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2024.08.02(金)

【記録と数字で楽しむパリオリンピック】男子100m:サニブラウン・坂井・東田が92年ぶりファイナル進出を目指す



8月1日(木)から11日(日)の11日間、フランスの首都パリを舞台に「第33回オリンピック」が開催される。

日本からは、24種目に55名(男子35名・女20名)の代表選手が出場し、世界のライバル達と競い合う。

現地に赴く方は少ないだろうがテレビやネットでのライブ中継で観戦する方の「お供」に日本人選手が出場する全24種目に関して、「記録と数字で楽しむ2024パリオリンピック」をお届けする。

なお、これまでにこの日本陸連HPで各種競技会の「記録と数字で楽しむ・・・」をお届けしてきたが、過去に紹介したことがある同じ内容のデータや文章もかなり含むが、可能な限りで最新のものに更新した。また、記事の中では世界選手権についても「世界大会」ということで、そのデータも紹介している。

記録は原則として7月21日判明分。ただし、エントリー記録などは五輪参加標準記録の有効期限であった24年6月30日現在のものによった。
現役選手の敬称は略させていただいた。

200mから1500mにおいて、予選で落選した選手による「敗者復活戦」が導入され、これによって予選で敗退した何人かが復活して準決勝に進出できることになった。
ただ、各種目での敗者復活戦の組数や何人が準決勝に出場できるのかなどの条件がこの原稿執筆時点では明確にされていない。よって、トラック競技の予選・準決勝の競技開始時刻のところに示した通過条件(○組○着+○)は、「敗者復活戦」がなかったこれまでの世界大会でのものを参考に記載したため、パリではこれとは異なる条件になるはずだ。

日本人選手の記録や数字に関する内容が中心で、優勝やメダルを争いそうな外国人選手についての展望的な内容には一部を除いてほとんどふれていない。日本人の出場しない各種目の展望などは、陸上専門誌の8月号の「パリ五輪観戦ガイド」や今後ネットにアップされるであろう各種メディアの「展望記事」などをご覧頂きたい。

大会期間中は、日本陸連のSNS(=旧Twitter or Facebook)で、記録や各種のデータを可能な範囲で随時発信する予定なので、そちらも「観戦のお供」にしていただければ幸いである。

現地と日本の時差は、7時間で日本が進んでいる。競技場内で行われる決勝種目は、日本時間の深夜から早朝にかけての競技である。
猛暑の中での睡眠不足にどうぞご注意を!


男子100m

(実施日時は、日本時間。カッコ内は現地時間)
・予備予選 8月3日 17:35(3日 10:35)
・予  選 8月3日 18:45(3日 11:45) 7組3着+3
・準 決 勝 8月5日 03:00(4日 20:00) 3組2着+2
・決  勝 8月5日 04:50(4日 21:55)


サニブラウン・坂井・東田が92年ぶりファイナル進出を目指す

2022年のオレゴン、23年のブダペストと2大会連続でサニブラウンアブデルハキーム(東レ)が世界選手権の決勝に進出。7位と6位に入賞した。
五輪を含む世界大会では、1932年ロサンゼルス五輪6位の吉岡隆徳(たかよし)さん以来の快挙で2大会連続入賞は史上初だった。パリで決勝進出となれば、五輪では92年ぶりとなる。21年東京に続き2回目の五輪だが、その時は100mではなく200mに出場し予選2組6着(21.41/+0.9)だった。

ブダペストに続き今回もこれまでの世界大会で最もハイレベルな設定となった参加標準記録の10秒00をクリアしたのは9秒97のサニブラウンのみ。日本選手権を連覇した坂井隆一郎(大阪ガス/エントリー記録10秒10=23年・ベスト記録10秒02=22年)がターゲットナンバーであるワールドランキング56位以内にギリギリで滑り込んだ(その後、上位の辞退者によって52位にアップ)。日本選手権2位の東田旺洋(関彰商事/エントリー記録10秒14・自己ベスト10秒10=23年)も同ランキング37位で出場権を獲得。同ランキングでは、栁田大輝(東洋大/3年)が32位にいたが日本選手権での東田と0秒005差が明暗を分けた。

サニブラウンは上述の通り世界選手権では2大会連続入賞を果たしたが、22年と23年の両世界選手権でファイナルを走ったのはサニブラウンを含めて下記の3名のみ。

22年23年選手名
4位4位O・セヴィル(ジャマイカ)
6位5位C・コールマン(アメリカ)
7位6位サニブラウンAハキーム(日本)
だ。

セヴィルは、6月28日のジャマイカ選手権で自己タイの9秒82(+0.9)で2着となりパリに乗り込む
が、自己ベスト9秒76(+0.6/19年)コールマンは全米選考会で4着(9.93/+0.4)だったため五輪には出場できなくなった。
サニブラウンも23年ブダペストの時の出場はピンチだった。参加標準記録をクリアしておらず日本選手権の決勝も脚がつって8着。有効期限10日前の7月20日のルツェルンでのレースで10秒09(+0.3)をマークして、ターゲットナンバー「48」の46位にギリギリで滑り込んだ。24年のように日本人にターゲットナンバー内の選手が4人以上いたならば、ブダペストでの「6位入賞」はなかったことになる。

坂井は、世界選手権には22・23年と連続出場。22年は準決勝の舞台を経験している(2組6着10秒23/+0.1)。

東田は、世界大会初出場。桐生祥秀(日本生命)、小池祐貴(住友電工)と同じ学年の1995年生まれ。奈良・一条高校時代は100mのベストは10秒93(13年)に過ぎなかったが200mを得意としベストは21秒43(高校リスト15位)。高校3年の13年全国インターハイでは8位に入賞している(桐生が優勝、小池が2位)。筑波大に進んでからは肉離れなどで苦しみながらも着実にタイムを縮め大学院2年(19年)では10秒25にまで伸ばし、日本インカレで優勝(10.26/0.0)している。社会人になった20年からも10秒21、10秒18、10秒21、10秒10、10秒14のシーズンベストを残し、ついに「五輪代表」にまでたどりついたのだった。

サニブラウン、坂井、東田の3人が、五輪では日本人92年ぶりとなる決勝進出を目指す。
五輪でのこの種目のフルエントリーは、1932年ロサンゼルス、36年ベルリン、88年ソウル、92年バルセロナ、00年シドニー、04年アテネ、16年リオデジャネイロ、21年東京に続き3大会連続9回目。ただし3人が揃って準決勝に進出したことはまだない。
世界選手権でのフルエントリーは、91年東京、97年アテネ、01年エドモントン、09年ベルリン、17年ロンドン、19年ドーハ、23年ブダペストの7回。3人揃っての準決勝進出は、17年ロンドンと19年ドーハの2回だ。


◆五輪&世界選手権での日本人最高成績と最高記録◆

<五輪>
最高成績 6位 10.7→デレゲでは10.8(電動計時は10.78/+0.2~+0.3)吉岡隆徳(東京高師)1932年
最高記録 10.05(+0.2)山縣亮太(セイコー)2016年 準決勝2組5着

<世界選手権>
最高成績 6位 10.04(±0.0)サニブラウンアブデルハキーム(東レ)2023年
最高記録 9.97(+0.3)サニブラウンアブデルハキーム(東レ)2023年 準決勝1組2着

92年前の1932年ロサンゼルス五輪の吉岡さんは「暁の超特急」と謳われ、素晴らしいロケットスタートで、決勝の70m付近までトップを走った。


◆五輪&世界選手権での決勝進出ライン◆

10秒00の参加標準記録適用期間内(2023年7月1日~24年6月30日)の記録(1国3名以内)では、9秒台が27名いてレベルが高い。23年のブダペストは25名だった。

「表1」は、1968年以降の世界大会(五輪&世界選手権)での「ファイナルスト」への条件を調べたものだ。
1968年以降の五輪と世界選手権の決勝進出者で最も遅いタイム(「2組4着取り」で準決勝を通過した4着の選手で最もタイムが遅かった選手。または、「3組2着+2」の「+2」で最も遅いタイムで通過した選手)と準決勝落選者で最もタイムが良かった選手のデータをまとめた。

これによると、これまで準決勝落選者で最もタイムが早かったのは、2013年と15年の世界選手権と21年東京五輪での「10秒00」。ということはこれまでの世界大会では、準決勝で9秒台で走った選手は「100%決勝に進出」している。今回のパリではどうなるかはわからないが、これまでのデータからすると準決勝を「9秒台」で走れれば「ファイナリスト」が「かなり濃厚」ということになる。

とはいえ、21年の東京五輪では、準決勝の3組2着+2の「プラス2」は、第3組の9秒84と9秒90だった。この組の5着は10秒11だったが、もしも4着と同タイム9秒90で1000分の1秒単位で「着差あり」という5着の選手がいた場合「9秒90でも落選」という可能性があったことになる。実際は、2組2着の10秒00の選手が決勝に残り、1組3着と2組3着の2名が10秒00で落選した。

【表1/1968年以降の五輪&世界選手権の準決勝通過者最低記録と落選者最高記録】
・1968年のメキシコ五輪は、当時のルールで電動計時の100分の1秒単位を四捨五入して10分の1秒単位にしたものが正式記録とされた。また、当時のルールでは、手動計時との差を考慮して、電動計時を「0秒05遅れ」で作動させていたが、ここでは現行ルールの通りにその「0秒05」を加算したタイムで示した。
・「五輪」は、オリンピック。他は世界選手権を示す。
準決通過最低記録準決落選最高記録
1968五輪10.2610.22
1972五輪10.4810.42
1976五輪10.3710.33
1980五輪10.4510.44
198310.3910.40
1984五輪10.5210.34
198710.3710.24
1988五輪10.2410.31
199110.1310.17
1992五輪10.3310.34
199310.1510.20
199510.1710.20
1996五輪10.1110.13
199710.2210.18
199910.1410.13
2000五輪10.2010.25
200110.2910.26
200310.2710.22
2004五輪10.2210.12
200510.1310.08
200710.2110.19
2008五輪10.0310.05
200910.0410.04
201110.2110.14
2012五輪10.0210.04
201310.0010.00
20159.9910.00
2016五輪10.0110.01
201710.1010.12
201910.1110.11
2021五輪9.9010.00
202210.0610.12
202310.0110.02
   
最高記録9.9010.00
五輪最高9.90(2021)10.00(2016・2021)
世選最高9.99(2015)10.00(2013・2015)


◆1983年以降の世界選手権&五輪での決勝での着順別記録◆

「ファイナル」では、どれくらいのタイムでどれらいの順位が見込めるのか?
それを示したのが「表2」である。

【表2/1983年以降の世界選手権&五輪決勝での1~8位の記録】
・カッコ内は、のちにドーピング違反で失格となった記録で、後ろに当初の相当順位を記載。
風速1位2位3位4位5位6位7位8位
1983-0.310.0710.2110.2410.2710.2910.3210.3310.36
1984五輪0.29.9910.1910.2210.2610.2710.2910.3310.35
19871.09.9310.0810.1410.2010.2510.3416.23(9.83=1)
1988五輪1.19.929.979.9910.0410.1110.1112.26(9.79=1)
19911.29.869.889.919.929.959.9610.1210.14
1992五輪0.59.9610.0210.0410.0910.1010.1210.2210.26
19930.39.879.929.9910.0210.0210.0310.0410.18
19951.09.9710.0310.0310.0710.1010.1210.2010.20
1996五輪0.79.849.899.909.9910.0010.1410.16DQ
19970.29.869.919.949.9510.0210.1010.1210.29
19990.29.809.849.9710.0010.0210.0410.0710.24
2000五輪-0.39.879.9910.0410.0810.0910.1310.17DNF
2001-0.29.829.949.989.9910.0710.1110.24(9.85=2)
2003±0.010.0710.0810.0810.1310.2110.22(10.08=4)(10.11=5)
2004五輪0.69.859.869.879.899.9410.0010.1DNF
20050.49.8810.0510.0510.0710.0910.1310.1410.20
2007-0.59.859.919.9610.0710.0810.1410.2310.29
2008五輪±0.09.699.899.919.939.959.9710.0110.03
20090.99.589.719.849.939.9310.0010.0010.34
2011-1.49.9210.0810.0910.1910.2610.2610.2710.95
2012五輪1.59.639.759.799.889.949.9811.99(9.80=4)
2013-0.39.779.859.959.989.9810.0410.0610.21
2015-0.59.799.809.929.929.9410.0010.0010.00
2016五輪0.29.819.899.919.939.949.9610.0410.06
2017-0.89.929.949.959.9910.0110.0810.1710.27
20190.69.769.899.909.939.9710.0310.0710.08
2021五輪0.19.809.849.899.939.959.98DNFDQ
2022-0.19.869.889.889.9710.0110.0110.0610.07
2023±0.09.839.889.889.889.9210.0410.0710.08
          
最高記録 9.589.719.799.889.929.9610.0010.00
五輪最高 9.639.759.799.889.949.9610.0010.03
世界選手権最高 9.589.719.849.889.929.9610.0010.00

その時の風速にもよるが、9秒9台ならば6位以内濃厚。9秒8台ならば表彰台も……、といったところである。


◆五輪&世界選手権の決勝での着順別最高記録◆

「表2」と似たようなものだが、決勝で「史上最高のハイレベルなレース」が展開された場合にどれくらいの順位が見込まれるのかというデータが「表3」だ。

【表3/五輪&世界選手権の決勝での着順別最高記録】
・「◎」は、他のすべてのレースを含めての着順別最高記録を示す。
着順オリンピック 世界選手権 五輪&世界選手権以外での最高
1着9.63 1.52012年9.58◎0.92009年 
2着9.75 1.52012年9.71◎0.92009年 
3着9.79◎1.52012年9.84 0.92009年 
4着9.88 1.52012年9.88 0.02023年9.87◎0.1 2023年 プレフォンティン記念
5着9.94 0.62004年9.92 0.02023年9.90◎1.8 2021年 全米選手権
9.94 1.52012年   
6着9.96◎0.22016年9.96◎1.21991年9.96◎1.8 2022年 全米選手権
7着10.00 0.02008年10.00 0.92009年9.98◎1.8 2022年 全米選手権
10.00◎-0.52015年   
8着10.03 0.02008年10.00◎-0.52015年 

以上の通りで、これまでの「史上最高レベル」は、トータルでは五輪が2012年ロンドン大会、世界選手権は2009年ベルリン大会と言えそうだ。
世界大会以外では、22年の全米選手権が超ハイレベルで7着までが9秒台(1名が途中棄権)で9秒台の史上最多人数となった。
近年の世界大会では準決勝をくぐり抜けるには9秒台が当たり前になってきている。よって、今回のパリではファイナリスト8名全員が準決勝で9秒台となるかもしれない。

なお、33年前の1991年東京世界選手権も当時としては史上最高レベルで、優勝したカール・ルイス(アメリカ)が9秒86の世界新、以下2~6着と8着が着順別の世界最高で、6名が9秒台で走った史上初のレースだった。


◆坂井のピッチは世界一??◆

サニブラウン、坂井、東田が自己ベストをマークした時の100mに要した歩数をカウントし、そこから1秒間の平均ピッチ(歩/秒)、平均ストライド(cm)、ストライドの身長比(%)を算出した。

<自己ベストの時の100mに要した歩数・ピッチ・ストライド・身長比>
・ベスト記録順に記載。
・身長・体重は記録を出した時に判明していた数値。

サニブラウンアブデルハキーム(190cm・83kg)9.97(+0.8)43.7歩4.383歩/秒228.8cm120.40%
坂井隆一郎(171cm・64kg)10.02(+1.1)52.1歩5.200歩/秒192.3cm112.50%
東田旺洋(172cm・62kg)10.10(+1.5)47.0歩4.653歩/秒212.8cm123.70%

比較のために9秒台の他の選手と栁田は、
山縣亮太(177cm・70kg)9.95(+2.0)47.8歩4.804歩/秒209.2cm118.20%
桐生祥秀(176cm・70kg)9.98(+1.8)47.1歩4.719歩/秒212.3cm120.60%
小池祐貴(173cm・75kg)9.98(+0.5)51.0歩5.110歩/秒196.1cm113.30%
栁田大輝(182cm・71kg)10.02(±0.0)45.3歩4.521歩/秒220.8cm121.30%

「1秒間平均5.200歩」という坂井の超高速ピッチが目をひく。
小池祐貴が9秒98で走った時、日本陸連科学委員会の分析によると30~40mの区間では5.5歩/秒前後のピッチを刻んでいる。しかし、100mトータルでの平均は5.110歩/秒で、坂井よりも低い数値だ。
世界の歴代上位選手でも坂井の「5.2000歩/秒」を上回る数字は、少なくとも筆者の記憶にはない。

サニブラウンの「平均ストライド228.8cm」は、日本人選手では最長に近い。「最長だ」と言わないのは、栁田がこれを上回るストライドで走ったことがあるからだ。
栁田は、高校3年生だった21年6月24日の日本選手権の準決勝と大学1年生となった22年8月2日のコロンビア・カリでのU20世界選手権の準決勝で、100mを43.3歩で走った。その平均ストライドは、サニブラウンを上回る「230.9cm」だったのだ。

東田は、ストライドの身長比の数値が「123.7%」と大きいのが特徴である。サニブラウン、栁田のそれよりも大きく、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)のそれ(124.7%)に近い。
ボルトが、09年ベルリン世界選手権で現世界記録の9秒58(+0.9)を出した時、100mを「40.92歩」で駆け抜けた。その平均ストライドは「244.4cm」。196cmの身長に対する比率は「124.7%」。1秒間の平均ピッチは「4.271歩」だった。

21・22年の栁田の平均ピッチはボルトを僅かに下回り、ストライドの身長比はボルトを2.2%上回る126.9%もあった。
身長が、196cmと182cmという違いはあるが、21・22年の栁田は身長に対してのストライドが大きく、脚の回転数(ピッチ)がゆったりとした「和製ボルト」とでもいうべきピッチとストライドのバランスの走りだった。


野口純正(国際陸上競技統計者協会[ATFS]会員)


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