当に「あと2本、チャンスがあった」と言えるくらいに状態がよくて、なのに記録を伸ばせなかったというのは、まだ自分をコントロールしきれていないからなんだろうな、と。あとで話を聞いてみると、松尾先生は、ああなるかもと思って見ていたと仰っていたのですが、競技をする上での冷静さを持つという意味で、自分では冷静なほうだと思っていたけれど、まだ足りませんでした。僕より競技歴の長い選手であったら、たぶんそういうこともできるんだろうなと思ったりもしたので、成長したとはいえ、まだ足りない部分はたくさんあるんだな、悔しいなと思っていました。

写真:児玉育美(JAAFメディアチーム)

―――田﨑社長、これは陸上競技の例でしたが、社会に出ても同じような場面がありますよね。
田﨑:「失敗を恐れずに挑戦する」という言葉がよく使われますが、その意味は、今、伊藤さんがお話していたところに繋がっていくのかなと思います。全てが何もかもうまくいくわけないですよ。上手くいっていると思っている時でも、上手くいっていないことは必ずあります。そのことに気づいているか、いないかの違いは、大変大きいと思います。「失敗を恐れずに」というのは、準備が充分ではなくとも「失敗を恐れずに挑戦する」と言っているのではないと思います。「一所懸命に、徹底的に準備をする、冷静に分析・認識して、補強すべきことを尽くしたのちに、最後は失敗することを恐れずに果敢に挑戦していこうよ」ということだと考えると、わかりやすいと思います。三段跳や走幅跳の試技は6回あるわけですが、それを企業や社会人となったときの状態でたとえれば、いろいろな役割が出てきて、さまざまな企画をしたり、周辺の人たちに働きかけたりということを、何回かやっていくなかで結果を出していくことと同じかもしれません。ですから、試技において、悩みながら、修正しながらやることは、すごくいいことだと思います。社会で活躍する力をつけていく、確かなトレーニングだと思います。

―――伊藤選手は、この日本インカレの競技後、ミックスゾーンで「来年以降、世界で戦う準備は確実にできてきていると思う」といったことを仰っていました。この経験も、必ず今後に生きてきそうですね。
田﨑:そう思います。「どういうふうになりたい」「何を目指していくんだ」ということをしっかり持っていれば、今の状態がどうなのかを自分で分析して、評価することができます。周りから見たら素晴らしい結果であったとしても、「目指している姿」と比較したときにどうなのかは、本人にしかわからないことだと思います。それができている、素晴らしいことだなと、思っています。



「物事を素直に受け止めること」「自分を冷静にみること」の大切さ

―――伊藤選手は、競技面での今後の目標は、具体的に今、どうイメージしているのでしょう?
伊藤:やっぱり世界の大会にまず出たいです。出たうえで、いろいろな経験をするなかで、その世界のトップ選手の一員として戦えるようになりたいし、(入賞ラインとなるトップ8に残って)6本目まで跳んでいるような選手になりたい。そして、最後は勝ちたいですね。いろいろな世界のトップが集う世界選手権とかオリンピックとか、そうした大舞台で、それができればいいなと思っています。

―――今年の東京オリンピックをご覧になっていて、足りないなと感じたことはありましたか?
伊藤:オリンピックに出る人たちって、ワールドランキングの上位者であったり、参加標準記録を突破したりしている選手。そして、まだ出たことがないので実際のところはわからないけれど、オリンピックって、きっと本当に特殊な場で、あの場で普段と同じ記録を出すだけでも、たぶんすごく大変だと思うんです。もし今、僕がオリンピックに出られたとしても、そこで(走幅跳で)8mを跳べるかといわれたら、その自信はないですし、そこまでの準備はまだできていなくて、どうなるかというのも全然イメージできない部分ではあります。そういうことを考えると、自分が身につけなくてはならない能力はまだまだたくさんあると思うし、さらに経験が全く足りていないことは、自分自身が強く感じている部分なんですね。次のオリンピックまで、まだ3年あって、3年あれば、その準備はできるんじゃないかと思っているので、無駄にしないよう、しっかりとチャンスをものにして、力をつけたり経験を積んだりしていきたいなと思います。

―――松尾先生は、伊藤選手が今後、世界で戦っていくうえで、何が必要になっていくと感じていますか?
松尾:今、伊藤が話したことがすべてなのかなと思います。まず、世界で戦うためには、世界に出てみないと、どういう戦い方をしていいかわからないと思いますし、そこで挑戦して何をやるか、何を考えるか。もし、失敗したとしても、次に挑戦して経験を踏むなかで、自分が何をしていくべきかを見つけることが大切なのかなと私も思います。また、その点を、伊藤が、比較的冷静にみることができている点がいいのかな、とも思いますね。伊藤自身が、失敗することも想定して計画を立てているというところが、今回の(日本インカレにおける)結果もそうなのですが、コーチである私が考えている以上の結果を出してくれている要因なのかな、と。実際に先日の日本インカレでは、17m台ということを想定して試合に挑んでいたわけではなかったのですが、伊藤自身がその記録を達成させたという意味では、そうした彼の分析が間違ってはいないのだろうな、と思うのです。それが、ライフスキルトレーニングといったプログラムを通して、伊藤が自然と身につけてきた力なのかな、と改めて実感しています。



―――田﨑社長、お2人の話をお聞きになって、どういう感想をお持ちになりましたか?
田﨑:勉強させていただきました。先ほども申し上げたように、「いろいろな幅広い考え方を、ご自身の置かれた環境や意思の中で選んでいけるようになる」ことが、非常に重要ではないか、と思ってこのプログラムを進めてきました。これが競技面での「最高」を引き出す能力を高めていくことになるし、いつかまた違うところで活躍するときの力、自信に繋がっていくという考え方です。お二人のお話を伺っていて、このプログラムは意味があると「確信」し、嬉しく感じています。
あと、もう一つ感じたことです。今日の伊藤さんのお話の中で、わりと早い段階で、「素の自分」をどう出したらいいのかということが出てきましたね。伊藤さんの場合は、もともとはたくさん話すタイプではないということでしたが、別に口数が多くなくても、ちゃんと表現することはできます。ですから、「素の自分」というのがどこにあるのかということは、大切にしていただきたいということです。伊藤さんのお話からは「物事を素直に受け止める」「非常に冷静にみている」という点を強く感じます。それは、とても大事なことです。目標は誰でも掲げることはできるけれど、そこで、自分がどういう状況にあるのかということを主観・客観を含めて、いろいろな方の意見を取り入れながら、冷静に理解することが非常に重要だと思います。人間には都合のいいところがあるので、嫌なところは見ないふりや聞いていないふりをしたり、逆に、ずっとそれを気にかけてしまったりしますが、そこから抜け出て、現状を正しく理解できているかどうかです。そういう意味では、伊藤さんの中に、高揚する心を冷静にみる自分がちゃんといます。そこが伊藤さんの「素の自分」であり、「素の自分」がどういう形で出てくるのかをわかっていることが、とても大切だということをお聞きしていて、私自身、とても勉強になりました。





1期生と2期生は異なるプログラムを用意

受講者同士がプログラムを超えて刺激し合ってほしい

―――東京海上日動キャリアサービスさんが、こうした取り組みを行うこと自体が、初の試みで、プログラムも今回のために新たに開発されたと伺っています。初年度の取り組みを終えて、2年目を迎えようとするなかで、関係された皆さまのなかでは、どういう反響や評価が上がっているのでしょう?
田﨑:このプログラムの目的は、答えを示すことではなくて、考え方がいろいろあることを知ってもらおうということですから、今の段階でプログラムを評価することはできないと思っています。コロナ禍ということがあって、競技会も無観客だったり制限があったりして、実は、我々も実際に受講生の皆さんとリアルにお会いすることができませんでした。第1期生に向けては、近々フォローアップが予定されていますが、これもオンラインです。評価については、もう少し時間をいただきたいというところです。
ですが、わかってきたことは、「コミュニケーション」ということです。想定はしていましたが、やはり大切なのはそこでした。コミュニケーションの取り方もいろいろありますが、受講生の皆さんに合わせた形で意思疎通や語り合う場を提供していくことです。それから、第1期生の時と同様に、社会で活躍しているゲスト講師を、今回の2期生の皆さんに向けても招聘しようと思っています。働くことの、リアルなところ…、実際に元アスリートがどういうことをしてきたのか、しているのかが伝わっていくような工夫を重ねていきたいと思います。
伊藤さんのように、このプログラムで身につけたことを、競技中にどこかの引き出しから取り出して、ご自身なりに加工し、競技力の発揮に繋げていただけるようなプログラムを提供していきたいと思います。

―――伊藤選手は、1期生として、2年目のプログラムを受けていくことになるわけですが、どんなことを学びたいですか? 楽しみにしていることってありますか?
伊藤:2期生には、僕とは1歳下の年代の人たちが入ってくることになると思うのですが、ここまでに得た能力を発揮する場になるのかな、と。自分の変化を見てほしいといったら変な言い方かもしれないけれど、その変化がどう見えるのかを要所要所で聞いてみたい気がしますね。僕が感じているものではなくて、客観の意見を聞いてみたいなと思うんです。僕は、1期生として受けたこのライフスキルトレーニングが本当によかったなと感じているんですね。特に、僕のように地方で生活していると、なかなかほかの選手と交流を持てる機会が少なくて、機会があったとしても日本インカレとか本当にトップの試合にでも出ない限り、そもそも顔を合わせる場がないんです。また、そういう場合も、試合のために集まっているので、話すことが目的ではありませんから…。こういう場をつくっていただいて、話すことができたというだけでも、本当に大きな経験になりました。去年に続いて、今年も実施するということで、新たに応募した2期生のみんなにとっても、すごくプラスになると思っています。



―――田﨑社長、1期生と2期生が、一緒に受けるプログラムというのは計画されているのですか?
田﨑:今の話を伺って、「何か考えなきゃいけないな」と思いました(笑)。具体的なところは、今後詰めていくことになりますが、募集している2期生も、基本形は1期生と同じプログラムです。また、プログラムは1期と2期では、区切って用意しています。1期生の皆さんに対しては、フォローアップの機会を用意しているほか、今後の道筋をどう選んでいこうか考えるときに、必要な情報提供や様々なサポートをさせていただくことになります。
ご質問の1期生と2期生が同時に集まって…ということは、基本形には置いていませんが、回を重ねるごとに、ライフスキルトレーニングプログラムを受けた皆さんたちが、横の交流や年代を超えての繋がりを広げていって、お互いに刺激し合って勉強していくような場面ができたらいいなと考えています。そうしたことができるようなご支援や場の提供をお手伝いしていくことが必要だと思います。今の伊藤さんのお話しを聞いて、なおさらそう感じています。

―――さらなる進化した形を拝見することができそうですね。伊藤選手が感じたような変容を、多くの受講者の皆さんにも感じてもらえるようだといいなと思いますし、また、この対談を読んで興味を持った多くの方が、第2期生を目指して応募してくれるといいなと思います。今日は、とても貴重なお話をたくさん伺うことができました。伊藤選手、松尾先生、そして田﨑社長、本当にありがとうございました。

(2021年10月4日収録)

>>インタビューVol.1はこちら

■【ライフスキルトレーニングプログラム】第2期受講生募集~競技においてもキャリアにおいても「自分の最高を引き出す技術」を習得する~
https://www.jaaf.or.jp/news/article/15527/

■【ライフスキルトレーニングプログラム】特設サイト
https://www.jaaf.or.jp/lst/

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