Subject4 強化体制を考える
「マラソン全盛期とは異なる視点で、長距離やマラソンが取り沙汰されるようになっている現在、その変化に対応するためには、抜本的な見直しが必要」という視点から、原監督は、試案の1つとして、自身が温めてきた「新たな強化体制」案を提示。これを叩き台とする意見交換を求めました。
◎原監督による考察と意見:新たな強化体制の提案(要旨)
1980年代はマラソンの全盛期といわれたころは、「旭化成VSエスビー食品VSその他のチーム」といった構図で強化が進められてきた。現在は、「駅伝VSマラソン」のしのぎあいから駅伝メインにシフトしているような展開になっているが、今後は「陸上界VS他のスポーツ界」という視点で考えなければいけない時代になっていくと思われる。他のスポーツに優秀な人材を流出させないためにも、駅伝界、陸上界としてどう考えていくかを共有していかなければ発展は望めない。
そうした時代の変化に対応するためには、抜本的な強化方法の見直しも必要なってくる。例えば、「俊足ジャパン」と称して、代表監督、コーチ、フィジカルコーチ、トレーナーなどを擁し、選手たちは各所属チームから東京五輪まで出向する形をとる「スーパーナショナルチーム」を結成させるのはどうか? または、選手個々がさまざまな企業から支援サポートを受け、自らチームをつくり、コーチやフィジカルコーチ、トレーナーを雇う「コンビニ型強化システム」にトライしてはどうか? 実施する場合は、移籍問題やユニフォームのロゴ、肖像権など規制緩和が必要となる問題も出てくるが、あくまでこれらは試案の1つ。こういう強化の方法もあるのではないかということで提議したい。
-ディスカッション-
河野:スズキ浜松ACの三潟くん、今、チームは実業団登録していないですが、そこも含めて、どうですか?
三潟卓郎:今、スズキ浜松ACで男女の監督をやっています。うちのチームが、マラソンに打ち込んで5年目。ようやく男子で2時間10分台が出てきましたし、女子も名古屋ウィメンズで2時間21分台、23分台の選手が出てきました(注:その安藤友香選手と清田真央選手はロンドン世界選手権代表に選出された)。これも、東京五輪があるのなら駅伝じゃなくてマラソンに向けてしっかり取り組もうという会社の理解があるからこそのことだと思います。また、どうしてここまで女子が強くなったのかと考えると、僕が見ていて感じるのは、(里内正幸)コーチと選手の信頼関係が強いということ。双方のコミュニケーションがしっかりしているから、選手とコーチが目指すところを一緒にでき、すごい量の練習や質の高い練習ができているのかなと。今回のような機会にいろいろな方々の話を聞いて、それを参考にしながら、もっといいチームをつくっていきたいです。
原:瀬古さん、マラソンと駅伝についてのお考えを。
瀬古:先ほど、「旭化成」対「エスビー」ってありました。でも、これは全員がマラソンをやっていたわけじゃないんですよね、うち(エスビー食品)も宗さんのところ(旭化成)も。宗兄弟と私が、年がら年中マラソンの練習をしていて、それでトラックでも日本記録も出したり、駅伝でも走ったりしたわけです。僕は、駅伝は否定しません。駅伝があるから実業団チームもいっぱいあるし、人も雇っていただけるわけで、本当に感謝しています。
だけど、「日本人はやはりマラソンで勝負したい」というのが私の気持ちだし、駅伝とマラソンは全く違うことを、皆さんにわかってほしい。「駅伝をやってマラソン」というのは間違っています。マラソンをやって駅伝の練習をしないとマラソンは走れない。そして、トラック種目に対しても、私はマラソンの練習をしながら10000mで27分台を出すとか、日本記録を出すとか、そういう考え方でやっていってほしい。そうしないと、日本のマラソンは潰れます。だから、スズキ浜松ACさんのやっていることは間違っていないのです。「365日マラソン選手」、そういう選手をつくってほしいですね。どこのチームも駅伝は大事かもしれないけれど、マラソン選手は何人もいるわけではなくチームで1人か2人といったところのはず。大事な大会の前は、マンツーマンで教えていただきたい。陸上って、特にマラソンはマンツーマンでやるべきなんです。
原:ということは、先ほど挙げたスキームの代表監督制度というのは、サッカーなど球技系にはよくても、陸上界では難しいということ?
瀬古:難しいですね。そして、チームに選手が2人いる場合、これまた難しいと思います。マンツーマンでやらなきゃいけないので。
原:そもそも、そういう競技特性なのですね。
瀬古:中国電力には、同じ時期に油谷繁くん、尾方剛くん、佐藤敦之くんがいました。どうだった?
坂口:3人いたときは大変でしたね。2003年パリ世界選手権のときに3人、2008年北京五輪のときに2人が同時に選ばれたのですが、とにかく、すべてを別々にしていました。合宿地も含めて、なるべく顔を合わせないように。競ったらその時点で終わってしまうので。
原:山下さん、女子にこういう傾向はありますか?
山下:私も選手(京セラ所属)のとき、東京世界選手権(1991年)にチームメイトと2人一緒に出たんですね、荒木久美さんという方と。一緒に練習してもしなくても、ものすごく気になるんですよ。そういう経験が自分にあるのと、指導者としてもテグ世界選手権(2011年)のときに、尾崎好美と野尻あずさという2人の選手を一緒に出して、これもやっぱり2人のバランスをとるのに疲れました。だから、(今回、ロンドン世界選手権に2人の選手が出場するスズキ浜松ACコーチの)「里内さん、頑張ってね!」(笑)って、すごく思います。たぶん、上手に…すごく優しい感じがするので、うまく対応されるんだろうなと思うのですが、(そのノウハウを)ちょっとお聞きしたいですね。
河野:どうですか、里内くん? もちろん、世界選手権が終わるまで、コメントを差し控えるというのでもいいですよ(笑)。
里内正幸:ここまでは思い描いた通りうまく行っているのですが、日本代表として世界に出るということで、ここからはちょっと違うのかなと感じています。今回、(名古屋ウィメンズマラソンズ)大会前は清田のほうが注目されていましたが、終わってからは安藤のほうが注目されました。そういうふうに周りが変わっているので、メンタル的な面が名古屋前と今とではちょっと違ってきています。ここから先は私自身も選手たちも初めてなので、どうもっていけるのかなという部分はありますし、うまくもっていきたいという思いでやらせていただいています。
瀬古:はい、頑張ってね。困ったことがあったら早めに、どうしようもなくなる前に言ってね(笑)。
山下:電話では、たまにちょっとしたことに、「それ、よくあることだから」って、やりとりしています(笑)。
瀬古:あとね、MGCシリーズが始まるじゃないですか。それで今後の段階で、MGCレース出場権を得る選手が何人か出てきます。僕は、その人たちには、365日マラソン漬けになってほしいと思う。駅伝もあるけれど、駅伝とそれを一緒にしないでほしいね。
原:もし、会社の理解が得られない場合は、飛んでいって説得していただけますか?
瀬古:もちろん、どこにでも行きますよ。
取材・構成:児玉育美(JAAFメディアチーム)
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