
日本陸連は、2月26~27日に、第11期ダイヤモンドアスリートを対象とする合宿形式の研修を、東京・北区の味の素ナショナルトレーニングセンターを拠点として行いました。研修には、ダイヤモンドアスリートNextageの北田琉偉(日本体育大2年:棒高跳)、中谷魁聖(福岡第一高3年:走高跳)、ダイヤモンドアスリートNextageの濱椋太郎(目黒日本大学高3年:短距離)、古賀ジェレミー(東京高2年:110mハードル)、ドルーリー朱瑛里(津山高2年:中距離)の5選手が参加。2日目となった2月27日は、朝から2種類の研修が実施されました。
ここでは、第4回目研修として行われたメンタルヘルスに関する講義の模様をご報告します。
第4回研修
「こころの健康を大切にしながら強くなる」
山本宏明先生(日本陸連医事委員会副委員長/北里大学メディカルセンター)

第4回研修のテーマは、「こころの健康を大切にしながら強くなる」。室伏由佳ダイヤモンドアスリートプログラムマネジャーが「ダイヤモンドアスリートに、ぜひ、この年代のうちに知っておいてもらいたいこと」として、前日に実施された川田裕次郎先生の研修とともに、アレンジしたプログラムで、講師に精神科医の山本宏明先生を迎えて行われました。
山本先生は、北里大学メディカルセンターで精神科医として診療に当たるとともに、精神科スポーツドクターとして、さまざまな形でアスリートのメンタルサポートに従事している人物。日本陸連では2007年から医事委員会に所属、現在、副委員長を務めています。
この研修では、まず「皆さん、陸上が好き?」とダイヤモンドアスリートたちに投げかけたあと、さらに「じゃあ、健康を犠牲にする陸上は、好き?」という問いを投げかけるところから講義をスタート。こころの健康(=メンタルヘルス)を大切にしながら競技に取り組むことがなぜ大切なのか、スポーツ界における実情、アスリートが抱えやすいメンタルヘルスの問題、実際に問題を抱えたときにどうすればいいかといった事柄を、一つ一つ紹介していきました。

◎大切にしなければならない「アスリートのこころの健康」
アスリートは、感動や勇気、元気を与える存在として、多くの人々から尊敬され、応援や称賛を集める一方で、過剰な期待にさらされる、思いがけない誹謗中傷の対象になってしまうなどの問題から、メンタル面の健康を損なってしまう危うさを秘めています。山本先生は、これまでに深刻なメンタルヘルスの問題に見舞われていた世界的なトップアスリートの事例や、エリートアスリートを対象にした研究で、実に33.6%が不安や抑うつの症状を抱えていたことが判明したという調査結果を紹介。スポーツ界において、トップアスリートのメンタルヘルスに対する配慮は、これまで十分ではなかったかもしれないことを示しました。また、ダイヤモンドアスリートたちの感想や意見を聞いたうえで、「不健康であっても高い競技力を得ることはできるかもしれない。でも、皆さんはたくさんの人が応援するシンボル。だから、できれば健康に競技をして、幸せをつかんでいる姿を見せてほしい。そうしたら、“陸上競技、いいな”と感じて、自分の子どもにもやらせようと思ってくれる人が増えるはず」と呼びかけました。
また、「こうした考え方は、ようやくスポーツ界でも認知され、この5年ほどで、必要な取り組みが実施されるようになってきた」と、メンタルヘルスツールキットやアクションプランを公表している国際オリンピック委員会の例などを紹介し、その背景には、放置しておくとスポーツの価値を守れなくなるという危機感が伺えるとコメント。「メンタルヘルスを大切にすべきという考え方は、現在の国際的な動きとなってきている。そいう時代になってきていることを、みんなもぜひ知っておいてほしい」と述べました。
◎アスリートがこころの不調に至る背景と対処の方法
続いて、「こころの不調といっても、ピンとこないかもしれないので」と、山本先生は、アスリートに生じるメンタルヘルスの問題について、具体的な解説を進めていきました。山本先生は、アスリートに生じるメンタルヘルスの問題は、一般的に同様に生じる問題に加えてアスリート特有の現象があり種類が多いこと、競技特性によるものの一般の同年代同様か、それ以上の割合で生じること、競技活動に伴って生じる健康障害という意味では、スポーツ障害と共通項があることを紹介。また、「ここで注意してほしいのは、“健康を大切にする=(競技に)緩く適当に取り組む”ではないということ」と述べ、「競技活動にハードに取り組むからこそ、健康を大切に扱うことが必要となる。故障しないよう身体をケアするのと同様に、こころも大切に扱ってほしい」と訴えました。

さらに、実際に、こころの不調として現れる症状を、いくつかの例を示しながら説明。このほか、「もともと“楽しい遊び”であったはずのスポーツが、競技性が高くなるにつれて、“やらなければいけないもの”になり、自分が取り組む理由がわからなくなって足が止まってしまう」ケースがあることや、健康で元気なイメージ、頑張り屋、我慢強い、弱みを見せたくない、意思が強いなど、「アスリートとしての強さが、逆に、危うさとなる場合がある」ことも示されました。
また、「人は、不安や不満が起きたとき、それをうまく解消できないと、行動化、身体化、体験化という3つの防衛反応を起こす」と述べ、抑うつ状態、イップス、摂食障害といった症状は、その具体例であることも紹介されました。これらの対策として挙げられたのが、「自分の感情を日常的に無視しないこと」。山本先生は、「アスリートは、自分のネガティブな感情を抑えこんで、無視しがち。しかし、それが抱えきれなくなると、症状としてあふれ出てしまうので、抱いている感情を自覚し、弱い自分も認め、受け入れて進むことが大切」と述べ、その際の効果的な方法として、「ノートに書きだす」「人に話す」を挙げました。




◎ささえあい&セルフケアでメンタルヘルスを守る
こころの不調や生じる原因や、そのメカニズムが共有できたところで、山本先生がダイヤモンドアスリートたちに示したのが、アスリートのこころの健康を維持するための鍵となる事柄でした。「競技スポーツは、外部と隔絶された環境になりやすいので、同じ競技やチームの仲間との助け合いが大切」と述べ、仲間(=ピア)同士の助け合いを意味する「ピアサポート」という概念を紹介しました。そして、「ピアサポートにおいて、“聴く”を提供することは、相手への良いプレゼントになる」と話して、「ピアサポート力(話を聴く力)」を紹介。実際に、相手の話を聴いていくグループワークに取り組み、話を聴くときの態度や、表情、相づちの打ち方、反応などで、相手の話しやしさが全然違ってくることを理解しました。

もう一つ、こころの健康を維持するために役立つとして紹介されたのが、セルフケアです。「こころのエネルギーは勝手に湧いてくるものではなく、体力同様に使うと疲労するもの。常に大切に扱い、意識的に回復させながら良いコンディションを保っていく必要がある」と山本先生。
具体的な方法として、
・チェックリストを用いて、自身のこころの状態を把握する、
・自分のリカバリー法(回復アイテム)を把握する、
①自分にエネルギー、モチベーションを与えてくれるものを知っておく。
②自分にリラックス(やすらぎ)、生きる楽しみ、リフレッシュを与えてくれるものを知っておく。
・自分がどんなときに幸せを感じるのかという「幸せセンサー」を鍛える、
などを、具体例を示しながら紹介しました。特に「自分の“回復アイテム”は、いっぱい持っておくと、自分の競技にとって大切な資源となる」と述べ、「ぜひ、一度、書きだしてみてほしい」とアドバイスしました。





最後に、室伏マネジャーは、「メンタルの話は、自分が選手時代のころは、ほとんどすることができなかった。今は、サポート体制が整い、どうしたらいいかもわかってきているけれど、実際にはなかなかアクセスしにくいとか、“まだ自分はそこまで必要でない”とか思っている人が多いのではないかと考えている」と、今回の研修にメンタルヘルスをアレンジした背景を説明しました。
また、「メンタルヘルスの問題は、本当に“転ばぬ先の杖”だと思う」と述べ、「本当に深刻な状態に陥ってしまわないように、ちょっとずつ解消していくことが、最も前に進みやすい方法で、これは、大切なコンディショニングの一つだと思っている」とコメントしました。
そして、引退したあとに仕事や研究のことで悩みを抱えた際に受けたカウンセリングによって、自分の考えを整理することができた経験を明かし、「皆さんの場合は、これからトップになればなるほど、いろいろなしがらみが出てくるし、悩みも増えてくるはず。カウンセリングには守秘義務もあり、個人情報も守られるなかで、専門家にサポートしてもらうことができる。もし、将来、“どうしよう”と思うことが出てきたときには、カウンセリングというカードを使う方法があることを知っておいてほしいと思う」と、研修を締めくくりました。
文・写真:児玉育美(JAAFメディアチーム)
【ダイヤモンドアスリート】特設サイト
>>https://www.jaaf.or.jp/diamond/

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