日本インカレ3日目:9月16日(土)
「インカレ」の名称でお馴染みの第92回日本学生陸上競技対校選手権大会が、9月14日から熊谷スポーツ文化公園陸上競技場において開催されていますが、大会3日目の9月16日、男子110mハードルで、村竹ラシッド選手(順天堂大学)が13秒04の日本タイ記録をマークして優勝しました。村竹選手は、今季、3月の段階でブダペスト世界選手権参加標準記録を突破しながら、4月の織田記念でハムストリングスを肉離れ。日本選手権、世界選手権への出場を断念しなければならないアクシデントに見舞われてしまいました。しかし、7月末のアスリートナイトゲームズin福井で戦線復帰を果たすと、パリオリンピック参加標準記録(13秒27)を大きくクリアする13秒18(+0.9)の自己新記録(日本歴代2位)をマーク、9月には急きょ出場が決まったダイヤモンドリーグ廈門大会に参戦し、初出場ながら13秒19のセカンドベストをマークして5位でフィニッシュするなど、鮮やかな復活劇を見せていました。
今大会では、2日目に行われた予選を全体1位の13秒52(+1.5)で通過すると、この日の午前中に行われていた準決勝でも、全体トップタイムとなる13秒71(-1.0)で悠々と1着通過。迎えた決勝では、0.9mの向かい風をものともせず、2位以下に0.68秒もの差をつけ、2年連続3回目の優勝。まさに圧巻のレースでした。この結果、村竹選手は、順天堂大学の先輩で、ブダペスト世界選手権男子110mハードルで日本人初の5位入賞を果たした泉谷駿介選手(住友電工)とともに日本記録保持者に名を連ねるとともに、泉谷選手が順天堂大学時代の2021年にマークしていた13秒06(当時日本記録)を塗り替え、学生記録保持者の称号も手にすることになりました。
以下、村竹選手の喜びの声をご紹介します。
◎村竹ラシッド(順天堂大学)
男子110mハードル決勝 1位 13秒04(-0.9)=日本タイ記録、学生新記録
―――おめでとうございます。率直な今の心境を。
村竹:ありがとうございます! やっとここまで来られたなっていう感じですね。
―――決勝では、フィニッシュする前の段階でガッツポーズが出ていました。そこでもう結果は確信していた?
村竹:そうですね。「これはもう行ったな」と思って…。(そのときは)「勝ったな」っていう感じで記録のことは全く考えていなかったのですが、手を上げて、ちょっと過ぎたところでタイムが見えて、「あっ!」と思って…(笑)。ちょっと(タイムが出たことに)気づくのが遅くなっちゃいました。
―――レースの内容としては、どうだったのですか?
村竹:スタートをすごく鋭く出ることができて、たぶん、あまりハードルに(脚を)ぶつけることもなかったので、そこもスムーズに行けました。かつ中盤からかなりスピードに乗って、最後まで維持してゴールできたので、総じて流れがよかったかなと思います。
―――決勝で記録を狙っていく意識はあったのですか?
村竹:「(13秒)15とかが出ればいいかな」と思っていたので、ちょっとびっくりです。これだけ出て。
―――今日は、向かい風のレースでしたが、影響はありましたか?
村竹:僕は、もとから向かい風のほうが得意だったので、気持ちよく走れました。
―――このタイムが出た要因として、ご自身では何が大きかったと思いますか?
村竹:(4月29日の織田記念で受傷した)肉離れから復帰して、試合も2戦積んで…。前戦となるダイヤモンドリーグ(9月2日:ダイヤモンドリーグ廈門大会)で少しは渡り合えたこと(※急きょの初参戦ながら13秒19で5位の成績を残した)も自信になりましたし、(バックスタンドのチーム席を指さして)あそこの応援団がすごい盛り上げてくれたので、気持ちよく走れたと思います。
―――(9月16日午前10時20分から実施し、全体トップタイムとなる13秒71(-1.0)で1着通過していた)準決勝から決勝までの間に、何か意識した点、修正した点はありますか?
村竹:準決勝は、5台目からスピードに乗せたかったのですが、うまく乗せきることができませんでした。前半(のインターバル)をうまく刻めなかったことが原因かなと思ったので、決勝は、1台目を越えてから一気に刻みに行くという意識でやったら、最後まで流れよくいくことができたので、(変えたところは)そこかなと思います。
―――9台目はぶつけてしまいましたが、それ以外は、予選までも含めて、全般にぶつけることの少ないレースでした。
村竹:そうですね。前半をぶつけなかっただけでも大きな成果だったと思うので、それを、これからの試合でもできたらいいなと思います。
―――13秒0台というタイムは、今シーズンに出せるという手応えを持っていたのでしょうか?
村竹:「うまく噛み合えば、もしかしたら(13秒)09とか08くらいは出るかもな」っていうのは、(復帰戦で13秒18の自己新をマークした)福井(アスリートナイトゲームズin福井、7月29日)の時とか、ダイヤモンドリーグ(廈門大会)の時とかも思っていました。今回、(13秒)04を出せて、よかったです。
―――肉離れを経験して、改めて気づいたことなどはありますか?
村竹:筋力的に足りなかった部分や、技術面でどういうところができていないかなど、すごくいろいろと見直す機会にもなりましたね。今までできていた部分も、本当にその動きが正しいのかとか、一から見つめ直す機会にもなりました。このような記録も出ましたし、結果的に(ケガをしていた)3カ月はかなり身になったかなと思います。
―――春先にやろうとしていたことと、今、身になったというものとの違いは、どんなところにあるのでしょうか。
村竹:春先は、スタートをしっかり踏みつつ、鋭くスタートできれば…という感じだったのですが、スタートの勢いで大きいストライドのまま1台目に入ってしまうなど、なかなかうまく噛み合わない部分もあったんです。でも、秋になってからは、スタートでストライドとパワーを出しつつも、1台目を越えてからはしっかり(インターバルを)刻むという、ギャップのつけられる走りができるようになったと思います。
―――今季つけてきたパワーが走りに噛み合ってきた印象を受けます。
村竹:ウエイトトレーニングとかを、かなり多めにやってきたわけですが、それが実戦で生かせるようになってきたので、そこも成長した要因になるかなと思いますね。
―――ウエイトトレーニングで一番強くなったのは?
村竹:クリーンでしょうか。去年までは、80kgとかが精いっぱいという感じだったのですが、ついこの間には100kgを挙げられるようになりましたし、まだまだ挙げられそうな手応えもあって、着実にパワーがついてきていることを感じています。
―――クリーンが挙がると、走るとき、どこに違いが出る?
村竹:1番は、やっぱりスタートですかね。1歩目、2歩目、3歩目と、力強く、かつキレのある動きが、クリーンを通じて、できるようになったと思います。
―――これで、「追いかける立場」と言っていた(順天堂大学の先輩でもある)泉谷駿介選手(住友電工)に自己記録で並びました。何か(気持ちは)変わりましたか?
村竹:いや、あんまり変わっていないです。まだ、僕は、(13秒)04を1本出しただけで、泉谷さんは、コンスタントに(13秒)0台を出しているので…。自分もコンスタントに出せるようにならないと、本当の意味で「並んだ」というふうには思えないので。(13秒)0台、もしくは12秒台をコンスタントに出せるようになりたいと思います。
―――ご自身と泉谷選手とを比べて、どういうところが違うと思いますか?
村竹:うーん。なんでしょう。最近思うのは、如実に経験値の差が出ているなと思います。泉谷さんは、今年、本当にいろいろなところに遠征に行かれていますが、自分は(ケガの影響もあって)もうずっと日本に籠もりきりだったので…(笑)。そこで海外の経験の差もすごく出ているかなと思います。泉谷さんは、ダイヤモンドリーグとかにしっかり出場しているからこそ、世界選手権でも決勝に残って、しっかり戦えていると思うので、記録だけじゃなくて、経験でもその差を詰められるようにならないと…と思いますね。
―――12秒台、見えましたか?
村竹:見えました。
―――どのくらいの距離?
村竹:もう、手が届きそうな距離ですけど…。そうですね、あともう一段階、何かが欲しいなというところなので…。
―――その「何か」って、なんでしょうか?
村竹:それはこれから探します(笑)。
―――この結果で、泉谷選手が保持していた学生記録(13秒06、2021年)も更新です。
村竹:あ、そうですね。全部塗り替えましたね、順大記録も(笑)。嬉しいですね!
―――順大のユニフォームで出る大きな試合は、これが最後になるのでしょうか?
村竹:もしかしたら、(来年の)春先に何かあるかもしれませんが、このユニフォームを着て出るのは最後になるかもしれませんね。いい思い出になったと思います。
―――大学生活、どんな4年間でしたか?
村竹:あっという間でしたね。1年(2020年)は(コロナ禍で)ほぼないみたいな感じでしたし、あっという間に(東京)オリンピックの年になって、(参加標準記録は突破したものの)当時は「自分なんかが出ていいのかな」というような、そういう気持ちでしたし、結果、あのようなこと(選考会の日本選手権で不正スタートにより失格)をやってしまいました。そこから気持ちも前向きになって、(オレゴン)世界選手権も経験しました。今年は(参加標準記録を突破していながら、肉離れにより日本選手権を欠場したことで世界選手権には出場できず)思うようにはいかなかったけれど、紆余曲折ありながら、まあ、いい4年間だったと思います。
―――来年のパリオリンピックに向けて弾みがついたのでは?
村竹:そうですね。来年はもう、「出場するのは当たり前」くらいに思わないと戦えないと思うし、日本の試合だけじゃなくて、もっと海外の試合でも経験を積んで渡り合えるようにならないと、オリンピックの決勝であったり、メダルであったりというのは見えてこないと思います。まだまだ自分は経験が浅いので、この冬や来年を通してしっかりと経験を積んで、パリオリンピックに出場を決めて、頑張りたいと思います。
※コメントは、競技後、ミックスゾーンで行われた共同インタビューでの発言をまとめました。より明確に伝えることを目的として、一部、修正、編集、補足説明を施しています。
文・写真:児玉育美(JAAFメディアチーム)
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