2018.12.26(水)その他

【Challenge to TOKYO 2020 日本陸連強化委員会~東京五輪ゴールド・プラン~】第3回 男女マラソン(1)

2020年夏の東京五輪に向けて活動を続ける日本陸連強化委員会から、現況や新情報を発信してもらう座談会の、第3回のテーマは「男女マラソン」。本誌の2018年8月号で、瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーと河野匡長距離・マラソンディレクターの「MGC特別対談」を掲載しており、その続編としてお読みいただきたい。本番とほぼ同じコースを使って、2019年9月15日に行われるMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)。事実上の一発選考レースはかつてないほどの盛り上がりを見せるだろうが、関係者の目はあくまでも2020年8月2日(女子)と8月9日(男子)の五輪マラソンに向けられている。2018年は男子の設楽悠太(Honda)と大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)の2人が、16年間更新できなかったかつての日本記録を相次いで破り、10月のシカゴでは大迫が日本人初の2時間5分台(2時間5分50秒)に突入した。「マラソン・ニッポン」の勢いを取り戻しつつあるこの種目に、メダルの期待は高まってきている。

●構成/月刊陸上競技編集部
●撮影/船越陽一郎

※「月刊陸上競技」にて毎月掲載されています。



(左から)坂口泰 男子マラソンオリンピック強化コーチ、瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダー、河野匡長距離・マラソンディレクター、山下佐知子 女子マラソンオリンピック強化コーチ

好スタートのMGCシリーズ2018-2019

──本題に入る前に、先日、IAAF(国際陸連)が、2019年のドーハ世界選手権は新たに導入するワールドランキング制度ではなく、従来のような参加標準記録制度で代表選手を選考することを発表しましたが、それに伴って強化の方針が変更になることはあるのですか。

河野12月3日~4日のIAAFのカウンシルを待って、強化委員会でもさらに話を詰めることになると思いますが、今の段階で4月のアジア選手権を軽視するような方針変更はあり得ない、というのが強化委員会の中の共通認識です。東京五輪の代表選考で、ワールドランキング制度がどう使われるのか、まだはっきりしません。我々の目標は2020年ですから、そこをにらみつつ、ドーハ世界選手権をどう戦っていくか、ということになると思います。


──いずれにしても、マラソンに関しては大きな問題点はなさそうですね。さて、MGCシリーズの第2期が8月末の北海道マラソンからスタートして、MGCへの出場権を獲得する選手も着実に増えてます。良い滑り出しですね。

瀬古北海道で男子が4人、女子が1人ですか。それに、ベルリン、シカゴの海外マラソンでMGC出場を決めた選手もいます。8月のジャカルタ・アジア大会では井上君( 大仁、MHPS)が優勝して、10月のシカゴでは大迫君(傑、ナイキ・オレゴン・プロジェクト)が日本新でしょ。抜群にいいですよ。

坂口ウチの(中国電力)の岡本(直己)は、駅伝では抜群の強さと安定性を発揮するのにマラソンでは腰が引け、今ひとつ力を発揮できなかった。それでも、どうしてもMGCに出たいという思いから北海道に出たんですけど、ようやくチャンスをものにしました。

瀬古山下さんは、鈴木亜由子さん(日本郵政グループ)が北海道でMGCを取ってくれてホッとしてたね。

山下マラソンをやってほしい、と思っていた選手の1人なので、「長距離に専念します」と言われたらどうしよう、と思っていたんですけど、安堵しました。


──鈴木選手の初マラソンは、どう見ましたか。

山下現場の方々は苦労されてると思うので、こんな簡単に言ってはいけないのでしょうけど、「予想通りだな」というレースをしてくれました。サラッと走るんじゃないかと思っていたんです。


──すでにMGCの権利を得ている選手が、記録を狙って海外レースに出て行って、成果を挙げてますね。ベルリンでは男子の中村匠吾選手(富士通)が2時間8分16秒、女子の松田瑞生選手(ダイハツ)は2時間22分23秒と、ともに自己新です。

河野どんどん海外レースに出てほしくて、2008年あたりからいろんな仕掛けをしたんですけど、なかなか増えなかったんです。しかし、MGCという仕組みの中で、みんながチャレンジする方向性を出せるようになった。選択肢が広がった。結果的に見れば、それが日本記録にもつながったと思うし、そういった中からシカゴの藤本君(拓、トヨタ自動車)のように2時間7分台(2時間7分57秒)を出す選手が現れたんだと思います。

7月のゴールドコーストにも、10数人行ってるんですよね。それぐらいチャレンジする方向性を示してくれているのは、日本のマラソン界にとって非常に大きいです。成功しても失敗しても、その選手の経験として積み上げられていくので、これは続けてほしい。今、日本マラソン界全体の経験値が上がっている気がします。

坂口私は2000年前後に尾方(剛、2005年ヘルシンキ世界選手権銅メダル)ら当時のウチのトップ選手をよく海外レースに出しましたが、やっぱりいろんなレースを経験しないと力がつかないんです。世界と戦うんだったら、海外レースの速い流れについて行かないとダメだし、ついて行けないなら行けないなりの走り方を覚えないといけない。バリエーションを増やすためにも海外レースに出しましたね。





日本マラソン界の流れを変えたMGC

──海外レースで経験を積もうという流れが、一時内向きになってしまった原因は何でしょうか。

河野一概には言えないかもしれませんが、マラソンより駅伝が重要視されるようになってきたことが関係しているのではないですかね。箱根駅伝の人気の高まりなどもあって、社内外で個人種目より駅伝で評価される傾向が強まったような気がします。

瀬古スピードのあるランナーが、マラソンに行かなくなった時期があったよね。

坂口ありました、そういうブームのようなものが。

瀬古スピードをつけてからマラソンに行くんだとか、マラソンはまだ早いとか。10000mで27分台を出す選手たちが、マラソンを敬遠した時代があった。

河野スピードランナーは駅伝でもエースですから、評価されます。そういう雰囲気の中で、なかなかマラソンに行き切れないですよね。

瀬古近年は全日本実業団駅伝の優勝と、日の丸をつけるマラソンランナーの輩出という、両方をやり遂げるチームが少なくなってきてるよね。

坂口ウチはやりましたけど、苦しかったですよ。選手にも無理を強いたと思います。

河野マラソンをやろうとしたら、チームとして駅伝がどんどんストレスになってくるんですよ。駅伝が終わってひと息入れると、選手は「じゃあ、マラソンでもやるか」というぐらいの意識です。選手の能力は、マラソンを「できない」じゃなくて、「やらない」だけだったと思いますね。その証拠に、12月の福岡国際マラソンが一時、どんどん寂しくなりました。そこには、元日に行われる全日本実業団駅伝のトレーニングとの関係性が如実に出ていたと思います。

山下チームの中のスタッフの数とか、役割分担がどれだけできるかも大きいと思います。会社の力も要るような気がしますね。


──選手はマラソンに魅力を感じなかったのでしょうか。

河野魅力がないというより、自分がやれるかどうかの感触がつかめていなかったんじゃないですかね。それに、駅伝で走れば評価されますから、今の処遇で十分だという認識があるかもしれません。

坂口みんな「将来はマラソン」と言うんですよ。「最後はマラソン」とか。

山下ウチ(第一生命グループ)も、この2年で「マラソンをやりたい」とはっきり言って入ってきた選手は1人だけです。「辞めるまでに1回は(マラソンを)走りたい」と、ほとんどの選手が言うんですけどね。

河野MGCの仕組みを作るそもそもの出発点には、いくら2020年に東京五輪があっても、「このままだと2019年からしかマラソンをやらないよね」という発想があったからなんです。19年から20年にかけてのマラソンを1本走って、それでオリンピックの代表? 「それはあり得ないよね」ということから、今回の仕組みを作るに至ったんですよ。「オリンピックに出たい」という気持ちをどんどん煽っていったというか……。


──幸いなことに、そのシステムがうまく軌道に乗り、男子は日本新も出ました。

瀬古MGCは、会社としても「出てほしい」というレースになってきているのではないですか。

坂口それは確かにあります。会社にわかりやすいシステムです。

山下会社とか、ウエアのメーカーさんとか、結構「MGCに」というのはあります。

河野MGC出場を決めたら、「オリンピック候補選手」になるわけですよね。日本の中では「一流」と評価されるカテゴリーに入るので、会社内で別予算を組んでくれたり、という話も聞きます。

山下〝オリンピック代表に近づいた感〟があるんです。ものすごくわかりやすいですね。

河野結局、そこでダメだったらオリンピックはない、ということも明白で、明確な分岐点があるからね。実は、日本実業団連合からの日本新への褒賞金「1億円」はアメで、「MGC」はムチなんです。この中に入って来ないと上には行けないよ、という明確なラインを引いたんですから。前回のリオ五輪代表が2大会連続出場を狙うにも、まずはここを突破しないと「狙いたい」と言えないんです。

坂口「オリンピックを目指しています」と口だけで言えないんですよ。MGCに出ないと、絶対にないわけだから。今までは誰でも言ってましたよ、「オリンピック目指してます」って。


第3回 男女マラソン(2)」に続く…

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