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日本陸連では、「国際競技力の向上」と「ウェルネス陸上の実現」という2つのミッションを掲げ、達成するための具体的なアクションプランを設定して、あらゆる事業計画を推進しています。これらの活動すべての根底に流れているのが、「人の多様性を認め、受け入れて活かすこと」を意味するダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の精神です。関係者に対する研修や多様性を意識したイベントの開催など、すでにさまざまな取り組みを進めていますが、8月20日の第102回理事会では、制定に向けて約2年をかけて検討してきた「JAAF人権ポリシー」および「JAAFインテグリティ行動指針」を協議のうえ承認。8月26日、公表に至りました。
8月26日の午後には、東京都内でメディアに向けて、ダイバーシティ&インクルージョンに関するメディアブリーフィングを開催し、田﨑博道専務理事とダイバーシティ&インクルージョン推進を担当する來田享子常務理事の2名が登壇しました。ブリーフィングでは、
1)日本陸連がここまで行ってきたダイバーシティ&インクルージョンの推進に向けた取り組みと今後の方向性、
2)このたび公表した「人権ポリシー」および「インテグリティ行動指針」
( https://www.jaaf.or.jp/diversity-equality-inclusion/ )の概要、
3)ワールドアスレティックス(WA、世界陸連)が制定し、9月1日から施行されることになった新規則「女子カテゴリーへの出場資格」についての日本陸連の対応、
の3項目に分けて、それぞれを説明。参加したメディアとの質疑応答が行われました。
ここでは、初めて新ルール適用のもと実施される東京2025世界陸上競技選手権大会の開幕が迫っていることを鑑みて、3)に関する内容に絞って、ご報告します。
WAは、今年3月のカウンシル会議(理事会)において、女子種目に出場する選手に対して事前資格審査制を導入することを承認。7月23日に、主要国際大会に出場を希望する女子選手に遺伝子検査を義務づける新たな規則を制定して、9月1日から適用させること、東京2025世界陸上が、この新ルールに則って行われる最初の主要大会となることを発表しました。
8月26日に行われたメディアブリーフィングでは、この新規則の施行に関して、WAから通達を受けた内容や、日本陸連としてどう受け止めて対応することにしたか等の概要を、まず、田﨑専務理事が経過を含めて説明しました。その後、來田常務理事が、8月20日の理事会で承認を得た本件についてのステートメントについて解説したうえで、メディアからの質問に答えました。
WA「新たな女子カテゴリー参加資格」導入に際しての日本陸連の対応
◎田﨑博道専務理事
新たな規則を承認したWAは、「女子カテゴリーに関する新たな資格基準と実施規則」と題して、7月24日(モナコ時間)に日本も含めた加盟の各国・地域競技連盟に通達を行った。この規則は、9月1日から有効となり、東京2025世界陸上の出場資格に適用される。この通達と同時に、WAからは加盟の各国・地域競技連盟の医療チームに対して、検査および検体採取に関する実務上の説明が、事前情報として提供されている。
日本陸連としては、この通達を受けて、東京2025世界陸上の女子カテゴリーに出場する選手の尊厳が守られ、不利益が生じないようにするため、かつ期限までに迅速に対応する必要があるために、医事委員会が中心となって、WAの規則が定める検査方法と、それへの対応について検討した。
性の多様性は医学的な観点からも明らかになっており、国際的な人権の観点からも、尊重され保護されるべきであるとされている。日本陸連としては、競技参加のための「性別遺伝子検査」実施の是非については、引き続き、さまざまな観点から慎重な議論と判断が必要と考えている。
したがって、あくまでも「東京2025世界陸上の女子カテゴリーにエントリーするために必要な検査」として、当事者が検査の必要性や検査を受けた結果、懸念されるリスクを事前に理解し、本人自身が受けることを希望する場合に限り、最大限の配慮を行って、検査が受けられる体制を用意することとした。また、検査実施の内容や手順において、日本の法律に違反しないことや適法性についても、専門家の意見を徴した。
これらの考え方にもとづき、実施にあたっては、検査を受けることになる選手の事前理解を十分なものとするために、臨床遺伝専門医による個人へのカウンセリングを含む、本人への説明を十分に実施することとした。
最大の懸念事項は、予期せぬ検査結果が通知された場合、選手本人の尊厳が大きく傷つき、社会的・精神的に大きな苦痛と困難を抱える可能性があることであった。また、この検査の結果は究極の個人情報であり、万が一その結果を周囲が知ることになった場合に、新たな不利益を被る可能性が否定できない。これらの不利益のリスクを避けるために、「検査を受けない」という選択もできるが、その場合は原則として東京2025世界陸上へのエントリーができないとされていることも選手には伝える必要があった。
当然のことながら、検査結果は本人のみに通知されるが、日本陸連としては、選手が検査そのものに対する疑問や不安を感じた場合、検査前から検査結果判明までの期間、検査結果を知るとき、検査後のそれぞれにおいて、選手を支援することとした。特に、専門家である臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーのサポートをお願いする体制を整えた。
以上が、WA新ルールへの日本陸連の対応となる。繰り返しになるが、日本陸連として、競技参加のための「SRY遺伝子検査」実施の是非については、引き続き、さまざまな観点から慎重な議論と判断が必要だと考えていること、あくまでも「東京2025世界陸上の女子カテゴリーにエントリーするために必要な検査」として、本人が検査の必要性、検査を受けた結果懸念されるリスクを事前に理解し、本人自身が受検を希望する場合に限り、最大限の配慮を行って検査できる体制を用意するとしたことを、ご理解いただきたい。
WAの新しい「女子カテゴリー」参加資格規則に関する日本陸連のステートメント
◎來田享子常務理事(ダイバーシティ&インクルージョン担当)
WAが設けた「女子カテゴリー」参加資格の新規則についての日本陸連の認識と対応は、先ほど田﨑専務理事が述べた通りだが、市民一般の方々に、そう簡単に理解していただけるものではないということ、しかしながら日本陸連のスタンスはきちんと伝えるべきであるということ、これらを踏まえて、8月20日の理事会において、日本陸連の対応を明言するステートメントを作成した。
以下、ステートメントの内容を紹介する。
<ステートメント( https://www.jaaf.or.jp/news/article/22466/ )>
ワールドアスレティックス(以下、WA)が女子カテゴリーへの出場資格に関する新たな規則(※)を承認しました。この規則は、2025 年 9 月 1 日に施行され、東京 2025世界陸上競技選手権大会に適用されることになっています。
陸上競技は現時点では、男子・女子の 2 つのカテゴリーに分かれて競技が実施されています。しかし、性の多様性は医学的な観点からも明らかになっており、国際的な人権の観点からも尊重・保護されるべきであるとされています。
したがって、日本陸上競技連盟としては、競技上の男子カテゴリー、女子カテゴリーという名称は、ジェンダーやセクシュアリティという、個人のアイデンティティと分かちがたい意味合いではなく、競技上の便宜から設けられたカテゴリーの名称として理解すべきだと認識しています。
日本陸上競技連盟は、この認識を大前提としつつ、今回の新たな規則に対し以下のように対応します。
(1)選手が検査を受けるか否か、および検査結果にかかわらず、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」の基本理念に則り、人権の尊重と保護に最大限の努力を尽くします。
(2)東京2025世界陸上競技選手権大会の女子カテゴリーに出場することを希望する選手に検査を強制せず、その意思を最大限尊重します。また、選手が検査を拒否し、結果として東京 2025 世界陸上競技選手権大会に出場できない場合でも、当該選手をアスリート・センタードの精神に則り支援します。
(3)東京2025世界陸上競技選手権大会の女子カテゴリーに出場することを希望する選手が検査を受ける場合、選手からの要望があれば、不安なく検査とその結果に向き合うことができるよう、適切な検査機関の提示やカウンセリング等を支援します。
(4)現時点でWAから提示のあった新たな規則に関しては、策定過程における議論の詳細、排除される可能性がある個人に関するケア、公平性の基準の妥当性に関する情報、新たな規則が社会に与える影響に関する認識等についての詳細が不明であるため、引き続き、加盟団体として必要な情報を入手できるようWAと緊密な連携を図ります。
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【※参考】WAの新たな規則について(WAのプレスリリースにもとづく概要)
新たな規則では、ワールドランキング対象競技における女子カテゴリーの参加資格として、女子カテゴリーに出場するすべての選手は、SRY遺伝子検査(Y染色体の有無)を受けることを義務づけました(生涯に一度のみ)。検査は、頬粘膜または血液検査によって実施されます。
この規則は「アスリートの性の多様性に関するワーキンググループ」の提言にもとづき策定されました。同ワーキンググループは、1 年以上にわたる法学・医学・社会学的検討を行い、以下を確認しました。
・女子カテゴリーの制度とその目的の確認
・上記にもとづく資格の改正
・DSD(性分化疾患)とトランスジェンダー選手に関する参加資格を統合し、それによって DSD選手の参加の機会が制限される場合には、既存の規則下でキャリアを形成してきた当該選手に対しては、経過措置や例外規定などの保護措置を講じる
・女子カテゴリーで競技する全選手に参加資格の事前承認(適格性確認)を義務づける
・性の多様性をもつエリートレベルの XY染色体を有する選手の支援を含む、将来的な取組を検討する
WA の女子カテゴリーは資格規定 3.5に定義され、このカテゴリーで競技できるのは以下のアスリートに限ると定められています。
a.生物学的女性(biological females)
b.生物学的女性であって、World Athleticsのアンチ・ドーピング規則に基づき治療使用特例(TUE)が認められたうえで、男性化を目的とする性別適合治療(male gender - affirming treatment)の一環としてテストステロンを使用した者
→この参加資格に該当する選手は、最後にテストステロンを使用してから一定期間が経過するまで、女子カテゴリーには出場できません。この期間は4年以上を下限とし、治療の開始時期・期間・投与量・効果などあらゆる要因を考慮したうえで、WAが個別に判断します。
c.生物学的男性であるが完全型アンドロゲン不応症(CAIS)を有し、男性の性的発達―特にあらゆる種類の思春期的変化―を経ていない者
d.性分化疾患(DSD)を持つ生物学的男性であって、WA が定めた経過措置(transitional provisions)を満たす者
なお、プレスリリースでは「経過措置はトランスジェンダー女性には適用されません。その理由は、現行規則の下、国際エリートレベルで競技しているトランス女性選手が存在しないためです」と記されています。
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新たな規則では、ワールドランキング対象競技における女子カテゴリーの参加資格として、女子カテゴリーに出場するすべての選手は、SRY遺伝子検査(Y染色体の有無)を受けることを義務づけました(生涯に一度のみ)。検査は、頬粘膜または血液検査によって実施されます。
この規則は「アスリートの性の多様性に関するワーキンググループ」の提言にもとづき策定されました。同ワーキンググループは、1 年以上にわたる法学・医学・社会学的検討を行い、以下を確認しました。
・女子カテゴリーの制度とその目的の確認
・上記にもとづく資格の改正
・DSD(性分化疾患)とトランスジェンダー選手に関する参加資格を統合し、それによって DSD選手の参加の機会が制限される場合には、既存の規則下でキャリアを形成してきた当該選手に対しては、経過措置や例外規定などの保護措置を講じる
・女子カテゴリーで競技する全選手に参加資格の事前承認(適格性確認)を義務づける
・性の多様性をもつエリートレベルの XY染色体を有する選手の支援を含む、将来的な取組を検討する
WA の女子カテゴリーは資格規定 3.5に定義され、このカテゴリーで競技できるのは以下のアスリートに限ると定められています。
a.生物学的女性(biological females)
b.生物学的女性であって、World Athleticsのアンチ・ドーピング規則に基づき治療使用特例(TUE)が認められたうえで、男性化を目的とする性別適合治療(male gender - affirming treatment)の一環としてテストステロンを使用した者
→この参加資格に該当する選手は、最後にテストステロンを使用してから一定期間が経過するまで、女子カテゴリーには出場できません。この期間は4年以上を下限とし、治療の開始時期・期間・投与量・効果などあらゆる要因を考慮したうえで、WAが個別に判断します。
c.生物学的男性であるが完全型アンドロゲン不応症(CAIS)を有し、男性の性的発達―特にあらゆる種類の思春期的変化―を経ていない者
d.性分化疾患(DSD)を持つ生物学的男性であって、WA が定めた経過措置(transitional provisions)を満たす者
なお、プレスリリースでは「経過措置はトランスジェンダー女性には適用されません。その理由は、現行規則の下、国際エリートレベルで競技しているトランス女性選手が存在しないためです」と記されています。
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質疑応答(要旨)
――検査方法について。「頬粘膜か血液検査によって実施」とあるが、日本陸連ではどういう方法を採っていて、どういう機関を指定して実施しているかなど、可能な範囲で聞かせてほしい。來田:検査機関等については、選手のプライバシーを侵害する恐れがあるので申し上げることはできない。検査の方法については、WAのルールでは「頬粘膜」という言葉があるが、専門家による方法の妥当性に関する情報もあり、国内での検査はおそらく血液検査になるだろうと考えている。
――検査の実施状況に関して、9月1日に期限が迫っているなかで代表選手に決まっている選手もいれば、これから正式に発表となる選手もいる状態。WAへの取材では、全体の50%は検査が終わっているという回答もあったが、日本での実施状況は?
來田:選手の検査の実施状況に関しては、陸連は知りうる立場にない。
――ステートメントの4項に記載があるように、詳細が不明な段階で新しい規則が施行されることについて、どう受け止めているか?
來田:多くの場合、ルールが新しく変わることの通知は、シンプルに「ルールがこう変わった」というものになる。このため、ルールの変更という意味でいえば、これは通常のスタンスなのかもしれない。ただ、事が個人の尊厳を損なうリスクがあり、かつ究極の個人情報を取り扱うものであるため、詳細を把握する必要がある。そこでステートメントにも示したように、私たちは、もっと連携して情報を得る必要があるという見解である。
――ステートメント2項目に記載のある「検査を拒否した結果、世界選手権に出場できない場合の支援」というのは、どういうものか?
來田:正直なところ、具体的なイメージで捉えることはできていない。まず、検査をするかしないかの選択をしないと、自分が大切にしてきたものが守られないわけで、また、たぶん守られるだろうと思って検査を受けた結果、自分の在り方を覆すような結果が出てくる可能性もある。このように大きな選択を迫られる事態に対して、簡単に想像力を働かせることができないというのが正直な感想である。なので、もし、そういう結果が起きた時には、当事者と一緒に懸命に話し合っていくこと、専門家の知恵を拝借するしかないと思っている。先ほど田﨑専務理事が述べたような臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーとか、さらにはジェンダーやセクシュアリティに関するカウンセラーとかといったスペシャリストの知恵を集めて、その人の人生と、その人の陸上競技に対する大切だと思う価値観を支援していくことを考えていくという、そういうスタンスにならざるを得ないと考えている。「こんな支援をします」と簡単に言える問題ではないと考えていて、陸連でも誰もそのような簡単な問題だという表現はしていない。
田﨑:本当に(來田常務理事が述べた)その通りといえる。最初に私が申し上げた言葉が、そこを含んでいると理解していただきたい。日本陸連としては、「競技参加のための性別遺伝子検査の実施の是非については、引き続き、さまざまな観点から慎重な議論と判断が必要」と考えている。この言葉では、「何も言っていないじゃないか」と思われてしまうかもしれないのだが、この言葉遣いが、まさにこの問題の本質、今の現実なのだと受け止めていただきたい。
――実際に、現場のアスリートや関係者から、検査に関する戸惑いや人権問題ではないかといった声は聞こえてきているか?
來田:もしかしたら出ているのかもしれないが、陸連には直接、入ってきづらい。というのも、陸連は、代表候補に挙がっている競技者を選出する立場だから。選ぶカードを持っている人たちに不満を漏らすには、あまりにも時期が接近している。
文・写真:児玉育美(日本陸連メディアチーム)
参考情報
▼ダイバーシティ&インクルージョン特設サイトhttps://www.jaaf.or.jp/diversity-equality-inclusion/
▼「JAAF人権ポリシー」および「JAAFインテグリティ行動指針」の制定について
https://www.jaaf.or.jp/news/article/22462/
▼アスリートのその存在に、これまでの全ての歩みに、力にかわる声援を。
https://www.jaaf.or.jp/news/article/22481/
▼「女子カテゴリー」参加資格に関するワールドアスレティックスの新しい規則への対応について
https://www.jaaf.or.jp/news/article/22466/
【東京2025世界陸上】特設サイト
>> http://www.jaaf.or.jp/wch/tokyo2025/
◆期日:2025年9月13日(土)~21日(日)
◆会場:国立競技場(東京)
◆チケット情報:https://tokyo25-lp.pia.jp/
▼東京2025世界陸上競技選手権大会 日本代表選手選考要項
https://www.jaaf.or.jp/files/upload/202403/27_103941.pdf
▼東京2025世界陸上 参加資格有資格者一覧
https://www.jaaf.or.jp/news/article/20947/
▼東京2025世界陸上 各種目の代表選考を解説!
https://www.jaaf.or.jp/news/article/22414/
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