今回は日本陸連が昨年12月に発表した「競技者育成指針」がテーマ。2013年10月にスタートした「2020年東京オリンピック強化普及特別対策プロジェクトチーム」では、前回大会の東京五輪から今日までの日本陸上競技会のレガシーと問題点を振り返り、「一歩踏み出そう」というテーマとともに、「2020年東京オリンピック強化普及特別対策計画」を作成した。2014年11月にスタートした「2016年リオ五輪」に向けた強化委員会では、同時に「2020年東京五輪」も視野に入れ、「2020東京オリンピックプロジェクトチーム」が発足。そのディレクターを務めたのが現強化委員会のトラック&フィールドディレクター・山崎一彦氏、同プロジェクトでタレントトランスファーを統括したのが森丘保典氏(普及育成委員会普及政策部幹事)で、2016年にはタレントトランスファーガイドを作成。2017年に「JAAFビジョン」を取りまとめ、2018年には、特に若い陸上競技者をとりまく現状を踏まえ、これからの競技者育成の方向性を示した「競技者育成指針」が策定された。
そこには、どのような思いが込められ、今後の日本陸上界の発展にどうつなげていくのか。麻場一徳強化委員長と、高校の現場で指導する強化育成部の杉井將彦U20オリンピック強化コーチにも参加してもらって、指針策定の意義と今後の方向性を話し合ってもらった。
●構成/月刊陸上競技編集部
●撮影/船越陽一郎
※「月刊陸上競技」にて毎月掲載されています。
(左から)
山崎一彦:強化委員会 トラック&フィールド ディレクター
森丘保典:日本大学 スポーツ科学部 教授
杉井將彦:強化育成 U20/U16 オリンピック強化コーチ
麻場一徳:強化委員会 強化委員長
指針が出来上がるまでの流れ
──まず、今回のテーマである「競技者育成指針」が策定された経緯を含めて、趣旨をおうかがいします。麻場 日本陸連として、日本の陸上競技をどのようにマネジメントしていくかというところから始まって、大本はスポーツ基本法が制定されたことから来ています。その背景には東京オリンピックの誘致ということもあるし、スポーツの多様化に対するニーズがあります。そこでまずできたのが「JAAF VISION2017」です。私はそれにあまり関わってないのですが、それまでの日本陸連は競技者をどう育成していくかが主な課題で、その環境を整えるというところに役割があったと思います。しかし、社会が多様化していく中で、陸上競技という文化を我々の社会生活にどう位置づけていくかが求められるようになり、2017年に日本陸上競技連盟のミッションということで「国際競技力の向上」と「ウエルネス陸上の実現」の2つを掲げました。前者は「トップアスリートが活躍し、国民に夢と希望をもたらす」。後者は「すべての人が陸上競技を楽しめる環境をつくる」。陸連として、これに取り組むということですね。今回の指針の大きな背景として、これが存在します。
山崎 「2020東京オリンピックプロジェクトチーム」が立ち上がったのも、1つの出発点ですね。
麻場 「競技者育成指針」は、その流れの延長線上にあるものだと私は捉えています。「競技者育成」の命題は、途中で息切れしてやめてしまうとか、陸上競技を嫌いになってやめてしまうのではなく、子供たちの可能性を最大限に開花させられるようなシステムの構築です。そのあたりは策定に当たって中枢にいた森丘さんにお聞きした方がいいと思います。
森丘 以前から、トップレベルの競技者が、幼少年期からどのような環境で、どのようなトレーニングをしてトップレベルに至ったのかについて、客観的にきちんと把握する必要があるのではないかという問題意識をもっていました。2012年に、陸連としてそういう調査をやるべきだという話になり、当時予算もないなかでしたが、オリンピックや世界選手権に出場した選手たちにアンケート調査を実施してみたら、なかなか興味深いエビデンス(検証結果)が出てきました。山崎ディレクターに「こんなのあるよ」と話をしたのが、ちょうど東京オリンピックのプロジェクトが立ち上がった頃ですね。
山崎 それで、プロジェクトの5つの柱の1つに「タレントトランスファー」を掲げ、森丘さんにそのチーフになってもらって、2016年に「タレントトランスファーガイド」を作成しました。
森丘 アンケート調査班の名前は、まさに「競技者育成指針策定のための基礎研究班」でしたし、当初から指針の作成に向けてという思惑はありましたが、それが東京オリンピックプロジェクトの「タレントトランスファーガイド」につながり、さらに「JAAF VISION2017」を実現するためには具体的な指針が必要である、という雰囲気の醸成もあって策定に至ったという流れでしょうか。
麻場 そのような流れの中で、高校の現場で長年指導者としてやってきた杉井コーチがリーダーになった時、以前から感じていたことを改革していこうという空気が、現場でも醸成されていったということですね。
どうやって伝え、実質化するかが大事
──杉井コーチはこの「競技者育成指針」にどんな感想をお持ちですか。杉井 とてもわかりやすく、いい指針だと思います。私は「陸上競技=インターハイ」みたいな人間だったので、おそらくこういう話が突然パッと出ても以前はピンと来なかったと思います。強化育成部に長く関わらせていただく中で、「ジュニア期はいいのに、何でシニアになるとうまくいかないのか」と純粋に思っていました。現在のような問題意識を持ち始めたきっかけは山崎ディレクターとの出会いがあったからです。2013年にウクライナ・ドネツクで開かれた世界ユース選手権へ、当時日本選手団監督だった山崎ディレクターとご一緒しました。そこで日本はまずまずいい結果(金メダル1、銀メダル1、銅メダル2、4位以下の入賞15 /※当時の過去最高成績)を残すことができました。私はちょっと誇らしげだったのですが、監督は「ここで結果出してもあまり意味がないんだよね」と。
山崎 ひどい監督ですね(笑)。
杉井 ただその時、世界ジュニア選手権(現・U20世界選手権)で活躍すればオリンピック世界選手権につながるケースが多いけど、それまで私が関わった世界ユースで、活躍した選手のその後を考えると、「確かにそうだな」と思い始めました。そこからベクトルが自分のやっている取り組みに向き始め、インターハイや全中に対する批判的な意見がなぜ出るのか、なぜそういう指摘があるのかを考えるようになり、指針につながるのです。
そこで私がやれることはないだろうかと思った時に、やっぱり中学も高校も大学も、日本陸連や互いの組織と相対するだけではなく、いいところを認め合いながら変えるべきところは変えていく必要があると思いました。インターハイや全中に対するご批判は理解できますが、インターハイや全中のすべてが悪いわけではありません。問題は普及と強化が混在していることにあると思います。例えば競技人口を支えているのは全国大会を目指すエネルギーであり(指導の加熱し過ぎの問題もありますが)、そういうエネルギーを失わないような強化育成プログラムを策定することが大切だと思います。そこでこれらの長年の懸案事項の変革を考えた時に、育成指針に合わせた取り組みとして提案させていただくことで、皆さんの理解を得ることができると考えています。
──指針を策定するに当たって、留意されたことは何でしょうか。
森丘 指針を作り上げるプロセスと、でき上がった後のことを考えていました。「トランスファーガイド」を作るまでの流れがあったので、ある程度、さまざまな現場を説得していく材料は持ち合わせていましたが、指針をどのようなプロセスで作って、それをどのように関係者に伝えて、活用に結びつけていくかを考えた時に、陸連という組織全体で作り上げていく必要があるな、と。今回の指針に盛り込まれている内容には、正直言ってそれほど目新しいことはありませんが、それを陸連全体でまとめ上げ、実質化につなげていく覚悟を持っていくという〝しつらえ〟が一番重要だったように思います。専務理事をはじめ、強化、普及育成、科学委員会の委員や事務局のスタッフの方々が作成に関わって、「みんなで作ったんだから、しっかりやらなきゃ!」という当事者意識が醸成されていったと感じています。もちろん、その評価はこれからですけど、このプロセスがとても重要だったのではないでしょうか。
さらに言うと、国際的にも今、若年期の競技者育成に関する様々な問題が取り上げられていて、IOC(国際オリンピック委員会)がガイドラインを出したり、米国も競技者育成モデルを作ったりしています。いろんな意味でタイミングも良かったと思います。
『第6回「競技者育成指針」の策定と運用(2)』に続く…