2018.08.13(月)イベント

ジャカルタの環境に特化したコンディショニングに関する勉強会

7月27日、味の素ナショナルトレーニングセンターで、「海外遠征コンディショニング」に関する勉強会が開催されました。これは、日本陸連が、強化競技者などのトップアスリートに向けて定期的に実施している研修の一環で、今回は、8月25日から陸上競技が開催されるジャカルタ・アジア大会に備えて実施したもの。アジア大会日本代表選手団(選手、スタッフ)のほか強化競技者が参加、メディア関係者にも公開されました。


国際大会の現地事情

板東義弘(大塚製薬株式会社執行役員、アメルタインダ大塚<インドネシア>社長)
最初に行われたのは、開催地となるジャカルタの現地情報のレクチャー。前回の仁川大会に続いてアジア大会のオフィシャルパートナーを務める大塚製薬株式会社の協力により録画VTRが用意され、ジャカルタに長く在住する大塚製薬株式会社執行役員・アメルタインダ大塚(インドネシア)社長の板東義弘氏が、「国際大会の現地事情」と題し、ジャカルタの模様を紹介しました。

坂東氏は、まず、インドネシア国やジャカルタ市の概要を述べたのちに、実際に、選手たちが利用することになる空港や競技場、選手村の位置関係や競技場の外観図などを紹介しました。そして、熱帯地域であるインドネシアにおいて注意を要する病気として、「三大感染症」といわれるデング熱、赤痢アメーバ症、腸チフスを挙げ、それぞれの感染原因や症状について説明し、注意を促しました。

さらに、インドネシア滞在中に注意すべきこととして、

・水道水は飲まないこと。ただし、水分補給はしっかり行うこと
・日本の水は軟水だが、インドネシアの水は硬水。その違いが原因でお腹をゆるくするケースもあること
・ホテル以外で生野菜は食べない、氷は口にしないこと
・味がおかしいと思ったら飲み込まずに吐き出す(感覚に頼ることが必要)こと
・食事する際は店を選ぶ、火の通っていないものには注意すること
・下痢や熱の症状が出たら日本の一般的な薬では効かないことがある。症状が2日にわたる場合は必ず診察検査を受けること
・手洗い、うがいを励行すること
・冷房による寒暖差に気をつけること(室内では冷房で寒いことも。上着を常時携帯する)
・インドネシアの道路は平坦でなく、段差が頻繁に出現する。また、たまに開口部があるので注意する。また、階段も段差が異なることがあるので、踏み外しなどに注意すること

の9項目を挙げました。

そして最後に、「世界の国々では、日本にない菌やウイルスが存在する。感染症を防ぐには、栄養と休養を十分にとって免疫力をつけることが重要」と述べた。


免疫力から見たアスリートのコンディショニング

清水和弘(国立スポーツ科学センタースポーツ研究部研究員)
続いて、国立スポーツ科学センタースポーツ研究部の清水和弘研究員から、「免疫力から見たアスリートのコンディショニング」をテーマにした講義が行われました。

清水氏は、免疫学的指標を用いたアスリートのコンディション評価や、アスリートのコンディショニングに関する研究のスペシャリスト。「最高のパフォーマンスを発揮するためには、体調管理の観点からは、まず免疫力を下げないことがカギとなる」と述べ、どんなときに免疫力が低下するのか、また、どういった主観のときに免疫力が低下しているのか、その対処法についてなどを、研究で明らかになっている知見を踏まえつつ、具体的に示していきました。

◎風邪などの感染症は免疫力の低下によって起きる
「アジア大会の過去4大会の事例を見ると、大会期間中であってもアスリートが風邪などの感染症にかかるケースは意外に多い」と清水氏。風邪やインフルエンザなどに代表される感染症は、免疫力が低下することによってリスクが高まることを示し、これを防ぐためには、

・免疫力を低下させないことが大切
・2段階ある人間の免疫機能のうちの第1段階となる目、鼻、口、腸などに存在する粘膜バリアによって病原体をブロックする機能(粘膜免疫)を高め、最初から病原体を身体に入れないことが重要になってくる

と説明しました。

そして、これに大きくかかわってくる免疫物質として、唾液や鼻水や涙など粘膜に含まれている分泌型免疫グロブリンA(SIgA)を挙げ、このSIgAが、粘膜バリアの主体であり、多く体内に存在すれば病原体の侵入を阻止して感染予防に働くことを解説。また、SIgAの低下が報告されたことから、トレーニング(高強度・長時間の運動)、海外への移動(長時間の航空機移動)、無月経(女性の場合)などを免疫力の低下に影響する要因として挙げ、「アスリートはコンディションを崩しやすい傾向があるので、免疫学的観点からみた体調管理も重要である」と述べました。

さらに、

・休養してもいつもよりも疲労が抜けない
・いつもよりも寝つきが悪い、寝起きが悪い
・水分を摂取して口渇感(舌が乾く、唾液が粘つく)が続く

といった症状があるときは、「免疫機能、特にバリア機能が低下しているので注意が必要」と呼びかけました。


◎免疫力低下の対策
免疫力を低下させないための具体的な対策として、清水氏は、①病原体を身体に入れない、②物理療法によるリカバリー、③栄養補給の3つを挙げ、それぞれについて、具体的に説明を進めていきました。

①病原体を身体に入れない
まずは「病原体を身体に入れないことが大切」として、以下の注意点を示しました。

・手洗い(病原体は自分の手で粘膜に運ばれる)
・できるだけ目・鼻の穴、口の中を触らない
・うがい(粘膜に侵入する前の病原体を排出する)
・マスク(保温と保湿、ウイルスの飛散防止)
・水分摂取(粘膜によるバリア機能を保つために、口を乾燥させない)
・保温と加湿(湿度は60%ほどに)
・タオルの共用、回し飲みの禁止(チームでも家庭でも)
・ファンや報道関係者との接触・握手後に粘膜を触らないようにする
・遠征先での生野菜、生もの、水(氷)、口すすぎ水、シャワーに注意

②物理療法によるリカバリー
また、マッサージや鍼(ハリ)による刺激は、免疫力の低下を抑制することが明らかになった研究を報告し、日々のコンディショニングにおいて、これらを取り入れると、免疫力の回復を促すことが紹介されました。

③栄養補給
さらに、「食事や栄養に配慮することによって、免疫力を強化できる」と清水氏。具体的には、「バランスのよい食事をとることを基本となる」ほか、ビタミンAとビタミンDは免疫の調節にかかわっているので不足しないよう留意すること、そして、SIgAを高める効果が特に高く、粘膜免疫機能を高めたり風邪の罹患リスクを低減させたりすることが明らかになったとして乳酸菌B240を紹介。「日常的に摂取することによって、事前に免疫力を高めておくことが望ましい」と勧め、「こうした対策をできるところからやって、万全なコンディションで試合に臨んでほしい」と講義を結びました。


勉強会の終了後には、短距離の桐生祥秀選手(日本生命)、走高跳の戸邉直人選手(つくばツインピークス)、十種競技の右代啓祐選手(国士舘クラブ)が囲み取材に応じました。

3日前に2週間以上となるヨーロッパ遠征に帰国したばかりの桐生選手ですが、「僕は、アジアは中国以外に行ったことがないので、まずは腹を壊さないように注意したい」とコメント。また、東南アジアにはプライベートでタイやシンガポールへ行ったことがあるものの、インドネシアは初めてという戸邉選手は、「僕はヨーロッパに遠征することが多いので、現地情報を聞いて、なかなか難しいさまざまな問題があるのかなと思った。これから出発までの間にしっかりと準備したい」と述べました。

また、「現地に入ってみなければわからない情報というのはあるが、こうして事前に準備するものや最新の現地情報をいただいたので、安心してインドネシアに入れると思った」とコメントしたのは右代選手。その一方で、「一番不安」として暑熱対策を挙げ、「雨季は過ぎているというが、気温は日本と変わらないので、どういった形で暑さをしのぐことができるかが勝負のポイントになる。自分でも情報を集めて現地に入りたい」と話していました。


文・写真:児玉育美(JAAFメディアチーム)

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