2月11日、ダイヤモンドアスリートを対象にした「リーダーシッププログラム」の第4回が、味の素ナショナルトレーニングセンターで行われました。東京マラソン財団スポーツレガシー事業として、運営委員の為末大さん(男子400mH日本記録保持者、2001年・2005年世界選手権銅メダリスト)が監修しているこのプログラムも今回が最終回。参加した犬塚渉選手(順大)、江島雅紀選手(荏田高)、橋岡優輝選手(八王子高)、山下潤選手(筑波大)、長麻尋選手(和歌山北高)、北口榛花選手(日大)は、ダイヤモンドアスリートプログラムマネジャーの朝原宣治さんのほか、メンターとして参加したアスリート委員会代表の髙平慎士選手(富士通)、昨シーズンで第一線から退いた塚原直貴さん(富士通)、久保倉里美さん(新潟アルビレックスRC)が見守るなか、ワークショップで「ディベート」を体験、最後に為末さんによるまとめのワークを受講しました。
■ワークショップ「ディベートを通して自身の選択について考える」
まず、坂井伸一郎さんによるワークショップが行われました。このワークショップでダイヤモンドアスリートたちが体験したのは「ディベート」。1つのテーマについて肯定側と否定側に分かれて、互いの意見を主張し合い、どちらに説得力があるかを第三者がジャッジして勝敗を決めるというもので、教育ディベートの1つとして用いられる手法です。
坂井さんは、「ここまで行ってきた3回のプログラムで、物事をいろいろな角度から見てみようとか、インプットとアウトプットをコントロールしようといったことをやってきたが、その背景には“異なる見方を自分の中でつなぎ合わせて自分の力にしていこう”というテーマが流れていた。今回のディベートは、それらの総仕上げといえるもの」と話し、自分本来の意見とは異なる立場から物事を考えたり、説得力のある主張ができるようロジックを組み立てたりすることへの挑戦を促しました。
ディベートの進め方は、①肯定側・否定側を決める、②規定の時間内で、自分の主張をまとめる、③対戦:肯定側が主張を行う→否定側が肯定側の主張を崩すべく質問し、肯定側がこれに応戦する→否定側が主張を行う→肯定側が否定側の主張を崩すべく質問し、否定側がこれに応戦する、④第三者によるジャッジ、という流れ。主張をプレゼンテーションする際には、最初にテーマについての「賛否」を明らかにしたあとに、その「根拠」を3つ示し、可能であればその「証拠」を提示してみようというルールで行われました。
要領をつかむため、まずは個人ワークとして「スマホゲームは、競技力向上に効果がある」というテーマについて1対1でディベートにチャレンジ。その後、グループワークとして3人ずつに分かれ、「ドーピングは認められるべき」「競技力の向上に、競技外の経験は役に立つ」という2つのテーマについてディベートを行いました。
ディベート自体を経験したことがある者が少なかったこともあり、ダイヤモンドアスリートたちは、特に、本来の意見とは異なる側で主張しなければならない立場に回ると、説得力のある主張ができるよう自分たちの考えをまとめていくのに苦労する様子も。主張を考えるべくチームで意見をまとめているときには、坂井さんから、「アスリートなんだから、勝利に対して貪欲になろう。勝てる根拠、勝てるロジックを考えてみよう」という声もかけられていました。
ダイヤモンドアスリートたちの主張に対するジャッジに当たったのは、監修者の為末さん、朝原プログラムマネジャー、メンターとして参加した髙平選手、塚原さん、久保倉さん。「なぜ、そちらを勝者としたか」の理由として、「主張の内容に説得力がある」という理由だけにとどまらず、「質疑応答の際に、質問をうまくかわしていた」「ディベートでは言い切るほうが強い。言い切っていたので説得力があった」「説明の際に、立って話したので迫力があった」など、プレゼンテーション時のアクションや質疑応答時の対応なども判断の根拠として挙げていました。
坂井さんは、「今回は、ディベートという経験を通して、賛成(肯定)と反対(否定)の立場、なかでも反対の立場に強制的に回ることで、そちらの立場の人がどう考えるか、あるいはその立場になったときに自分たちをどう正当化するかという経験をしてもらった。このワークを通じて、皆さんにやってもらいたかったのは、物事について“なぜ、こうなのか”と考えること。例えば、ドーピングなどの場合は、明らかに“ドーピングはダメ”ということが大前提となるわけだが、そうなると人はつい思考停止に陥り、その理由(なぜ、ダメなのか)について考えることや関心を持つことをしなくなってしまいがち。ダイヤモンドアスリートである皆さんが、これから目指していくのは世界の高み。そこへ到達した人は少ないわけで、そういう世界に行けば行くほど自ら考えていくことが必要になってくる。今の年代のうちから、監督やコーチから言われるがままやるのではなく、わからなければ質問をして、理解・納得して自分のなかに落とし込んでいくことや、自分で深く考えてみることを、ぜひ習慣化してほしい」とまとめ、ワークショップを終了しました。
■リーダーシッププログラムのまとめ
最後は、為末さんが司会進行役を務めて、4回にわたって行われたリーダーシッププログラムのまとめを行いました。ダイヤモンドアスリートのコンセプトである“国際的なリーダーシップを持ったアスリートを育成する”ことを目指して、“競技以外の体験をする”プログラムを監修した為末さんは、この経験によって得られるメリットとして、以下の4つを挙げました。
- 1)競技力向上:いろいろな経験をした選手のほうが、視野が広くて考えがシャープ。若い年代では練習量が大きく影響するのでまだわからないかもしれないが、25〜26歳くらいになると淘汰されていく選手が出てくることに気づくと思う。
- 2)セーフティーネット:いろいろな人とつながっていると、いざという時に役に立つ。これも、いずれそれを実感する時期が来る。
- 3)陸上の地位向上:陸上のトップ選手が何を言っているかということが、陸上競技のイメージに大きく影響していて、それが次に入ってくる陸上選手たちの数を決め、さらに、それらがスポンサーからの額を決める。あまり重く考える必要はないが、みんなが輝くと陸上の価値が輝くのだということはわかっておいたほうがいい。
- 4)人生に有益:今のみんなのバリューは高い状況にある。そんな状況のときに、なるべくたくさんのことを吸収して、現役中にも引退後にもプラスになるようにしたほうがいい。
その一方で、為末さんは、「僕は、リーダーシップは、自分の人生に対して発揮していくことだと思っている。陸上競技もそのツール。みんなには、まず、“自分にしか生きられない人生を生きる”ためにはどうすればいいかを考えてほしい。そのときに大事なのは、“納得しなくてもかまわない”ということ。もし、“自分はそうなりたくない”と思うのなら、それでもいい」と述べ、自身がダイヤモンドアスリートと同年代だったころ、「人生に“納得できない”の一点張りで」反抗的だった当時の経験も明かしつつ、「一色になる必要はない。自分らしさを追求することをやっていれば、最終的にいろいろと見えてくることもあるはず。自分自身が納得するまでは、徹底的に考えたり質問したり食らいついていくということでいい。このプログラムがきっかけで、できた仲間や体験したこと、“あのとき、こんなこと言っていたな”という記憶が、これからの人生で膨らんでいってくれればいいなと思っている」と、ダイヤモンドアスリートたちに語りかけました。
その後は、競技者としての先輩にあたる朝原プロジェクトリーダーおよびメンターの3氏と、ダイヤモンドアスリートたちが、それぞれ交互に質疑応答をしました。ダイヤモンドアスリートたちからは、「リフレッシュをどう図るか」「納得がいかないことについての自分の思い」「ケガしたときのモチベーションの保ち方」「個人の目標とチームの目標とのギャップの受け止め方」などの質問が、また、先輩たちからは「納得できないことはある?」「夢を追いかけるために一番大事にしていることは?」「恋愛は競技に必要か」「指導者との関係について」などの質問が挙がりました。
このやりとりのなかで、選手たちが、ダイヤモンドアスリートに認定されて注目や期待を集めるなかで、必ずしも自らの思いとは一致しない形で取り沙汰されたりレッテルを貼られたりするケースが生じていること、そして、そのことに対して選手たちが少なからず戸惑いを抱いている様子も明らかになりました。
こうした選手たちの声に、メンターからは次のようなアドバイスが寄せられました。
「結果を残すことができれば何も言われなくなるし、逆に、いい見本と言われるようになる。一時期いろいろ言われたとしても、それが自分の信念や譲れないこと、あるいは大切な人や結果を出したときに帰るべき場所のことであるのなら、それは大事にしたほうがいい」(髙平選手)
「自信を持って言えるのなら、周りのことは気にしなくていい。僕はオリンピックのファイナルで、“世界に影響を与えてやる”という気持ちで挑んだ。オリンピックでメダルとか世界でリーダーシップを取るということを目指そうというのなら、こんな小さなコミュニティのなかで怖じ気づいているようではやっていけない。今、この瞬間でもそう。せっかくこういう機会を得ているのだから、もっと積極的に、貪欲に質問していってほしい。そういうところをもっと出してほしいなと思う」(塚原さん)
「(指導者との関係性の変化についての質問に)長年指導を受けるなかで、関係性は変わっていった。強くなかったころは、言われたことはすべてやろう、与えられた知識をすべて吸収しようと思っていたが、競技力が高まるにつれて自分の意見を通すことも出てきた。どちらが100%正しいということはない。衝突することもあったが、それもあってこその信頼関係なのだと思う」(久保倉さん)
「SNSの使い方も、(自分が置かれた)環境についても、いかに自分のポジションをちゃんと確保して、自分が動きやすいように周りをうまくマネジメントすることができるかに尽きる。競技者として考えたときも、結局はそれがうまくできている人が成功するように思う。自分にとって一番いいスペースをつくり出すことが大事」(朝原プログラムマネジャー)
最後に、為末さんが、「リーダーシップの本質は、“自分が目指すゴールの方向に、どうすればコントールできるか”をやっていくこと。そのときには、他者に対してだけでなく、自分の振る舞いも含めて、どうすれば自分の思うようにもっていきやすいのかを考えよう。例えば、今日、みんながここでいろいろな質問をしたことによって、先輩たちとつながりが生まれてメンターができた。これがさっき言った“セーフティーネット”。そんな感じで、徐々に自分の環境を整備しながら、競技をやっていくうえで一番いい環境をつくっていってほしい。これを(人任せにせず)自分自身でつくっていくようにすると、いい競技生活が送っていけると思う」と話し、4回のリーダーシッププログラムを終えました。
(取材・構成:児玉育美/JAAFメディアチーム)
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