2022.11.14(月)その他

【山崎強化委員長インタビュー】Vol.1 複数年にわたる強化の成果と更なる飛躍に向けて


 
東京2020オリンピック競技大会から1年。「ポスト・トーキョー」である2022年シーズンも、ほぼ終わりに近づいています。過去最多タイとなるメダル4を含む入賞9の成績の残したオレゴン世界選手権、そして、2名の競技者が進出を果たしたダイヤモンドリーグファイナルでの歴史的な快挙のほか、昨年から続いて多くの種目で日本記録が更新されるなど、日本陸上界では明るい話題が続く1年となった感がありますが、チームジャパンの司令塔として、強化を舵取りする山崎一彦強化委員長は、今季をどう見ているのでしょうか。2022年シーズンを振り返っていただきました。

取材・構成、写真:児玉育美(日本陸連メディアチーム)


複数年にわたる強化の成果が形に

―――長い期間をかけて強化に取り組んできた東京オリンピック後、最初の年であった2022年屋外シーズンが終わろうとしています。今季は、オレゴン世界選手権がターゲットとする最も大きな競技会となったわけですが、今、シーズンを振り返ってみて、どんな感想をお持ちでしょうか? 
山崎:コロナウイルス感染症(COVID-19)の問題が尾を引いている影響もあって、強化として新しく何かを始めていくということが難しいシーズンでした。ただ、そのなかでも、オレゴン世界選手権を戦ったことによって、いろいろな検証ができました。まず、盤石といえる成果を残すことができたのが競歩ですね。男子20km競歩でドーハ大会に続く連覇を達成した山西利和(愛知製鋼、東京五輪銅メダリスト)、東京五輪に続く銀メダル獲得となった池田向希(旭化成)に加えて、男子35km競歩では川野将虎(旭化成)が銀メダルと、さらにメダル獲得数をアップさせることができました。また、女子やり投で銅メダルを獲得した北口榛花(JAL)、男子100mで決勝進出を果たして7位に入賞したサニブラウン アブデルハキーム(タンブルウィードトラッククラブ)など、東京五輪での活躍が大きく期待されながらも、本番で思ったような成績を残せなかった選手たちが、備え持っていたその可能性を見事に示す結果を残してくれました。そうしたことを踏まえると、何か、新たな計画を立てて進めることが難しい状況下でも、これまでの取り組みによって、想定していたところが大きく形になってくれたということができます。

―――これまでの強化が実を結んだ?
山崎:特に、計画というところでいくと、複数年にわたっての強化計画のなかで、外部から得ることができた資金を投入したり、十分な時間を費やしたりすることができたところで結果が出たともいえます。その好例として挙げたいのは、アジア新記録をマークして4位の成績を残した男子4×400mリレーです。日本スポーツ振興センター(JSC)が実施している「次世代ターゲットスポーツ育成支援事業」の対象となったことで、ここ数年、しっかりと強化を進めてくることができました。実は、競歩も、競技力が高まりつつあったころに、この「次世代ターゲットスポーツ」の対象に選ばれていて、ちょうど良いタイミングで資金が投入され、複数年をかけて計画的に強化を進めることができた種目です。 また、先ほど述べた北口やサニブラウンは、日本陸連で2014年度から実施してきたダイヤモンドアスリートの第1期生。ダイヤモンドアスリート制度については、すでに多くの方々に認知していただけていると思います。こうした種目や個人で成果が出せたというのは、私が委員長を務める前の体制のころも含めて、計画的に、しかも効率良く、明確に、強化を進めてきたことの証明になったのではないかと感じています。

―――資金も必要ですが、強化には、長期的な視野に立った取り組みが大切ということですね。
山崎:はい、そこは今回、改めて実感したことですね。短絡的な目線での進め方ではダメなのだな、と。新しいことを計画していく場合でも、アウトラインをしっかりつくったうえで、時間をかけてじっくりと強化していくことが大切だと、よくわかりました。


「コロナ禍だから」は、もう通用しない


写真:フォート・キシモト


―――昨年の東京オリンピックが日本での開催だったこともあり、オレゴンの世界選手権は、コロナ禍を経て、「チームジャパン」として、久しぶりに海外へ出ていって戦う大会となりました。現地で感じたことはありますか?
山崎:「もう、世界は正常化したな」ということですね。東京オリンピックのときは、海外の選手たちもかなり苦労していたのだなという印象だったんです。世界記録が大幅に更新された種目もあったけれど、やはり水準が下がったり停滞したりしていた種目のほうが多かったので。しかし、今回は、フィールド種目や長距離種目などでも、「戻ってきたな」と感じました。「コロナだから…」というのは、もう海外では通用しないというのが率直な感想です。

―――国際競技会で、他国の選手と肩を並べるためには、そこを認識して取り組んでいく必要がある?
山崎:はい。海外では、多くの国が、もう「コロナ」はリスクになっていないんですよね。これは国の政策によるところも大きく影響していることではありますが、日本では、まだリスクと捉えています。私たちは、その指針に沿った対策や行動をとっていたわけで、実際に現地へ行ってみると、そのあまりの違いに、とても驚きました。

―――国としての方針がある以上、それに沿って動かざるを得ないですから…。
山崎:そうですね、ただ、もう、経済なども、コロナ禍前の状態に戻そうとしているわけですから、これを機に、我々スポーツ界も、その意識を持つべきです。特に、選手や指導者は、その気持ちを、より強く持たないと、コロナが「理由」ではなくて、「言い訳」になってしまうことに、私は危機感を持っています。当面は、海外に出ていくということを、今まで以上に意識する必要があると感じました。

―――努めて「海外へ出ていくこと」が必要と?
山崎:はい。例えば、今回の世界選手権では、初出場が47名だったのですが、そのなかでも社会人で初出場という選手が多かったんですね。確かに、昨年から今年にかけては、東京五輪を機に、第一線を退いた選手も多かったことは確かなのですが、それに代わって、若い選手がぱっと出てきたというのではなく、社会人となって何年か経った年代の選手たちが、初めて世界選手権に出ているというケースが増えていました。

―――今までとは傾向が変わってきたわけですね。何か懸念されることがあるのでしょうか?
山崎:社会人になって数年経って初出場を果たすことは選手たちの努力の成果として立派です。ただ、そこから「世界を目指します」と海外に出ていくのでは遅い場合もあります。私は、もともと海外に出ていくにも適齢期があると思っていて、多感な時期に出ていくことが必要だと考えているのですが、社会人になってからではなく、もっと若い年代のうちに海外に出ていく機会を持ち、さまざまなことを経験したうえで、世界に参戦していくようにすることが、今まで以上に必要になってくるのではないかと感じています。

―――多感な年代のうちに海外へ出て、まずは経験しておくことが必要と?
山崎:実際のところ、高校や大学くらいまでは同じ価値観やルーティンのなかで、あまり外を見ることがない…あるいは見せないのかもしれませんが…、そういう環境で競技に集中させようとするケースが多いですよね。でも、私は、競技に関しては、本当は逆だと思っているんです。一流になればなるほど「一人の戦い」になっていくために、どんどん集中していくことになるはずなので。もっと若い、感受性の高い年代のうちに、いろいろな物の見方や捉え方に触れて、「ああでもない、こうでもない、失敗した、悪かった」といったことを、たくさん経験しておくことが必要なんです。その経験がないまま、大人になってから、いきなり「自分でやってみろ」と言われても、それは無理だし、遅すぎます。せめてアンダー年代(U20、U18)の時期に、海外へ試合に行った経験があればよいのですが…。

―――コロナ禍の影響で、育成年代の競技者の海外遠征自体も、長く中断する期間ができています。今年、カリ(コロンビア)で行われたU20世界選手権も、2018年のタンペレ大会以来、4年ぶりの派遣でした。今後、海外遠征経験がないままシニアになっていく選手が出てくるということですね。
山崎:はい。海外遠征の経験や、そこで求められるさまざまな素養は、日本代表になったときには、すでに備わっていてほしいことなので、それを身につける機会がなかったのは、非常に大きな損失といえます。それだけに、これからは、U20年代を含む若いアスリートたちの海外遠征等を意識的にやっていく必要がありますね。



>>インタビューVol.2
Vol.2では、ダイヤモンドリーグファイナルへの出場を果たした北口榛花選手・三浦龍司選手について、強さの根源や可能性、挑戦を支えるサポートについてのお話を伺いました。

>>インタビューVol.3
Vol3では、選手の挑戦を支える環境や世界の価値観についてお話を伺いました!



■【DLファイナル開幕直前】朝原宣治さんインタビュー
~海外転戦の難しさや北口選手・三浦選手への期待を語る~
https://www.jaaf.or.jp/news/article/17051/


■【ダイヤモンドアスリート】特設サイト
https://www.jaaf.or.jp/diamond/


■【ダイヤモンドアスリート】サポート企業へのインタビュー
~豊かな人間性を持つ国際人への成長を支えるために~
https://www.jaaf.or.jp/news/article/15260/

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