3月25日、第7期ダイヤモンドアスリートに対する第3回リーダーシッププログラムが、オンライン形式で行われました。リーダーシッププログラムは、東京オリンピックや、その後の国際大会での活躍が大いに期待できる次世代の競技者を強化育成するために2014-2015年(第1期)から実施されてきたダイヤモンドアスリート(DA)認定制度のなかで提供されているプログラムの1つ。東京マラソン財団スポーツレガシー事業として、「豊かな人間性を持つ国際人育成のための個を重視した育成プログラムの中でリーダーシップ教育と位置づけて行い、国際的なリーダーシップを発揮できるアスリートの育成を目指す」ことを目的に、展開しています。
最終回となる今回は、リーダーシップ教育の側面に位置づけられる内容と、競技者としての実践に役立つ内容の2つのプログラムがセッティング。企画・運営を担当する株式会社ホープスの坂井伸一郎さんによる進行のもと、第7期生(https://www.jaaf.or.jp/news/article/14653/ )の中村健太郎選手(日本大学、やり投)、出口晴翔選手(順天堂大学、400mH)、アツオビンジェイソン選手(大阪桐蔭高、砲丸投:※4月より福岡大学)、修了生の藤井菜々子選手(エディオン)、塚本ジャスティン惇平選手(東洋大学)、海鋒泰輝選手(日本大学)の計6名が受講しました。
1つめのセッションでは、大阪国際大学で教壇に立つとともに、研究者として社会学の観点から地域研究に取り組んでいる上原健太郎先生が、「貧困層や社会的弱者の立場から見るスポーツ」というテーマで講義を行いました。
上原先生は、まず、DAたちに、今回のコロナ禍で、自分の日常生活にどのような変化が生じたか、そこで何を感じたかを質問。各選手が自身に生じた出来事を答えていったなかで、「生活環境の変化」には何かしらの「我慢、苦痛、しんどさ」が伴うことを共有しました。そして、そのうえで、「実は、大きなスポーツイベントが開催されることによって、“生活環境の変化”を強いられる人たちが存在する」として、いくつかの実例を挙げながら、そうした事態が生じる仕組みを次のように話しました。
・世界規模の大きなスポーツイベントの開催が決まると、それに伴い、競技会場や周辺施設をはじめとして、再開発や大がかりな整備が行われる。
・景観が美しくなったり利便性が増したりする一方で、社会的弱者と呼ばれる人々、あるいは貧困層・低所得者層の一部が、住む場所を追われたり従来の生活コミュニティを失ったりしている。
・例えば、競技会場となる公園整備に伴う野宿者テントの撤去によって住む場所を失うケース、会場付近の再開発によって強制退去を余儀なくされるケース、あるいは地価や不動産の高騰が原因でその地域に住めなくなるケースなどが、日本を含む世界各国で生じている。
さらに、「社会的弱者」と呼ばれる人々の中には、次のような背景を有する人々が含まれると上原先生は述べています。
・貧困家庭、病気や障害、いじめ、低学歴などの困難が集中し、過酷な人生を送っている。
・困難が重層化しているがゆえに、その状況から自力で抜け出すことが難しい。
・貧困は親から子に引き継がれる傾向にある(実は、日本で多く生じている)。
・低所得者向けの集合住宅や路上など、劣悪な住環境のなかコミュニティをつくって生活している。
その上で、ホームレスを例に、彼らが襲撃され、排除されてきた過去の事件等を紹介しながら、路上での生活が非常に過酷で危険であること、それゆえに仲間や家族と過ごす場所(路上や集合住宅)が当事者たちの「特別な場所」になっている側面があることが指摘されました。だからこそ、スポーツイベント開催の裏で、その“特別な場所”を奪われしまう人々がいる現実について考える必要があることが示されました。
これらの背景を踏まえ、上原先生は、「東京オリンピックの開催に向けて、東京の街並みも変わっている。私自身は、東京オリンピックを批判するつもりはなく、スポーツも大好きで、ぜひ開催してほしいという考えだが、景観が変わっていくなかで、そこで生活していた人たちがどうなっているのかということも非常に気にかかっている」とコメント。「私は、オリンピック開催を推進していくことを考えることと、そこで生活していた人たちがどうなっているのかを考えることは、両立できると思っている。このリーダーシッププログラムは、競技力向上のみならず、豊かな人間性を持つ国際人になることを目指していると聞いている。将来、指導的な立場(リーダーシップをとる立場)になることを期待されている皆さんにも、ぜひ、今回のオリンピック開催にあたってもこうした側面があることを知り、自分なりに受け止めながら、いろいろと考えてもらえたらな、と思い、話をさせていただいた」と述べました。
その後、行われたディスカッションでは、多くのDAたちから「今まで考えたことがなかったような問題があると知り、複雑な気持ちになった」といった感想が出たほか、さまざまな具体的な意見が上がり、それに対して上原先生が実際の状況を補足したり意見を整理したりするなかで、さらに考察が深められていく形となりました。そして、「スポーツが行われることによって不利益を被る人たちが出ないようにするために何ができるのか」「互いが支え合えるような関係性を構築することはできないか」などを大切な問いとしてDAたちに提起しながら、上原先生は、「最も大事なのは、知識を共有していくこと。すべては、まず“知ること”から始まる。皆さんにとって、今日がそういう機会になったのなら嬉しい。ぜひ、今後も、問題意識をもって考えて続けてほしい」と締めくくりました。
10分の休憩を挟んで始まった2つめのセッションでは、国際メンタルビジョントレーニング協会の代表理事を務める臨床心理士の松島雅美さんが、「メンタルビジョントレーニング」の概念を、実技を交えながら紹介しました。
眼の機能というと、一般的には「視力」のみが取り沙汰されがちですが、「正しく見る」ためには、実は「視力」のほかに、ピント合わせや視覚情報処理、距離感、眼球運動、視野など、さまざまな機能が複合された状態で働くことが必要で、個体差が非常に大きいことやトレーニングによって鍛えられることがわかっています。また、実際に「見えた」という現象は、眼から入ってきた情報が、脳でキャッチ・判断されて、反応(動作)することによって初めて成立します。この一連の動作にも、個体差があり、トレーニングすることによって高めることが可能なのです。そういう意味の「見る力」を高めるためのビジョントレーニングは、すでに80年以上前にアメリカで生まれ、スポーツだけでなく、さまざまな場面で有効として実施されてきました。
もともと「メンタルは、気の持ちようでなく、機能を鍛えるべき」という考えを持っていた松島さんは、「メンタルが脳の前頭前野の活性状態に影響を受けること」と、「前頭前野の活性化は眼球運動によって高められること」の2つに注目。ビジョントレーニングに心理学の知見を加えることで、「眼の機能」(眼からの情報入力を高めて、脳で的確に判断し、身体からのアウトプットを正確に行うという一連の動作)と「メンタル機能」(感情のコントロール、高い集中力、モチべーションの維持)の両方を同時に向上させる「アイパフォーマンスメソッド」を構築しました。その理論に基づいたトレーニングとして提唱しているのが、「メンタルビジョントレーニング」です。
松島さんはまず、「跳躍種目では、全速力で走るなかで踏み切り位置を決めたり、バーの位置を見極めたりするために、“動体視力”(動いている物体を持続して識別する能力)、“眼球運動”(眼球を素早く正確に動かす能力)、“深視力”(距離感を正確に把握する能力)が求められること」などを例に挙げて、眼のさまざまな働きが競技力向上に密接に結びついていることを説明したほか、眼の使い方のクセや偏りが、身体のバランスに大きく影響することを、具体的なチェック方法を取り混ぜながら紹介するなかで、眼が「身体」とどう関係しているかを解説。続いて、メンタルに大きな影響を及ぼす脳の前頭前野の活性化に大きく影響する「眼球運動」の大切さについて触れ、この眼球運動のバランスを整えるために行うと効果的な3種類のトレーニング(追従性眼球運動、跳躍性眼球運動、両眼のチームワーク)を紹介し、DAたちに体験させました。
さらに、300種類以上あるメニューのなかから目的に応じて組み合わせたメンタルビジョントレーニングに取り組むことによって、「状況把握し、(個々で体得した)スキルを場面に合わせて活用する力」と「目指すものを頭に鮮明に描くイメージ力」が高まり、「勝ちきる力」を身につけることができるとコメント。DAたちは、陸上競技に役立つトレーニング例として紹介された、①瞬発力を上げることのできる瞬間視トレーニング、②瞬時の判断力をアップするトレーニング、③眼からの情報に対して的確に動作できるようになる(眼と身体の協応動作)トレーニングの3つに取り組みました。
講義中に紹介されたトレーニングは、どれも比較的簡易に、気軽に取り組める内容ばかりですが、いざ行ってみると、どれもスムーズにクリアすることがなかなかできず、DAたちが四苦八苦する場面も。これに対して、松島さんは、「取り組んでいるうちに、できるようになってくる」と励ますとともに、「できるようになると、変化を実感するはず」とコメント。さらに「一番大切なのは、毎日続けて行うこと」というアドバイスが寄せられ、トレーニングの一部を、YouTubeチャンネルで動画配信していることも紹介されました。
講義後、DAからは、「眼の力が、こんなに競技に繋がっているとは思っていなかった」「自己分析や修正能力が高いほうだと思っていたが、実際にやってみたらできていないことが多かった」「実際にすぐにできなかった」「メンタルコントロールに眼の機能向上が関係すると思っていなかった」などの感想が上がり、それぞれに「これから取り組んでいきたい」「もっと鍛えていきたい」「自分の競技に繋げていきたい」など、前向きな意見が述べられました。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
■ダイヤモンドアスリート特設サイト
https://www.jaaf.or.jp/diamond/
■ダイヤモンドアスリート第7期認定アスリート紹介動画
https://www.jaaf.or.jp/gallery/article/14667/
■【ダイヤモンドアスリート】第1回リーダーシッププログラム レポート
https://www.jaaf.or.jp/news/article/14681/
■【ダイヤモンドアスリート】第2回リーダーシッププログラム レポート
https://www.jaaf.or.jp/news/article/14718/
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