2023.01.24(火)選手

【ダイヤモンドアスリート】リーガル研修レポート:自分を守るために大切な知識や法律について



第9期ダイヤモンドアスリートに向けたリーダーシッププログラムが、いよいよ本格的にスタートしました。ダイヤモンドアスリートは、国際的な活躍が期待できる資質を備えた競技者を、中長期的な視野で多面的に強化・育成すべく、日本陸連が2014-2015年から実施している制度。「測定・研修プログラム」の1つに位置づけられるリーダーシッププログラムでは、競技力向上のみならず、豊かな人間性を持つ国際人の育成を目指して、これまでも多様なプログラムが展開されてきました。第9期からは、ダイヤモンドアスリートプログラムマネージャーを務める室伏由佳マネージャーのアレンジによりリニューアル。これからの時代に必要な、より実践的な内容を提供する研修が、3月中までに全10回行われることになっています。

年末年始を挟む2022年12月27日と2023年1月13日には、第2回・第3回のプログラムとして、リーガル研修がオンラインで行われました。講師には、アスリートを巡る法的問題のスペシャリストの早川吉尚先生(立教大学教授、弁護士、日本アンチドーピンク規律パネル委員長、スポーツ仲裁裁判所仲裁人)が登壇。この豪華な研修に、第9期生の藤原孝輝選手(東洋大学)、アツオビン・ジェイソン選手(福岡大学)、栁田大輝選手(東洋大学)、佐藤圭汰選手(駒澤大学)、西徹朗選手(早稲田大学)、北田琉偉選手(大塚高校)、澤田結弥選手(浜松市立高校)の7名が参加しました。

12月27日に行われた研修では、開始に、室伏マネージャーが「法律に関する問題は、今は縁のない遠いことのように思うかもしれないけれど、これからトップアスリートとなって、国際的に活躍していく皆さんは、今後、法的な問題でトラブルに直面したり、“こういうことをしたい”と思ったりしたときに、絶対に必要となってくる知識。どこにアクセスして、どういうふうに行動を起こせばよいのかということを知る機会は意外とないし、知識自体をきちんと学ぶ機会も実はとても少ない。今回、早川先生には、トップアスリートが理解しておきたい法的な知識を、いくつか解説していただく。しっかり聞いて、わからないことがあったら、どんどん質問してほしい」と、ダイヤモンドアスリートたちに呼びかけて、早川先生にバトンを繋ぎました。

早川先生は、立教大学教授として学生に法律を教えるのと並行して、弁護士としても活躍。さらに、スポーツに関連するトラブルを仲裁する国際的な機関である「スポーツ仲裁裁判所(CAS)」で裁判官のような役割を果たす仲裁人を務めるほか、国内でアンチ・ドーピング規則違反が疑われる事例が発生した際に、中立的な立場で聴聞や裁定を行う専門家委員会「日本アンチ・ドーピング規律パネル」の委員長として活動するなど、スポーツ仲裁において、豊富な経験と数多くの実績を持つことで広く知られています。
早川先生が、トップアスリートを巡るさまざまな法的問題として、最初に挙げたのが、スキャンダル、SNS炎上、反社会勢力とのかかわり、薬物使用。これらはアスリートであるかどうかにかかわらず避けるべき事柄といえる問題ですが、アスリートとして知名度が高まったり、急に大きな収入を得たりすることによって、大きく取り沙汰されたり、狙われたり、意図せず巻き込まれたりする恐れがあると説明。「自分には関係がないことだと思うかもしれないが、実際にこれらの問題に見舞われ、苦しむアスリートが存在することも事実としてある。心の隅にとどめておいてほしい」と、注意を促しました。

続いて話題は、今回の核心となる部分へ。早川先生は、アスリートとして活動していくなかで遭遇する可能性がある問題として、「代表選考」「制裁処分」「アンチ・ドーピング」「パブリシティ権」を挙げ、まず、「アンチ・ドーピング」おけるスポーツ仲裁の構造を、次のように説明しました。

・アンチ・ドーピングに関する規則は、世界アンチ・ドーピング機関(WADA)によって6年に1回の頻度で改訂される「世界アンチ・ドーピング規程」が大元で、国際レベルの規則も国内レベルの規則も、これに紐付く内容となっている。また、これらの規則のほかに、毎年改訂される禁止表を含む8つの国際基準がある。
・陸上競技では、検査や分析の手続きは「アンチ・ドーピング機関」(国内:JADA、国際: World Athletics’s Integrity Unit)が行っていて、陽性反応が出た場合には検察官のような役割を担う。そして、裁判所の役割を務めて聴聞や選定を行うのが「中立的判断機関」(国内:日本アンチ・ドーピング規律パネル、国際:World Athletics ’s Disciplinary Tribunal)。この裁定に不服があった場合には、「不服申立機関」(国内:日本スポーツ仲裁機構、国際:スポーツ仲裁裁判所)が判断する2層構造となっている。

また、「アンチ・ドーピング規則違反は、11の類型に分かれているが、これらは①競技者の直接的行為、②検査妨害・回避、③営業的・組織的ドーピングの3つにグループ分けできる」と早川先生。そのうちアスリートに関わりが深い①と②について、①では検体採取から陽性反応が出た場合に、どういう過程を経て裁定されるのか、違反の裁定がくだった場合にどんな措置(資格停止の期間)がとられるかを、②についても、アスリートがしなければならない居場所情報提供義務(ADAMS)とはどんなものか、検体採取の拒否や回避あるいは妨害行為にはどういうことか、違反した場合にどんな措置がとられるかなどを、それぞれに実際に起きた事例を盛り込みながら説明していきました。このほか、アンチ・ドーピング規則違反の深刻化に伴い、具体的な動向として、尿検体採取によらない取り締まり体制の強化、法律による強制捜査権の執行や刑事罰とする国が増加しているなど、規制が厳しくなっている状況も紹介されました。

さらに、実際に、禁止物質が含まれた薬やサプリメントの服用によって資格停止の裁定が出たときに、当事者に重大な過誤や過失がなかった場合には、資格停止期間が縮減される余地はあるとしながらも、「薬の成分表示の見落とし」「サプリメントに関するネット検索の怠り」「所属団体のコーチ・チームドクターの指示に盲目的に従った」といった事例では大幅な縮減は難しいことを示し、それだけに、「自分で自分の身を守ることを、十分に心がけてほしい」と注意喚起しました。そして、最後に行われた質問への回答なども含めて、

・日本にはスポーツファーマシスト制度があり、認定者は全国に存在する。JADAのサイトから、検索することが可能なので、薬が必要なときは資格を持った薬剤師のいる薬局で入手する、
・サプリメントには薬事法上成分表示の義務がないため、特に海外の無名のメーカーの製品には注意が必要、
・ドリンクでは、日本において他者(ライバル選手)がボトルに禁止物質を混入する事例などもあった。自分が開封していない飲料は摂取しないなどの意識も必要、
・間違えて飲んでしまったときは、まず服用をやめる。また、陽性反応が出た場合は、アスリート側に過失がないことを証明しなければならないので、証拠を集めていくことが必要となる。いつ服用したかの記録や成分表がわかるパッケージなどを残しておくことを、普段から習慣づけるとよい、
・禁止表は、JADAのHPで閲覧できるが、非常に細かく専門的な知識がないと呆然としてしまう。まずはチームドクターやアンチ・ドーピングに詳しいスポーツ医、スポーツファーマシストに相談しよう、

などが、アドバイスとして提示されました。



1月13日に行われた2回目の研修では、1回目に行われた「トップアスリートを巡るさまざまな法的問題」の続きとして、「代表選考・制裁処分とスポーツ仲裁」「パブリシティ権の問題」についての解説が行われました。
代表選考を巡る法的問題とは、日本代表選手の選考に際して、納得のいかない事情で選考から漏れてしまった場合に提訴するケースです。世界的には非常に数が増えている問題で、日本においても年間に何件か起きています。
この事例として、まず紹介されたのが、2000年にシドニーオリンピックの選考会として行われた、ある競技の日本選手権で、五輪A標準記録を突破して優勝した競技者が代表に選出されなかったことに異を唱え、該当競技者が不服申立てを行ったケース。当時は、仲裁に入る組織が国内になかったために、国際機関であるスポーツ仲裁裁判所が仲裁を行うことになり、大きく取り沙汰されました。その経緯や裁定が明かされたほか、この件が契機となって、日本スポーツ仲裁機構が設立され、国内におけるスポーツ仲裁のシステムが現在に至る形に整えられたことや、さまざまな競技団体において選考基準の透明化が進んだことが紹介されました。

制裁処分を巡る法的問題とは、団体に加盟して活動していくなかで、ルールに違反したとして制裁処分を受けた際、異議があった場合に不服を申立てるケースです。この問題についても早川先生は、実際に生じた事例を引き合いに、ダイヤモンドアスリートたちに質問を投げかけながら、何が問題となったか、最終的にどういう裁定になったかを、それぞれに説明。近年では、不服申立てにも、さまざまなパターンの事例が出てきていることが明かされました。
こうした不服申立てが行われた場合に、仲裁機関はどんな基準で判断するかなどが紹介されたうえで、実際に、不服申立てを行うことになった場合に、留意する必要がある点として、

・国際競技団体との紛争では、国内競技団体と協働が重要。陸上競技の場合は紛争相手がWorld Athleticsになるが、まず日本陸連に相談して応援を受けることになる、
・国内競技団体との紛争では、スポーツの分野に詳しい弁護士に相談することが重要となってくる、
の2つが示されました。
特に、後者にケースにおいて代理人となってくれる弁護士を探す手掛かりになるとして、早川先生は、日本スポーツ仲裁機構の公式サイトに掲載されているスポーツ仲裁人候補者リストを提示。「ここには、スポーツ法に詳しい弁護士が列挙されているので、これを“頼りになる代理人のリスト”として捉え、相談先を検討するのはアイデアの一つ。覚えておいてほしい」と述べました。

最後に紹介されたのが、「パブリシティ権」に関する問題です。ここまでに紹介された「アンチ・ドーピング」や「代表選考」「制裁処分」とは、やや系統が異なりますが、早川先生は、これを「競技者が選手として成功し、著名になってくると、有名であるがゆえに、トラブルに巻き込まれることがある」として、話を進めていきました。

早川先生は、まず、「パブリシティ権」と類似した概念に「肖像権」があるとして、両者の違いを説明。肖像権は、「自己を無断で撮影されない権利で、すべての人が持っているもの」で、特に最近では、女性アスリートが長年悩まされている不適切撮影への対抗手段となると期待されていることが紹介されました。
また、パブリシティ権については、

・ビジネス価値がある有名人の氏名や・肖像について、他人に勝手にビジネス利用をさせない権利、
・すべての人々が持っているわけでなく有名人のみが有することになる、
・パブリシティ権は、氏名や肖像だけにとどまらず、登録名やサイン、特徴的なシルエットや声など、本人を想起することができるものが広く対象となる、

ことが示されたうえで、パブリシティ権のライセンスを日本オリンピック委員会(JOC)が管理して、CM出演などで得られた収入(協賛金など)を、選手の強化資金に充てるシステム(選手強化キャンペーン、TEAM JAPANシンボルアスリートなど)があることを紹介。ダイヤモンドアスリートたちは、これらの方法が運用されることによって、将来が有望視されながらも資金投入が難しい若いアスリートへの強化が実現できている仕組みを理解しました。また、シンボルアスリートには、ダイヤモンドアスリート修了生であるサニブラウンアブデルハキーム選手(タンブルウィードTC)も名を連ねていることから、早川先生は、「ダイヤモンドアスリートの皆さんにとっては決して遠い話ではなく、近い将来に考える必要に迫られること。対象となった際に、自分がどうするかを考えておく必要がある」とダイヤモンドアスリートたちに投げかけました。

一方で、パブリシティ権が不当に侵害されると、

・トップアスリートは、自分の氏名や肖像が、商業目的で勝手に使われることに巻き込まれ、パブリシティ権を主張していかなければならない事態が生じる可能性がある、
・パブリシティ権の侵害は、競技者としてのキャリアを終えたあとにも生じる、
・口頭での了解や、使用を認める内容を盛り込んだ契約書に気づかず同意やサインしてしまうことによって、当事者の意に染まない形で、勝手に宣伝や広告の材料として使われ続けてしまうこともある、

といった問題が生じることも挙げられました。その実例として、過去にあったパブリシティ権侵害に関する判例が紹介されたほか、「まさに、今日、この問題の事例となるような先方優位な契約書が送られてきた」という室伏マーネジャーが、これまでに自身や家族(父・室伏重信氏)が遭遇したケースも報告しました。

ひと通りの解説が終わったところで行われた質疑応答では、ダイヤモンドアスリートたちから、さまざまな質問が立て続けに飛び出すことになりました。それらの1つ1つに対して、早川先生が、よりイメージしやすい形で回答したり、具体例やアクセス先を示したりと丁寧にアドバイス。これによって、ダイヤモンドアスリートは、より認識や理解を深めることができました。

研修の最後では、室伏マーネジャーが締めの挨拶。「今日、早川先生が話してくださった内容は、ダイヤモンドアスリートに認定されている皆さんにとっては、どれも、すぐに起こりうること。今回、知識として理解できたことで、アンテナが張れると思うので、気をつけなければならないことは、今から気をつけて、ぜひ自分の価値を守ってほしい」と呼びかけたうえで、「もし、いざというときには、あれこれ悩むよりも、日本陸連に相談したり、早川先生のような弁護士に頼ったりすることを迷わずに選ぶことを心に留めておいてほしい」と述べて、2回にわたるリーガル研修を終えました。

文:児玉育美(JAAFメディアチーム)


【ダイヤモンドアスリート】特設サイト

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■【ダイヤモンドアスリート】第9期認定式・修了式レポート&コメント
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■【ダイヤモンドアスリート】第9期リーダーシッププログラムレポートVol1.:修了生北口が活躍の糸口となった経験や自身の信念を語る
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■【ダイヤモンドアスリート】第9期リーダーシッププログラムレポートVol2.:修了生北口榛花が語る「世界一を実現するために大切なこと」
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