2025.03.24(月)大会

【第109回日本選手権35km競歩・第49回能美競歩(20km競歩)】大会レポート&コメント



第109回日本陸上競技選手権大会・35km競歩(日本選手権35km競歩)が2025年3月16日(日)、石川県・能美市の根上総合文化会館前を発着点とする1周1kmの能美市営コースで行われました。昨年1月の能登半島地震で被災した輪島市に代わって、例年この時期にアジア選手権および日本学生20km競歩選手権を兼ねて実施されてきた全日本競歩能美大会(能美競歩)の第49回大会と併催される形での実施となりました。
レースは、本年9月に行われる東京 2025 世界陸上競技選手権(東京2025世界陸上)の競歩種目最後の代表選考競技会として行われ、男子35km競歩では、勝木隼人選手(自衛隊体育学校)が派遣設定記録を突破する2時間24分38秒で優勝し、東京2025世界陸上日本代表に即時内定。女子35km競歩では、この種目に初めて挑戦した梅野倖子選手(順天堂大学)が参加標準記録を突破する2時間46分53秒というタイムで、日本選手権初優勝を飾りました。このほか、女子20km競歩では柳井綾音選手(立命館大学)がトップでフィニッシュして、アジア選手権、全日本、学生選手権の3タイトルを獲得、男子20km競歩では古賀友太選手(大塚製薬)が全日本優勝を果たしています。




勝木、悪天候下のレースに勝利

東京2025世界陸上代表に即時内定

この日の能美市は、前夜からの雨がそのまま降り続けるなか、寒い朝を迎えました。日本選手権35km競歩のレースは、男女とも午前8時にスタート。主催者発表の気象条件は、天候雨、気温4.5℃、湿度92%、北東の風0.5mと、氷点下を思わせる体感温度のなかでのレースとなりました。
男子35km競歩には、日本選手15名にオープン参加の海外選手14名が加わり、全29選手が出場しました。ワールドアスレティックス(WA)が設けている東京2025世界陸上の参加標準記録は2時間28分00秒ですが、日本陸連が競歩種目に独自で定めている派遣設定記録は2時間26分00秒。今大会で即時内定を得るためには、このレースで派遣設定記録を上回って優勝しなければなりません。また、代表選考という点では、昨年10月に第108回日本選手権35km競歩を兼ねて行われた全日本競歩高畠大会(高畠競歩)を2時間21分47秒の世界新記録で制した川野将虎選手(旭化成)がすでに内定済み。残り2枠を巡っては、本大会の順位が最優先される選考基準となっています。このため、すでに派遣設定記録を突破済みの丸尾知司選手(愛知製鋼)は2位以内を、ほかの選手たちは派遣設定記録を突破しての2位以内を、目標に据えてのレースとなりました。
冷たい雨が肌を打つなか、昨年の高畠競歩と同様にスタート直後から先頭に飛び出したのは、勝木隼人選手(自衛隊体育学校)です。上位を狙う丸尾選手、野田明宏選手(自衛隊体育学校)、髙橋和生選手(ADワークスグループ)をはじめ、オープン参加の海外選手も含めて7人が先頭集団をつくって最初の1kmを4分09秒で通過し、村山裕太郎選手(富士通)ら9人でつくられた第2グループが4分15秒で続いていく入りとなりました。
先頭グループが、その後、1~2kmを4分15秒、2~3kmを4分13秒と少しペースを落としたことで、3kmの辺りで後続集団が先頭に追いつき15人が大きなかたまりをつくって進むことに、5kmを21分00~02秒で通過しましたが、次の1周が4分08秒に引き上げられたことで、再び2グループに分裂。先頭グループは、勝木、丸尾、野田、髙橋、吉川絢斗(サンベルクス)の日本選手と、オープン参加のリディアン・カウリー(オーストラリア)、アンドレアス・エドゥアルド・オリバス・ヌニェス(メキシコ)、ノエル・チャマ(メキシコ)の8選手で形成され、村山選手、石田昴選手(自衛隊体育学校)、諏方元郁選手(愛知製鋼)とオープン参加の海外選手たちが7人で第2グループをつくる隊形に変わりました。先頭は、勝木選手がリードしていく状態で、その後、4分08秒、4分06秒、4分06秒、4分05秒とペースを上げ、10kmは41分31秒(この間の5km20分32秒、以下同じ)で通過。8周目に入ったところでチャマ選手が後れ、その後は6人でレースを進めていきます。10km以降は1km4分05~06秒のペースに落ち着き、15kmを1時間01分58秒(20分26秒)で通過していきました
動きがあったのは、17kmに向かう周回でした。最初の折返し付近で、野田選手が前に出てきてペースアップ。結果として16~17kmのラップが4分00秒に引き上げられたのです。野田選手の動きに丸尾、髙橋、ヌニェスの3選手がつく一方で、「自分のペースでいったん進めてみて、距離感を測りながら詰めていこうと考えていた」とのちに振り返った勝木選手がカウリー選手とともにペースを維持したことで、集団が4人と2人に分かれ、17kmでは約4秒程度の差がつくことに。先頭集団では野田選手に代わって丸尾・髙橋選手がトップに立ち、野田・ヌニェス選手と続いて18周目に入り、この周回を4分02秒で回っていきました。18kmを過ぎたところで動きが苦しくなっていた野田選手が少しずつ後れ始めて、この周回で勝木選手が逆転。「ペース自体は変えずに、1~2秒ずつ詰めていった」という勝木選手は、先頭のラップが4分05秒に落ちたこともあり、18~19kmで先頭に追いつき、19kmを通過したところで再び先頭へ。20kmは、勝木、丸尾、髙橋、ヌニェスの4選手が1時間22分11秒(20分13秒)で通過、1秒遅れで野田選手が続いていきました。
その後、野田選手がペースダウンして先頭集団が4人に絞られると、勝木選手は22~23kmの周回で4分02秒のラップを刻み、他選手との差を広げて23kmを通過していきます。その後、丸尾選手は勝木選手を追って24km過ぎで再び追いつきますが、髙橋選手はここで離れることに。25kmは、勝木・丸尾・ヌニェスの3選手が1時間25分32秒で、髙橋選手と追い上げてきたカウリー選手が1時間25分37秒で通過していきました。
先頭のラップが4分07秒から4分11秒へと徐々に落ちていく形となった次の5kmは、ヌニェス選手が後退し、カウリー選手が先頭に追いつく動きを見せましたが、丸尾選手も徐々に勝木選手についていくのが難しくなり、その差は少しずつ開いていくことに。カウリー選手が勝木選手とともにトップを行き、丸尾選手はヌニェス選手と3位争いしながらレースを進めていく隊列へと変化していきました。29kmの終盤では息を吹き返したカウリー選手が勝木選手の前に出る場面もありましたが、勝木選手は30km手前で再びトップを奪い返すと30kmを2時間03分15秒で通過。次の周回でカウリー選手を突き放し、単独で首位に立ちました。派遣設定記録のクリアも完全に見込める状況となったことで、その後は歩型違反のリスクを避け“安全運行”。最後の5kmを21分23秒でカバーして2時間24分38秒(日本歴代4位)でフィニッシュ点を迎え、実施種目が50kmだったころも含めて、日本選手権初優勝を果たすとともに、必要な条件を満たして東京2025世界陸上の日本代表に内定しました(勝木選手のコメントは、別記ご参照ください)。
セカンドベストとなる2時間25分19秒で勝木選手に続いたのは丸尾選手です。昨年10月の第108回日本選手権35km競歩(高畠)に続いて再び派遣設定記録を大きくクリアしての2位。即時内定には至りませんでしたが、1時間17分24秒の好記録で2位の成績を収めた先月の神戸での日本選手権20kmと同じく、35km競歩でも選考条件の最上位(内定済の選手を除く)の結果を残して、2種目とも代表に最も近い位置で選考レースを終えました。勝木選手から離れたレース終盤について、「勝ちたいという気持ちと、代表権を確実に取りたいという気持ちが交差して、リスクを冒せなかった。あれが世界陸上本番であれば行くのだが」と振り返り、「代表権を逃すことは絶対にしてはいけないと思って」の戦略を選んだことを明かすとともに、「脚にいつもより重さがあった。終わってみればではあるが、(先月の神戸での)20kmの疲労も含めて、短いスパンでの練習の組み立て方が少し足りていなかったかなと思う」と話しました。
3位には、24km過ぎまで上位争いを演じた髙橋選手が2時間25分45秒(日本歴代5位)の自己新記録で続きました。さらに4位には第2グループに位置して、着実なレースを進めてきた石田選手が最後の5kmを21分14秒でカバーして、3位の髙橋選手に5秒差まで迫る健闘を見せ、日本歴代6位にジャンプアップする2時間25分50秒でフィニッシュ。悪天候にもかかわらず上位4選手が派遣設定記録を上回る好結果となりました。




女子の日本選手権者は梅野!

初挑戦の35km競歩で参加標準記録を突破

男子と同じ午前8時にスタートした女子は、エントリーした日本選手10名に加えて、オープン参加の海外選手8名の18名によるレースとなりました。東京2025世界陸上参加標準記録は2時間48分00秒で、派遣設定記録は2時間45分00秒。これらのタイムをマークするためのイーブンペースは、参加標準記録では1km4分48秒(5km24分00秒)、派遣設定記録の場合は1km4分43秒(5kmは23分34秒)というタイムが目安となります。スタートすると、すぐに2021年東京オリンピック20km競歩銀メダリストのロレーナ・アレナス選手(コロンピア)が飛びだして、男子と交じる形で最初の1kmを4分34秒前後のハイペースで通過。2番手のオリビア・サンデリー選手(オーストラリア)に続いて、日本の下岡仁美選手(NARA-X)も4分40秒前後という速いペースで入っていきました。下岡選手は、2番手に浮上して2kmを9分23秒前後で通過すると、そこからいったん海外選手と2位グループで進むなど、派遣設定記録を意識してのペースでレースを展開。5kmは23分29秒で通過。10kmは47分20秒(23分51秒)で通過していきます。
しかし、8kmを過ぎたあたりから、少しずつペースが落ち、10km以降のラップは、4分49秒、4分48秒、4分52秒、そして12~13kmでは4分53秒へ。この下岡選手にじわりじわりと近づいてきたのが、今大会が35km競歩初挑戦となる梅野倖子選手(順天堂大学)と、20km・35km・50kmで記録・実績ともに数々の結果を残しているベテランの渕瀬真寿美選手(建装工業)の2人です。2人は、2名の海外選手と集団を形成して、最初の5kmを23分49秒で入ると、10kmも47分42秒(23分53秒)で通過。「参加標準記録突破が目標だったので、今日は焦らず、絶対に4分45~47秒で歩くと決めていた」という梅野選手の言葉の通り、その後も、ほぼイーブンペースでレースを進めてきていました。これによって、13~14kmで下岡選手との差がぐんと迫ることに。14kmを過ぎての周回では梅野選手と渕瀬選手が下岡選手に追いついて、梅野選手が先頭に立つと、15kmは梅野選手1時間11分33秒(23分51秒)、下岡選手1時間11分35秒(24分15秒)、渕瀬選手1時間11分38秒(23秒56秒)の順で通過していく展開になりました。
7~15km付近では動きに硬さを感じていたという梅野選手ですが、「独りになってからは、ゆったりと自分のペースで行くことができた」と振り返ったように、単独歩となった15km以降は、自身のリズムで淡々と歩みを進めていきます。16周目を4分43秒で回ると、以降を4分46秒、4分45秒、4分46秒、4分44秒と刻んで、20kmは1時間35分14秒で通過し、この5kmを最速となる23分41秒をマーク。20~25kmも23分43秒でカバーして、1時間58分57秒で25kmを通過しました。しかし、さすがにこのあたりから疲労が出てきたそうで、ともに指導を仰ぐ森岡紘一朗コーチの妻で、2023年日本選手権35kmを35km初挑戦ながら2時間44分11秒の日本記録で制した経験を持つ岡田久美子選手(富士通)から、「長く感じちゃうから、“あと何㎞”と思ったらダメだよ」とアドバイスを受けていたにもかかわらず、「25kmで“あと10kmある”と考えてしまった」と苦笑い。そこから脚が重くなってしまったそうで、30kmまでの5kmは24分03秒にペースを落とし、2時間23分00秒での通過となりました。
しかし、ラスト5kmは「“絶対に参加標準記録を切りたい”という気持ちがあった」と再度心を奮い立たせ、30~31kmのラップを4分42秒に引き上げると、その後も高い集中力を維持して4分47秒、4分49秒、4分48秒、4分47秒と粘りきりって2時間46分53秒でフィニッシュ。参加標準記録(2時間48分00秒)を大きく上回るとともに、これまで取り組んできた20kmでも手にできていなかった日本選手権のタイトルを、初めて獲得しました。女子35km競歩では派遣設定記録突破者は不在のため、選考条件においては梅野選手が最上位の成績に。翌日に卒業式を控えた大学最後のレースで、自国開催の世界選手権出場に王手をかける結果となりました(梅野選手のコメントは、別記ご参照ください)。
2位は下岡選手が2時間53分18秒で、3位には渕瀬選手が2時間55分23秒で、それぞれフィニッシュ。なお、オープン参加ながら全体トップでゴールを迎えたサンデリー選手は2時間42分40秒をマーク。オーストラリアのナショナルレコードとともに、(オセアニア)エリアレコードを大幅に更新しました。また、サンデリー選手に続いたアレナス選手も、従来の記録を7分36秒も更新する2時間44分17秒のコロンビア新記録を樹立しています。


全日本男子は古賀が2年ぶり2回目のV

学生選手権は原がタイトル獲得



全日本競歩能美大会の男女20km競歩は、例年、同大会に加えて、アジア選手権、日本学生選手権を兼ねてのレースとなります。アジア選手権には、男子は濱西諒選手(サンベルクス)、女子は柳井綾音選手(立命館大)が日本代表として出場。また、日本学生選手権は、7月にドイツ(ラインルール)で開催されるワールドユニバーシティゲームズの日本代表選考レースとして行われました。レースは、日本選手権男女35kmが終わったあと、11時40分に男子が、その1分後に女子がスタートするタイムテーブル。出発の段階では雨は少し弱まっていたものの、12時過ぎの気温は7.5℃と、依然としてあまり上がらず、さらに中盤以降では雨脚が強まっていく厳しいコンディション下となりました。
アジア選手権代表およびアジア選手権オープン参加の海外選手も含めて64名が出場して行われた男子20km競歩は、大きな集団で最初の1kmを3分56秒で通過。その後、世界選手権入賞実績を持つ古賀友太選手(大塚製薬)や住所大翔選手(富士通)が牽引して次の1kmが3分51秒に上がったことで、5人の先頭集団ができる展開となりました。最初の5kmは19分38秒で通過。しかし、そこまでの3kmが3分57秒ペースに落ちたことで、アジア選手権代表として臨んでいた濱西選手率いる第2グループとの間隔が詰まり、6周目で11人の大集団が形成されます。その後は、濱西選手や全日本出場選手、さらにはワールドユニバーシティゲームズ代表入りを狙う学生たちも含めて、大きなかたまりのまま前方に出てくる選手が入れ替わりながらレースが進んでいくことに。10kmは、栁原隼選手(西川ローズ)、前川悠雅選手(東海大)あたりが前に出て39分21秒で通過していきました。
大集団での推移はそのまま続いていきましたが、12kmを過ぎて、濱西選手が後れがちとなってきたあたりから、集団は徐々に削られていきます。そこまで4分台に落ちていたペースを、13~14㎞の周回で古賀選手が先導して3分54秒に引き上げたことで、14kmの通過時点で、先頭は古賀、住所、フ・シュエンフェイ(中国)、石田理人(八康会)の4選手に。住所選手が先頭で通過した15km(59分10秒)からの周回では、懸命についていた石田選手が後れ、15km終盤で住所・古賀・フ選手の3人に絞られました。
動きが出たのは、17~19kmの2周でした。まず17kmを通過したところで、フ選手が仕掛けて、日本勢2選手を引き離そうとします。ここで古賀選手はフ選手を追い、住所選手は置いていかれる形に。17km中盤でフ選手に追いついた古賀選手は、終盤の折返し手前でフ選手を逆転。18kmをトップで通過すると、その周回を3分53秒にペースアップ。ここで大きくリードを奪って、勝負を決めました。古賀選手は最後の1kmも3分54秒でカバーして、1時間18分48秒でフィニッシュ。1時間18分30秒の派遣設定記録には及ばなかったものの、この大会、2年ぶり2回目の優勝です。レース後には、「雨脚が強かったので優勝することだけを考えてレースには臨んでいた」と振り返り、「後半でペースを上げようと思っていたなか、ちょうどいいタイミングでフ選手が前に出て、一緒に行かせてもらうことでうまく流れに乗ることができた」とフ選手への感謝も口にしました。
2位は、残り2周で失速したフ選手をかわした住所選手が1時間19分07秒でフィニッシュ。3位には、先頭に続くグループでレースを進めた原圭佑選手(京都大)が初の1時間20分切りを果たす1時間19分40秒で続き、日本学生選手権のタイトルを手に入れました。4位の栁原選手も1時間19分51秒の自己新記録。5位で続いた吉迫大成選手(東京学芸大、学生2位、1時間19分55秒)までが1時間19分台をマーク。9位でフィニッシュした逢坂草太朗選手(東洋大)までが、アジア選手権優勝者となったフ選手(1時間21分12秒)より先着する結果となりました。


女子20kmは柳井がアジア、全日本、学生制す

世界選手権代表入りに向け、猛チャージ



全31選手が出場してのレースとなった女子は、アジア選手権代表のリー・イェンホン選手とオープンで参加したニン・ジンリン選手の中国勢と、柳井選手、カザフスタン代表のヤスミナ・トクサンバエワ選手、谷純花選手(金沢学院大)と大山藍選手(自衛隊体育学校)が集団をつくって最初の1kmを4分26秒で通過していく入りとなりました。ペースはその後、4分30秒に落ち着きましたが、3km通過の段階で、大山先生とトクワンバエワ選手が後れて、先頭は早くも4人に絞られることに。5kmはリー選手がトップをとる形で22分26秒での通過となりました。そこからも中国の2選手が集団を牽引。6周目で4分34秒に落ちたペースが、次の周回で4分27秒に引き上げられると谷選手が後れ始め、7~8kmの周回で、先頭は、リー、ニン、柳井の3選手に絞られることになりました。3選手は、10kmを44分57秒(22分31秒)、15kmを1時間07分31秒(22分34秒)で通過。中国2選手が横に並んで前を行き、ぴたりとついた柳井選手が2人の間に位置をとる形で、1km4分28~32秒とやや凹凸はありつつも、レースはほぼイーブンで進んでいきます。
しかし、その後、オープン参加のニン選手がペースアップ。単独でリードを奪うと、リー選手、柳井選手との差を広げていきました。「ニン選手が前に出たけれど、ポイントを確実に取るためにはまずはリー選手に勝たなくてはと思った」と柳井選手。悪コンディションの影響で、世界選手権の出場権を獲得するための派遣設定記録(1時間28分00秒)や参加標準記録(1時間29分00秒)のクリアが難しい状況下であったこともあり、ワールドランキングのポイントに大きな加算が見込めるアジアチャンピオンの座を狙って、リー選手との勝負に集中します。残り2周を過ぎたところで、いったんリー選手に引き離されそうになりましたが懸命に食らいつき、ここからは2人の激しい鍔迫り合いが繰り広げられました。最後の最後まで続いたその競り合いを制したのは柳井選手。終盤の折り返しで前に出ると残りの直線で5秒の差をつけ、1時間30分25秒でフィニッシュ。アジア選手権、全日本、日本学生選手権の3つのタイトルを獲得しました。「(アジア選手権1位かどうかでポイントは全然違う。自国開催の世界選手権になんとしても出たいという気持ちで最後は振り絞った)とレース後は笑顔。代表入りに向けて、一歩前進する結果を残しました。
このほか、全日本競歩能美大会といて実施された高校男子10kmの部は山田大智選手(西脇工高・兵庫)が42分33秒で、高校女子5kmの部は内山由菜選手(本庄東高・埼玉)が22分41秒で、それぞれ優勝しました。また、3kmで実施された中学の部は、男子は北川琉空選手(内灘中・石川、14分20秒)、女子は居村美怜選手(RevancheAC・石川、15分58秒)が制しています。

※本文中の記録および5kmごとの通過タイムは公式発表の記録。ただし、各1kmの通過およびラップタイムは、レース中の速報を採用した。


【日本選手権35km競歩男女優勝者コメント】

■男子35km競歩

勝木隼人(自衛隊体育学校)
優勝 2時間24分38秒 =東京2025世界陸上派遣設定記録突破
※東京2025世界陸上 日本代表内定



まず、もともと輪島で開催されていた日本選手権35km競歩を、能美市で開催していただけたことに感謝している。僕は、輪島にも強い思いがあり、そして、昨年この大会の20kmに勝ったことで、能美市にも強い思いがあり、頑張って優勝することができた。
この大会に向けては、ここまでの(東京2025世界陸上)選考レースで、2戦連続(高畠での35km、神戸での20km)してペナルティエリアに入ってしまっていたので、特にこの1カ月はフォームの改善だけに取り組んできていた。なので、まずは「レッドカードを1枚ももらわないこと」が自分のレースプラン。そのうえで少しずつペースを上げながら、どの程度行けるかなというところと、ずっと世界記録を目標に掲げていて狙える準備はしてきていたので、そこを目指していた。記録に関しては全く届かない結果で、特にレースの後半は(身体が)動かなくなってしまったので、そこはこれからの課題にしたいと思っている。
フォームの改善は、厚底シューズに慣れてきたころから、特に後ろ足がすぐに上がってしまう課題が生じていたので、長く地面に着けておけるよう、上半身からしっかり押さえ込むことに取り組んできた。これによって歩型違反のリスクを避けることはできたが、進むことをかなり抑えている状況なので、推進力に関しては以前よりもマイナスに働いている。なので、(改善したフォームは)自分のなかではめちゃくちゃきつい動き。そのなかで、ある程度のタイムで歩けたことは一つ、(今後の)目安になるかなと思っている。今回は、フォームの押さえ込みのほうに寄ってしまったけれど、推進力とのバランスをもう少しうまくとれるようになれば、まだ伸びしろはかなりある。世界選手権に向けては、推進力を最大限得られる基準内のフォームをまず身につけることが大事になると考えている。
<16km過ぎで、いったん先頭集団から後れたときの状況を、の問いに>
「なんでペースを上げたのかな?」くらいの感じだった。ラスト5kmの段階で30秒…もしくは1分くらいの差があったとしても追いつけると考えていたので、3秒くらいの差であれば許容範囲。下手に、僕が急激に動きを変えたり力を使ったりすることで歩型違反のリスクをとるよりは、自分のペースでいったん進めてみて、前との距離感を測りながら詰めていこうと考えていた。
<終盤でペースが落ちたのは、きつかったからか? の問いに>
多少のきつさはあったものの、たぶん周りの選手ほどはきつくはなく、(ペースを)上げようと思えば上げられる状態だった。しかし、一番気になったのは歩型のリスク。チームスタッフからも「抑えて、抑えて」と言われていたので、周りの脚を削れる程度の距離感で、ある程度余裕を持っていこうと考え、もし、近づいてきたら最後でダッシュすればいいと考えていた。ただ、脚自体は固まってきていたので、いつもよりは(疲労が)来ていたかなと思う。
<自国開催の世界選手権についての思いを、の問いに>
地元開催の意気込みは、めちゃくちゃある。僕はアジア圏で開催される大会の代表は今まで逃していないので、そういう縁もあって「今回は代表になれるな」と思いながらレースをしていた。また、「代表になるはずだ」という気持ちで、すでに35km競歩の大会チケットは前売りの段階で確保済み。「これで代表になれないわけがない」という練習をずっと積んできた。内定は最後の最後の選考までもつれこんでしまったが、今回こそは最低限メダルを狙うレースをしたいし、正直、優勝を狙いたい。正直、日本は「ワン・ツー・スリー」が狙えると思っている。センターポールに日の丸を掲げたい。

■女子35km競歩

梅野倖子(順天堂大学)
優勝 2時間46分53秒 =東京2025世界陸上参加標準記録突破



雨で寒いなかでのレースだったが、大会を開催していただいたことを本当に感謝している。今日は、2時間48分00秒の参加標準記録突破と3位内に入ることを最低目標にしていた。結果として2時間46秒53秒で優勝。自分のなかでは最高目標を達成できたかなと思っている。
レース中は、参加標準記録の突破というところだけを狙っていたので、1km4分48秒を切って歩くことを意識した。4分45~47秒の間で必ず通過していこうと考え、それ以上にもそれ以下にもならないように、ずっと刻みながら歩くプランでレースを進めていったので、(下岡仁美選手の前半の大幅なリードも)焦りとかは全くなかった。速いペースで入ってしまうと、後半でタレることは今までの20kmの試合で何回も経験しているので、自分のペースで行くことだけを考えていた。このため、ずっと4分45秒くらいで歩いていたら自然と先頭になったという感じ。別に抜いて1位になりたかったとかではなく、自分のレースを進めていった。
ただ、大先輩の岡田さん(久美子、富士通、女子35km日本記録保持者、20km前日本記録保持者)から、「長いと思ったらダメ。“あと何㎞ある”と思ったら長く感じるからダメだよ」と言われていたのに、25kmで「あと10kmある」と思ってしまって…(笑)。脚にだいぶきていたこともあり、そこから「脚が重いな」と感じてしまった。なので、35kmの感想は「やっぱり長い」のひと言。でもラスト5kmは、「絶対に標準記録を切りたい」という気持ちが強く、30~31kmでは4分42秒まで上げることができた。気持ちの面もあるかもしれないが、うまくまとめることができたかなと思う。
<35kmに初挑戦を決めた経緯は? の問いに>
高畠の20km(優勝)が終わったあとの週くらいに、コーチの森岡(紘一朗)さんとかと「35kmを狙うこともできるんじゃないか」と話し、レースまで6カ月弱あるので準備ができると言われた。「ならば挑戦してみよう」ということで、10月末くらいに決めて、そこから挑戦が始まった。しかし、基本的には日本選手権20kmも全力でやると決めていたので、練習は20kmがメイン。一番長く歩いても練習では30kmだった。35kmを歩いたことは1回もなく、30kmを歩いたのも神戸の日本選手権の2週間ほど前のときくらい。20~25kmの練習を、いつもより多く取り入れる形でやってきた。あとはスピード系として4000mとか5000mとかを入れて練習してきた。
<森岡コーチは、ロングの練習も抵抗がないようだったと話していたが…? の問いに>
最近は「20kmだったらすぐ終わる」と言ったらなんだが(笑)、気持ち的にも楽しくできる距離になっている。さすがに25kmになると、ちょっと長いなとは感じたが、全然苦にすることなく練習を積んでくることはできたと思う。
<動きとしても、35kmのほうがマッチする感があった? の問いに>
それはいえると思う。今まで、20kmのレースだと毎回5~10kmで動きが硬くなっていて、神戸のときもそうだった。今大会でも7kmくらいから15kmくらまで動きが硬くなったのだが、独り旅になった15km過ぎからは、ゆったりと自分のペースで行くことができた。4分48秒を切るくらいのペースが、うまくハマるように感じている。
<世界選手権は、35kmだけでなく、20kmでも代表入りの可能性があるが…の問いに>
 35kmも20kmのどちらもまだ内定していないので何も言うことはできないところ。ただ、参加標準記録を突破したことで、(35kmは)一歩前進したように感じている。また、今日、35kmを歩いてみて、「楽しかったな」というのがあり、これから35kmの練習をしていって、もっと1kmごとのラップタイムを上げていくことができるようだったら…と考えると、「35kmで頑張ってみたいな」という思いが今はある。もちろん35kmも難しいと思うが、今回、最後まで体力が持って、31kmで疲れているなか4分42秒まで上げることができたのは自信になった。競技での最終目標として、世界大会でメダルを取りたいというのがあるので、その第一歩として、この東京世界陸上で入賞を目指せたらいいなという気持ちがある。
実は、明日が卒業式で、今日が順天堂大学で最後のレース。率直に、いい形で締めくくることができたなと嬉しく思う。特に、4年目の1年はつらい思いが多く、7~8月ごろは競歩自体も嫌になった時期もあったほどだったが、そこからここまで上げてくることができた。春からは実業団で頑張っていきたい。

文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真提供:フォート・キシモト


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▼東京2025世界陸上競技選手権大会 競歩日本代表選手選考要項
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